週末異世界旅行 3
「さて…午後からはどうする?」
薬草採取の仕事から戻ってきた一行は、ギルド内に併設された酒場で昼食をとっていた。
薬草採取はやってみると思ったより楽しくて、ついつい全員が予定よりも多く採取してしまったので報酬が予定よりも多く貰えた…なので、昼食は少し豪華なものになっている。
そんな食事の最中にエレンが問い掛けてきた……
「この肉の味付け不思議な味…」
「旦那様!美味しいです!」
「こちらの世界でしか取れない香辛料を使っているからね」
「紫音のサラダ美味しそうね…」
「一口食べる?律子…ちゃんと食べないと…何を気にしてるのかは知らないけど無理なダイエットは感心しないわ」
「え?別にダイエットなんて……」
「言ってやるなよ紫音,絢音が参戦したから焦ってるんだよ」
「ちょっとイリュ!私はそんな事!」
「りっちゃん!ご飯はちゃんと食べないと駄目ですよ!それに…旦那様は皆に公平ですから」
「あ,はい」
「お前達の食事はいつも賑やかだな…」
絢音にとってはこちらの世界は全てが新鮮に写っているようで楽しんでもらえている様だ。
年上な事もあって皆のお姉ちゃんポジションに収まっている様だ。
「…この野菜もちょっと抵抗のある色なのにおいしい」
「確かにこんなピンク色した野菜…ほんとに食べられるのかよ…」
「いおりん…好き嫌いはダメだぞ」
「誰も食べないとは言ってないだろ…イリュ…お前こそその皿の隅に寄せている野菜ちゃんと食べろよ」
「あはは……この野菜は、どちらもこの辺で出回る事は珍しいんだけどね…流通でも変わったかな?」
「お、おい…誰か反応してくれよ……」
とりあえず、誰もエレンの話に返事をせず料理に夢中になっていた。
普段から料理をしているカイルは、出される料理の味付けや素材に興味があるようで、給仕をしている女の子に頻繁に話しかけている…その子もまんざらでもないような笑顔で対応するものだから隣のアイリスから氷点下のようなひんやりとした魔力が漏れ出している。
「……私は正妻…私は正妻…」
「アイリスそんな呪文の様に唱えないで…いつもの事じゃない」
「……紫音はやっぱり強い…」
「え?私はカイルに興味が無いだけだと思うけど…」
「えっ!厨房に入ってもいいって?…ごめん…ちょっと話を聞いてくる」
カイルは席を立ち上がると給仕の女の子について行き、厨房の中に消えていった。
隣のアイリスがさらに冷たい空気を生み出しているので早く帰って来てほしい。
「あいつ相変わらずだなぁ…料理とか食べる事とか」
「まぁ…カイルの作る料理は確かに美味しいからね…」
「そうなんだよな…遠征に出たときに、あいつが居ると暖かい飯にありつけるのは正直嬉しいからな」
「遠征?私達は簡単な依頼しか受けられないのでは?」
一緒に薬草を採取したからか紫音はエレンとそれなりに仲良くなっていた。
馬鹿な発言もするが、基本的にこの男は真面目なのだ…
「あいつのギルドカードみんなと色が違ってたろ?学生ギルドのメンバーでもAランク以上の人物は討伐依頼が受けられるんだ…といっても緊急依頼での依頼になるけどね」
「…それってよく物語にある『氾濫』とか『上位種』だよね?」
「律子は物知りだな……まぁそんな感じだな…ここ最近は起きていないから平和なもんだが……」
「上位種ともなると、やはり強いのか?」
質問する伊織の脳裏にはかつて夜の都市で遭遇したキラーマンティスを思い浮かべた。
「そうだなぁ…普通であれば複数のパーティーで連帯して倒すのが常識だ…ソロで討伐するなんて…カイルを含めて一握りだな」
「つまり旦那様は凄いって事ですね!」
「そ,そうね……絢音さん少し落ち着いて……」
絢音さんのカイルに対する羨望というか憧れというか……無駄に好感度が高過ぎる気がする。
絶望していた未来に光をもたらした存在に対する心情としては当然なのかもしれないが……
「おう!エレンじゃねぇか…楽しそうな事になってるじゃねぇか…」
「!…グラトン…」
突然、後ろから声をかけてきたのは、金髪にオールバックの体格の良い冒険者だった…その後には、仲間であろう、少し柄の悪い連中が付き従っていた。
「綺麗どころばかりじゃねーか…俺にも紹介してくれよ」
「おい…グラトン…この人達は…」
グラトンと呼ばれた男はあろう事か空いているカイルの席へと座り込んだ…隣に座る絢音と律子が物凄く嫌そうな顔をしている……しかも絢音の手を掴んだ……今は『サトリ』の力を封じている絢音は以前の様に回避行動がうまくできないでいる。
「こりゃぁ…滅多にお目にかかれない程の上玉じゃねぇか…エレンにゃ勿体ねぇ…今晩どうだ?俺と…」
『…食事が不味いわ』
「あ?」
先程まで一心不乱に蒟蒻を齧っていたアイリスが口元をナプキンで拭うと凛として言い放った。
『……どんなに立派な食事でも座る人物が低俗なゴミなら食事も同格に感じてしまうのね』
「テメェ…」
大人しいアイリスらしからぬ発言だが、見ればアイリスの瞳が金色に輝いている……マトリーシェだ。
「なかなか気が強い女だ…良いぜ!気が強い女は嫌いじゃねぇ…俺の力を…「じゃあ…私とも遊んでくれよ…グラトン」……っ!?なんだ……と……」
絢音の隣に座るイリューシャがグラトンの言葉を遮って立ち上がった。
「あ……お前…その紅い髪……まさか……ぐ…『紅蓮』っ!!…」
「うわー懐かしいなーその呼び名」
見れば、グラトンは先程の俺様キャラはどこへやら…顔面蒼白になり、気の毒な位震えている…『紅蓮』?
「…イリュの通り名だ……ほら…火属性であの性格だし…わかるでしょ?」
「あぁ…なるほど…」
隣のエレンがそう告げた…そうねイリューシャだものね…
「何でお前が……!!もしかして…奴も!!」
「よう!グラトン!久しぶりだな……元気してたか?」
「旦那様!」
今にも逃げ出そうとしていたグラトンの肩に厨房から戻ってきたカイルの手が乗せられた…
グラトンの力が弱まった隙をついて絢音がカイルの後ろに隠れるように逃げ出した。
「カ、カイル……」
「元気そうだな?なんだ?顔色悪いぞ?」
「『悪魔』が…なんで…」
「ところで……うちのメンバーに何か用か?お前まさか…まだ前みたいな事してるんじゃ無いだろうな?」
「!!いえっ…あのっ…」
「絢音さん…どうかな?」
「………アウトです!」
カイルの心を読んだ絢音がグラトンを見てそう宣言した。
アウトな事を考えているらしい。
「へえ〜…楽しそうな事してるみたいだな?じゃあ行ってみるか〜」
カイルの髪がゆっくりと黒に染まり…アーガイルの魔力と馴染んだ。
それを見たグラトンの仲間達は一目散にギルドから飛び出していった。
「ひいっ!!たったすけ……」
「イリュ…エレン…ちょっと出かけてくるから…午後の案内は頼むよ?…用事が終わったら合流しよう」
「はーい…程々にね」
「あー…まぁ殺すなよ?」
二人の問いかけには笑顔が返って来た……何する気だろ……
ほぼ気絶同然のグラトンを引きずる様にギルドを出ていった。
「あ、あの…何が……」
騒ぎを聞きつけてリズがやって来たが…既に手遅れだった様だ。
「あぁ…大丈夫だよリズ…クランの解散届を用意しといた方がいいと思うよ?」
「はい…?」
その日の午後、悪名高いクランが解散したと市中で話題になるのだった。
午後からはエレンの案内で街の中央にある市場と商業区域を散策する事になった。
午前中に見たアクセサリーの店や食材や衣服の店など、ざっと周辺の店を見た所でカイルから終わったので合流すると連絡が入った…何が終わったのだろうか?
待ち合わせ場所に選ばれたのはエレンのお勧めのおしゃれなお店だった…
一階は一般的な大衆食堂『月の雫亭』はとても賑わっていた。
二階は店内は落ち着いた感じの作りでケーキをメインとして扱っている『ルナティア』見た目も可愛い商品のためか女性客が多い。
バルコニー席も用意してあり、非常に女性客が好みそうな雰囲気だ。
三階には大人向けの『月の女神』なるバーがあるらしく、未成年である私達は立ち入り禁止だ…なかなかセンスのある建物は今この街でも話題のお店らしい。
「ここは食事も美味しいけれど…女の子に人気のスイーツを多く扱っているからね」
「うわー凄いっ!」
ケースに並べられたケーキを目にして、女性陣の目が輝いた。
「さあ…かわい子ちゃん達…お好きなケーキを好きなだけ選びたまえ」
「!!エレン…貴方の事,誤解してたわ!いい人ね!」
「……ありがとう……でも…本当にいいの?」
「あ?男に二言はないぜ」
「そうじゃなくて……イリュは凄く食べるわよ?」
「……え?…」
イリュを見ればすでに彼女のテーブルの前はケーキで一杯だった。
「すいませーん!この商品を後5個追加でお願いします〜」
「あ…イリュ…そんなに食べて大丈夫かい?無理しないほうがいい……」
「え?遠慮するな?流石はエレンね!すいませーんこれも追加で〜」
その姿を見たエレンは自分の財布とギルドカードの残高を確認して冷や汗を流した。
「…イリュ…『紅蓮』とか『悪魔』ってなにかしら」
みんなでケーキを食べているとアイリスが切り出した。
「あー…アイリスに初めて会う前には二人で暫くこっちに滞在していたんだ…いろいろと依頼を受けたりして王都方面にも足を伸ばしたりしてたら…ちょっと名前が売れちゃって…一応顔を隠して活動してたんだけど… 二人の髪の毛の色からそんな二つ名をつけられちゃって……」
「紅蓮と悪魔ね…」
「私はともかくカイルは…ほぼアーガイルだったし」
「何やったのさ…」
「…ドラゴン退治とか…ダンジョンの氾濫討伐にも参加したし…未踏ダンジョンも五箇所ぐらい踏破したかな?」
「…やりすぎでしょ」
「直接こちらでギルド登録したからな…特に依頼の制限がなかったんだ……」
「自重しなさいよね……」
「ともかく……こいつらは登録からあっという間に有名になっちまってな…討伐できなかった高ランクの魔物全て狩り尽くしやがって伝説を打ち立て決まったのさ」
「いやーあの頃は、若気の至りと言うやつで……」
「しかもある日を境にぱったりと名前を聞かなくなったからな……もはや伝説になっちまってるんだよ」
「準備ができたから帰ったのよ……ちょうど魔界にアイリスに会いに行った時ね」
それでこっちの世界に来てから、イリュがずっとフードを被っていた理由がわかった…髪の毛を見せない様にする為だった様だ。
「準備?」
「あー……話せば長くなるんだが…………私の里は炎魔族の隠れ里で……」
気が付けば誰にも話す事は無いと思っていた過去を語り始めていた……
……炎魔族の里を襲撃した連中を全滅させた後……アーガイルによって敗北したイリューシャはその潜在的な能力を見抜かれ,命を取られる事なく魔界に放置された……『強くなれば再び戦ってやる』と言い残してアーガイルは去っていった。
目覚めた彼女は自分の中に魔剣の存在を感じた……自分の中に封印されたのだ……
それからは魔界を彷徨い,ひたすら戦い,アーガイルと再戦をする為にひたすら戦いに明け暮れた……
そんな時,魔界の魔族至上主義である『紅翼の髑』の連中に見つかり捕まった……しかし女子供と甘く見たのが運の尽き……手を出して来た連中は全て消し炭にしてやった。
私は力を認められ戦力に迎え入れられた…しかし私は奴らの思想には全く共感できずその活動には一切手を貸さず,拠点の周囲の魔物を狩り尽くしたり『紅翼の髑』の女子供達と行動をすることが多かった…過激な行動をするのは殆どが男達で彼女達は何処にでも居る普通の村人と変わり無かった。
全てはアーガイルに戦いを挑むことが目的だったがその行方は全く不明だった……
そんなある日…魔剣が語りかけてきた……『奴を見つけた』……そう魔剣は言った……魔剣が私に語りかけるのはあの炎魔族が滅んだ夜以来だった。
ガルムが人間界での行動に同行してアーガイルを見つけた……いや、アーガイルの魔力を纏った少年を見つけた。
あのガルム達が手も足も出せずに敗北した……ガルムに関しては廃人同然だ……彼がいない組織は最早何の力もない集団だった……イリューシャはメンバーを説得し武装解除を進めた…そして女子供と共に普通の生活に戻る事を薦めた。
それでも既に報復に走った連中を追いかけて人間界に再びやって来たイリュは病院襲撃のタイミングでカイルと戦闘を開始した。
「へえ……アーグの言った通り……なかなか有望だね」
その結果は全く歯が立たなかった……最早生きている意味を身言い出せない自分はここ迄だ……
死を覚悟した私だったが……無情にも空腹からお腹の虫が鳴いてしまった。
それまでの殺気が嘘の様に消え去り…寧ろ笑われてしまった。
「…なるほど……あいつの組織に居たのか……」
何故か襲撃メンバーと一緒に魔界の拠点に戻ってきたカイルはその場で料理を振る舞い,全員に受け入れられた。
仮にも自分の命を狙った連中をもてなすその精神が信じられない……
「君達…そんな不安定な活動をするよりも…確実に安定して受かる仕事をしたくないかい?」
当然、全員がその提案に飛びついた……第二の家族とも呼べるあの連中は魔界のとある場所でカイルの手伝いをしている……表向きは普通の村人で普通に働き、安定した生活を送っている………
「君は……君さえ良ければ僕の従者をしてみないかい?」
勿論、二つ返事で従者となった……その後はこちらの世界で活動していた……
カイルは何も言わないが、こちらに居たのはイリューシャの為だ…彼女と彼女が属した集団の過去を清算し、真っ当な人生を歩める様に色々と手を回してくれていたのだ。
そんな彼に対して恋慕の感情を抱くには対して時間は掛からなかった。
「……そうだったのね……言ってくれれば良かったのに」
「いや…ガルムのした事は犯罪だ…私もそれに加担していた様な物だし……被害者であるアイリスに不快な思いはさせたく無かった」
「……でもイリュが抱え込むのは違うと思う」
「……ありがと……」
「イリュ…お前大変だったんだなぁ」
「い、いおりん…なんで泣いてるんだよ…」
「お前の事誤解してたぜ…なんでも相談してくれ!」
「お、おう…」
伊織さんは見た目に反して意外と涙脆いのかもしれない。
「でも……あの男…カイルの顔を見て『悪魔』って言ったよね?」
「グラトンか……アイツとはまあ…早い段階で顔見知りだったんだよ……」
「お,カイル〜ここだここだ!」
そのタイミングでカイルがやって来た。
接客をしていたお店の女性達が慌てて奥からシェフ達を連れてきた。
「カイル様!ご無沙汰しております」
「あーうん、問題ないみたいだね…いつもありがと、これ新しいレシピね」
「おおっ!早速試作を始めたいと思います」
「期待してるよ、あと、このテーブルの会計は俺のカードに請求しておいて」
「かしこまりました」
そのやりとりを全員が呆然と眺めていた……黙々と食事を続けるイリュを除いて。
「どした?」
「お、おい…支払いしてくれたのか?」
「え?あぁ…そのつもりでこの店を選んだんじゃ……イリュ?」
「…ふおふぉをふぇらんでゃのふぁふうふぇん」
ここを選んだのは偶然……だろうか?
「大丈夫か結構な額だぞ?」
「イリュがよく食べるからね…いつものことだよ」
「もぐもぐ……ここのオーナーはカイルだからね…あ、このケーキホールでお願いします」
「「「「「えっ?」」」」」
どおりでパティシエールのケーキの味に近いと思った…隣の席でケーキを食べていた侍女ちゃんずも驚きの声を一緒にあげてしまった位だ。
さすがのアイリスも、口元を手で覆い隠し目を見開いているように見える。
「それであいつらはどうなったんだ?」
「あいつら全く懲りてなかったぜ………あっシルフィエル…こちらへ」
「は、はい…皆様失礼します」
そこに現れたのは、新しい僧侶服に身を包んだ。可愛らしい水色の髪色の女の子だった。
すぐさまカイルの両肩にアイリスと絢音の手が置かれた。
「旦那様?!私は…絢音はいらない子なのですか?!」
「……カイル…正妻の私にちゃんと説明して」
「絢音さん落ち着いて……アイリス?痛っ!痛てててて!!」
「はっ…きのこ男がザマァないわね」
「紫音はアイツに対して辛辣だな…」
「そう言われても…確かに頼りになる存在だけど…こんなに女性に節操ないなんて人としてだめでしょう?」
「…まぁ…正論だけに何も言えねえな」
「この子はシルフィエル…この街に来たばかりの新米僧侶だ」
「シルフィエルと申します…私は孤児院出身なので家名はありません」
「…私はアイリス…正妻です」
「私は絢音と申します…婚約者です」
「イリューシャよ…2号さんよ」
「律子です…3号?です」
「紫音です…私は無関係よ」
「伊織だ……えーっと…別に…俺は…」
「「「………………」」」
女性陣の自己紹介が謎の圧力を含んでいた。
侍女達は無言で成り行きを見守っていた。
「で…何をどうやったら女の子をお持ち帰りになるんだよ」
「いや…予想外の出来事でな…」
席に着くとカイルはその後の顛末を話し始めた。