ハジメテノアサ
「………」
アイリスと二人食堂に入るとそこはダイニングキッチンとリビングが一緒になった広い空間だった。
上品な六人掛けのテーブルの上には豪勢な料理が所狭しと並んでいた。
「ほらほら、紫音も早く座りなよ」
私達を呼びに来たイリュは既にテーブルに着席していた…… いつの間に……
友人の家で朝食をとるなんて初めての出来事に紫音は内心楽しみで仕方なかった。
感覚的には修学旅行の食事を思い出したが……いずれも楽しい思い出など皆無であった紫音にとっては
比べ物になる筈も無かった。
「やっと来たか…アリ姉!揃ったぞ!」
ダイニングキッチンから出てきたカイルが手にしたサラダをテーブルに置くとイリュの対面に座った。
その隣にアイリスが座ったので私はイリュの隣に着席した。
「よっ」
と、キッチンの奥の大きな冷蔵庫のドアをお尻で器用に閉めるとグラスと赤ワインを手にしたアイリシアが上座に座った。
そのワインをグラスに注ぐと姿勢を正して全員の顔を見渡して宣言した。
「じゃあ…いただきますっ!」
威勢良く手を合わせるとグラスの中身を一気に煽った…なかなかの呑みっぷりだ。
「くぅ~効っくぅ!」
…いやいやワインはもう少し味わって飲むものじゃぁ……
まぁいいか……早速目の前のスクランブルエッグを口に運ぶ……うわぁ……美味しいなぁこれ
視界の隅に何か蠢いているものが見えたので視線を向けた……イリュが手を振っていた……
「紫ぅぉん食べてりゅ?遠るぅぉしないで食べぃなもよ!」
口一杯に頬張りながらイリュが謎の言葉を発した、その口元はやはりハムスター並みに膨れていた……
彼女に憧れる男子が見たらドン引き間違いないな…
「イリュ…下品」
アイリスはナイフとフォークを上手く使い分けて皿の上の蒟蒻を綺麗に口に運んで…………蒟蒻?!
アイリスの様な西洋風の可憐なお嬢様がナイフとフォークで蒟蒻を酢醤油でお召し上がる姿はちょっとレアなのかも知れない…………
いや、その食べ方もどうかと……まぁいいか……
「仕方ないだろ、(手当て)して貰えなかったし…魔力を補充するには食べないと…」
箸をくわえたまま上目使いにカイルを見た………熱い眼差しで……
カイルは意図的に無視しているように見えた ……
(手当て)については触れないほうが良さそうだ……
「…自業自得」
何も言わぬカイルに代わり、アイリスが答えた。
「あん?」
「危険な事に首を突っ込むべきではないわ」
二人の間に何やら険悪なムードが漂った……馴れない雰囲気にあたふたしてしまう…
そんな二人の間に程よく出来上がった酔っ払いが乱入した。
「ほらほらイリュ、そんな怖い顔してたら紫音が怖がってご飯食べられないでしょ?」
「…ふ…ふぁい」
見ればアイリシアがフォークに突き刺したフランクフルトでイリュの頬をぐりぐりと突いていた。
「ほらアイリスも食べなさい」
そう言って目の前のイチゴジャムをスプーンで救いとると器用にもアイリスの蒟蒻の上に投げ落とした。
「ふぁ?!……蒟蒻……」
感情を出せない筈の彼女からとても残念な気配がした ……合掌
「食事の時間は楽しくするものだ!」
と、笑いながら再びグラスのワインを飲み干した。
「ア…アイリシアさんは…「アリ姉さんと呼びなさい」……あの…」
言葉を遮られ躊躇したが周囲の皆の目が『逆らうな』と言っていた。
「あの……アリ姉さんは料理がお上手なんですね」
場の雰囲気を和ませるために、話題を変えようと話を振ってみた。
瞬間、空気が凍りついた。……あれっ?なんで?
「ぶ…ぶはははーっ!紫音この凶暴なアリ姉が料理なんか出来るわけ無いじゃない!そもそもこのアリ…ぐぶっ」
「あぁっ?!イリュ…誰が凶暴だって?」
笑うイリュに一層フランクフルトを押し付けるアイリシア……この人には逆らわないでおこう……紫音はそう思うのだった。
「ふっ…がっ…痛いわー!!」
「!!ああっ!私のビッグマグナムがっ!」
イリュが反撃に転じてフランクフルトをかじり強引に飲み込んだ …それを見たアイリシアはわなわなと震える手で先の無くなったフォークを見つめた。
「…最後の…最後のお楽しみだったのに……イ~リ~ューシ~ャ~!」
二人して部屋を走り回り追いかけっこが始まる…あたふたとアイリスに助けを求める為に視線を向けると何故か恍惚の表情を浮かべていた。
何処か遠くを見る目で (ふぅ…)と、溜め息をついた。
「…アイリス?」
「………見つけた……至高の味」
……えっ?食べたの? あのイチゴジャム蒟蒻を……まぁ…アイリスが幸せならそれでいいか………
どうすれば良いんだろ、この状況………カイルと目が合った。
「……何事も無かったかの様に食べろ」
…どうやらそれがこの寮での正しい食事のマナーらしい。
…それは無理だろ……
小さく溜め息をついて食べ掛けのサラダを口に運んだ。
あぁ…このドレッシング美味しいなぁ…
友達宅で食べる初めての朝食はなんとも言えない思い出となって紫音の記憶に刻まれるのだった。