-20℃
お待たせえええええええええ
言われた様に皆寝静まった時間帯に彼の部屋をノックした……
返事はなく、ただ時間だけが過ぎた……
(人に頼み事しておいてまさか寝てるんじゃあ……)
そんな思考がふと過り、無性に怒りが込み上げた。
ノブを捻ると鍵はしておらず、簡単に開いた。
「ちょっと、カイル貴方いい加減……」
そう言いながら踏み込むと一瞬の衝撃の後、室内に入った……彼の姿はそこには無く、代わりに部屋の奥にある簡易シャワールームから水音が聞こえていた。
………まずい
本能が今すぐこの場を離れろと警告していた……後退りしてドアにたどり着きノブを動かすが一向に開く気配がない……
「何でっ……!!」
そこで私は思い出した……この身に宿る特殊能力……「結界破り(ブレイクスルー)」の存在を。
「どうした?紫音、珍しいな」
「……」
背後からの声に一瞬身体が硬直した……おそるおそる首を背後に向けた……
カイルがこちらに歩いて来ていた………………全裸で!
「?!#£%*δβΦ!!!!」
一瞬でドアに張り付き両手で顔を覆った…………あぁ……お母さん……また、見てしまいました……前回よりもはっきりと!!!
「ふっ…服を!服を着なさいよっ!」
「…つーか、何しに来たんだよ」
「!?…あんたが自分で言ったんでしょ!」
彼の物言いに憤慨して声を荒気ながら水晶を突き出した。
其を見たカイルは怪訝な顔付きで受け取ると… 更に私を壁際に押し付ける様に手を伸ばした………顔が近いっ!
焦る私は視線を落とす……!!
「!!」
そこには……ご立派なキノコが……
慌てて視線を逸らす。
「紫音…こんな夜更けに男の部屋を訪ねるなんて……イケない娘だな」
「!!馬鹿っ!あんたが…!!」
言葉を失った…… 彼の手が、私の腰に当てられゆっくりと上に移動する…… 恐怖?期待?色んな感情が浮かんでは消え、体を動かす事が出来ないでいた。
やがて彼の手が紫音の女性の象徴たる胸にたどり着いた……
全身に電気が流れた様に痺れる感覚に襲われる……きっと今、私は泣きそうな顔で、耳まで真っ赤になっているだろう。
「…カイル……私……こんな「…以外に小さいな」……あん?」
今……こやつは言ってはならん事を……言ったよね?
『言った』
『言いやがった』
一瞬で冷静を取り戻した私に、シロンとクロンが答える。
正面から彼の目を見据えると………
「?……おごっ!?」
膝を上げ股間を蹴り上げた……そのまま魔眼を発動し、「暴風波(弱)」を叩き込んだ。
「…私のはまだ成長段階だもん!カイルのスケベ!変態!きのこ男!………馬鹿馬鹿馬鹿ー!」
彼がベッドに吹き飛ばされたのを確認して言いたい事を言うとドアノブに手を掛けた……今度はすんなりと開いたのでそのままドアを思いきり閉めると自分の部屋に駆け込んだ。
「なにさ!あんな変態きのこ男!………もうっ……最っ低!!」
それは自らに不埒な行為を働いた男に対するものか、それともその男に少なからずも好意を寄せていた自分に対する言葉なのか、
枕の下に頭を突っ込み、悪態を突く少女のみが知りえる事であった。
「……ったく…魔法を使うとか…普通無いだろ?」
ゆっくりと体を起こすと後頭部をさすり誰に向けるとも無くそう呟いた。
『…きのこ男……クックック』
「…それアーグの事でしょ?」
その言葉に答えるアーガイルに答える声は愉快さを押し殺すようなものだった。
(紫音とのやり取りを楽しんでいる)
それがアーガイルの感じた感想だった。
いままでのカイルは何処と無く余裕の無い雰囲気だった……ここ数ヶ月で好ましい状況に成りつつあるな…と実感していた。
「さて…俺が紫音に『記憶の鍵水晶』を託したと言うことは……」
『まずは記憶を見てからにするか…』
水晶に魔力を送ると球体が高速回転し周囲に小型魔方陣が展開する……その中央の魔文字にはこう記されていた。
『ルシリアの報告書、及びネルとアイリスに関する事象』
そこに指を触れると眩い閃光に包まれた………
「部分記憶封印」は特定の項目の記憶 または出来事自体を記憶から封印してしまうものだ。
効果は数分から最長で数年にも及ぶ……その場合はそれ相応の魔力が必要になるが…
封じられた記憶は『記憶の鍵水晶』により再び呼び起こすことが出来る。
そして呼び起こした記憶はそのまま映画でも見るかのように追体験することが出来るのだった。
「さて、上映開始だ『記憶の追体験』
「イングリッド様もご確認ください」
「いいの?」
「はい…お力を借りねばならないと思いますので……」
二人はギゼルヴァルト家の家紋の蝋を開封しその内容に目を通す……
『マトリーシェの関する報告書』
「……マトリーシェ?」
「……これは……あの『暗き森マトリーシェ』の事か?」
「はい」
聞きなれぬ名に一瞬イングリッドを見やったが彼女には心当たりがあったようだ……
「……魔界に伝わる御伽噺さ…森に住む邪悪な魔女が一人の男と恋に落ち、幸せになろうとするが男に裏切られ暗殺されてしまう……
まあ、因果応報的な教訓を子供に教える為のお話さ…魔界の住人なら誰でも知っているぞ」
「ふーんこの世界にある『○○姫』みたいなものか…」
「……ですが決定的に違うのはこの話が『実話』であることです」
「…えっ?そうなの?」
イングリッドの問いにネルは頷く……取り合えず報告書に目を落とす。
そこにはマトリーシェなる人物についてその生い立ち、成り行き、御伽噺では語られない真実が事細かく書き連ねられていた。
「……よくもまあ、これだけの資料を集めたものだ…」
「………マジかよ…」
カイルは最後のページで手を止める…資料を読み進めるうちに浮かんだ最悪の予想が見事に記されていた。
「…はい、奥様の最大の懸念であり、カイル様にお力をお借りしたいのはその件でございます」
イングリッドはそこを覗き込み絶句する……最後のページの最後の文章に記された言葉。
『…アイリスの中にマトリーシェの魂が転生し存在する確立はかなり高いと予測される』
「そんな…!カイルどうす………
周囲の景色が高速で流れ去ってゆく…カイル一人を残して
『ちょっと退屈だから 早送りしようぜ』
「アーグ…勝手に…」
『そろそろいいかな』
周囲の景色が緩やかに、カイルを中心に構築されてゆく……
そこは夕暮れの近いファルミアの玄関前だった。
ちょうど紫音に『記憶の鍵水晶』を渡した辺りだった。
両指をこめかみに当てて「部分記憶封印」を唱える…封印対象の記憶は『ルシリアの報告書、及びネルとアイリスに関する事象』だ。
「部分記憶封印」を使用したカイルとアーガイルは『ルシリアの報告書、及びネルとアイリスに関する事象』を覚えていない……
『記憶の追体験』を使用している自分達だけがこの記憶の中で『ルシリアの報告書、及びネルとアイリスに関する事象』を覚えている……だからこそこの記憶の中でそれを決定付ける痕跡を探し出さなければならない……………
気付くと再び周囲の景色が高速で流れていった。
『…まあ当然見るなら魔力の供給の場面だよな』
「だから勝手に早送りするなよ」
アイリスの部屋にいた……目の前には上半身裸のアイリスが居た。
「アイリス!全部脱がなくってもいいんだってば!」
カイルの慌てる様子をアーガイルが冷ややかな目で見ていた。
(なんだよ?)
(別に……さっきの紫音の時とは大違いだな…きのこ男君)
(う……あの時はお前の魔力をもらってたから……仕方ないだろ!)
やがて二人は抱き合う形で魔力の供給を行う……特に気になる点は無い。
確かに気になる報告書であったが、ルシリアの過保護な心配…と言う事も有り得る……
もう少し、時間をかけて検証したほうが良いのかも知れない。
そう考えていた時 二人の会話が始まった。
「アイリスは…俺の事信用してる?」
「えぇ…勿論よ…」
「そっか…」
「…ねえカイル…」
「ん?何?」
「今朝の工場地帯の事故って……例の魔方陣?」
「…ああ…結構大事になってたな…」
「………気になるのはわかるけど…危ない事はやっぱりしない方が…」
背中に回された彼女の腕に力が入ったのを感じられた…
「ん……有難う、でもこのままでは…誰かがやらないと」
「何故貴方が傷付かなければならないの?他にも特殊部隊の人間も居るのに何故貴方が?」
首筋にアイリスが軽く口付けした…最近よくする仕草だ。
「…こんなことが出来る人物はそうそう居ない…それが出来るのに何もしないなんて…俺には考えられないな、俺が後悔したくないだけなんだ
我侭に聞こえるかもしれないが…それに今回は特殊部隊の人たちにも助けられたし…そのうち任せられるかもしれないだろ?」
彼女は小さくため息を吐いた…納得はしてくれては居ないが、折れてくれるのは毎回の事だ。
「…貴方が納得できれば…でしょう?毎回毎回怪我だって…今回は凶獣相手に怪我がなかったから良いものの皆心配しているのですからね」
「…ああ気をつけるよ………」
視界が暗転し 現在時刻に引き戻された。
『……おいおい…急に遮断するなよ……どうした?』
アーガイルの心配する声が聞こえていたが上手く返事が出来たか解らなかった……
「……やっべえよ…アーグ…ルシリアの勘が当たったみたいだ…」
『何だと?…ではアイリスの中に?』
先ほど見た彼女との会話を思い出す…
「…貴方が納得できれば…でしょう?毎回毎回怪我だって…今回は凶獣相手に怪我がなかったから良いものの皆心配しているのですからね」
何故彼女は俺の戦った相手が凶獣だと知っていたのか。
今回の事件は爆発事故として処理された…勿論シャドウマンティスやデスサイズの存在も秘匿されており情報操作は完璧だ。
では何故知っていたのか?……あの戦いを見ていたから?あの結界の中に居た?たとえそうだとしてもアレが凶獣だとは傍目には解らないだろう……
残された可能性は一つ、彼女があのデスサイズを創り出したのだ。
報告書にあったマトリーシェの詳細の中に『強制進化』のスキルを保有していた…
ここ最近彼女に感じていた不自然さの答えが全てここに集約されているようで……カイルは言葉を失った。
「……明日、アイリスの顔をまともに見れないかも…」
「…ふふふ…ようやく気付いたみたい」
アイリスはベッドの上で横になっていた…意識は上の階のカイルの部屋に向けられていた。
勘の良い彼の事だ、これ以上詮索は危険とみなし意識を拡散させた。
ゆっくりと起き上がると窓に映る自分の姿を見つめた。
「ふふふ…明日は忘れられない一日にしてあげるわ」
その笑顔は妖艶で悪意に満ちたものだった。
次回は遅れるよおおおおおおおお