週末異世界旅行 〜とある侍女達の幸福
時は夕刻まで遡る
カイル達が食事をしている最中にカイルの部屋のある階に二人の人影があった。
ヴァルヴィナス家が臨時で雇った侍女……ルーとネーである
「ふふふ……こんな方法でカイル様に近づくなんて……あなたは天才ね」
「いえ…全てはお嬢様の為です」
ぐりぐりの瓶底眼鏡型の魔道具の力を借りて姿を変化させたルミナスとネルフェリアスであった。
この魔道具の偽装効果は完璧だ……あのカイル様やアイリスですら私達の正体には気が付いていないだろう………多分。
マトリーシェの使役していたスノウを解放したことで氷となって囚われていた前外交大臣のクリムトさんが復帰されたので私は晴れてお役御免となった……本当は仮病を使って療養のために引退しますと押し付けてきたのだが………
円満退職……もうこれは寿退社と言っても過言ではない。
この道具は装備した人物の魔力を隠蔽し,見た目も変化させる道具である。
側から見れば魔力も力もない非力で冴えない女性にしか見えないだろう。
「では……任務を開始するわよ」
「ラジャー」
この建物の状況は既に把握している……セキュリティーも我々の世界に比べればガバガバである。
『こっそりとカイル様の部屋に侵入し、こちらから迫ってみるのはどうだろうか?』
『名もなき侍女が,お慕い申している相手に告白するのも捨てがたい』
『年上のお姉さんから迫られるカイル様はどのような表情をされるだろうか?』
前回、ノクターンの館では、アーガイル様にされるがままで全く歯が立たなかった…四人がかりですらあのザマだ。
私はアーガイル様一筋なのだが…今更カイル様に夜這いをかけるなんて浮気ではないのかですって?
ノンノン…
前回経験者であるイングリットを除いた初心者三人組は、早々に意識を飛ばしていたが…実は私は気絶したふりをしてイングリットを観察していたのだ。
アーガイル様だと思っていたあの方は実はカイル様だったのだ!!
アーガイル様とミカイル様達は実体を持たない精神体の様な存在でカイル様の体に憑依している状態なのだと言う……アーガイル様の魔力を循環させる事で『アーガイル』の性格を模したカイル様になるらしい……ちなみに『憑依』できるのはアーガイル様だけでミカイル様は出来ないらしい……性別の問題なのか『魔眼』としてのサポートのみで実体を得る為にはカイル様のクローン体から作られた『義体』に憑依するしかない。
それはアーガイル様も同様で,魔界での義体ですらもカイル様のクローン体にアーガイル様が憑依する事であの、熱い夜を過ごしたのだと言うのだ!
しかも義体での経験はカイル様にフィードバックされるのだ!
あの魔界の夜ですらアーガイル様の魔力が消えたかと思うとその姿はカイル様に変わっていた……全ての義体はカイル様のクローンだからだ!
そこで、イングリットとカイル様のピロートークを聞いたのだ。
『全くあなたと言う人は…はじめての相手に対してこんな……』
『いやごめんごめん…どうしてのアーガイルの魔力が多くなると行き過ぎちゃうというか、やりすぎちゃうというか』
『私の時もそうでしたけど…はじめての時はもう少しロマンチックな雰囲気も大事だと思うのですよ?』
『何?妬いてるの?』
『そっそんな……そうですよ!妬いてますよ!今まで私が独り占めだったのに……こんなにたくさん』
『ごめんごめん…しかしリットにもそんな可愛い一面があるとは……これは甘やかしてあげないとね?』
『あっ…カイル…そんな…』
何と言うことでしょう!アーガイル様の魔力をまとったカイル様は、それはもう魔界の住人からすれば、典型的な荒々しい悪魔的な人ではありますが…その後のカイル様は、もう甘々の甘々で甘々々でした。
正直、リットがうらやまけしからんと思いました。
「侍女であるからにはカイル様のお世話をしなくてはね」
「今の主人は双子令嬢ですよ?」
ネルから冷静な指摘が飛んでくる…全く真面目なんだから…
「ネー…私達は有能な侍女なのですよ?空いた時間にカイル様の身の回りの世話を焼くぐらい朝飯前でしょ?」
「…それはお嬢様…ルーの趣味では無いですか?」
呪文を使い鍵を開ける…私たちは違う部屋なのでもちろん合鍵など持っていない。
「ルー…それに……これは犯罪では無いのですか?」
「ネー…これは侍女の仕事を全うするためにやむなくこうしているのです…ご奉仕の為には必要な事なのです」
そう言いながらも、気配を消して、部屋の中に侵入するルー…何かしでかすのではないか心配してついていくネー…なんだかんだと言って、仲の良い二人であった。
「…荷物が少ないですね…」
「カイル様は次元収納を使っておられますから…」
「くっ!盲点だったわ!!…せめてベットの残り香を嗅いでおきましょう…」
「ルー……そもそもエレン様と相部屋なのですからどのベッドを使っているかなんて……」
「こっちよ!間違いないわ!私があの方の匂いを間違えるはずなんてないもの!」
そんなまさか…とは思いたいが、これまでの行動を顧みれば、あながち否定できない。
「ふぅぅーっ!!!!…あぁっ!!」
「…ルー…目が逝っちゃってますよ…」
「ネーもどうかしら?もうこのベットお持ち帰りしたいくらいよ?」
「…そんな……では…少しだけ……すぅっ……!!!!!」
何だこれ?!ヤバいっ!!力が抜けるっ!子宮が震えるっ!!
別に匂いがキツイとか臭いとかではなくて…ほんのりと香る残り香に含まれる魔力残滓が強力なのだ。
「これは中毒性が心配ですね……ルーこれ以上は……?ルー?ルー!!」
見ればルーは白目を剥いて昇天していた。
何これ…足が震えて上手く立てない……
「効いてる様だな…」
「?!何者っ!」
気がつけば怪しげな風貌の男達が室内に侵入していた……
「…ぬっ…ターゲットではないな……奴の侍女か?まぁいい…コイツらを人質にして誘き出すか…」
「くっ!触る…な!」
「まだ動けるのか?驚きだな…パニックマッシュルームのガスだぞ?」
それはこの地域に生息するキノコ型の魔物で状態異常を引き起こすガスを振り撒く危険な生き物だった。
(カイル様の残り香だけでこんな状態になるなんておかしいとは思っていましたが……ルーはこのガスにやられたのですよね?えっ?ガスのせいですよね?)
「追加でガスを吸わせておけ」
「了解……明日の朝までぐっすり眠ってろよ」
ネルの前に、差し出された匂い袋の匂いを嗅ぐと、より一層と意識が混濁することが感じられた。
男がルミナスに手持ちの匂い袋を振りかけた……粉末が周囲に漂いルミナスがそれを吸い込むと……
その場にすっと立ち上がると、その男を払うような仕草で、壁際に叩きつけた。
「なにっ?!」
「何してるの?貴方達、折角のあの方の匂いが消えてしまうじゃないの!」
「ばっ馬鹿な!ジャイアントグリズリーですら昏倒させるガスだぞ?」
「…おい、人の楽しみを邪魔にしたんだ…?覚悟はできているんだろうなぁ?こんなチャンスは滅多にないんだぞ?どれだけこの日を楽しみにしていたと思ってるんだ!ふざけるなよ!お前達!よりにもよってこんな訳のわからない変な匂いを嗅がせやがって!!嗅いでいいのは嗅がれる覚悟のある奴だけだ!!生きて帰れると思うなよ!!」
ルミナスの魔力が、爆発的に増幅した。
「ひいっ!なんだこれは!話が違うじゃねーか俺達はただ女を攫って、それを囮にしてカイルって男を呼び出すように言われただけだ!」
「何て事……あの方を罠にはめようだなんて…」
その瞬間、ルミナスの脳裏に先日、イングリットのところに泊まりに行った時に暇つぶしに読んだ『魔界公爵令嬢の第16巻』のワンシーンが再生された。
「ベル!ベラ!」
「「ヴァル様!!」」
「約束通り来たぞ!彼女達を解放しろ!」
周囲を断崖に囲まれた荒地の中央にはベルベラの二人が縄で縛られその場に座らされていた。
「まさか、馬鹿正直に来るとは思わなかったぜ…やはりあの話は本当だったんだな……最強と言われるお前にも弱点があるってな!それがこの女達だ!」
「くっ!」
「お前の可愛い女達に傷つけられたくなかったら、武器を捨てろ」
「いけません!!ヴァル様!私達は?の事は気にせずに、早くこいつらを」
「黙れ」
「あうっ!」
乗り出すベラを隣の男が蹴り飛ばした。
「ベラっ!!」
「動くんじゃねー!さっさと武器を捨てろ」
「っこれで満足か…さっさと彼女達を解放しろ!!」
「ハハハハハ!馬鹿めっ!野郎ども!そいつを取り押さえろ!!」
ヴァル様は達に取り押さえられ地面にねじ伏せられる。
「お前の大事な女達が可愛がられる所をそこでじっくり見てろ」
「やめろっ!離せっ!!」
「お前はそこでじっくり見てろ!さぁ、お楽しみの時間だぜ」
男たちの手が、怯える彼女達へと伸ばされた………
「……いい……」
「?」
「いいわ!これよ!これっ!!」
ルミナスの魔力が消え失せると同時に、突然、彼女は大声を上げ身もだえ始めた…周囲の男たちはどうしたものかと様子を伺っている。
「…あっ?…なにかとつげんめまいがーいしきをうしなってしまうー」
何の感情もこもっていないセリフを述べ、そのままベッドの上に倒れた。
突然の事に、男達はどうしたらいいのか戸惑っている。
「おい、早くしろ!カイル様が帰ってくるだろうが!」
「は、はいっ」
「だいぶ時間をロスしたからな…急げ!手早く行動しろ!おい丁寧に扱えよ?変なとこ触るなよ?殺すぞ。」
「はっはいっ!!」
男達は動揺しながらも当初の手発通り襲撃を行ったが目的であるカイルは不在、代わりに大事な侍女を攫って来た事で彼らの面目を保つことができた。
「…お嬢様は……なんで……平気なんですか?…」
「あら?ネル大丈夫?顔色が悪いわよ。後は私に任せて少し眠りなさい。大丈夫心配しているような事は何も起こらないから」
意識を失ったネルフェリアスは、それはそれは割れ物を扱うように丁重に運び出された。
指一本でも触れようものなら確実に自分の命はない……
幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた闇ギルドの構成員たちだからこそわかる危機感を常に感じていた。
「それでこの後はどうする予定なの」
「はい、姐さん……まずは仮のアジトに人質を運び込み対象を誘き寄せます」
「ふむふむ」
「目標が現れたところをグサリです」
「……」
「どうですか?」
「だめね」
「ダメですか?……依頼は対象の排除ということなので、効率は良いとは思いますが。」
「ダメよ…ときめきもロマンスも足らないわ…」
「…ロマンスですか?」
ルミナスは全員を『不可視』の魔法で姿を隠し宿から外に出た。
そのまま徒歩で仮のアジトとやらに向かっている…今後の計画について、詳しそうな小柄な男を一人,従僕のように扱いながらも状況を把握した。
思ったよりも私の願望に沿う形の計画で満足だった。
「どうなっている?なんだ?この侍女達は?」
そこに何か偉そうな豚がやってきた…そうか……こいつが黒幕かカイル様に仇なすとは万死に値する!!
(お嬢様、お嬢様…このままだとカイル様に叱られたりしませんかね?)
ネルがそんなことを言い始めた。
この完璧な計画のどこが叱られると言うのだ……いや、私が主導している時点で叱られるそうな気がしてきた。
(やはり責任者は必要だと思うんです。どうです?この豚適任者だと思いませんか?)
「お前は神か?!」
私たちは、一瞬で持ってきた荷物の中にある人形に侍女服を着せると、ローブに身を包み、怪しげな姿を現した。
「なんだ、お前たちは?」
「闇ギルドから派遣されて参りました…あなた様にお力添えをいたします」
「いたします」
結論から言うと思っていた展開とは違い、あっさりと正体もばれてしまったのだが。
砂漠に釣り上げられた哀れな二匹の魚は、朝まで溺れるほど水を与えられるのだった。
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