-9℃
「!?」
その部屋は落ち着いた様式の格調高い家具を揃えた一室だった。
暖炉の前の人物は静かに立ち上がり衣装棚の上のモノを確認すると急ぎ足で近寄り、それを手に取った。
腰までの長い翠金髪の良く映える淡い薄桃色のドレスを纏った女性はその娘が面影を遺伝しており彼女の友人達は容易に親子関係を見抜く物だった。
アイリスの母、ルシリアは息を飲んだ……
寝室に飾ってある娘達の写真の中のアイリスが写っている写真立てのガラスが突然割れてしまったのだ……
「……ネル…」
「奥様…こちらに」
ルシリアの声に反応して、隣の部屋のドアが開かれ、一人のメイドが現れた。
彼女の名は、ネルフェリアス・コーネリール 、魔界に住まうダークエルフの出身だ。
その名の通りにその肌は褐色で長い黒髪をひとつ編みに編み上げている…その瞳も黒に統一されており見た目、
紫音のクラスに居ても違和感が無さそうだが、唯一違うとすればその長く尖った耳の存在だろうか。
「…例の資料をカイル様にお届けして頂戴……それとルミナスに『扉が開かれた』と……」
「……承知しました」
「…その後はあの娘の手助けをして頂戴」
「…承知しました」
そう言うとネルフェルは静かに退室した……
「……カイル……どうかあの娘を……」
そう呟き胸のペンダントを握り締めるのだった。
*********
深夜に協力な魔力波動を感じた…
『…カイル…感じるか?』
「うん……アイリスの波動に良く似てる……でも何か違う……」
アーガイルも流石にこの波動は見過ごせないと判断したのだろう…先程から魔眼を発動させ警戒していた。
隣で眠るイングリットを起こさぬ様に
ベッドから抜け出しズボンを履くと窓際に行きカーテンを開いた。
イングリットの邸宅はアイリシアの寮とは反対のエリアにあった…ここからは学園都市の中枢が良く見えた。
街は静寂に包まれており、中央特区の灯りだけがこの都市の繁栄を象徴しているかの様に見えた。
瞬間、西の外れの開発地域に火柱が上がった……魔法を使用したらしい。
直ぐにセンサーが反応して、数台の無人解除装置が現地に赤いランプを灯して急行する……が数回、光が発光したかと思うと再び静寂が訪れた……撃墜されてしまったようだ。
「ん……何?どうしたの?」
隣にカイルが居ない事に気付き、イングリットも起き上がり普通でない彼の様子に緊張した表情で聞いてきた……
「…何か起こったみたいだ……行ってくるよ」
「……わかった…気を付けて」
止めても無駄な事は解っている……
かといって彼女が同行する事を彼は良しとしないだろう……ならば彼を信じてその無事を祈るだけだ
「…状況にもよるけど…こちらには戻らないかも…ごめんね」
「いいのよ…それよりも……」
イングリットはシーツを体に巻き付けるとベッドを飛び出し
着替え部屋を出て行こうとするカイルを捕まえた……その両肩に魔文字を描く……
右肩には剣を、左肩には盾を……
ウルガノフ家の家紋である。
戦に赴く男が無事に帰還するように加護と祈りを捧げるのだった。
「……どうか、無事で……」
イングリットは彼の頬を優しく撫でると口づけを交わし、飛び立つ彼の邪魔にならぬように、数歩後ろに下がった。
カイルは照れ臭そうに『行ってくる』と言い残し、飛行魔法で窓から飛び出した。
彼が飛び出した後、イングリットは直ぐに窓際に駆け寄りその姿を見送った。
**********
『どうなってる?状況を報告しろ』
無線の向こうから上官の声が聞こえた 机の前に座ってコーヒー片手に偉そうにしているあの爺の顔が浮かんだ………
うるせーな!知りたけりゃ見にこいってーの!
『マードック!報告しろ!』
「……司令、現状を調査中です、お待ち下さい」
「隊長!外側の連中は結界が間に合いません!」
「ラーズ!お前達は右方向から回り込んで結界を展開しろ!杉田!キース!ついてこい!」
現場は騒然としていた。
私達の部隊は今夜の街の警備を任されていた……
通常ならばエリアの要所を数人派遣するのだが今夜の命令は違っていた。
各エリアに一個小隊…朝までの在中警備を任命されていた………装備レベルB……実弾及び魔法の限定使用許可
………すなわち 戦闘許可だ。
「…おい!如月!お前もだ!」
「……えっ?伊織さんもくんの?」
「何だよ…鉄平…文句あんのかよ」
隊長に呼ばれ歩み出た私……如月伊織に後輩隊員である杉田鉄平が不満を口にした。
二人は良く正反対だと言われる……見た目も刈上げの新人ヘアの鉄平と比べ、私は昔からの長髪で後ろは結い上げており侍みたいだと言われる……私を初めて見たキースも感動して握手を求めてきた位だ……
私の実家は有数の剣道の名家だった。幼いころよりこの髪型で過ごした為いざ髪型を変えようとしても他の髪型が思いつかなかった……家を捨て自分の道を歩むと決めても私はあの家から巣立つことが出来ていないのではないだろうか?そんな雑念に駆られる日々を過ごした。
「…いや…別にいいんすけど…」
「あん?何か不満そうだな?」
私は直ぐ様腰のホルダーから愛用するMW社製の魔道装填銃「穿つ者」を顎に押し付けた。
剣を捨て私の選らんだ道は『銃』だった。
「ここら辺に穴のひとつでも開けたらお前はもっと男前になると思うんだが…」
「じょ…冗談でも止めて下さいよ!!所かまわず銃を抜くのは止めてくださいよ…」
それを慣れた仕草でそっと押し返しそそくさと隊長の陰に隠れた…
「さあ マンザイはそのくらいにして行こうぜ」
キースが肩を叩いて二人の間を歩き去った……金髪のとんがり頭…陽気なムードメーカーそれが彼・キース・ホーキンスだった。
……なんだ、いつものメンバーじゃんか
スティンガーをホルダーにしまうと隊長の後に続いて現場に向かった。
我々はユグドラシルの国家市長直属の特殊警護部隊…早い話が傭兵だ。
メンバーの中には魔眼保持者も居れば、怪しげな組織に追われる者、違法行為に手を染めた者、もちろん普通の傭兵もいる。
まぁ普通にやっていけないならず者集団ってところだ。
隊長はマードックと呼ばれる軍人崩れの傭兵だ、その見た目のおっかなさに反してその白髪混じりの頭は苦労した良いオヤジを連想させる…実際仲間思いで誠実な所は部下に慕われる理由の一つだろう。
何故この部隊に居るのか聞いた事があったが『個人的な理由だ』としか言わなかった……マードックという名前も本名かどうかは怪しい所だ。
キースは数ヶ月前まで某国の海軍に所属しており魔眼保持者…しかし発動は出来ず格闘戦専門の魔闘士として参加している。
『給料がいいから』…とか言っているが、時たま思い詰めた顔を見れば嘘だと判る。
杉田は半年前 この国の軍隊から除隊を言い渡された……不適合だそうだ。
結果から言えば杉田は腕のいい『治癒士』だ……本人には調子に乗るから言わないが……
奴は一年前、風の精霊に『囁きの声』された……三日三晩高熱に晒され、生死の境を彷徨い、無事生還したときには
『癒しの風』の魔眼を与えられていた……それから奴の生活は一変した。
この国は腫れ物を扱うかのように『検査』と称して奴を幽閉しモルモットの様に扱った。
そのときの苦悩が暴走を引き起こし、上官を含む数名を病院送りにし、晴れて不名誉除隊となったのだ………国は彼を見捨てたのだ。
そんな折、マードックに拾われたのは幸運だっただろう……以来この私のおもちゃ…いや戦友として今日まで厳しいイビリ…いや、特訓に耐えてきたのだから!