陰陽四神会議 2
「何で私が……」
「仕方がないだろ…皆…動けないんだから」
「……動けなくなる程の原因を作ったのは何処の誰でしたかね?」
「うっ…こうなるとわかっていたから結界張っていたのに…どこかの誰かが解除してしまったからな」
「うっ…このやりとりは不毛だからもう辞めましょう」
「そうだな…」
そんなやり取りをしながら紫音はカイルと一緒に西園寺の家に向かっていた。
絢音の買ったお土産がこちらの荷物に混じっていた為、訳あって動けなくなったアイリス達に代わって届ける為だった。
特に話題がない二人はつい、不満が出てしまったが、その結果朝から何度も繰り返された昨夜の悲しい出来事についての話になってしまうのでこれ以上の不満は飲み込むことにした。
やがて西園寺の家の門が見えてきた。
カイルは躊躇うことなく勝手口を開いて道場へと進んでゆく。
「ちーす」
「おお、婿殿…」
「旦那様っ!」
西園寺家の道場の扉を開け、中に入ると絢音とその母親である西園寺家当主の雪乃がこちらに気がついた。
今日は二人ともお揃いのデザインの色違いのワンピースで着物のイメージの強い雪乃にしてはラフな格好だった。
道場の中央では、龍彦と幸彦が彦麿を相手に組み手を行っていた。
「絢音…今日の服も君にとても似合っていて素敵だね」
「だ、旦那様…っ!!ありがとうございます…この服、お母様と一緒に買ったものなのですよ?」
「あ、絢音…」
「雪乃さんもお似合いですよ…姉妹かと思いました…雪乃さんを見ていると絢音の将来が楽しみですね」
「っ!!婿殿…か、からかわないでください」
「おい!カイル!人のおかんを口説くのは止めてもらおか!」
「おい!貴様!お姉ちゃんもお母ちゃんも渡さないからな!」
「…お前ら…シスコンな上にマザコンなのかよ…呼び方ももう隠す気が無いのな」
「お前…絢音ちゃんのみならず雪ちゃんまで…お前達!力を貸せい!この色欲魔人を倒すぞ!」
「「おおっ!!」」
清麿の声に龍彦と幸彦が声を上げて、カイルを取り囲んだ。
「えー何だよ…まぁいいや…少し遊んでやるか…」
カイルの髪が黒を纏った…アーガイルの魔力だ。
『とりあえず結界を張っておきますね』
「そうね…お願いするわ」
ニトロが結界を張った…ついでに防音結界も張って絢音達と土産の品を堪能した。
道場に中に響き渡る悲鳴や絶叫は全く聞こえなかった。
「さて、では…わしがなぜ異世界へ行っていたかの話をしよう」
清麿がその顎を撫でながら、目を閉じた。
「日ノ本家からの密命じゃ…」
「「「?!」」」
日ノ本家…その名に西園寺家の者たちは自然と背筋を伸ばしてしまう。
「その内容とは?」
「…莉子様のご病気だ」
「「?!」」
「そんな話を聞いていないぞ!」
「だから、密命と言ったじゃろう」
「莉子様って?」
カイルは茶菓子をつまみながら隣のせっちゃんに声をかけた。
「陰陽師の総本山を統べる日ノ本家は有史以来この国を支えてきた名家です…当主以上に力を持つ存在が巫女様です……今代の巫女が莉子様です」
「流石はせっちゃん…物知りだね」
想像以上に雪が詳しい解説を教えてくれた。
つまり西園寺を含む 陰陽四家…北神堂,南条門,東條宮の元締め…会社で言うところの社長的な存在だな。
「それで一体何の病気なんだ?」
「それは私が説明いたします」
「「?!」」
襖が開かれると長い黒髪の日本人形のような女性が、ゆっくりと部屋に入ってきた。
その後ろには巫女装束の女性が付き従っていた。
清麿をはじめ、西園寺の者たちは皆平伏した……状況がわからないカイルと紫音だけが取り残された。
「ねぇ…私たちも頭を下げたほうがいいのかな?」
「そうは言っても頭を下げる理由がないのだが?」
「お前達!無礼だぞ!莉子様の御前だぞ!」
お供であろう巫女がこちらに声をかけた…赤い髪の切れ長の目の美人さんだが、その見た目通りにキツい性格のようだ。
「莉子様ねえ…それで莉子様?俺はどういった理由であなたに頭を下げなければならないのかな?」
「貴様!」
「おやめなさい…立夏…西園寺の皆様も…今日は個人的な訪問ですので…かしこまらないでください」
「ありがたきお言葉に甘えて」
清麿が頭を戻すのを見届けて、全員が姿勢を正した。
「お初にお目にかかります…私、日ノ本莉子と申します」
「?!莉子様!!貴様っ!!ぷぎゃん!」
理子様がカイルに対して頭を下げると、お付きの巫女……立夏がカイルに対して立ち上がり,その裾を踏んで盛大に転倒した。
「ドジっ子だ」
「ドジっ子ね」
「立夏…いい加減にしなさい…」
「莉子様…私は……」
立夏を助けながら莉子様がやんわりと諌めた……立花の怒気がやや薄れた。
「お見苦しいところを…」
「お構いなく…仲がよろしいのですね」
「立花は幼い頃から一緒ですので……」
このドジっ子は能力ではなく情けでお付きの地位を獲得した疑いが浮上した……いや、そんな筈は無いだろう……ドジっ子は相手を油断させるカモフラージュに違いない……
「お久しぶりです…莉子様…ご病気と聞きましたが…」
「絢音…久しいですね……そうですね…見てもらった方が早いかと…」
そう言う時莉子は自分の羽織っている上着を脱ぎ始めた。
「「莉子様?!」」
「旦那様いけません…後で絢音が見せてあげますから…」
「いや…見ないと判断出来ないんだけど…」
お付きの巫女と西園寺の者達が動揺するが、莉子は気にした風でもなく、白の襦袢もはだけるとその背中を晒し始めた。
何故か絢音が赤面してカイルの目を塞いでいるが……ははあ……『莉子様可愛いなー』とか考えてたから……さては絢音……『視た』な?
「ぎくり」
「……よろしいでしょうか?」
「どうぞ……」
莉子様は背中を向けてその衣服を脱ぎ去った。
「「「?ー」」」
「…それは…呪いの類か?」
「…はい…」
彼女の背中には漆黒の文様が、炎が揺らめくようにうごめいていた。
『ふむ…この様な可憐な美少女の背中に存在して良いものではないな』
『激しく同意するわ』
魔眼の二人が何かを言っているが、一応同意しつつスルーしておこう。
「何故…呪いだと?」
「爺さんが探していた素材が解呪に使用されるものが多かったからな…なぜこうなったか理由を聞いても?」
「はい…あれは… 5年前のことです……この国には各所に重要な物を封じた『禁足地』がございます…その全ては我々日ノ本家が管理しています」
「……コレって私が聞いていい話なのかな?」
「紫音も既に関係者なのですから…」
絢音の返答に紫音は困惑する……関係者…それは使徒に関してだろうかそれとも西園寺の家にだろうか?間違えてもカイルの関係者という事は……無い……筈。
莉子は着物を直すと語り始めた。
「その多くは、分家の者や四家に管理を任せたりしているのですが…『三種の神器』が収められた3箇所は日ノ本家の直轄地となっています」
これほんとに聞いちゃいけないやつではないだろうか?
「その中の1つ『八咫の鏡』が祀られている禁足地に侵入者がありました…我らは総出で追い詰めましたが八咫の鏡を使用した痕跡が見つかりました…」
「莉子様!危険です!此処は私達が!」
「なりません!『八咫の鏡』は天帝より任された国宝です!何かあっては申し訳がありません!」
漆黒の森の中を、数名の影が移動する中、その先頭を走るのはまだ幼さを残す莉子だった。
「もうすぐ聖域です!皆さん、警戒を!」
やがて、森が開けると石畳の敷き詰められた空間へとやってみた。目の前には、巨大な石造りの鳥居があった。
「!!聖獣が!」
鳥居の前には、この場所を守護していた二匹の狛犬が地面に伏せていた。
「!よかった…息があるわ…侵入者と戦ったのですね…」
莉子は狛犬の手当てを配下の者に任せると再び鳥居の奥へと進む。
その奥には、心殿造りの建物が見えた……扉は開け放たれていた。
「扉にも結界が張り巡らされていたはずなのに!!」
莉子は錫杖を構えると建物の中に飛び込んだ。
部屋の奥には国宝である八咫の鏡が鎮座しており、その前に黒い衣服に身を包んだ女性が立っていた。
『あら?意外と早かったのね』
「そこから離れなさい!」
女の周囲を日ノ本家の陰陽師達が取り囲んだ……しかし女は顔色1つ変えず、莉子を見ていた。
『さすがは巫女姫様ね…』
「っ?!」
莉子の存在はこの国においても、最大に秘匿されるべき情報であり、その存在を知るものは数えるほどしかいない……その存在を知るこの女は一体…
『あら?私ったら名乗りもせずに…ごめんなさい。巫女姫様、私はアルテナ…第二席の使徒よ』
「使徒…アルテナ…」
莉子は得体の知れない不安に戸惑っていた。
古来よりこの国に仇成す怪異や呪術…そういったものとは全く異質の存在であった…
「鏡から離れなさい!」
『あぁ…貴女はこれのお目付け役だものね…安心して調べ物があっただけだから…それよりも』
それまで希薄だったアルテナの存在感が、濃厚なものになり莉子へと向けられた。
「貴女達に探してもらうほうが早いかしら?』
「莉子様!」
動き出したアルテナに護衛達が影縛りの呪詛を放つ…
アルテナの影から魔力を纏った封捕縛が飛び出すが全て一瞬でかわされた。
アルテナは一瞬で莉子に詰め寄ると抵抗を見せる莉子の錫杖を押さえ込み無力化してしまった。
「くっ」
『その年で、ここまで反応するなんて将来有望ね』
アルテナは莉子の背中に指を押し付けると呪文を唱えた…
「あぐうっ」
激痛が走り、彼女の背中にはうごめく炎のような呪詛が刻み込まれた…
『この呪炎はね、あなたの魔力を燃料に燃え続けるの…魔力がなくなれば、あなたの命を燃やし続ける…そうね…あと5年って所かしら?上手に節約すればもう少し長生きできるかもしれないわね』
その言葉に莉子は戦慄する。
『うふふ…解除する方法は二つあるわ…一つは解毒薬を作る事…材料はね……ちゃんと聞きなさいね…ハロウジュラ草に…クヤンナガの果実…」
アルテナは聞いたことが無い素材を口にし始める……従者は慌ててそれらを書き留めた。
「…一番簡単な方法は…『アルヴァレル』を探し出す事よ?ん?いや…これが一番簡単では無いかも知れないわね……ではまたね…巫女姫様』
そう言い残してアルテナは姿を消した。
「…それで解毒薬の素材を爺に探させてたのか…」
「…無理はさせられないと思いましたが…」
「ワシが自分で志願したんじゃ」
その結果…家族を捨てたと思われたとしても……
「大した忠誠だな」
「何とでも言え…結局集める事は叶わなかった」
「…いえ…清麿…貴方が届けてくれた薬草や素材は私の助けになりましたよ?感謝しかありません……西園寺の皆様にもご迷惑をかけました」
「!!莉子様!頭をあげてください!」
謝罪と共に頭を下げた莉子に対して西園寺の者達はあたふたと慌てるばかりだった。
「…カイル様…私達はもう一つの方法…『アルヴァレル』も探しておりました…そんな時、学園に現れた『カイル・アルヴァレル』…貴方の事は密かに監視しておりました…」
「あぁ…何となく…『視られてる』とは思ってたけど…」
「はい、アルテナは『八咫の鏡』を使い『アルヴァレル』を探していたのだと…勿論我々もその方法を試しましたが『アルヴァレル』に反応はありませんでした…なので貴方の事を…如何なる人物か観察していました…どんな理由があろうと『八咫の鏡』の個人利用は許される事ではありません…」
「え…八咫鏡で?…どこまで見てたの?」
「その…えっと……ほぼ、私生活は全て…」
「……まじか」
莉子はその場で再び手をつき頭を下げた……ほぼ、土下座の様な形だ。
「り、莉子様っ!貴様!」
「頭を上げてください!いやこれは俺も望んでない!」
「いいえ!これはもう犯罪です!私…なんとお詫びすれば……」
立夏が慌てて声をかけるが…それはカイルも同様だった。
しかし莉子を見ればそこまで追い込まれていたことがわかるほどの憔悴具合だった。
「莉子様…この件は…勿論許します…色々と他言無用でお願いします」
「莉子様!私が代わりに謝罪しますので!おい貴様!これで満足か!!」
「流石はカイルの兄貴…日ノ本家の人間に土下座させるなんて……!!」
立花から謎の土下座を受けているが……西園寺の門下生からも謎の称賛を受けているのだが……一体どうすれば……
「と,ところで…今、君の状態は?」
「…アルテナの言葉通り、私は日々魔力を失い、今では何の呪法も使えないただの小娘です……清麿の送ってくれた素材で随分とマシになったのですよ?」」
「…その呪詛をもっと良く見せてもらえるかな?」
「貴様!莉子様の肌を見せるわけ…!!代わりに私の肌を見せてやるからそれで我慢しろ!!」
「……いや…それ意味ある?」
「立夏…」
「うぐぐっ!西園寺の男共はさっさと出ていかんか!!」
カイルに噛みつこうとした立夏は莉子に止められた為、その怒りは西園寺達に向いた。
莉子は袴を緩めると背中を大きく露出させた。
「!!これ…」
「あぁ…『神代文字』だな…」
彼女の背中には均等の感覚で象形文字の様な文様が蠢きながら羅列していた。
「これは俺に対するメッセージだ…」
「あっ…」
カイルがその背中に優しく触れると指先が触れた場所から文字が空中へと飛び出した。
文字は規則的な動きでカイルを取り囲むと人型の輪郭を形成した。
『…久しいな…『アルヴァレル』…』
「…ふむ…君がアルテナかな?」
『?……そうだ…お前は……そうか…なるほど』
「いきなり現れて何勝手に納得してんのかな?」
『いや、すまない…疑問が1つ解消されただけだ…さて、私の目的である『アルヴァレル』を見つけることができたので…ささやかなプレゼントはここ迄としよう…』
「…?……!あぁ…都市の魔法陣はお前の仕業か…」
『お気に召さなかったかな?今夜からは安心して眠ると良い』
そう言って、女…アルテナは鈴の鳴るような声で笑った……線画の状態だが…凄い美人さんはどんな状態でも美人さんなんだと理解させられた。
『…そちらが今のお気に入りなのかな?』
「ぴえっ…わ、私は…無関係…でしゅ…」
アルテナの視線が紫音へと向けられた…
その視線に耐えかねた紫音は言い訳しつつもカイルの背中へと隠れた…
『そろそろ失礼させて貰うとしよう…巫女姫様…ご苦労様…約束通り『呪い』は解除しよう…』
「えっ?」
その言葉に莉子は困惑する…その約束が履行されるとは思っていなかったのだ。
アルテナが指を鳴らすと莉子の背中に残っていた文字が全て空中へと舞い上がった。
それは全て空中に揺蕩うアルテナへと吸収された。
「あぁっ…!」
数年ぶりに感じる自信の魔力に莉子は思わず涙を浮かべ必死に漏れそうになる声を我慢した。
『うふふ…ご苦労様…さぁこれからが本番よ?』
「えっ?」
アルテナの瞳が、怪しく赤い光を放ち莉子は正面からそれを見てしまった。
「いけない!」
何かに気づいたカイルが瞬時に空間収納から剣を取り出すと、アルテナめがけて振り下ろした…が、アルテナは、一瞬で文字に戻り、周囲に散らばった。
「くそっ!」
カイルは反射的に莉子の手を掴み引き寄せた。
「きゃっ」
一瞬でその胸に抱かれた莉子は顔を赤くする……そんな彼女にカイルが何かを囁いた。
そして腕を振り抜くと影のような黒い魔力が二人を覆い隠した。
『甘いわ』
文字は空中を飛び回りカイルの攻撃を避けるとその背後にいた莉子の体へと張り付いていく。
「なに?これっ?!」
神代文字は莉子の全身に張り付き再びアルテナの姿を再現した……莉子の体にアルテナを重ね書きをした様な状態になった。
「ああああああ!!!」
「莉子様!!」
飛び出そうとする立夏は再び裾を踏みつけ頭から床に倒れ……る寸前で襟首を捕まえると、後ろへと放り投げた…その場を莉子の鋭い蹴りが通り過ぎた。
「絢音!結界を!」
カイルの指示に反応して絢音が素早く道場の壁のパネルを操作して『仮想空間武闘場設備』のスイッチを入れ、道場が瞬時に結界で包まれた。
「皆さん!結界の補助を!」
さらに、絢音はその場にいる者に結界の重ね掛けを依頼した。
絢音の『サトリ』の能力は、使い方次第ではとても有能な能力になる…今の彼女は以前と違い、その使いどころも理解しており、実有能で頼りになる存在であった。
後でしっかりと褒めてあげないと……可愛いなぁ…
「だ、旦那しゃま…」
あ、思考読んでしまったか…
「な、何?…これ…は…」
『巫女姫様もう少し付き合ってもらうわね』
自分の意思とは無関係に動く体に困惑する莉子の口から莉子とアルテナ…両方の声が消えてくる。
「『操り人形』かっ!…厄介な……」
『さあ…カイル・アルヴァレル!その力を見せてみろ!』
結界の中に莉子とアルテナの魔力が膨れ上がった。
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