異世界週末旅行 〜とある貴族の末路
指定された場所は閉鎖された炭鉱だった。
「こんな場所があるなんてな…」
カイルは入り口から中を伺い『探索』の魔法で中を探る…この炭鉱は、緩やかな道が下に向かって掘られており、そこからそれぞれの採掘場に向かって枝分かれしする作りになっていた。
本格的に掘られた坑道は一つでそこを階層に例えるなら五階層程度の作りで下に人の反応があった。
「典型的な待ち伏せかな?せっかくの招待だから受けないと失礼だよな」
暫く進むと開けた場所に出た…中央には二人の男とミノタウロスが居た……テイマーか?何かぎこちないな……
「良くぞ此処まで来たな……囚われの姫を助けるには我々を倒さなければ進む事はできないぞ」
「…?姫?…お前達…なんでそんなに棒読みなんだ?」
男達の態度に警戒する…そもそもミノタウロスがこんな所に居て良いモンスターではない。
通常のダンジョンにおいても、もっと下層に現れる存在だ…
『ブオオオ!!』
「ひいっ!」
ミノタウロスの唸り声に男が手に持っていた鎖を離してしまった。
「囚われの姫は我々の手によって……げぎゃっ!!」
魔道具『服従の鎖』から放たれたミノタウロスは目の前の男をその手に持つバトルアックスで両断した……そして隣の男も同じ末路を辿った…囚われの姫とやらのストーリーが最後まで聞けなかった。
「…テイマーでは無いのか?…えっ?暴走?」
目の前の出来事に混乱するカイル……なんだ?何が起こっている?
取り敢えず襲ってくるミノタウロスの戦斧を受け流し、距離を取る…このまま気配を消して下に進むことも可能だが…そうなるとこのミノタウロスは外に出てしまうだろう……
「くそっ…嫌がらせかよ…」
カイルは腰の剣を抜くと正面から対峙した。
雄叫びを上げてミノタウロスの巨大な戦斧が振り下ろされた。
カイルはそれを剣で受ける様にして横へ勢いをずらした……その結果ミノタウロスは体勢を崩した…その横を疾風の様にカイルが通り過ぎ様に斬りつけた。
「?!浅いっ!」
足を狙ったがその傷は浅く、ミノタウロスの機動力を奪う事には至らなかった…予想よりも強靭な筋肉をしていた為刃が入らなかった様だ……そこに不思議な現象が起きた…
ミノタウロスの体を淡い光が包み、その傷が一瞬で癒えたのだ……回復魔法だ。
「?!なんだコイツ?!…」
周囲を伺うが他に伏兵や仲間の気配は無い…後衛の支援かと思ったが……魔法を使うミノタウロス?!いや…それ、災害級の存在じゃ無いか!
さらに不可解な事象は続く。
「?!」
ミノタウロスの体が再び光に包まれる……身体強化、魔法防御、速度上昇……バフのオンパレードだ。
「遠隔支援?…厄介な存在がいるな…」
おそらく何らかの方法でこちらの状況を把握している存在により遠隔にて強化が行われているようだ。
コレ、本当にグルーベルの仕業か?あのクランの連中がこれほどの力を持っていたとは考え難い……闇ギルド?
「アーグ…ミカ…支援を…」
『わーなんだこのダンジョンはー意識が保てないぞー』
『あーれーなんだが眠くなってきたぁーzzzz』
「ちょっと?!」
両肩のアーガイルとミカイルが素人同然のセリフを残して閉じてしまった。
何なんだよ……ここは演技が大根になる迷宮なのか?
そうこうしている間にもミノタウロスの振るう戦斧が轟音を立てて地面を穿つ……
「くっ!」
横に飛び退きその範囲から離脱する…
「ふっ…ふふふふ…ふふふふふふふ」
突然カイルは肩を震わせて笑い始めた。
「何だよ…ご褒美とか言って来た筈なのに…今頃美味い飯食べて…アイツらと楽しく過ごしてる筈じゃ無かったのか?何でこんな場所で泥塗れになってんだよ…馬鹿馬鹿しいにも程がある…」
その場でゆっくりと立ち上がるカイルにミノタウロスが再び襲いかかった。
『先生』
その瞬間、無数の閃光の様な剣の軌跡が繰り出され、ミノタウロスを肉塊へと変えた。
「お?なかなか上質な肉だな…A5等級だな…斧もデカいな…取り敢えず貰っとくか…」
その場にあったもの全てを収納すると更に地下に向けて歩き始めた。
「な、何なんだ?!」
「流石ね……」
最下層では空中に映し出された映像を見てグルーベルが大声を出した…あのミノタウロスが一瞬で……
隣のローブ姿の人物は特に動揺したそぶりも見せず、何か納得した様な様子だった。
「何を落ち着いている!奴を仕留めないと我々は終わりなのだぞ?!」
「落ち着いてなさい…相手は『悪魔』よ?これぐらい予測の範疇だわ」
「こうなる事は予定通りです」
このフードを深く被った女達は闇ギルドの幹部らしい……あのミノタウロスを用意したのもコイツだ…
しかし、何故私がこんな薄暗い洞窟で、こんな目に合わなければならないのか……本来ならば、イングリット達を街に連れ出しその後屋敷に招待して夕食を美味しく頂いた後であの女達を美味しく頂く予定だったのだが……
『旦那様!大変です!屋敷が火事です!』
馬車に駆け付けた従者の言葉に慌てて屋敷に戻ってみれば…屋敷は炎に包まれており、何故が二人の息子達が屋敷に火を放っていた。
地下室から色々といけない証拠が見つかって、違法な奴隷も皆保護されていた。
このままではマズイ!そう直感した私はそのまま取引のある闇ギルドに駆け込みこの騒動の主犯『悪魔』を特定して排除を命じたのだが……本人不在の為何故か侍女を二人攫って来た……いや、これはコレで使えるのでは無いか?聞けば既に誘き出したらしいので闇ギルドの総力で潰す事にした。
人質と共に闇ギルドのトップを名乗るフードを被った怪しげな女二人がやって来てこの場を段取りした。
人質の侍女二人は奥の岩陰に拘束して放置しているが……気絶,もしくは眠らされている様だ。
「次はどうするのだ?」
「ふふ、次の階層はどうされるかしら?」
その妖艶な笑みを浮かべる口元に身震いを感じる…
「あー…デカいな……」
次の階層には巨大なスライムが居た。
『巨人粘液』と呼ばれる種類だ。
一緒にいたであろう男達は着いた時には既に取り込まれて消化されている途中だった…ちゃんと管理できていないな…過剰戦力ではないだろうか……その消化スピードは驚異的だ……強酸…と呼ぶにしても早すぎるだろ?
カイルに気がついたスライムは体をぷるぷると震わせて……
「?!」
カイルが本能的に右に飛び退けると同時にその場所に覆い被さったスライムにより地面から白い煙が立ち込めた。
「何だこの速度?!」
スライムとは思えないほどの速度だ。
どうせ怪しげなバフがかけられているに違いない……
「…何なんだよ全く…」
愚痴をこぼすカイルにスライムが覆い被さった。
「……ふふ…ふふふ!!素晴らしい!素晴らしいわ!!」
「はぁ…はぁ…堪らないわ」
「お、おい…スライムもやられたぞ?大丈夫なのか?」
あの後、カイルに飛び掛かったスライムは空中で傘の様に広がりカイルを包み込み様に飲み込もうとして……固まった。
室内全体が絶対零度の冷気によって凍り付いたのだ。
「あの一瞬で『氷雪地獄』を展開させるなんて…流石としか言いようがないわ」
映像の中のカイルは凍りついたスライムに衝撃を与えることで、細やかな粒子に変えていた…手に持った小さな小瓶に全てを吸い込ませると、後に残されたのは、スライムの核とも言うべき巨大な魔石だった。
「どうするんだお前達?!」
「大丈夫よ……次はそう簡単に行くかしら?」
「次は何だ?」
再び下の階層へとやってきた。
そこにあったのは無造作に転がる大小の岩だった。
カイルが近づくと岩達が震え、動き出し、人型へと姿を変えた。
「なるほど…ゴーレムか」
カイルは距離を取り様子を伺う……ゴーレムはやや腕が長めに設定されており、見た感じはゴリラのようなイメージを受けた。
ゴーレムが、一瞬、体を縮めると、次の瞬間凄まじいスピードで跳躍してきた。
「うおっと!」
咄嗟にバックステップで後ろに飛び退いた…が…ゴーレムも彼を追って再び跳躍した。
「!!」
取り出された拳を手で受け止めるが後方へと弾かれた。
「こいつ……見た目に反して反応速度が凄いな」
手応えからして素材もただの岩では無いようだ……
『先生』
『……刃こぼれするから嫌だ…お前がやれ』
「ちょっ?!」
先生なら一瞬なのだが…まさか拒否されるとは思わなかった。
今日は皆、非協力的だ……
「仕方ないなぁ……鑑定……『ミスリルゴーレム』………ミスリルかよ?!」
並みの剣では刃が立たないだろう………先生が嫌がるのも頷けた。
ミスリルなら魔法抵抗も高いため……格闘術しかないか……
「やれやれ……」
カイルはその場で構える。
ゴーレムの剛腕から繰り出されるその一撃を,一瞬手の甲で押し上げる形で軌道を逸らした。
その瞬間に、懐に潜り込み魔力を乗せた掌底を胸元めがけて打ち出す。
鈍い音が響き,ゴーレムの装甲と呼べるミスリルに亀裂が入り,中央のコアがむき出しになった。
ゴーレムは、目の前のカイルに向け打ち下ろしの一撃を繰り出したがカイルは一歩,体をずらすことでその攻撃を難なく避けた。
すぐに襲いかかってくるゴーレムの足元に蹴りを一撃入れる事でゴーレムの動きをキャンセルした。
ゴーレムの体が硬直し、その隙をカイルが見逃す筈無かった。
「食らえ!!」
その巨体に強烈なボディーブローを二、三発打ち込むとゴーレムの軸がぶれた。
瞬間,回し蹴りを食らわせ,更に胸の亀裂に追加のダメージを与えた。
ここからコア目掛けてラッシュを叩き込み破壊する予定なのだが、そこで予期せぬ出来事が起こった。
ゴーレムが両腕をクロスして、こちらの攻撃をガードしたのだ。
「?!」
しかも、その後、いわゆるしゃがみ小キックによりこちらのコンボをキャンセルしてきたのだ。
「知能搭載型か?面白れぇ!」
カイルは一定の距離を取ると再び構え直した。
「強いっ!!」
ローブの女性が、コントローラーのボタンを激しく叩いた室内にはキーを操作する音だけが響いていた。
「次来ますっ!」
「わかってる!」
自称ギルド幹部は目の前の画面に映し出されたゴーレムを手元のコントローラーで操っていた。
もう一人の幹部が熱狂した様にアドバイスを送るが画面上のゲージがグングン失われてゆく……HPという生命力を現す表示らしい…後少ししかないじゃん。
「お、おい…大丈夫なのか?アレがなくなったらダメなんだろう?」
「おっさん五月蝿い!わかってるよ!だけどここからだ!必殺ゲージ溜まったぁぁぁぁぁぁ!!」
「今!今!上上下下左右左右ABX!!!!」
ゴーレムに蹴りが決まり強烈なノックバックでその巨体が停止し……かけた。
「コレで終わり……?!ヤベェっ!!」
ゴーレムが突如姿勢を正し、全ての外装が剥がれ落ち、その下からは夥しい数の砲門が現れた。
『フルバースト!!』
ゴレームから声が響いた方思うと、すべての砲門から辺り一面にレーザービームが発射された。
「くっ!」
カイルは走り出し、次元収納から小型の盾を取り出すと自身に襲いかかるレーザーを避けながら,時には盾で防ぎながら駆け巡った。
「危ねぇなっ!何だよこのゴーレム……?!やばっ」
レーザーが途絶えたと思ったら正面からコアに光が集中しているのが見えた……波動砲とかパミュパミュ波〜とか呼ばれる凄いやつだ……どうやらこの射線上に誘導されていた様だ。
カイルは収納から巨大な盾、ラージシールドを取り出すと地面に打ち込み体で支えた。
やがて周囲は眩い閃光に飲まれた。
「やった!!」
「あん?あの方がこんな攻撃でヤラレる訳無いだろうが!!」
「そこで黙って見てなさい!」
見事な攻撃に称賛を送ったのだが,何故か怒られてしまった……解せぬ……
「しかしこれで一安心だな…あの男も、もはや生きてはいない…後は、金の力でどうでもできる」
グルーベルが安堵のため息を漏らしたが、背後の二人からは、氷点下のような視線と魔力が感じ取れた。
「お前、いい加減にしろよ?カイル様があの程度で死ぬと本気で思っているのか?」
「全く…知性のない豚だと思っていましたが…本能すらも失っていたようですね」
「君たち、本当に俺の味方なのかな?」
その時、階層の天井が大きな音を立てて崩れてきた…上から巨大な物体が落ちてき来たのだ…それはよく見ると
ミスリルゴーレムの残骸であった。
「はっ?!えっ?!」
三人が慌てて画面を見ると、そこには大きく「YOU LOSE」の文字が浮かび上がっていた。
「いつの間に…」
残骸の影からゆっくりとカイルが歩み出た。
女達も緊張しているのが伝わった……やはりここは自分で何とかするしか無い!!
グルーベルは、即座に走り出すと後ろに捕らえてある侍女を人質にした。
「それ以上近づくな!!お前の女の命は無いぞ!!」
「………誰だよそれ?」
「んなっ?!」
冷めた目でこちらを見るカイルの発言に、慌てて手元の侍女を見る……
「?!人形?…なんだ。これは!!」
そこには侍女の服を着た風船のような人形があるだけだった。
「えーっと…説明書によると、ナンシーちゃんとキャサリンちゃんですね」
「どこでそんな物を……」
「確か…護衛の方の荷物の中にありました…」
「……マードックで無いと願いたい」
絶対にキースのだとは思うが…この件については触れないでおこう。
「さて…一体何を企んでいたのかな?ルミナス…ネルフェリアス」
「うっ」
「バレてる……なんで……」
「ここまでくれば声でわかるだろ?」
「うう〜上手くいかないわね……」
計画ではカイルが辿り着いた時は魔道具の眼鏡で侍女に変装しておく筈だっのに……
深くローブをかぶった闇ギルドの幹部は、ローブから素顔をさらした。
「………美しい……」
ローブの下から現れたのは蒼を含んだ美しい黒髪の女性でその肌は雪の様に白くそれに従うもう一人の女性は他同じ黒髪を丁寧に編み込んだ髪型の褐色のダークエルフだった。
隣のグルーベルが何か言っているがとりあえず無視しておいた。
「お前達…何故こんな事を?」
「カイル様がいけないのですよ!!」
「えっ?俺?」
「そうですよ……釣った魚に水も与えず……砂漠に放り出した上に自分達はプールサイドからそれを眺めるような仕打ちを!!」
「…なんの話?」
「お嬢様はこう言っているのです…私達をその毒牙にかけながら、その後何のお誘いもなく放置されて、アイリス様とはキャッキャうふふとこちらの世界にまで旅行に来る始末……全くきのこ男の風上にも置けないきのこですね!」
「それはすまんかった…しかしお前達ほどの身分になると…ルシリアにもどう説明したものかと……」
「今回お母様に相談したところ、侍女枠にねじ込んで貰う事ができました」
「あー…そうかー…そうきたかー」
「お前達……一体何の話をしている?…知り合いなのか?俺を騙していたのか?!」
「え?お前達グルなの?」
「いいえ…純粋に誘拐されただけですが?」
「……そもそも何で俺の部屋に居たんだ?」
「……その…それは……」
「いい加減にしろ!」
自分だけ置いてきぼりにされていたグルーベルが突然声を荒らげた。
「なんだよおっさん……お前は後で騎士団に突き出しやるから大人しくしてろ」
「そう簡単にはさせるか!!」
グルーベルがそう言って懐から赤い魔石を取り出した……
「これは狂乱の魔石と言って魔物を凶暴化させ……」
「はいはい…そのおもちゃを持って遊んできなさい」
ルミナスが手を振るうとゲートが現れ、グルーベルの姿が消えた……
「おい…一応、あいつを捕まえに来たんだが?」
「カイル様?貴方様をお慕いする女を放っておいてあんな豚を選ぶのですか??」
「いや……まあ…いいか…他にも聞きたい事はあるが…帰るぞ…」
「……お仕置きですか?」
「…それもあるが…釣った魚に水もやらないといけないだろ?」
「「♡♡♡」」
『……二人の正体に気がついて居たから手を貸さなかったんだな?』
『そうよ〜私には女の子を傷つけるなんて出来ないもの』
『俺は女は愛でる男だからな……』
『気がついていたなら教えてくれよ……』
本当に自分は何をやっているんだろうと溜息をついてしまいそうになるが,両隣の笑顔見ると、まぁいいかと思ってしまうのだった。
その後、ゲートを開き三人は帰還する……後に残されたのは侍女服を来た人形だけだった。
「……うっ……ここは……」
グルーベルは周囲を伺った……突然の転移に驚いたが周囲は暗闇に包まれており妙に生暖かい……
「何処だここは?何も見えな……!!」
何かに足を取られその場に転倒してしまい手に持っていた魔石を落として割ってしまった。
「くそっ!魔石が……なんだ…この音は?」
ぐるぐると低い音がいくつも聞こえてきた……
「『光源』」
グルーベルが周囲を照らす明かりの魔法を使った……
周囲に見えたのは幾つもの赤い光……そのシルエットが浮かび上がった……
「?!キラーリザード?!バカな……!!ここは魔物の巣?!」
周囲に居たのは無数のトカゲの魔物キラーリザードだった…普段は温厚な魔物で縄張りを荒らす様な事をしなければ襲われる事はないのだが……先程割れた『狂乱の魔石』の効果により凶暴性が強制的に目覚まされていた。
「ああ……来るな!…来るな!!うわああああああ!!!」
全てのリザードがグルーベルに殺到する……しかし目覚めた凶暴性は治る事なく全ての魔物に伝染してゆく………
街の近くにある 迷宮の深層での出来事だった。