ロストメモリー1
アイリス達を帰した後、書類を整理して一息ついた……
ふと、先程までアーガイルが居たベッドを眺める……
「…貴方は一体何者なのかしらね」
一度だけカイルにアーガイルについて尋ねた事があった。
『魔導魔眼の人格だ』
と、彼は答えたがそんな話は聞いた事が無い…魔界の文献も読み漁ったがその様な記録は残されていなかった。
「…あの時の記憶でもあれば…少しは違ったのかもね」
そのまま机につっ伏せると過去の記憶を呼び起こした。
7年前
カイルと出会い 半年が過ぎた
あの時カイルから教えられた魔力の変換技術は魔界の医学に多大な影響を与えた。
中でもアイリスと同じような外部からの魔素の供給が必要な患者は治療法がほぼ確立されたと言っても良い位だった。
しかし、依然としてアイリスは家族からの供給、数ヵ月に一度は人間界を訪れてはカイルから魔素を供給して貰っていた……彼の変換する魔素は家族のモノよりもアイリス本来の魔力に近く、拒絶反応無しに取り込む事が出来る上に、アイリスの魔素生成器官が反応し、自力での魔素を生み出す傾向がみられた。
その日もアネモネと二人で病院でカイルを待っていた。
この頃になると病院関係者の顔見知りも出来て二人と数名の連れ添いの者と来る様になっていた。
「カイルは今出かけているんだって」
アネモネが誰かに聞いたのか、そう告げた。
「ねぇ、迎えに行こうよ!」
「…でも…外には出るなってお父様が……」
「…すぐそこまでだし……それに人間界を見てみたいでしょ?私も見てみたいもの!」
行動派のアネモネに強引に連れ出される形で外に連れ出された………その後当然、院内は大騒ぎになった事は言うまでもない。
初めて見る人間界は近代的なビルが立ち並び、人や車がひっきりなしに行き交う様が二人に感動と興奮を与えた……機械文明がそこらじゅうに溢れ 魔界とは違う科学文明の栄華を極めている。
その結果、見事なまでに二人の迷子が誕生した。
「………」
「……うっ…悪かったわよ…こっちよアイリス」
アイリスの無言の抗議にいたたまれなくなったアネモネは踵を返して歩き出す……帰る方向も知らずに……
気付けは周囲を胡散臭い黒服の男達が取り囲んでいた……僅だが魔力を感じる……どうやら魔族が数人混じっている様だ………
明らかに二人を狙っている。
「…何か用かしら?」
本能的にアネモネはアイリスの前に立ち妹を庇った……
じゃじゃ馬と呼ばれる彼女だったがこの人数は辛いものがある……
一人なら逃げ切ることも出来たかもしれないが、アイリスを置いていく事など出来る筈もない。
「…一緒に来てもらおうか」
黒服の中の一番体型の良い角刈り頭がそう言った……その言葉に込められた魔力はアネモネを遥かに凌いでいた。
「……そんなの素直に聞くわけ無いでしょっ!『……闇の頂に響くは雷鳴……』」
『魔力封印』
アネモネの詠唱よりも先に、この場所の魔力を封じられてしまい、彼女の右手に集まった雷はそのまま空中に放電して消えてしまった……
「いくらガキとは言えアイツの娘だからな……魔法は封じさせて貰うぜ」
男の合図で黒服が二人、手を伸ばして迫ってきた。
「…やっ!!」
アイリスの小さな悲鳴が上がると同時に何かが二人の前に割り込み、黒服の体が宙に舞った…… カイルだった。
「…大丈夫?」
「…カイル」
「……はっ!?それより今のうちにあんたも……っ!」
一瞬の出来事にアネモネは放心してしまっていたが、我に返ると二人を連れて逃げ出そうとしたが、既に周囲を取り囲まれていた。
「……何だ?ガキ……邪魔すると痛い目を見るぞ」
「…おじさん達も寄って集って……ロリコンの集会?」
この答えに満足げに目で合図を送った。
カイルの前の黒服数人がゆっくりと殴りかかって行った……が、カイルはそれを首を捻り、かわすついでに回し蹴りを見舞い男を地面に叩きつけた……
その反動で体を捻り横の男の鳩尾に突きを入れ反対の男に蹴りを見舞った。
「…ほう」
こんな子供一人に仮にも暗黒武術の使い手が三人……舜殺とは……
「…殺れ」
男が呟くと更に三人が襲いかかった。
正面の男は手刀で鋭い突きを浴びせかかった……カイルはその全てをかわし、両手でいなし、その手を掴むと顎に強烈な膝蹴りを見舞った……男はその反動で後ろに弧を描いて地面に叩きつけられた ………一人
次の男はトンファーの様な棒を振り回し襲いかかった。
恐ろしい速度で回転するトンファーを苦もなくかわし続ける……が、一瞬の隙をついて男の片手からトンファーを叩き落とし奪い去った…… 嵐の様なカイルのトンファーは男に全てを防がれている様に見えたがらやがてその身体に何発か突きを貰い始めた。
最後の一撃は相手のトンファーを真っ二つにへし折りそのまま脳天に痛烈な一撃を与えた………二人
最後の男は屈強な体つきの巨体の男で素早い動きでカイルを背後から両腕ごと抱え込み持ち上げ怪力で締め付けた。
「このままへし折って……!?」
渾身の怪力で締め上げていた男の顔から余裕の笑みが消えた。
少しずつではあるが男の両手は押し開けられていた……その一瞬の合間に身体を捻り、男の顎目掛けて伸脚の鋭い蹴りが男の脳を揺さぶった。
意識の飛びかけた男は片膝を付き、倒れる事だけは踏み留まった……が カイルにすれば十分だった。
頭部に両手を付き、倒立の姿勢を取り、そのまま後頭部に両膝蹴りを見舞った。
今度こそ男は意識を失い地面にその巨体を沈めた。
「……弓脚に弧月脚とは……小僧只者じゃないな……」
角刈りはジャケットを脱ぎ去り軽く首をならした。
その男の放つ殺気は今までの連中とは次元が違うのだと周囲に知らしめていた。
「…来ないのか?ならばこちらから行かせて貰うぞ!」
瞬間、男の姿を見失ってしまうほどの加速でカイルに肉薄した、 だがカイルはこれに対応してその拳を両手をガードして防いだ……がその威力を殺す事は出来ずに後方に吹き飛ばされた。
カイルは空中で体制を建て直し着地しすぐに戦闘体制をとる。
「…惜しいな……この先の成長が恐ろしい位だ……」
インパクトの瞬間にバックステップで打撃の衝撃を半減させていた事に気付いた男は全身の血が騒ぐのを感じた。
「小僧…貴様にとってこの娘達は赤の他人だろう?何故助けようとする?何か理由が?」
「理由など無い!…俺には見て見ぬ振りなど出来ないだけだ!」
会話を交わしながらも、攻防一体のやり取りは加速する。
「はっ!そんな綺麗事を!それは貴様の自己満足に過ぎぬ!」
「たとえその通りだとしても…俺にはこうする事しか出来ない!」
悪くない…実に悪くない答えだ……真っ直ぐで己の信念を突き通す真っ直ぐな心強さを感じた。
「だが…小僧!貴様では俺には勝てない…今からそれを教えてやろう!」
男が身構えた瞬間、地面にクレーターを作り跳躍した、魔法の封じられたこの空間で身体強化も使わずにこの威力だ……常人ならばひとたまりもないであろう……
しかしカイルは初撃をかわし、反撃に転じた。
見事にカウンターが決まり、男の体が宙に浮いた……周囲が息を飲むのが判った。
今、この場にいる者は余りの激しい攻防に身動き出来ないでいた。
それはアイリスとアネモネも同じで、逃げることも忘れ二人の戦いに惹きつけられていた。
徐々に均衡が崩れ、カイルが押され始めたその理由はアネモネにも理解できた……体型だ。
確かにカイルは強い…この男とももしかしたら実力は上かもしれない………しかしその差を歴然と分けたのは、大人と子供の体型であった。
幾度と無くカウンターをお互いに浴びせ続けたが、カイルには深く………男には浅い。
手足のリーチの差が時間の経過と共に、明確に現れた。
「これで終わりだっ!」
男の渾身のハンマーナックルがカイルの後頭部に炸裂しカイルはそのまま地面に倒れ込むのだった。