ワカクサノニワ8
朝になった様だ……
やはり見知らぬ天井だった。
私はイリューシャのベッドで眠っていた。
そのイリューシャは床に敷かれた布団の上で少し残念な格好で寝ていた。
……アイリスがいない。
昨晩、イリュに抱き枕の様に抱き締められたままうなされていた筈だが……
ふと、窓の外からの音に気がついた。
イリュを起こさぬ様にそっと窓際に近付くと 庭の光景が一面に広がった。
若草の庭
広い庭は一面の薄緑の若草が朝日を浴びて 輝いていた。
その奥の庭木の先には塀があり、その先は海が広がっている光景はまるで違う世界の様な印象を与えた。
その中央に二人の人物が見えた。
一人はベンチに座る蒼金髪……アイリスと その視線の先……一人何かの構えをくねくねやってる変態……カイルだ。
……あ、くしゃみした。
不意にこちらを見上げると 目があった。
(…お前、また変な事考えただろ)
……と、その目が物語っていた。
その後アイリスもこちらに気付いて、何かを掌から ふぅっと吹く様な仕草をすると、小さな光がこちらにやって来た。
窓をすり抜けて来たそれは、小さなウサギの形になり紫音にメッセージを伝える。
(…紫音もおいでよ。着替えはそこにあるよ)
そう言うと、光が弾ける様に消え去った。
(伝言の精霊)気軽に任意の相手にメッセージを遅れる事から SMS(精霊メッセージサービス)とも言われているとかいないとか……。
指定された場所にあるジーンズとTシャツ…… 広げてみると、先ほどのメッセージを伝えたウサギの姿があった。
(…これ…下着にもついてた奴だよね?)
ウサギ大好きJK……みたいなイメージが定着しそうで少し気が滅入った 。
まぁいいか…
急いで着替えたら イリュを起こさぬ様に そっと部屋を出た。
階段を降りると正面の玄関から外に出た。正面の正門からの階段は上品な
白い石が敷き詰められており、建物も西洋の城を彷彿させるデザインであった。
右手の生垣の端に柵があり、その奥に向かって道が続いていた。
アーチ状の庭木のトンネルを潜ると、先程見た 庭に出た。その先に二人の姿が見えた。
「…おはよう紫音……此処に」
私に気付いたアイリスが ベンチをポンポンと叩いた。
「おはよ…早起きだね」
促されて座る私に紅茶が差し出された。
……昨晩、アイリスに渡された物と同じ香りがした。私はそれを受けとりそっと口に含んだ
「ありがと……オレンジペコ?」
「…当り…詳しい?」
「いや…母がこの銘柄をよく飲んでいたから…」
体が温まると同時に懐かしい気持ちが溢れた。
「…何してたの?」
「…カイル…見てた」
その視線の先にはカイルがいた。 何か拳法みたいな組手?らしき動きをしていた。
凄い、無駄な動きは一切無く的確に急所を打ち抜いている。
こっ…この構えはっ?! まさかっ……
……嘘です。
拳法なんて解りません。
この動きが凄いのかどうなのか私には解りません。
「…何だ…もう起きたのか」
練習らしきものを終えたカイルがこちらに向かって来た。
アイリスがタオルと飲み物を渡す。……良く気が利く娘だなぁ。
「サンキュ」
カイルはそれらを受けとり汗を拭った………昨日から思ったけど……こいつイケメンだなぁ。
「…お前ウサギ好きなJKなのな」
そう言って少し意味ありげに笑う。
……前言撤回。こいつ…性格の悪いイケメンだ。
「…さて…シャワーでも浴びるかな……覗きに来るなよ?」
「行くかっ!あんたと一緒にすんな!」
私の応えに声をあげて笑いながらカイルは歩いて行く……ペースが狂わされっぱなしだ……
「…二人供…仲良し」
「?!はっ?いやいや…そんな訳無いから…」
心なしかアイリスが不機嫌に見えた。
……なんで?
「…私の髪……ホントは翠色だったの」
お母さんと同じ色……と、付け加えた。
長い間治療や投薬を続けた結果、髪の色が変色してしまったらしい。
「…ずっと病室と自分の部屋の往復だった……だから……庭が欲しかったの……自分だけの庭が…」
感情表現が苦手と言っていたが……とても良い顔をしていた。……体調が良いのかな?昨夜より顔色も良いし……なによりその言葉に力強さを感じる。
「…初めて、此処に来たとき、カイルが言ってくれたの
(アイリス、此処は君の若草の庭だよ)って」
「…良かったね」
アイリスの表情から、彼女がどれだけ嬉しいを感じたのが良く解った。
その反面、その感情を喜びとして 感じる事が出来ないなんて……
「…感情を持たない私が……可笑しいでしょ?でも、あの時確かに胸が凄く温かかったの…昨日、紫音が友達になってくれるって言ってくれた時も温かくなった」
「…アイリス…それは私も同じだよ」
「…いつか…この私の病気が治ったら……皆と笑ったり、泣いたり、沢山…遊びたい」
「…うん、一緒に遊ぼう」
紫音にはその日がそう遠くない気がした。