ユキノシラベ 8
「…いやぁ~ごめんねぇ~アイリスの友達にこんな事しちゃって…」
「……そう説明していたのに問答無用で縛り上げられたのですが……」
戒めを解かれた腕をさすりながらジト目で睨む…… が アネモネは悪びれた風もなく笑って誤魔化している……
「……紫音ごめんなさい……驚いたでしょう」
「えっ…あぁ…そっ…そうね…アハハ」
アイリスの言っていることが先程の『手当て』の事だとわかり内心焦った。
数時間前
実習が終わり着替えると、イリュと律子に保健室に連れて行かれたアイリスの元にやって来た……
「…失礼しま……す」
ゆっくりとドアを開け中に入るがイリュ達の姿は無かった……
何処かですれ違ったのだろうか?
「…ん…うっく…」
カーテンで仕切られたベッドからアイリスの呻き声が聞こえた……具合が悪いのだろうか?
アイリスの着替えを近くの篭に置くとゆっくりとカーテンをひいた。
「…アイリ……!!」
そこには上半身の白い肌を惜し気もなく晒し 、ひたすら相手の唇に貪りつくアイリスの姿があった…………相手は………やはりカイルだった。
紫音は余りの衝撃にその場にへなへなとへたりこんだ。
それに気付いたアイリスはその行為を止める事もなく、ただ妖艶な笑みを返した。
「あらあら…迷子の子猫ちゃん」
「…えっ?あのっ…私はアイリスの……あれっ?」
いつの間にか背後に白衣の女性が立っており、あっという間に縛り上げられ隣のベッドに放り込まれた。
「何処の組織の使いかしらないけど、後でたっぷり可愛がってあげるわ」
はわわっ!鳥肌がゾクゾクきました……大変です!
私の貞操の危機ですよっ!
隣のベッドでは同級生で同じ下宿の同居人のお盛んな行為が絶賛進行中ですぅー!
『……紫音…落ち着け、良く見なさい』
脳内からのシロンの声に我に返る。
見ろと言われても…そんな度胸は無いので こっそりと隣をチラ見する………
あれっ?
ふと違和感に気付く。
私も年頃の娘ですから……こういう行為には人並みに興味はありますよ?
夢見る年頃ですから………でも……
この二人の行為は何か違う気がする……何故カイルはあんなに苦しそうなのだろう?
……何故アイリスは そんな彼を逃がすまいと一層激しく貪るのだろうか?
(……!まさか…これが…あの大人のキス?!)
『違うわっ!』
鋭いクロンのツッコミが入る……いいタイミングだ。
『これは…生命力吸収だ』
(……そうか……アイリスの言っていた『彼からの魔素の提供』とはこの事なのか……)
『感心している場合ではないぞ!明かな過剰摂取だ……あいつ……死ぬぞ?』
その言葉にぎょっとする……見るとカイルの口から光の粒子がアイリスの口に吸い上げられている……あれが生命の光だとシロンは言う 。
「……アイリス…それ以上は…っ!」
その行為を見ていたアネモネが声をかけたと同時にアイリスから禍々しい魔力の波動が室内を制圧した。
その変化は彼女の体にも見られた。
その蒼く透き通った髪は根本からじわじわと赤みがかかり、紫色に変化してゆく……目尻はつり上がり、あの柔らかい雰囲気は完全に失われていた。
「……おやおや…誰かと思えば久しいわね、アネモネ」
「……やはりお前か…モネリス」
強烈な魔力の波動の中 体を動かすのがやっとの状態でアネモネが問いかけた。
既に紫音は意識を保つことは出来ず、シロンとクロンの助けを借りて、事の顛末をチャットルームから見守っていた。
「…いつか貴女とは決着を着けないといけないと思っていたのよ…」
「…出来るのか?お前に?お前の魔力から生まれた私を倒せると!?」
……幼き日に行った魔素の供給は本人達も知らない内に劇的な変化を起こしていた。
アネモネから日々移植された魔素の適性数値誤差は2%だった。
この数値はアイリスに軽い拒絶反応を起こしながらも彼女に吸収される……筈だった。
アイリスの本来持つ魔力の影響を受けながら適性化されつつも異なる存在として体内に蓄積されていった……
それはいずれは体外に異物として何らかの形で放出されるか、時間をかけてアイリスに吸収される筈だった。
あの日、カイルと触れあい、彼から流れ込む純粋な魔素はその物体に変化を起こした。
………此処は何処だ?
………私は何だ?
それはアイリスでもなくアネモネでもない全く別の存在……『自我』が芽生えてしまったのだ。