週末異世界旅行 2
「今日の予定は?」
朝食の時、カイルがイングリッドに今日の予定を問いかけた。
さすがに昨日の夜はみんな夜遅くまで話し込んでいたり、ホテル内を散策したり、興奮して眠れなかった様だ。
流石のアイリス達もエレンの居るカイルの部屋には近づく事はなかった……なので、今はゆっくりと遅めの朝食の時間となっている。
「えーっと…まずは王立学園に行って学園内の見学だな…」
「……ご褒美組は?」
「うっ……お前達は…好きに過ごしていいぞ…しかしちゃんと護衛の言うことを聞いて……」
「大丈夫だよリット…こちらの世界ではアーガイルもミカイルも大人しくしてるからね…」
『まぁ…魔素の質が違うからな…出来ないことはないが…』
「いや、しなくていいからね?大人しくしといて…」
「…通りで…おとなしいと思ってたのよね…」
『あっ?紫音…出来ないと言ってないだろうが!バカにしてんのか?ミカイル送り込むぞ?』
「馬鹿にしてません…ごめんなさい…」
『紫音ちゃん…その態度はお姉さん傷ついちゃうわ…』
カイルの手の甲に浮かび上がった羽の生えた紋章の中央でミカイルの魔導魔眼が涙目になっていた。
そんな会話を楽しみながら食事が続く……
見た目こそ知っている料理に見えたが、味は全く違うため、久しぶりに食べる楽しみを味わっていた。
「とりあえず今日はギルドに登録して簡単な依頼でも受けるか…午後からは少し観光をしてもいいかもな」
「…そうだな…ギルドに登録しておけば、後の実習で手間が省けるからな」
イングリッドの許可が出たところで双子姉妹とイングリッド…キースと鉄平は学園に向かう事になった。
「先輩方…今日は制服なんですね……スカートの丈短すぎません?」
「…一応学校の行事だからな…お前たちが羨ましいよ…スカートの丈はせめてもの反抗心だよ」
今日の双子姉妹は、いつもの様に学園の制服に身を包み、どこから見ても、清楚なお嬢様にしか見えない。
見えないけれどそのスカートの丈はどうにかした方が良いと思う。
「明日は一応自由なんだろう?カイルと一緒に討伐依頼受けたいよな」
「それは良い考え…どうかしら?」
「あー別に構わないですけど…うちのメンバーの予定が空いていたらで良いですか?」
「構わないわ…」
「あーそれとカイル…うちの侍女達も一緒に連れて行ってやってくれるか?」
「それは構いませんけど…ギルドに登録します?」
「いや、二人共、既にギルドへの登録は終わっている…こう見えても、それなりに経験は積んでいるからな…」
公爵家の侍女ともなると作法だけではなく、護衛としての能力も求められるのは当然だ。
「分りました…カイルです…よろしくお願いします」
「ルーと申します」
「私はネーと申します」
ベラディアンヌの紹介に後ろに控えていた二人が自己紹介を始めた。
二人とも、一般的な侍女服だが何故がぐりぐりの瓶底眼鏡を着用していた。
相当目が悪いのだろうか?
ルーがブラウンの髪色でネーがグレーの髪色だった…こうしてみると、姉妹に見えなくもない…双子に合わせたチョイスなのかもしれない。
「私達は皆様の決定に従いますので…お気になさらずにご自由にお過ごしください」
「…そうか?…まぁ何かあったら言ってくれ」
「ならば、お二人はこのエレンがエスコートしようじゃないか」
「私チャラ男は嫌いなので結構です」
「ごめんなさい…馬鹿が感染ると困るので触らないでください…」
「辛辣すぎない?!」
「ところ構わず声をかけている結果だろう…」
予定が決まったところで、それぞれ目的の場所へと移動を始めた。
イングリットたちは、学園まで距離があるので、馬車を使っていくらしい…カイル達の向かうギルドはここからそう離れていないため散策を兼ねて徒歩で向かうことになった。
私達は制服から活動用の制服に着替えて出掛ける……
活動用の制服はある程度の防御力に優れており主に魔法の授業などで使用される…『火球』一発程度なら防いでくれるらしい。
「マードック…俺たちも行こうか…」
「…伊織、俺は離れた位置から護衛をするからお前は彼女達の側で任務につけ…」
「え?…いやそれは…」
「俺の様なおっさんがいる方が不自然だろう?」
「そうか…わかった…しっかりと護衛を…」
「いや、一緒に楽しんでおけばいい…対象に溶け込む事も大事だからな…」
「…マードック…」
流石に伊織もマードックの気遣いに気が付いた……
今日の伊織の服装はこちらの世界に合わせた物だ…違和感はあるまい。
伊織は「ありがとう」と言ってアイリス達の所に向かった。
「…さて、こちらは仕事を頑張るかな?」
「なんだろうあの果物…おいしいのかな?」
「あれはリーンの実だな…現世で言うリンゴみたいなものだ」
「すごいこのアクセサリーきれい…何を使ってるんだろ?学園都市でも流通できるだろうか?」
「それは石を使ったアクセサリーだな…あっちの世界に持ち込むには、関税がかかるから、利益はあまり見込めないぞ」
「…詳しいのね?」
「まぁ初めてではないしなぁ… 一年ぐらいこちらで生活していたこともあるし…」
「へぇ…」
紫音は特に興味を持っていないので、聞き流したが……
隣でその会話を聞いていたアイリスは過去の病院襲撃事件以降のカイルの足取りを確信した。
(こちらの世界にもそれなりの協力者がいるのね…さすがだわ)
彼女の中のマトリーシェも高く評価した。
カイルは、この事について多くは語ろうとはしないが
実際は、病院襲撃に加担したイリューシャの為であった。
彼女が襲撃に参加していたと言う痕跡を抹消するためと、身元を保証できる体制を作るために、色々と手を回した結果、こちらの世界で過ごすことになっただけであった。
「ねぇ…このアクセサリー伊織さんに似合うと思わない?」
「うえっ?紫音…俺は今仕事中で…」
「いやいや、いおりん〜そんな町娘スタイルで言われても何の説得力も無いからね?」
「イリュ!これは皆に合わせて周囲に溶け込むためであって…」
「……ならば全く問題なし」
「こちらの色もいおりんさんに似合いそうですよ?」
「あうっ…絢音さんまで…」
「どうせなら、みんなお揃いにしちゃう?」
アクセサリーを扱っている屋台の前で女性たちがワイワイとはしゃいでいる。
「いやーみんな可愛くていい子ばっかりだなぁー」
「…変な気を起こすなよ?…」
「おやおや?ヤキモチですかぁ?」
「…お前の身の安全の為の忠告だ」
「あ、はい…」
ちょっとからかっただけなのだが…真剣なカイルの表情にエレンは唾を飲み込んだ……コイツ…本気で殺る気だ。
(こいつの逆鱗に触れるって事か……それとも変な気を起こせば彼女達からの反撃に気をつけろって事か?いや、まさかな…)
その両方だった。
「…これが彼女たちの年相応の日常なんだよ…」
「…そうだな…」
カイルのその真剣な眼差しからは、その心の中までは察する事は出来無かったエレンはその言葉を肯定するだけしかできなかった。
「とりあえずギルドへの登録を先に済ませよう…買い物の続きは午後から時間があるからな」
「…そうね」
再び一行はギルドに向かい歩き始めた……すぐ先に見えて来た大きな建物……冒険者ギルドだった。
カイルがギルドの扉を開けようとして…振り返った。
「エレン…せっかくだからお前が案内してくれよ」
「ん?お前が俺を頼るなんて……いいぜ!じゃあ俺に付いて来てくれ…」
妙に張り切ったエレンがドアを開け中に入っていった。 皆がそれに続いて行くと、カイルとイリューシャは最後尾でフードをかぶって付いて来たのだった。
建物の中に入ると、それまでざわついていた室内が一瞬で静かになった。
「エレンだ」
「『孤狼のエレン』が…女連れ…だ…と?」
「ころうのエレン?」
「いやーなんか皆んな俺の事をそう呼ぶんだよね〜まいったよね〜」
全くまいっていない…自分の二つ名を呼ばれていい気になっている……寧ろそのドヤ顔がムカつく…
それは常にソロで行動するエレンにつけられた通り名で散々自慢された記憶がある……
しかし、本人は知らないかもしれないが、この通りには2つの意味がある……どんなクエストもソロでこなす為、
憧れと畏怖の念を込めた孤狼……
プライベートにおいても、常にぼっちで周囲から哀れみの目で見られていることを表す 狐狼……
むしろ今はそんなぼっちが、女性に囲まれて、ギルドを訪れたことに対する驚きの意味合いが多い……少しこいつの友好関係が心配になってきた。
「あら?エレンさん…今日はどうされました?」
「ああ…リズ…この人たちの冒険者登録をお願いしたいんだ」
「わかりました…皆さんようこそ!サマールギルドカウンターへ」
エレンがカウンターに寄ってくると、そこにいた職員が声をかけてきた…リズと呼ばれた受付場はこちらに丁寧な挨拶を始めた。
「『渡り』の…学生ギルドの方々ですね?ギルドカードお持ちでしたらこちらにお出しください。」
「渡り?」
「…ユグドラシルから来た人の事をそう呼ぶんだ」
「へぇ」
みんなのカードを受け取ったリズはそれをカウンターにある機械の上に乗せると何やら操作を始めた。
「では…紫音さん…こちらの水晶に手を乗せてください」
「こうかな?」
カウンターに設置されている水晶に手を乗せると、淡い光を放った。
「はいではこちらのカードはお返しします。登録完了いたしました。」
受け取ったカードを見ると、カードの裏に文字が刻んである…
「登録されたギルドの名前と冒険者としての登録をしたって印だよ…最初は全員Fランクからだね」
エレンが説明してくれた。
その後、全員のカードが登録されるとリズが冒険者についての説明をしてくれた。
ランクはFからSまで、よくある異世界物の定番の設定である。
他と違うのは、私たちが『渡り』の冒険者であると言うことだ。
この世界の冒険者との競合を避けるために受けられるクエストの内容が分けられていた。
一般の冒険者はDランク以上で討伐クエストが発生する。
魔物のランクによって受けられる内容が分けられていた。
私たち学生ギルドの登録冒険者はこちらの討伐クエストは受けることはできない。
命の危険があることもあるが、この世界の住人の仕事を奪わない為……彼らの生活を守る意味合いもある。
私たちが受けられるのは採取、探索、調査、教育などの都市内部で行うものや、安全な場所にある遺跡での作業であった。
また、遺跡に行く場合や採取で森に入る場合には、必ず現地の冒険者の護衛を雇う必要がある。
我々が依頼受ける事によって地元の護衛を雇う決まりだ。
生徒の安全の為が一番な理由だが現地の人達の護衛の仕事も斡旋する意味もある…勿論、身元がちゃんとした冒険者に限定されているが。
「…少し時間があるな…どうする?」
「そうだな…何か簡単な仕事はあるか?」
「そうですねぇ…」
今後の予定を考えてカイルがリズに話しかけた…
あれ?あの受付嬢のカイルを見る目が……熱量が凄いわね。
「……旦那様…どれがオススメですか?」
「そうだね…薬草採取か…孤児院での活動がオススメかな?」
「旦那様がお決め下さい…絢音は何処にでも付き従いますので」
何かを察知したアイリスと絢音の行動は早かった。
二人はカイルの腕に体を絡ませて受付嬢を牽制した……それを見た彼女は表情が強張っている…
「…正妻と言うだけあっておっかねぇな…」
「エレンさんも色々気をつけた方が良いわよ」
「そうだな…忠告ありがとう…」
「みんなはどうだろうか?……?どうした?」
「いや…最初は薬草採取がオススメかな?近場の森なら大した魔物も居ないから…護衛は俺とカイルが居れば過剰なくらいだな」
この集団のパワーバランスを理解したエレンが話しかけてきた…冒険者だからか危険察知に長けているのか、何に気をつけるべきか理解している様だった。
取り敢えずオススメの薬草採取をする事になった。
学生ギルドの登録者には簡単な装備が貸し与えられる…
戦闘職には革鎧一式…魔法職にはローブが一式用意される。
「…なんで私は戦闘職なの?」
「カード情報から……あぁ…すまん…ミカイルを憑依させていたからだな」
「え?」
使徒との戦闘記録が魔導リングに記憶されておりそれがカード情報に反映されているらしい……つまり…学園でのワルプルギスとの戦闘記録が残されていた様だ。
「えぇぇぇ……」
『いざとなれば私がサポートしますが?』
「?!ニトロ!」
そうだ!ニトロが居た!大賢者様なら戦闘もお茶の子さい…
『私も基本は魔法職ですが……何とかなるでしょう』
…さいですか……
まぁ学生ギルドがそんな危険なクエストを押し付けるとは考えにくいし…まぁなるようになるか……
その後数件の薬草採取のクエストを受注しエレンの案内でサマール近郊の森へやって来た…
「じゃあまず薬草の特徴を把握して…」
「ふむ…図鑑で見た薬草とあまり変わらないな…簡単だ」
「……『我が呼び声に応えよ!『選別鑑定』』」
アイリスの詠唱に反応して森の至る所で目的の薬草が淡い光を放った……絢音がそれを地面から抜き取った。
「森に関しては最強ね」
「凄いです!アイリス!これなら直ぐに集まりますね!」
「……えっへん」
「採取ってこんなに簡単なのかよ?」
アイリスの持つ魔眼『深淵の森』にかかれば植物に関する事は大体解決する…
エレンの行き場を失った腕がそっと下ろされた。
「えーと…周囲の安全確保の為に警戒の……」
「……『シスターズ起動…マリファ……『広範囲鑑定索敵…対象物にロックオン…シスターズ起動…マリー」
『了解!敵対生命体確認『光子槍』!!……目標の沈黙確認』
周囲に魔力の反応が膨れ上がり…何かの悲鳴のような声が森に響いた……
「…もう安全…薬草採取する…」
「カイル!お前の嫁は何だよ!最強か?最強だろ?!」
「あははは…」
「俺…必要ある?あるよね?あるって言ってくれよ!!」
「はははは…」
一応護衛である伊織とエレンから抗議の声が殺到した。
流石のカイルももう笑うしかない。
「…これじゃレクチャーも必要ないかな?」
「「「?!?!」」」
「…鑑定効果解除……カイル…採取の説明をお願いしたい……」
「え?何で解除したの?」
「……?何の話?私は何もしていない…」
「じゃあ採取を始めるましょう!旦那様?どの薬草を集めれば良いのでしょうか?」
「…その手に持っているやつだよ?」
「それよりも……今夜もお部屋に伺っても良いですか?」
「だ、ダメだからね?後、このタイミングで心を読まないでくれるかな?」
「んー…私の知っている薬草とはずいぶん違うようだ…カイル?教えてくれないか?」
「律子さっき図鑑で見たと…」
「やはり異世界の薬草は少し違うみたいだな!私の魔学士のちしきもやくにたちそうにないなー」
「棒読み感がぱねぇ……」
「カイル…私も久しぶりで薬草覚えていない」
「イリュまで……」
「よくわかんねえけど……教えてくれよ!」
「伊織さんまで……」
いつの間にかカイルの周りに女性陣が殺到する……紫音を除いて……
「で…どれを集めればいいの?」
「!!…し…紫音ちゃん!!」
地面にしゃがみ込み棒切れで『の』の字を書いていたエレンに声をかけた。
『もしかして…俺の事…!!「いや、効率悪いでしょ?」…だよね……それにしても君は……いや」
何かを言いかけてエレンが立ち上がった。
「じゃあ薬草の採取を始めようか」
薬草の採取ははっきり言ってちょろかった…
アイリスがうっかり周囲の魔物を殲滅していた事もあるが……
何か子供の頃に、森にピクニックに来たような感覚だった。
「へぇーエレンにも妹さんが居るのね」
「あぁ…故郷にいるからね…なかなか会えないんだけど…元気でいてくれたらそれだけでいいんだ」
「故郷はそんなに危険なところなの?」
一緒に薬草を採取していたからか、エレンとそれなりに話をして仲良くなった。
「俺の故郷は小さな国なんだけどね…ずいぶん前に魔物の氾濫で無くなってしまったんだ…」
「えっ?…ごめんなさい」
「いや…紫音が謝る事じゃないよ…こういう事はこの世界ではよくある事だ…妹は信頼できる人のところにいるから大丈夫だよ」
「そう…よかった」
(…話の内容からして…十年前に無くなったミドガル公国が該当しますね)
私の中の大賢者様が頼んでも無いのに検索結果を伝えて来た。
張り切りすぎて大量に持ち帰りギルドカウンターで驚かれたのは良い思い出になった。