-7℃
「…ねぇ…魔眼の使徒…って……何?」
キッチンで調理をしながら、隣でジャガイモの皮剥きに悪戦苦闘するイリュに切り出した……
「あぁ?…えーと…偉い奴の使いみたいな?」
「……いや……疑問符で返されても……」
夕方、カイルから連絡があり今夜は帰らないと一方的に言われ夕食を作る者が居ない為、唯一、
自炊生活経験のある私が一日料理長に任命された……
律子とイリュにも手伝ってもらい、隠し味だと何にでもワインを入れようとするアイリシアさんの面倒をアイリスに任せた………
今二人はテレビのクイズ番組に夢中だった。
「……創生神が世界を作りやがて魔法の素となる七大元素を世界に与えた……」
アイリスがテレビを見たまま語り始めた……
「『火』『水』『土』『風』『光』『闇』『精霊』……精霊を中心とした六芒星がこの世界を形成している……」
いつの間にか私達はその話に聞き入っていた。
「やがて『魔法』が生まれ各々の魔法の元に7つの国が誕生した……それが古代魔法王国……彼等はやがて争い、戦争が始まった……
それを嘆いた創生神は『浄化の炎』により世界を焼き付くした……その時失われたのが数々の魔法……
『古代魔法・伝説の魔法』いわゆるロストマジック……」
沸騰するやかんを慌てて律子が止める……
「創生神は各々の種族の中に使徒を送り、正しい魔法の使い方を学ばせた……これが『魔眼の使徒』
……やがて彼等は何処へと姿を消し、今では伝承の中で語られる存在のみ……」
「……カイルが…その使徒なの?」
一番の疑問を投げ掛けてみた
「……さぁ?」
「…えっ?」
「だって……伝承の中の存在だもの…わからないわ」
それだけ言うとアイリスは再びテレビに向き直った。
「…そう言われたら…そうね」
私は再びまな板に向き直り具材を刻み始めた……余り深く考えるのはよそう…
あいつの事だから何かとやりくりしてるだろうし………いや、別に心配しているわけじゃないの……
私の順風満帆な学園生活にこれ以上の波風を立てたくないだけ……
私自身の眼も普通じゃない事は解っているけど……それ以前に人並みに学園生活を謳歌したいだけ……今まで出来なかった分まで。
それにしても……今のアイリスはずっとテレビに見入っているが………
今日の昼間のあの挑発的な態度は私の知る彼女とどうしても重ならない……まるで別人だ。
………ふと思い当たる節がある
……彼女の魔眼は「生まれ持つもの(ナチュラル)」の「氷晶の女王」「固体名」持ちだ。
少なからず、チャットルーム保有者の可能性がある。
カイルとアーガイルの関係もあるから可能性はあるだろう……
『ちょっと待まって…その推測は少し違うわ』
脳内でシロンが話しかけてきた。
「なんで?」
『その憶測だと…紫音と私が入れ替わっている…みたいな感じになるけど…それは不可能よ』
「入れ替われないの?」
『紫音の性格が攻撃的に偏っていくとクロンに似た人格になる…逆に保守的な思考に偏ると私、シロンによく似た人格になる…あくまで私たちはその両極に偏った『仮定』の紫音の人格であって別人ではないわ』
「……ん~じゃあ、どゆこと?」
『……わからない……紫音の言うとおり、別人としか言い表せない…』
『そもそもさぁ……アイリスが精霊魔法で『アグニ』を召喚した時点でおかしいだろ?』
いままで沈黙を守っていたクロンが突然そう言った。
「あ」
『あ』
『…なんだよ!気が付いてなかったのかよ!』
言われてみればそうだ……「氷晶の女王」のシリアルコードまであるのに 火の精霊を使役するのは違和感があって当然だ…
「じゃあ……「あの」アイリスは火を使う人格って事だね」
『そうなるな……しかしカイルといいアイリスといい…魔眼の常識を逸脱しているな・・・』
「紫音」
「…えっ?何?」
イリュの声に我に返った…
「ジャガイモ……」
「……ありがとう……」
そこにはカレー向きとは言えないサイズのジャガイモの山があった……一体何をどうやったら……
「……紫音…」
「律子…あり…がと…」
そこにはサラダ用とは思えない野菜の無残な山があった……
「……二人とも……後は私がやるわ」
「「……ごめん…」」
アイリス達の居るリビングに合流したイリュと律子だが、イリュはアイリスに対して警戒心を抱いているようだった……
この中で一番付き合いの長い彼女だからこそ、異変にいち早く気付いていたのかも知れない………
(今夜はなにもなければいいけど…)
一抹の不安を抱え、再び料理を開始する紫音だった。
ちなみに今夜のメニューは 肉じゃがと野菜炒めになりました。