-12℃
結界が完成する寸前にその隙間を潜り抜け伊織はカイルの隣にやって来た……勿論あの自分以外に魔銃を使いこなす者が居た事もあの威力にも驚いたがそれ以前にこんな若者を一人残して逃げるなど伊織の持つ正義感から出来る筈がないからだ。
「小僧!安心しろ!俺が来たからに…「馬鹿か!アンタは!」…丈夫…………何だと!」
安心させる為に声をかけたのだが逆に一喝され伊織は憤慨した。
「…ちっ、今はそんな事言ってられねぇか」
伊織は振り向き様に背後に魔銃を連射した……鎌を振り上げたシャドウマンティスは全弾をその体に受けたが先程と違い、崩れ落ちる様に倒れ動かなくなった。
「む…限定解除?」
その後ろでは魔法剣で攻撃を受けとめながらカイルが聞いてきた……そうだと答えるとやっぱりね、と目の前のシャドウマンティスを両断した…… それにしても魔法剣まで扱うとは驚きだった……しかもマードックのモノより細く、淀み無い色をしていた……魔力が集中して纏め上げられている証拠だ。
更に別の魔物が背後から襲いかかって来たが、その魔法剣の輝きが一層と増したかと思うと一回り大きくなった気がした……
「ってか、お前のその剣もさっきよりデカくなってるじゃねぇか?!」
「…んー限定解除……みたいなモノかな?」
二人の話す限定解除とは己の体内にある魔力に使用量の制限を開放することにより、威力や効果を 倍増させる方法だ。 それは蛇口を捻る様なもので開放するごとにその威力は上がって行く………その半面魔力の消費量は増大する………使い所を間違えれば個人の魔力など一瞬で使い切ってしまうだろう。全ての保持者が無意識に最低最小限の消費量で日常を過ごしている……勿論、生活にはなんら支障は無いがそれ以上の事も起こり得ない。
伊織がここで開放する選択をしたのは正しいだろう……でなければ先程のシャドウマンティスを葬れず命を落としていたのだから。 それ以後も次々と現れるシャドウマンティスを撃退し、いつしか互いに背中合わせの状態で共闘していた………
伊織はこの少年の力を見くびっていた…先程からの攻防を見る限り、一切の無駄が無い……自身も剣道を極めんとした者としてその腕前が高レベルであることは明白であった……
(もっと早くに知り合っていたら、私の生き方も違っていたかも知れない)
伊織にとって初めて背中を任せられる相手に出会えた様な気がした。
その後もシャドウマンティスは影増殖によりひっきりなしに襲ってきた……二人の周囲はこの怪物たちの屍で山のように盛り上がり、巨大なクレーターの中心に二人が立っていた……あれから時間が経過するにつれ、伊織に変化が表れた……
(銃が…重い……)
反応が少しずつではあるが遅れてきていた……限定開放のバランスをミスった様だ…… それをカバーする為にカイルの魔法剣は更に大きくなっていた。
(…ちくしょう!これじゃあホントに足手まといじゃないか!)
言い知れぬ焦燥感が伊織の心を支配した……
(実家の剣の道を捨て、世界を知る為に飛び出したのに…再び同じ過ちを繰り返す結果ではないかっ!)
かつて実家の剣道場ではその才能を誉められ、自分こそが最強と自惚れていた……周囲の門下生も伊織が道場を継いで行くのだと口々に噂した……自分もそのつもりでいた。
やがて伊織は敗北を知る……自分よりも年下の弟に……天性のセンスは慢心を招き、日々の鍛錬を失わせた…日々の鍛錬と努力を続けた弟がその力で結果を見せつけた瞬間だった。門下生は伊織から離れていった……時期師範代は弟のほうが相応しいと………所詮は井の中の蛙……所詮みんなの見ていたものは『伊織』ではなく、力を持った象徴だったのだ。
時を同じくして魔眼の力に目覚めた私は弟に家を任せ剣の道を捨てた……新しい自分を見つけるために世界を渡り、魔銃と出会った………しかし今思えば同じ事を繰り返していた……家を捨てたのでは無い……ただ逃げているだけだったのだ。
その焦りが隙を生んだ。
背後からの一撃が伊織の背中に赤い軌跡を描いた……上半身を覆う支給された強化樹脂のプレートメイルが両断された……これがなければ今頃真っ二つにされていたかもしれなかった…しかし致命傷は避けられたものの、これ以上の戦闘行為は困難であろう。
その場に膝をつき 使い物にならなくなったプレートメイルを破棄した…思いの他傷が深かった
私を襲った魔物は瞬時に少年の剣が両断した。
「一旦ここを離脱しよう」
そう言って少年が私を脇に抱えこんだ。
ふにょん
カイルの動きが一瞬止まった……
(なんだろう…俺この感触知ってる気がする…というか、昨日も散々触ってた気がする……)
「!!!馬鹿っ!貴様どこを触って…!!」
「………もしかして……お姉さんなの?」
「!!悪かったなあ!微妙なサイズで!!」
「…て、言うか言葉使い悪すぎでしょ?」
「うるさいな…色々あるんだよ!」
半ば泣き声の様な叫びをあげる伊織を抱えたままカイルは跳躍し、少し開けた二階部分に着地した。
そして直ぐに円形の小型結界を展開し中に伊織を押し込めた。
「?!何のつもりだ小僧!出しやがれっ!」
「……おね-さん、そこで大人しくしてて……あと……これ借りるね」
そう言ってにやりと笑うと腰から二丁の魔銃を取り出した……
「…!?あっ!!俺の相棒!!」
飛び出そうとしたが、透明な魔力の壁が行く手を遮る……なんだよこの結界!?背中がむず痒い感覚に振り返ると淡い光の粒子が背中に集中していた。
あわてて手を振り回したが当然どうすることも出来ず無駄に体力を消費するだけだった。
『……娘の癖に落ち着きが無いのう…じっとしておれ、治るものも治らぬわい…』
頭上から聞こえた声に振り返る……そこには強大な白い梟 (ふくろう)が翼を広げていた…この結果居は鳥篭の様な形をしていた。梟のその翼から光の粒子が降り注いでいる。
「なっなっな……」
「癒し鳥だよ、傷が治るまでそこからは出れないよ……そっか…これスティンガーって言うんだ」
『そうじゃ、大人しく癒されておれ』
……ちくしょう!この梟もこもこしてて気持よさそうだ……抱きしめてえ
伊織の数少ない女性らしい『可愛い物好き』な気持を押し殺し、大人しく治癒してもらう事にする……再び少年に向き直る。
「伊織だ……名前は…」
「?」
「お前の名前だよ!」
「カイル……ふーん伊織さんって言うのか…じゃ」
「!…おいっ!大事に扱えよ!傷つけたら弁償してもらうからな!!」
カイルの実力では傷一つ付かないだろう…先ほど十分理解したつもりだ……だからこそ、こんな皮肉めいた言葉しか言えなかった……
そんな伊織の言葉の意味を理解したのか わかったよ と何とも言えない良い笑顔で再び魔物の群れの中に身を投じるのだった。
この場所からはカイルの動きがよく見えた。身体強化・速度加速の類の魔法を使用しているのだろうか…とにかくその敏捷性の高い動きは常人のものではなかった。右に左にとシャドウマンティスを翻弄し魔銃の一撃で確実に仕留めていた。
その弾丸を受けた魔物は動きを止め次の瞬間には光が体から溢れ霧散してしまうのだった。
「……光属性?…聖なる弾丸か!」
火や水などの4大精霊の属性を付与するよりも遥かに難易度が高いと言われる光属性……
伊織が火と水の属性を付与させる修行するだけでも1年程の時間を有した……それでも有能だと言われた程だ。
(……何が有能だ……上には上が居るものだ)
そうは言ったものの目の前のカイルの戦いに、伊織は何時しか心踊っていた。
迫り来る攻撃を寸前でかわし、確実に急所に一撃を見舞う……この魔物は頭部の中央にコアがあるらしく、的確にコアを破壊すれば分裂はせずに消滅する様だ。
(……つまり俺の完全な一人よがりで、小僧の足をひっぱていたのか…)
伊織の近年まれに見る落ち込み具合で地面に両手をついた…しかし今は落ち込んでいる場合ではない…彼の戦いをこの眼に焼き付けねば。
「……さて、早いとこ片付けるか」
伊織さんから拝借した魔銃「穿つ者」を見る……手入れも行き届いており、彼女の愛着が感じられる。
それに……少なからずこの魔銃には「自我」が芽生えつつあるようだ。それだけ修羅場を潜り、それだけの経験を積んで来たという事だ。
「…すまないが力を貸してくれるか?お前のご主人様を守る為でもあるんだ」
そう語りかけると安全装置がカチリと解除された。その上物分りも良いと来た………この銃欲しいな……
先ほどの魔法剣で戦って思った様に頭にコアがある様だ……魔銃だと狙いやすいので彼女に任せてはみたのだが
いかんせん、彼女自身まだまだ腕がそこまでの域には達していなかった。
この銃とは相性がかなり良い様なので今後の成長は期待して良いだろう。
彼らが警備にあたっているなら、今後も楽が出来そうだ……今回は相手が悪かったが………
そう考えながらも次々にシャドウマンティスを駆除してゆく……その動きは一切の無駄が無く、確実に標的を仕留めてゆく……
それを見ていた伊織は言葉を失った………『戦いの中にこそ美学がある』……かつての魔銃の師匠がそう言っていた事を思い出した。
『銃を奏で、弾丸と踊る-それこそが魔銃使いの至極の極致『銃弾の輪舞』なのだ…』……と
では今この目の前で起きていることは何だろう?
『銃弾の輪舞』では無いのか?
伊織はカイルの動きに眼が離せないでいた……呼吸すら忘れてしまう様な程に。
光の弾丸が上空へと放たれ、打ち抜かれたシャドウマンティスが光の粒子になって消える……
降り注ぐ光の雨の中、舞う少年の銀の髪が淡く金色に映える……
……いつの間にか、背中の傷は癒されていた。
伊織は立ち上がり、熱を帯びたような視線を向けた………
「………綺麗………」
それが引き金になったのかも知れない。