カノジョノジジョウ8
あえてもう一度言おう!…
引っ越しさせられた!!
今は再びカイルとイリュとで私の寮を訪れ、管理人さんと交渉をしていた……
交渉も何ももう荷物運んでるじゃん。
「…しかしだね、いきなりそんな事を言われても、親御さんから預かっている大事な娘さんだから……」
管理人さんはなかなか納得はしてくれない………まっ当然だけどね。
「…話は聞かせて貰った……」
此処に来てずっと黙りこんでいたカイルが口を開いた。
聞くも何もあんたが張本人だろ ……
「…あんた…管理人の鏡だな!その信念たる考え方は素晴らしいぜ……この街に必要な義理と人情を兼ね備えていらっしゃる……」
………見え見えなヨイショだな……と思ったら、管理人さんはまんざらでもない様だ……
「…残念なのはこの建物が老朽化している事ですね……貴方の様な管理人さんがいてこそここまで持ちこたえたのでしょうね……むしろしっかりとした建物で管理人をするべきではないでしょうか?」
カイルの言葉に管理人さんは建物を見上げた……その瞳は慈愛に満ちていた。
「……私達は此処で沢山の学生や単身者を送り出してきた……言わばみんな子供達の様な存在じゃ……この建物も彼等の思い出が……」
ん?………なんか話の流れが変わってきた様な……
「…実はですね…この地区に新しい都市型の独身寮を……」
……管理人さん……凄く食いついてるよ……
カイルがこちらを見て目配せした。
イリュが自分の赤いスマホを取り出し電話をかけた。
「…イリューシャです…はい例の件の手配をお願いしますね」
手短に用件だけ、簡潔に話すと再びポケットにしまった。
「…あと5分もしたら終わるよ」
イリュが屈託のない笑顔で微笑んだ……
「…全然話が見えないんだけど……」
「大丈夫…カイルに任せとけば」
……凄い信頼関係だな……
「そういえばイリュ……」
「うん?」
「その首のチョーカーってもしかして…」
「…あぁ…うん…カイルに貰った物だよ…」
そう言ってチョーカーのクリスタルを触る…
「これはね私が存在している証……今まで生きてきて…これからも生きていく事を許された証……」
その表情からそれについては深く踏み込まないほうが良いと判断した……今は私が知るべき事ではないと直感がそう告げていた。
そこに一台の黒塗りのセダンがやって来た…中から二人の黒スーツと一人の女性が降り立った。
なかなかの美人さんだ……
紺のタイトなスカートにジャケット……肩までの服装と同じ紺のショートヘアに眼鏡がはまりすぎていて
『いかにも』デキる女性なのだと一目で理解出来た。
「…詳しい話はあちらの担当が……では失礼します」
カイルは丁寧に挨拶をすると、帰るぞとだけ言って歩き出した。
管理人さんに至っては、ありがたや~と夫婦揃ってカイルに手を合わせていた……
『紫音ちゃん元気で!』とか言い出す始末……みんな子供じゃなかったのかよっ……
まぁ…無事に引っ越し出来たみたいだから良いけど
「相変わらずお見事です、これで6件目ですね…カイル」
「グレイス…後は任せる」
横をすり抜け様とするカイルの腕を掴むと自ら唇をカイルの唇に押し当てた……スッゴい濃厚なヤツ…………いつまでやってんのよっ!!
タイミングよくイリュがカイルの袖を引っ張った。
「……任されるのであれば報酬を頂かないと…これは手付金代わりです…次こそは今までの報酬も頂けると楽しみにしていますわ」
離れると、眼鏡の縁を正しながらそう言って管理人さんの所に向かった。
「…なんだ?」
「…ベツニナンデモゴザイマセン」
私とイリュのジト目に気付いて怪訝な顔をした………全く…男って!
「…で、何の話だったの?引っ越しとは関係なくなくない話みたいだったけど?」
「まぁ引っ越しに関しては問題ない……後は俺の私情だ」
半年後…此処に新しい20階建ての独身寮が出来るとは想像出来なかったのだが……
「……?」
不意に視線を感じて足を止めた。
「…どしたん?」
それに気付いたイリュも足を止めた………気のせいか……
「何でもない…行こっ」
再び歩き出す紫音を一匹の黒猫が見つめていた。