週末異世界旅行 4
「さーてグラトン…お前達の『互助会』はここで間違いないな?」
「は、はい…」
やってきたのは、街のはずれにある森に近い場所にある建物だった… 位置的には周囲から見つけにくく、小さな林を少し抜けると結界に囲まれた場所にその建物はあった。
少々手の込んだ装飾がされており、冒険者の所有する建物にはとても見えない。
まぁ犯罪者のアジトにふさわしいと言えよう。
ここに来るまでの間に、『記憶閲覧』で記憶を見たが…完全にアウトだった
以前、こちらの世界にやってきた時、登録したての新人冒険者であるカイルとイリュにやたらと絡んできたのがグラトンだった。
優しい先輩を演じて、森の奥へと誘導し、恐喝まがいのやり方で,装備や報酬目当てに相手を襲う事を行なっていた……弱みを握って相手の報酬を掠めたり、悪事に加担させたりと異世界版の不良グループであった。
当然、返り討ちにしてその場に放置してきたのだが、その後,グラトンは運良く街にたどり着いた。
なので呼び出して、土下座させて改心すると誓わせたのだが……
「…似た様な連中と組んで『互助会』を立ちあげたのか…」
『互助会』とは志を同じにする冒険者が所属する相互協力の団体でクランに所属するメンバーでパーティーを結成したりランクの低い冒険者の育成やクランでの討伐、迷宮踏破などの活動を行っている。
冒険者にとっては非常に助かる制度なのだが、ギルドの裏をかいて悪用する者も一定数存在する。
「ゆ、許して…」
「お前が襲った人達がそう言った時お前はどうした?」
「!そ、それは……」
「せめてもの救いは…命まで取っていなかった事だな……どちらにしろそれも今日までだ……ちゃんと責任を取ろうな?」
「は、はい……」
大人しい態度を見せるグラトンだが、クランに着けば多くの仲間が待機している……いかに『悪魔』と言えどクラン全員を相手に無事では済まないだろう……
そんな考えに希望を見出すグラトンだが、全く意味がない事だと知るのはもう少し先の事だった。
「ん?グラトンどうした…何だそいつは?」
クランの建物の前の門に二人の戦士風の男がいた…門の横には休憩所のような小さな建物が存在した。
彼等はグラトンと歩く見慣れないカイルに不審な目を向けた。
「こ、この人は…」
「おーここが噂のクズ共のクランハウスかぁ…」
「何ぃ?!」
「んだとぉ?!」
軽く挑発すれば直ぐにこちらに掴みかかってきた…チョロいな。
「あっ、これって暴力?じゃあ身を守るしかないなぁ…」
「テメェ何をふざけた……」
「『衝撃波』」
カイルが男の胸を軽くてを当てると凄まじい衝撃と共に門の横の建物に直撃した……建物は大きな音を立てて半壊した。
「!!テメェ!!」
「もういっちょ」
「!!」
二人目も同様に吹き飛ばれて建物に激突する……建物は粉々に破壊された。
「さぁ…大掃除を始めるかぁ…」
屋敷の入り口に向かってゆっくりと歩きながら魔力を練り込む……
「さてと先ずは宣戦布告だな」
手元に集めた魔力の塊を玄関に向けて放り投げる……建物に接触した魔力が反応し小規模の爆発を起こした。
騒ぎを聞いた仲間達が二階や奥の部屋からゾロゾロと現れた。
「今の音は何だ?!」
「何だ?お前は!」
「おー……よくもこれだけ集まったもんだなぁ」
入り口から入ってきたカイル達に気がついた男がカイルを掴もうと手を伸ばして来たが、カイルはその手を掴むと後ろに放り投げた。
男はそこに積み上げてあった資材の山に突っ込み大きな音を立てて気絶した。
「な、なんだ!てめえ何者だ!」
「相手は一人だ!!やっちまえ!!」
「ふははは!貴様と言えどこの人数を……」
隣のグラトンが急に元気に喋り始めた……情緒不安定かな?
「お?剣を抜いたな?これは正当防衛だからな……『恐怖』」
「な…何だ……」
カイルの周囲に黒い霧が現れ、周囲の男達を飲み込んだ……
手前の男は辺りを見回した…周囲は霧に覆われており仲間の姿は見えない……
やがて霧は人の形を取り、女性の姿になった。
「ば…馬鹿な…殺したはずだ…!確かにあの時!!」
手を伸ばしこちらに迫る女性を払う様に男は後ずさる……別の男は巨大な狼を、またある者は炎に包まれた人物を…それぞれが別の恐怖の対象を目の当たりにしていた。
カイルから放たれた暗黒の魔力は部屋を包み込み、それぞれが心に抱える恐怖の対象を目の前に幻視したのだ。
「うわぁぁぁぁ!」
「ひぃぃぃぃ!」
クランのメンバーは、次々に悲鳴を上げて、あっという間にその場に昏倒した。
「えっ?…どうした!お前達…何が……」
「グラトン何か言ってなかった?」
「えっ?いいえっ!何も言ってましぇん!!」
「何の騒ぎだ!お前達!」
奥の部屋から、豪華な服装に身を包んだ男達が現れた。
どうやらコイツらがクランの中心人物の様だ。
「兄さん…」
「グラトン何だ?襲撃か?」
「兄弟でろくなことをしていないなぁ」
グラトンの様子を見て一連の流れを察した彼の兄は
後ろの男に声をかけた。
「ちっ!何者かは知らんが生きて返すなガイン……こいつは高レベルの魔法剣士だ…お前など手も足も出ないだろう」
「ほぅ…それは凄い」
集団の後ろに居た男が、腰の剣を抜き前に出てくる…
この場にいても『恐怖』の影響を受けていないようだ……少しは腕に自信があるようだ。
「全く今日はこれから忙しくなると言うのに…」
「おや?お取り込み中だったのかな?それは申し訳ない」
「全くだ…冥土の土産に教えてやろう……今日は父上が異世界の女を連れて帰ると言っていたからな…薬で昏倒させてお楽しみの予定だ…飽きたら奴隷オークションで高値で売り払う予定だ……異世界の女だから高値がつくだろう…三人いるらしいからな…いい稼ぎになりそうだぜ」
「へぇ…異世界の女三人ねぇ……」
奇遇だが、その三人には心当たりがある……なるほど、なるほど……学園の案内役と言っていたあの男が繋がっているのか。
今の所、キースと鉄平も護衛についているから大丈夫だとは思うが…イングリットの魔導リングに仕込んだ『守護の術式』も今のところは発動していないようだし。
「まぁ…アレは良い女だからな…お前の親父の見る目だけは確かだな……しかし……」
『良い女』などと,こんな事を本人に言うと調子に乗ってしまうので聞かせられないが……
「はあっ!」
ガインと名乗る男が高速の抜刀術で切り掛かってきた……カイルは腰から抜いた剣でそれを受け止めていた。
「へえ…なかなかのスピードだね……」
「?!貴様…なかなかやるなっ!」
ガインが即座に飛び退き、身体強化、魔法障壁を纏った。
先程の一当てでこちらの力量を測ったのか……なかなかのやり手だ。
「…あなたほどの腕の人物が、なぜこんな汚れ仕事を?」
「…これから死にゆく者には関係のない話だ」
ガインの姿がかき消えると、入り口付近の壁が大きく爆砕し二人は外に飛び出していた。
「あぶねー凄い技だね」
「初見でかわしただと?!」
「前にも見たことがあったからね……」
その発言にガインが警戒心を一段階引き上げた
今の技は下段からの切り上げる形の一振りだが突き出した瞬間に剣先に載せた魔力を爆発させたのだ。
「……貴様…王国の手の者か?」
「どうかな?気になるって事は……王国絡みの周辺国の関係者かな?」
「………」
どうやら図星の様だ……それっきりガインは口を閉ざしてしまった。
それが合図となってお互いの剣が交差し火花を散らした。
「兄様!」
「グラトン!貴様ヘマをしたな!?」
「違う…あれは…あれは……」
「ちっ…いいかタイミングを合わせろよ?」
そう言って仲間と共に魔力を練り始めたのはグラトンの兄、メガトン・アミシュタッド……今現在、イングリット達を接待しているグルーベルの長男だった。
「こんな連中に従ってお前の目的は果たせるのかな?」
「……」
「亡き主君の仇討ちとか?」
「!!黙れ小僧!お前に何がわかる!!」
適当に発言したカマかけに見事に反応した…そうかそうか……なるほどね。
「どうする?貴方の腕はこんな所で失っていい物じゃない……アイツらのやってる事……知ってるでしょ?」
「……最早名誉は地に落ちた…主人の無念を果たす為ならたとえ悪鬼に成り果てようと構わぬ!」
「だから……それが勿体無いんだよね……このままコイツらと一緒にいてもここで終わりだよ?」
「ならばどうしろと言うのだ!!」
ガインは強力な打ち込みと共にその場に立ち尽くした…自分の最高の一撃をこの青年は涼しい顔で受けている。
まるで巨大な巨木に剣を打ちつけた様な手応えだ。
「じゃあ……俺に雇われてみる気は無い?」
「?!貴様……一体……」
「今だ!!『獄炎!!』!!」
二人の動きが止まった瞬間、メガトン達の放った魔法が発動した。
凄まじい爆炎と轟音が周囲を包んだ。
「ふははは!いくら腕に自信があろうと上級魔法の前には……」
「おいおい…全く最近の貴族は誇りと言う物が無いらしいな……」
「馬鹿な!!」
そこには結界の中に無傷のガインとカイルが居た……よく見ればガインはどこか負傷したのか血が滲んでいる。
「自分の仲間もろとも……嬉しいね…お前達に手加減する必要を感じないや」
先程まで感じなかったカイルの魔力が爆発的に膨れ上がった……これは殺意に近い物だった。
ガインですらその場で動けなくなるほどだ……先程までの自分は手加減されていた事に思い当たった。
「時間もないし……『強制服従』」
「?!うっ…うぁぁ…」
「あががっっ!」
カイルの魔法により、全員が催眠状態となりその場に立ち尽くした。
「お前は…一体」
「さてさて……ガイン……君は主君の残した宝石のために命をかけられるかな?まずは傷をどうにかしようかな」
カイルが手を掲げると淡い光がガインの傷を癒した……そして耳元で彼にしか聞こえない声で何かを囁いた。
「!!……そうか……よかろう…この命お前に託そう……名を聞いても?」
「カイル…これを渡しとくよ…詳細はこの手紙を」
「……カイル殿…この恩は必ず!」
ガインはカイルから手紙と小さな小袋……おそらく中身は金貨が詰まった物を受け取ると一礼をして立ち去った。
「さーて…お前達は今からギルドに出頭して自分達のやってきた事を洗いざらい白状してこい!今日でクランは解散だ!」
「「「「「「「「はい」」」」」」」」
「それともう一つ…グラトン兄弟…お前達の責任は親にも取って貰わないとな……」
「「はい」」
「坊ちゃま!!一体何を?」
「親父は間違っている……こんな事は神はお許しにならない!!」
メガトンとグラトンは家に帰ってくるなり、ファイアボールを連発し,屋敷に火を放った。
屋敷に仕える者達は慌てふためき逃げて出してゆく。
『神の愛に目覚めた息子が親の不正を糾弾する…素晴らしいストーリーじゃないか』
『失礼な…神はこんなに過激じゃないわ』
「まぁ護衛としては護衛対象の安全を確保できたんだからいいじゃないか」
燃え盛る屋敷を見ているカイルの肩に現れた魔眼……アーガイルとミカイルが正反対の感想を述べた。
「さて、では宝探しに行きますか?」
屋敷はグラトン達に任せてカイルは姿を消した状態で屋敷の中を探ってゆく…執務室からは貴族として表に出てはよろしくない書類を数点見つけたので、後で信頼できるところにでも提出しておこう。
本館と呼べるこちらの建物には、これ以上隠し部屋やよろしくない書類などはなさそうだった。
「そうなると、あっちの建物が怪しいかな?」
中庭を隔てて、別館のような建物があり、その建物の地下からは数人の人の反応を感じ取れた。
本館の方が良い感じに燃えてきたので周囲の目はそちらに向いている為,速やかに別館へと移動した。
調べてみると建物の横にある石像の裏手に巧妙に隠された地下への入り口を見つけた…石像の台座に取り付けられた石に魔力を流すと、ゆっくりと石像がスライドし、地下へ続く階段が現れた。
秘密の入り口から地下と潜り込む……階段を降りると独特の匂いと地下牢のヒヤリとした空気が伝わってきた……地下牢……そこには鎖で繋がれた者達が数名監禁されていた。
「違法奴隷か……大丈夫か?助けに来たぞ」
傷ついた女性達……美しいエルフや見栄えの良い女性が囚われの身となっていた。
何の目的で囚われていたのかは一目瞭然だった。
「全く……碌でもない奴だなぁ……大丈夫か?回復魔法をかけるぞ?」
「いやっ!もうやめて!!」
「大丈夫…大丈夫だよ…」
「ううっ…貴方は?」
「助けに来たよ…もう大丈夫だ…良く頑張ったね」
「…!、…うっ…ううっ…」
近くの女性の手を取り傷の手当てを行う……
最初は触れることを怯えていたが、優しく語りかけることで、女性は落ち着き、やがて静かに泣き始めた。
見た目の傷は直したが、心の傷までは言える事は無い……後はギルドに任せるか
「すみません!誰か誰かいませんか?」
そんな地下室の奥の扉から、そんな声が聞こえた…
「誰がいるのか?」
「良かった!閉じ込められてしまって…」
「下がっていろ…ドアを破るぞ」
鉄の扉には鍵がかけられておりカイルは収納から取り出した剣で扉を切り裂いた。
扉は音を立ててその場にバラバラと崩れた。
「わぁっ?!」
中を見れば、僧侶服に身を包んだ少女が腰を抜かしていた…整った身なりをしている事から捕えられて間もない状態だと察した。
「大丈夫か?怪我はない?」
「は、はいありがとうございます」
手を差し伸べて助け起こす…
「君は、どうしてこんなところに?」
「ええと…」
彼女の説明によれば、彼女は田舎の小児院出身で神聖魔法の才能がある事から修練を積む為に冒険者に登録の為にこの街を訪れていたのだった。
「昨日着いたばかりで……何もわからない私に親切な貴族様が屋敷に招いてくださったのです……夕食をいただいた後……その後はどうしたのでしょう?気がついたらこの部屋で寝ておりました……」
「……災難だったな」
本来イングリット達が辿る運命を体験してしまった様だ…本人的には食事と宿にありつけた…程度の認識だが……この警戒心の無さで今までよく無事でこの街まで辿り着いたと感心した。
孤児院の教えにより、素直な娘に育ったのか…よほどの幸運の持ち主と思われた。。
「ところで何かあったのでしょうか先程から騒がしい声が聞こえていましたが…」
「残念だが、君は騙されたんだよ」
カイルは説明をしながら他の囚われていた人達を外へ連れ出すために行動を始めた。
『お手伝いします!』と彼女も手を貸してくれた……ええ娘や…
「まぁ…皆さん大変でしたのね……まだ怪我をされている方が居ますね?私回復魔法が使えますからお手伝いいたします」
彼女はすぐに、その場にうずくまっていた女性に回復魔法をかける……周囲に神気が溢れて淡い輝きを放った。
『凄いわねこの娘』
「ふむ……結構な熟練度だな?」
「はい、孤児院では小さな子供達がよく怪我をしていましたので、いつもこうやって治療していました」
『魔力量も結構なものね』
『掘り出し物だな」
意外なことに、アーガイルと、ミカエルからの評価も高い…簡単な回復魔法だが今の所無詠唱で発動速度も速い……高位の神官並みの魔法技術だ。
「誰かいるのか?!うっ!これは……」
そこに騒ぎを聞きつけてやってきたであろう警備の騎士隊がやってきた。
「お勤めご苦労さん…怪我人がいるんだ手伝ってくれないか?」
「わかった!おい!こっちだ!」
やがて、数人の騎士が地下にやって来て、囚われていた人々を地上へと連れ出した。
その光景を見た屋敷の人たちは、驚愕の顔を浮かべる者と、顔を青白くする者が居た。
「騎士さん、アイツとアイツ……それと向こうのあの女だな…詳しく話を聞いたほうがいい」
「お前は……」
怪訝な顔する騎士にカイルはギルドカードを提示した。
「!!なるほど…『悪魔』とは…協力感謝する」
「知っているのか?」
「ははっ…『悪魔と紅蓮』の話を知らない奴はこの街には居ないだろう……」
「ええっ〜!?凄い人なのですか?」
騎士は姿勢を正すと敬礼の構えをとった。
それを見た僧侶の少女が驚きの声を上げる。
「数年前…近隣の街を襲ったファイアドレイクを討伐して頂きありがとうございました!」
「あぁ…」
「俺はその時の生き残りです」
「そうか…あの時の……遅れてすまなかったな」
「いいえ…犠牲も出ましたがそれよりも多くの住人が助かりましたから」
「そうか…」
数年前、依頼帰りに『炎飛竜』に襲われている街を見つけ、イリュと共に討伐した。
急いでいたのでそのまま簡単な救助措置だけして離れたのだが……なんでバレたんだろ?
『あんだけ派手に立ち回ってバレねぇわけねぇだろ……』
「しかし……今日は忙しくなるな……」
「何かあったのか?」
「いや……先程ギルドから連絡があり犯罪を告白する連中が殺到して来たらしく……対応でここに来るのが遅れてしまった」
「……そ、そうか……大変だな……」
「ああ…今夜は家に帰れそうにないな……」
「……後で詰所に差し入れしておきますから頑張ってください」
「ありがとう……何故敬語?」
いや、まさかこんな大事になるとは思っていなかったんだ……許せ
騎士達が救助活動を再開し、後は任せても良いかなーと思っていると先程の僧侶の少女に声をかけられた。
「有名な方なのですか?すいません…田舎者なので…」
「いやいや…どこにでも居る普通の冒険者だよ……えーと…君は…」
「あっ!すいません!私ったら名乗りもせずに……私はシルフィエルと申します…危ない所を救ってくださりありがとうございます」
「うん、俺はカイル…ここは任せて…場所を変えようか……」
幸いにも彼女の荷物は囚われていた部屋にあった為、その場は騎士達に任せて皆んなと合流する事にした。
これ以上グルーベルの罪を増やしても騎士団の仕事が増えるだけなのでシルフィエルの件は有耶無耶にしておくことにした。
「……と、言うわけだ」
「…あの学園の先生が……」
「貴女よく無事でしたね?」
「はい…カイル様に助けて頂きましたので…」
全員に事の顛末を話すと女性陣はシルフィエルに対して好意的になった。
「…あのまま私達も同じ運命を辿っていたかと思うと…複雑だな…」
「あのオヤジキモかったもんね」
「そうね…ありがとうカイル…助かったわ」
「どういたしまして…リット…ラムゼスには連絡したほうがいいな…」
「そうだな…厳重に抗議させてもらおう」
イングリットが獰猛な笑みを浮かべ、対面にいた紫音や絢音達が『ぴえっ』と怯えた表情をした。
「ところで…その貴族達は皆捕まったのか?」
黙って聞いていたエレンがそんな質問をして来た。
「いや…グラトン達…クランメンバーと屋敷の関係者は全員捕縛されたが…父親のグルーベルはまだ捕まってないらしい」
「えーやだ怖い」
隣のベルシュレーヌが腕に纏わりついてきた…
「私も怖いです」
ベラディエンヌも反対の腕に絡みついてきた……怖い要素があっただろうか?
「……カイル…私も怖い」
何故がアイリスも正面からしがみついてきた……表情は相変わらずだがよく見れば耳が真っ赤になっていた。
「…イチャつくなら他所でやってほしいぜ」
「そうね…正論だわ」
妙に意見の合う伊織と紫音がそんな事を言っていた。
「さて…万が一を考えて…宿を変えよう」
「え?」
エレンの発言に全員が固まった。
「…やはりそう思うか?」
「そちらの世界はどうかわからないが…貴族は厄介だからな…報復は充分あり得るぞ」
「そうね…権力者がその力を行使しな筈がないわね……異世界なら尚更よ」
「律子が言うと現実味があるわね……」
大企業ともなると一般人の知らない壮絶な争いがあるに違いない……知らないけど。
「……そうだな…ギルドの息のかかった宿に移動するか…エレン頼めるか?」
「任せとけ…」
「それは良いけど……荷物はどうするの?」
「んー…俺とイリュで回収してくるか…」
「シルフィエル…君も皆んなと一緒に来てもらえるかな?」
「はい」
「……やっぱり現地妻に…?」
「しないから!」
「絢音は旦那様の事を信じてます!!」
「今更じゃない?」
とは言ったものの…二人からは疑う様な視線を感じる…
紫音にとってはきのこ男の事情の優先度は低いのだ。
『日頃の行いのせいだな』
「ほとんどアーグのせいでしょ?!」
『そうか?興味がなければそんな行為に及ばなければ良いだけなんだが…』
「うっ…」
『カイルも健全な男の子だもんねわ〜仕方ないわ』
魔眼の二人からはフォローとも言えないフォローが入る……ここに味方はいない様だ……
「どうしたの?」
そこに双子先輩が御手洗いから戻ってきた…
事情を説明すると二人が挙動不審になった。
「ど、どうしよう…ルーとネーが先に宿に帰ってしまったのだけど……」
「えっ!……カイル!」
「イリュ…ついてこい…皆んなはエレンと……頼むぞエレン」
カイルはそれだけ言うとイリュを連れて外に飛び出した。
ホテルに戻ると……部屋のドアが開いていた……やや争った様な形跡があり、テーブルには一枚の手紙が残されていた。
「遅かったか……」
「手紙にはなんて?」
「女を預かったから指定された場所に一人で来い……だって」
「昔のドラマのような展開だね」
室内には、魔力の痕跡があるが……彼女達は手荒な事はされずにおとなしく捕まったようだ。
その他の部屋も確認してみたが、異常はなかった。
そもそもルーとネーが自分たちの部屋に立ち寄った痕跡すら見当たらなかった。
「帰ってきて、直接カイルの部屋に行ったって事?なんで?」
「んー俺を襲いに来た連中と鉢合わせしたんじゃないか?」
「貴方を狙ったのならいきなり魔法打ち込むなり方法があると思うんだけど……貴方を捕えようとしたの?そんな人材がいるとは思えないんだけど」
「何らかのトラブルが発生して、彼女たちを捕えざるを得なかったのかもしれないな」
「うーん……」
何かが納得いってないようなイリュだったが彼女たちの身の安全の為にも行くしかない様だ。
「とりあえず俺は今から向かう…イリュはアイリス達と合流しておいてくれ」
「わかった……荷物を集めましょうか…」
二人は手分けして、それぞれの荷物を収納して行く…言ってはいなかったが、イリューシャもカイルほどではないが空間収納が使える。
「イリュ…後は頼むよ?」
「わかったわ…気をつけて…」
侍女達を救出に向かう彼を見送り……再び室内へ視線を向ける。
「この魔力…どこかで……」
彼女の中で何か胸騒ぎがした……