夢の少女 第六夜
「お許しください!」
「下賎な者が触るでない!」
父が縋る平民の少女を蹴り飛ばした。
少女は往来の真ん中で転がるように地面に伏せった。
「!!」
僕は助けに行きたい衝動に駆られたが,父の視線に萎縮してしまった。
「グルーベル…我々はアミシュタッド家は尊き選ばれた血筋の一族なのだ…それをまだ理解していないのか?」
「ち…父上…」
彼女は屋敷の裏手にある農園で働く平民の娘だ…親と一緒にこの農園で働きに来ていた時、年齢の近かったグルーベルと仲良くなっていた…何度か話をするうちに仲良くなり彼の中に淡い感情が生まれていた。
しかし運悪く、父親に密会の現場を見つかってしまった。
「当家の嫡男に色目を使うとは…罰を与えねばなるまい」
「お許しください!旦那様!娘はその様な……」
「黙れ!!」
平伏する父親であろう壮年の男性が声を上げるが父はそれを平気で足蹴にした。
「ふーふー!娘!今から罰を与えてやる着いて来い!」
「嫌っ!お父さん!お母さん!」
娘は父に手を引かれ抵抗するが再び頬を張られ再び地面に転がった。
服が捲れその健康そうな足が父親の目に止まった。
「娘…お前さえ……両親の……仕事が……」
父が娘の耳元で何かを囁いた…娘は身を強張らせると静かに立ち上がり大人しく父の後を着いて行った……
一瞬振り返った彼女の目が救いを求めていたがグルーベルには見送ることしかできなかった。
なんて脆い生き物だろうか……なんて軽い命だろうか……貴族とは平民を消費する生き物なのだ。
グルーベル・アミシュタッド……彼の価値観が歪んだ瞬間だった。
その後、彼女の姿は見ていない。
「……ここは……?」
グルーベルは奇妙な浮遊感に包まれていた。
自分は一体どうなったのだろうか?
異世界から来た女達を拐かす用意を進めていたらいつの間にか息子達が家を焼き払い,過去の犯罪の証拠が次々と発見されて気がつけばお尋ね者なっていた。
「何故だ?何故私がこんな目に……」
私は選ばれたアミシュタッド家の当主である。
平民を虫けらの様に扱い、消費する。
それが正しい貴族の姿だとあの日父が教えてくれた通りに振る舞って来た。
『うわあ……最低のクズ野郎だね』
「誰だ!?」
背後からかけられた声に振り返る……そこには全身を白い衣装に白い髪……白の少女が佇んでいた。
「なんだ貴様は……」
『…貴方もちゃんとした親の元で育っていたら正しい大人になれていたのかな?』
「何を言って……」
『……悪い子にはね……』
白い少女の雰囲気が変わった……周囲の空気は重くのしかかりその姿が変化する……白から黒へ……
真っ白なシーツが墨を吸収するように黒く染まってゆく……
『罰が与えられるんだよ?』
服も、髪も、その肌も…黒く染まった少女がそう言った。
「!!ぎゃあああああ」
グルーベルは激痛で目を覚ました…見れば右腕が肘から先が無くなっており夥しい血が吹き出している……
腕だけではない、身体中が魔物に噛みつかれ傷だらけだった。
そこに巨大いな振動が起こり目の前に巨大な眼球が現れた。
そこに映る自分の姿は怯えて貴族の威厳は既に無い。
あるのは恐怖に怯える哀れな命だけだった……あの時の少女と同じ目をしていた。
目前に巨大な顎門が開かれる……
(ああ…そうか……あの時も少女も……)
やがてグルーベルは巨大な顎門に飲み込まれる。
(…絶望していたんだ……)
肉を砕く咀嚼音が響く中…グルーベルの意識は闇に沈んでいった。