ハジマリノトキ2
「全く…朝からお盛んな事で…」
声の先には黒髪の眼鏡っ娘……その見た目からは才女を連想させる。
確かクラスメイトの……
「…萌え田崎さん?」
「ち…違っ!!ボ…ボクは…前田崎だっ!!」
物凄い剣幕で怒られた……後ろでイリュが大爆笑していた。
「ごめんなさいっ!いつもイリュが言ってるからてっきり……」
「ありえないっしょ……紫音やるわね」
前田崎は乱れた髪を直しながらそう言った。
改めて彼女を観察してみた……彼女の髪は典型的な和美人の黒髪で肩口で切り揃えられている…同様に前髪もきっちりと揃えられており彼女の性格が良く現れている。
トレードマークとも言うべき紅いフレームの眼鏡は黒髪に映えて一際彼女の存在を際立たせていた。
はじめて見た時は紫音の脳内に『委員長』という単語が浮かんだくらいだ……実際にクラス委員長だったのだ
「紫音………イイネッ!」
まだ笑っていたイリュはそう言って親指を立てる…それを見てやや不機嫌そうな顔をしていた前田崎だったがやがて諦めた様な表情で『まっいいか』と肩をすくめた
……何故か少し共感が持てた。
彼女は 『前田崎 律子』 IT業界では有名な「前田崎グループ」の前田崎家の長女で「電脳」の魔学士である。
しかしその家柄を振りかざすのを嫌い普段の生活はいたって普通の女子高生生活を送っている。
今はイリュと同じ寮に住んでいるらしい……以外にもボクっ娘だった。
「イリュ…まーたアリ姉さんに言わずに出掛けたでしょ?朝ご飯の時愚痴ってたよ」
「あははは……だって紫音と食べるご飯の方が美味しいんだもん…」
ん?…私のとこに来るのはご飯目当てだったのか?
「…まあ……せめて一言ぐらいは言った方が良くね?…アリ姉の矛先コッチ来るからさ」
「……善処します」
イリュはそう言って 敬礼した……当然反省をしている様子は微塵も感じられない。
「……紫音っちも大変でしょ?こんなのに付きまとわれて……」
「そんな事ないよ…前田崎さんこそ何だか大変そうだね…」
「…律子でいいよ…もしくは律っちゃんで……こうしてゆっくり話すのは初めてかもね」
同じクラスなのにね と彼女は笑った。
見た目硬いイメージを持ってしまいがちだが彼女は以外と理解力がありクラスの皆から良き委員長として慕われていた。
「さて…親睦も深まったところでさっさと我がクラスに参りましょうか」
「…そうね…行きましょうか」
イリュが指差した時計を見て律子は先に進む事を促した。
「初めてこの都市に来た時は流石に驚いたわ」
列車を待つ間、ホームで律子はそう語った。
まだ馴れていない紫音への配慮だったのかそんな話を始めた。
「…そして、初めて乗った列車は隣の幼稚園に行ったんだよな……」
「ぐ…」
茶化すイリュに睨みをきかせ……咳払いをした。
「まあ…そんなあんたも寝過ごして整備ターミナルまで行った事だしね」
「うぐっ!」
今度はイリュが変な声を出した……
「そんな訳だから…紫音も十分気をつけ付ける様にな」
「…私もそうだけど…あまり説得力が無いわね…」
と、同時に魔導列車がホームに滑り込む。
校門から数十メートル先は駅のホームになっている。
学園内に電車が走る姿は今までの常識を打ち砕くには十分だった。
その理由はこの学園が都市である為その規模は1日がかりでも全てを見て周る事は無理と言われている。
敷地内を巨大なドーナツと仮定してほしい。
その中央が学園の中枢部 (中央特区)だ。
職員棟や総合施設 生徒会施設 各役員会施設 購買施設等がある。
周囲のドーナツエリアは大きく4つに区分される。
乳児 未就学児 低学年学生を主に教育する(初等部)
通常の中学生 高校生に該当する(高等部)
専門学科を専攻する(大学院)
更にその筋のエキスパートとして生活する為の(学術院)のエリアに別れる。
それぞれのエリアの干渉を最低限度にする為 エリア間は巨大な水路により分割されており
渡航手段は学園内を縦横無尽に走り続ける魔導列車か中央特区から行くしかない。
三人は車内に乗り込むと近場の席に座る。
行き先は(高等部2ー7)となっている。
つまりこの列車が高等部のそれぞれの校舎に停車する専用列車である。
もちろん動力は魔力で設計‐製造は学術院の一部企業が監修している。
「駅前に新しいお店が出来たみたいだね…」
「そうなの?今度行ってみる?」
「そうね…紫音も一緒にどお?」
「え…うん…いいよ」
「やたっ!私と紫音の初デートだね!」
「…ボクも居るのけど…」
「え…律子も来るの?なんで?」
「酷っ!!」
などと他愛も無い話をする内に、やがて列車は地下に潜り込み停車した。
各校舎の地下がプラットホームになっているのだ。
「じゃあ ボクは職員室に寄って行くから…」
一階上の下駄箱で律子はそう言い残し颯爽と歩き去った……先ほどまでの陽気な雰囲気はなりを潜め普段の真面目な顔つきの彼女だった。
企業イメージを意識した部分もある為か真面目を地で行くタイプ……とはイリュの言葉だ。
「…なんで萌え田崎なの?」
疑問に思っていたことをイリュに聞いてみた……現時点では萌えの要素を感じ取れなかった。
確かに可愛い所はあるけど……萌えと呼ぶにはどうかと思えた。
「んー多分今日帰るまでには理解できると思う」
と さらに疑問な答えで返された……後に 身をもって理解するのだが。
「…さてと」
イリュは深呼吸して下駄箱を開くと同時に数枚の手紙が床に散らばり落ちた。
「…また…か」
そう言って 首のチョーカーの水晶を触る。
彼女の赤毛とよく似た深紅の炎が揺らめいている様に見える不思議な水晶だ。
何かあるとこれをいじるのが彼女の癖だと最近気付いた。
その指は 愛でる様に優しくこの水晶が彼女にとってどれだけ大事な物か理解できた。
「大切な物なんだね」
紫音の言葉が一瞬理解出来ない様な仕草の後ようやく紫音の視線が水晶を見ている事に気付いた。
「…よく見てるね……?!もしかして…紫音…私の事……」
「いや…それはないから……」
速攻で否定しておいた。
イリュはそれ以上はふざけたことは言わず少し思案した後こうつぶやいた。
「これは…私と彼を結ぶ唯一の絆なんだ……」
「えっ!?」
予想していなかった(彼)とゆう単語に激しく反応してしまった。
今まで行動を共にしてきてイリュの周囲に異性の気配が無かった上に毎朝のあのやり取り……
本気で百合っ娘なのかと思い始める寸前の出来事だった。
「……今、百合っ娘の癖にとか 考えたでしょ」
……ホントにカンがいいのな……
「それより……彼って…?」
「言葉通りだよ……彼は彼…私の全て…だからこれはいらない」
拾い上げた手紙の束を宙に放ると一瞬で炎が上がり灰も残らず消し去った。
彼女の様に強力な魔力を持った保持者は初級の魔法や日常生活においての魔力の使用は予備動作…及び呪文詠唱をキャンセルできる。
高度な使用法や上級魔法になればなるほど呪文は長く複雑になってゆく。
各個人の能力や熟練度が大きく影響するといわれている。先にも述べたように学園内は基本攻撃的な呪文は一切無効化される。
今のイリュは火の(燃える)とゆう概念だけを行使したのだ…これは上級魔術師のみが行える(精霊の使役)による効果だった。
精霊の力でも人に害を成す力は感知されて無効化されてしまうのだが……
………正直凄いな…と感心してしまう。
今の紫音には精霊はおろか魔力の安定化すらままならない状態だった。
「さっ…早く教室に行こう」
この話は終わりと言わんばかりに、イリュは紫音の背後に回り込み、その背中を押して行くのだった。
今の自分の表情を紫音に見られたくないイリューシャの小さな抵抗だった。