夢の少女 2
「何も無い所やけど……まあ上がってくれ」
「お邪魔します……」
「……します」
西園寺の後に続いて門をくぐりその先にある道場の門を潜った……広い道場には誰もおらず夕陽が差し込んでいた。
先日約束した西園寺の爺さんに関する話を聞かせる為、西園寺の家にイリューシャと二人で招かれていた。
野郎の事情には興味が無いので簡単に説明すると……
西園寺は日本を代表する陰陽道の最古参の家系である。
陰陽本家の日ノ本家を守護する四家……
北神堂 東条宮 西園寺 南条門の陰陽の家系が存在しておりそれぞれの守護獣と共に日ノ本家を守護していた。
西園寺の祖父であり先先代の西園寺清麿が守護獣である白虎と共に姿を消して五年の時が流れていた。
一族総出で捜索したがその行方は掴めずにいた……そのため西園寺家は四家の中でも著しくその権威を失墜していた。
「西園寺の権威を取り戻すべく爺さんと白虎の行方を探していたのか……」
「そや…だからお前がどこで爺さんに会ったのか教えてほしい」
「……そか……爺さんにあったのは…四年前……『異世界』だ」
「異世界……!通りで見つからん筈や……」
「簡単に説明すると、知り合いからの依頼を手伝っていた時に一緒に参加していたのがお前の爺さんだったってだけだ……向こうの世界では傭兵みたいなことをしていたぞ」
「傭兵…」
更にこいつの話を要約すると、陰陽使いの中にも、魔眼発現する者が現れ、陰陽道そのものが変化してきているのだった。
西園寺には、二人の兄と、一人の姉がいるが一族の中で、強力な魔眼を発現する者はいなかった…当主であった父親も数年前に他界し、後継を母親が勤めていたが激務の為か体調を崩してしまい長男が修行中である為親戚が代理当主として管理しているらしい。
長男はそれなりの実力者だが、まだ経験不足もあり当主としてはまだ修行中らしい…叔父もそこまでの実力は無く、四家の中では発言力が低く、守護獣のいない今、分家による代替わりの話も出ているとか……
そんな中、長女が希少な魔眼を発現させた事によりその力を欲する分家に加えて他家からも嫁取りの打診が後を立たないらしい。
「今までは四家の中でも俺らは最弱…みたいなことを言っていたくせに魔眼目当てでお姉…姉を景品のように扱うあいつらが許せないんじゃ」
今、お姉ちゃんて言おうとしたよね?…なんか面倒の予感しかない…何を言いたいかは知らないが、断ってもいいよな?
「それでお前は……」
『むっ!(ピコーン)カイル!第一級の美女反応だ!!』
突然、脳内にアーガイルのわけのわからない警報が告げられた。
「たっくん…帰ってたの?……あらっ?お客様?」
「おねえ…姉さん」
引き戸の向こうから現れたのは、夜の闇を連想させるような長い黒髪に豊穣の大地を連想させるような柔らかな雰囲気と見事なたわわ…何よりも特筆すべきは、目の部分を完全に隠し切った術式の文様の入ったサングラスのような道具の存在だ。
のちに説明されたのだがこれは生まれつき視力が弱く、強い光から目を守る為の物らしい。
「あらあら?たっくんのお友達の方かしら?お初にお目にかかります…達彦の姉の西園寺絢音と申します」
「これはご丁寧に…自分は…?!『カイル・アルヴァレルと申します…お姉様のような美しい方とお知り合いになれて光栄です!たっくんとは学園で仲良くさせていただいてます…』」
『こらっ!アーガイル!!お前!!』
突然、アーガイルが肉体の制御を奪い絢音さんに挨拶を始めた。
『…しかしたっくんにこんな美しいお姉さんが居たとは知りませんでした…ここであったのも何かの縁ですね…あちらで、ゆっくりとお互いの事をもっと知り合いましょう…朝まで語り合っても構いませんよ』
アーガイルはまるで息をするかのように彼女を口説きその肩を抱き部屋を出て行こうとしたのだが……
「うふふ…面白いお方」
絢音はアーガイルの手を潜り抜けると身を翻し優雅に微笑んだ。
『ん?』
「うれしいお誘いですが…私はそう簡単に殿方に触れていただくわけにはいきませんのよ?結婚を前提としたお付き合いをお望みならせめて私に勝っていただかないと……」
つまり捕まえる事は出来るかと聞いているのだ。
『……なるほどそうきたか…絢音さん…あなたに交際を申し込みます』
アーガイルはそう言い切るタイミングで低姿勢からの踏み込みでその手を伸ばした。
しかし絢音はそれをバックステップで回避すると体を捻り、アーガイルの追撃から逃れた。
アーガイルは急停止から地面を蹴り上げると、空中を大きく回転すると絢音の背後に降り立った。
『貰った!!』
完全に立ち尽くす絢音の意識外の背後から抱きついた……筈が絢音はその場に身をかがめ瞬時に横へと飛びのいた。
『んなっ!?』
まさか、逃げられるとは思っていなかった。アーガイルは驚愕の声を漏らした。
「うふふ…今回はご縁がなかったようですね」
絢音は、優雅に立ち上がると、一礼をして、道場を後にした。
「やっぱりお前でも無理やったか…」
呆然とするアーガイルに西園寺が声をかけた
『お前の姉ちゃんはエスパーか?』
「あながち的外れでもないが……自慢のお姉ちゃんや…それよりもあの時も見たが、何か人格が変わってるな?なんかケッタイなもんにでも取り付かれとるんか?お祓いしようか?」
「……いや…大丈夫だ…」
よほど自信があったのか、意気消沈したアーガイルがカイルへと体の制御を返還した。
「しかし絢音さんは凄いな…こちらの動きを読み切る洞察力も凄いが、それ以前に瞬時に反応できるその身体能力が素晴らしい。さすがは西園寺の長女と言ったところかお前が自慢するのもよくわかる」
「ん?そうか?まぁ俺の自慢のお姉ちゃんやからな……自慢の姉さんだからな」
「なんで言い直したんだよ……」
確信した…こいつは筋金入りのシスコンだ。
聞けば、母親が西園寺の当主で忙しくしているから日頃から姉が母親がわりだったに違いない…すなわちマザコンとシスコンのハイブリッド…完全体のマザシスコンである。
「それで結局あんたは何がしたいの?」
成り行きを見守っていたイリューシャが切り出した。
アーガイルが絢音にちょっかいをかけたのが気に入らなかった様だ……
「最善は爺様と一緒に白虎を再びこの家に連れ戻すのが一番だと思ったんだが……異世界か…」
普通に考えて困難であると判断したのだろう…西園寺は眉をひそめて唸り声を上げた。
「…あんた…もしかしてカイルを姉ちゃんの嫁ぎ先にしようとした?」
「もしかしたらとは思ったが……やはり無理だったからそれはええわ」
「そうか…じゃあ帰るか」
「ちょっとまたんかい?!なんでこの話の流れで帰るんや!」
「まだ何かあるのかよ」
「俺を鍛えてくれんか?」
「は?」
西園寺的にはカイルの強さに感服したので自分を鍛えてほしい……何でそうなる?
時間をくれと言って道場の隅にイリューシャと共に移動し相談を始めた。
『俺はこの件は賛成だ』
「アーグ?」
『そこそこの力を持った駒が手に入ると考えればどうだ?これからの事を考えれば、駒はいくらあっても困らないはずだぞ」
「本心は?」
『こいつの姉ちゃんごっついべっぴんさんやったからこのまま逃がす手はないやろ!!』
「お前はわかりやすいな…西園寺のマネ…似てるな……」
「どうするの?」
「うーん…気になる事もあるし…受けてみてもいいかな?」
「ぐぬぬ…」
イリューシャにしてみればこれ以上彼の周りに女の影がちらつくのは面白くないが………その本音は飲み込んだ。
「いいぜ」
「!!ホントか感謝するで!」
「だが今すぐ…とはいかないからな…暫くはお前の基礎をみっちり鍛えてもらうか……まずは…魔力を練る基礎と体幹の強化から始めるか……」
カイルは立ち上がり道場の中央で西園寺と向き合った。
「精神を統一して……イメージしろ下腹に魔力を集めて安定させろ…光の玉を押し込める様なイメージで……」
「む………むむむむ……」
西園寺は謎の唸り声を上げているが陰陽道の家系に生まれただけあって魔力の集中と練度はすぐに出来た。
「それを維持しろよ……今から俺が魔力で圧をかけるから……耐えろよ?」
「……!!!」
そう言い終わると同時に衝撃波のような魔力が体を通過した。
西園寺は堪らず後ろに尻餅をついた。
「耐えろって言っただろ?」
「いや…!お前なんやアレは!」
「何って…無属性の魔力波だが……」
「魔力波……」
簡単な事の様に告げるカイルだが,人体をすり抜ける様に調整された魔力波を生み出すことがどれだけ大変な事か………
一般的には魔力波は攻撃手段でもありソナーの様に音波的な索敵などに用いられる事が多い…通過させるなど離れた場所の針の穴に糸を通す様な集中力と精度を求められる。
「いいか?体内に留めた魔力をコントロールして体幹を維持するんだ…今の場合は魔力の安定を維持し続けて魔力波と衝突しない練度を維持する事……あとは吹き飛ばされない様に身体強化を行う事かな……見本を見せよう…イリュ」
カイルの声にイリューシャが道場の中央に歩み出て静かに構える……その体内に静かに…そして荒々しい炎の様な魔力が集積され濃縮されるのを感じた。
同時にカイルの体内にもそれと同様かそれ以上の濃厚な魔力の波動を感じた…
「ほっ!」
カイルが掛け声と共に手の平を押し出すと一陣の風がイリューシャを通過してその背後の的を破壊した。
「!!」
「どうだ西園寺?出来るか?」
「……ああ…やってやるよ」
そうは言ったものの地味に思えるが実際は非常に高度な魔力操作を必要とする………
このぐらい出来なくては彼の願いは叶える事は出来ないという事だ。
「ではこれは宿題だ……次は三日後に来るからそれまで頑張ってくれ」
そう言ってカイルとイリューシャは鞄を持って出て行った。
「……ははっ…とんでもねえ奴やな!……やったるわい!!」
上着を脱ぎ捨てた西園寺は再び精神統一を始めるのだった。