夢の少女 8
「また何か相談があるんじゃないのか?」
「な、なんでや」
カイルの問いかけに龍彦は動揺してしまった。
道場に通い始めて三日目の特訓終わりにカイルから声をかけられた。
「お前が強くなりたい理由の一つが絢音さんの事だろ?」
「…まぁ…その通りやけど……」
西園寺は上半身を起こすとその場にあぐらをかいて座り込んだ。
「ワイは強うなりたいんや」
「……」
「西園寺の当主である親父は…体調崩してそのまま帰らん人になってしもうた… 八年前の話や」
「そうか…」
「当主を継いだんがおかん…母親だ…厳しいが優しい人や…その真面目さが裏目に出たんか知らんが……これまた体調崩してな…去年ぐらいから起き上がる事が難しゅうなってしもうた」
「ほほう」
「今、当主代理をしとるんが…俺らの叔父なんやけど…あまり信用ならんと思うんや」
「何か証拠でもあるのか?」
「証拠は無いんやけど…なんとなくこの西園寺本家を乗っ取ろうとしとるんやないかなと…」
「ふむ…あまりこの場所で話して良い問題じゃなさそうだな……よし、行くか」
「行くってどこへや?」
「運動の後に甘いものが食いたくなるだろ?おごってやるからついてこい」
西園寺はこの後アルテさんの喫茶店『ルナリア』に連れて行かれ、ケーキをご馳走になるのだが、その後皿洗いの仕事をすることになるのはまだ知らない。
「親父の代から居た師範代を地方の分家の道場に飛ばして、自分の息がかかった奴らで固めとるんや…残りは本当の新人ばっかりや……」
「なるほど…それで門下生の力量が今ひとつだった訳か…」
「当然、四家で対戦試合が行われて……その勝敗は序列に関係してくるんや…今の西園寺は最弱のポジションや」
相当腹立たしく思っているのか、目の前のケーキを口に放り込むと次のケーキと手を伸ばした。
奢ってやるとは言ったが、あまり沢山食べると困るんだが……ほらアルテさんが新聞の向こうで睨んでるじゃないか。
「姉さんの件も叔父貴が言い出したんや……多分どこかの家と繋がって姉さんを嫁入りさせる事で、自分を西園寺の次期当主に推薦してもらおうってつもりなんや!」
「それは許せんな」
「多分…おかんの病気も叔父貴の仕業じゃないかと思うんや……」
「根拠は?」
「……多分親父と同じ症状や……多分……親父も……」
「医者には?」
「一応見せたが、原因不明やと…その医者もグルかもしれん」
「ふむ……」
「せやから俺が強うなる事で現状を打破したいんや」
用意周到で長い期間を掛けて辛抱強く結果を待つ忍耐力……証拠も残さない様な慎重さも持ち合わせている……
西園寺が望む強さを手に入れた時には……すでに全てが終わっている可能性も十分にあり得る。
「厄介な相手だな」
「せやから……先に姉貴だけでも保護できたらと思ってな……変な事に巻き込んですまん」
「とりあえず…お前の母親に会うことはできるか?」
「それは……慎重にやれば可能や」
「そうか…じゃ……明日にでも機会を作ってもらおうかな」
相談が、まとまったところでカイルは伝票持ってレジに行くがそこで固まってしまった。
「しまった…魔導リングへのチャージをし忘れた……」
「んなっ?!奢りやゆうたから、俺は財布持ってへんで」
「ほほう…私の店で食い逃げとは良い度胸だな」
2人の肩にアルテさんの手が乗せられた。
カイルの給料から差し引けば良いのだが、こんな絶好のチャンスを見逃す彼女ではない。
その後連れてこられたバックヤードにはいつから放置してあるのか、溢れんばかりの洗い物が山のように重なっていた。
「おい…何だこの量は!」
「いやー今日は紫音ちゃんがバイト休みだから困ってたんだ……さぁ働け犯罪者ども!」
なぜかその後、皿洗いをさせられ、気がつけばカイルは厨房で料理を作っており気がつけばエプロンを渡されて注文を聞いていた。
「西園寺もう上がっていいぞ〜せっかくだからお土産な?ちゃんと絢音さんと食べろよ?じゃあまた明日な」
そのまま、店を追い出され,とぼとぼと家に向かって帰っている途中で、もしかして自分ははめられたのではないかと気がついた。
しかし、不思議と怒る気になれない自分がいた。
今までは、自分ではどうにもならない苛立ちからカイルに対して酷い事をしたとは思っている。
その相手に縋る様などうしようもない自分を情けなくも思うが……
それでもこうやって相手をしてくれている事に感謝の気持ちも感じている事は確かだった。
幼い頃から、修行ばかりをしてきた自分だが……
先程の喫茶店での労働は、初めての経験で楽しいと思ってしまった…働いている間は家の事を忘れていたのは事実だった。
「もしかしてあいつ…俺の為にわざと?」
渡されたケーキの箱を見ると、少し暖かい気持ちになった。
今日は言われた通り姉さんを誘ってケーキでも食べてみよう。
結果としては、姉さんは大喜びだった。
「龍彦が来るなんて久しぶりだね」
普段は寝たきりの母親がベッドで上半身を起こしていた。
「ああ…堪忍やで…ワイは逃げとっただけや」
「へぇ…珍しいこともあるもんだ……隣の友達の影響かい?」
「!!」
「すごいね……この状態でもわかるんだ?」
「こう見えても西園寺の当主だからね」
西園寺の隣には『透明化』で姿を隠したカイルが同伴していた。
「お初にお目に掛かります……西園寺当主 雪乃様ですね?」
「…いかにも…このような姿で申し訳ないね……龍彦…彼は?」
「同級生や…カイル・アルヴァレル……信用してええ」
「お前がそう言うなんて……そうかい……カイルさんは私に何の用事でしょうか?」
龍彦の懸念する事案と今の雪乃の容体を確認するために来た事を伝えた。
事前に龍彦から説明を受けて居たようですんなりと話が進んだ。
と言うよりも雪乃さんは半分諦めているのかも知れない……とりあえず体をスキャンさせて貰う。
「……体内からは…毒素を微量だが感知した……希少な毒物だな……」
「!!毒物やと?」
「検査キットではまず判明しないだろうな…本当に微量だぞ?摂取経路が……薬の可能性が高いが……水や食事ならお前ら全員が狙われているな」
「!!マジか……」
伝えては居ないが……西園寺をはじめ絢音や雪からも微量だが毒物の反応を感知していた……害の無い程度だが長く体に蓄積させる物なのでいずれは……それに母親が重症化しているのは『呪い』のせいだ。
毒物といっても単体ではただの薬と変わりがない物なのだが……この『呪い』が薬を毒物に変化させる役割を担っているのだ。
「雪乃さんはとりあえずこれを飲んでもらえるかな?……即効性の解毒薬みたいな物だよ」
「……わかった」
差し出された小瓶を受け取った雪乃は一気に飲み下した………
「苦いね」
「解毒だからね……」
「……子供達にも……」
「ああそれは昨日終わってるよ」
「はぁ?お前いつの間に……」
「お土産のケーキ……美味かっただろ?」
「!!お前……すまんな」
西園寺達は毒素を発生させて居ない状況なので簡単だ。
問題は雪乃さんの方だ。
「毒素は抑え込んだけど…体力が落ちすぎてるね…明日までに基礎的な抵抗力を上げてもらわないとね…」
「明日?何かあるのかい?」
「……体内に溜まった毒素をみんな出し切ろうかと……」
「!!あんた……そうか……やっってくれるのかい?」
「ああ…ここまで来たら最後まで付きおうかと思ってね……今から雪乃さんには二つの魔法をかけるよ?一つは隠蔽……呪いを解除するけど相手に悟られない様にしたいからね」
「わかった……もう一つは?」
「もう一つは『常時回復』ゆっくりでも回復してもらうから……今の体力では少し苦労するかもだけど……頑張って欲しいかな?明日,もう一つの薬を渡すから……それを飲めば完治出来るよ」
「……本当に?」
「…嘘はつかないよ…ちなみに明日飲んで貰いたいのは『神霊薬』だから」
「「!!!」」
その名を出せば二人の目が驚愕に開かれた。
「お前!嘘言うな!そんな薬…存在する筈ないやろ!?」
「まあ…一般的には伝説級の霊薬だからね……でもお前も知っているだろ?アイリスが何者なのかを……」
「………」
母親の前だからその事実を口にしなかった……ふむまあ合格かな?
「じゃあ呪文をかけるね……今夜はしっかり休んで欲しいな『常時回復』!」
雪乃の周囲を淡い光が包み込んだ。
「くっ!!」
「?!おかん!」
「大丈夫…回復力が向上しているから……少し負担になっているだけだ……では雪乃さん頑張ってまた明日」
そう言ってカイルの姿が再び見えなくなった。
「……龍彦…あんたとんでもない友達を連れてきたなぁ…」
「友達……あぁ…せやな…ほんま頼りになるで……でもな馬鹿なワイは馬鹿な事をしてしもうたんや…」
自分がどんなことをしてきたのか、懺悔のように母に向かい、独白を始めた。
「カイル…よう来たな…まぁ好きなとこに座ってくつろいでくれ」
翌日,招かれたのは、西園寺家のプライベートな空間…リビングのような場所だった。
カイルと同伴しているのはアイリスと何故か私……紫音である。
イリュもいるのだが西園寺と共に道場のほうに行っている…修行の確認らしい…
「カイル様が来てるって本当?」
絢音がちょうどドアを開け中に入ってきた……既に例のバイザーはしていない…改めて見ると、めっちゃ美人さんだ…西園寺と姉弟とは誰も信じないかもしれない…きっとお母様似なのね。
「おはよう絢音さん」
「お、おはようございましゅっ!!ます!」
絢音さんは頭から湯気を立てると、顔を真っ赤にしてうつむいた……恐る恐る視線をカイルに向けると、再び顔を赤くして、またうつむいた。
ああ……これはもう手遅れね……
「アイリスさんも……おはようございます」
「……おはよう…絢音……私の事は呼び捨てでいい」
「は,はい…」
『瞳の色が変化していますね…カイル様に対して『サトリ』の力を使用されているのかと』
(どうせキノコ男の事だもの『今日もかわいいね』とか思ってるんでしょ?)
『彼女の様子を見れば、あながち間違いとは思えませんね』
二人の様子を見たニトロがチャットルームから話しかけて来た。
カイルが契約主の筈なのに……その言葉に遠慮の気配は感じられない……
「絢音さん…その力は私生活ではできるだけ使用しないで欲しいかな?今までの事を考えれば、相手の言葉だけを信じるっていうのは難しいかもしれないけれど…心の中で考えることが全てじゃないからね」
「は、はい…ごめんなさい」
昨日渡された魔導リングの効果により既に周囲の心の声は聞こえていない。先程のように本人が強く意識しないとその力は使えないのだ……彼女にとって、相手の心を読む行為は、自分の身の安全を確保する意味合いもあったのですぐには慣れる事は難しいかもしれない。
「まずは家族との会話をしっかりと…相手の言葉とのやり取りでのコミュニケーションのリハビリだね」
「は、はい」
「挨拶もいいが…まずは座りな」
「では…失礼して…」
雪乃が角に座るとその角隣へとカイルが腰を下ろした……即座にその隣にアイリスが座った…それを見て絢音は雪乃の隣に座った。
私は……部外者なので少し離れたお菓子が取りやすそうな窓際の席に座った。
「「……」」
「えっ?なに?」
「いや…彼女は普通の感覚なんだ…」
「そうかい…」
「だから何?ねぇ?」
「…大丈夫紫音はそこでお菓子を食べながら見ていればいい」
「…はい……」
後から聞けばこの窓際の席が上座と呼ばれる場所で雪乃さんが、最初に座った場所が下座にあたるらしい…カイルを敬う気持ちでこの席に座ったのだが…カイルがその隣に座った為、自分たちは対等であると示したらしい。
そこに空気を読めない、私が上座に座った事でこの場の関係は対等であることが確定したらしい。
「…そんなの学生にわかるわけないじゃん……」
とりあえずは文句言いながらもお菓子をいただくことにする……うわぁ…美味しい……
「…まずは改めて今回の事は礼を言わせてもらうよ…」
「それについては既に貰っている…感謝するならたっくんにするんだな…」
「龍彦に?」
「あいつなりにケジメをつけて頼み込んできたのはアイツだからな」
「そうか……ではこの話はこれで……後は絢音についてだが…」
「それについても人助けとしてだ…この先は絢音さんの好きな様に……「カ…カイル様は絢音の事がお嫌いですかっ?」……えっ?」
カイルの発言を遮って絢音さんが立ち上がって叫んだ。
「あ…絢音は…絢音は覚悟は出来ております!」
「……覚悟……ではあやたんコッチに来て」
「あやたん?…は、はい」
絢音の宣言に飛びついたのはアイリスだった…
絢音を隣に呼び寄せるとお互いに向き合った。
「……私の心を読んで欲しい」
「え…心を?…」
「…嘘じゃないとわかって貰えるから」
「は,はい……」
女子が二人無言で見つめあっている……なんか尊い気分だわ……
「…馬鹿げた内容は無視していいでしょ?絢音さんの人生は絢音さんに選ばせてあげるべきだよ」
「そうやな……あんたの気持ちは嬉しいが…『制約』で決められた決闘だからなぁ」
「なんだ?その制約と言うのは?」
「アイツは…あんなんでもそれなりの力を持っていてね……」
西園寺の叔父は陰陽師としては、そこそこの力を持っていたらしい…絢音の『サトリ』に関する勝敗の決め事も、それに関する事が一切しゃべれなくなる『制約』を陰陽の力を使っていたらしい…
「既に私が解除しているが……あんたが勝ったのは『制約』の効果の範囲期間内だからねぇ…」
「…アイリスも勝ったけど?」
「『勝利した異性が娶る』事が制約だ…同性には適用されないのだけど……まあなんか友達ができた言うて喜んどったわ」
雪乃が絢音に視線を向ける……
「…………わかった?」
「えっ?いやでも…ええっ?!そんな事まで?!…私が?…」
アイリスは自分の心を読ませて何か説明をしているらしい……あんまり読心をするなと言ったばかりなのに……
意外に仲良しだな…
「友達になる事を望まれたらなら…それは絢音にとっても幸いだがね…」
「そうだな……」
結論は保留にして、アイリスの友達として共に旅行への同行の約束を取り付けた。
「…私…一緒に来た意味あった?」
成り行きをただ見て居ただけの紫音だったが……
美味しいお菓子の店を紹介してもらえたので良しとする事にした。