ミッシングタイム 3
「もうこんな時間か」
壁にかけてある時計に目をやると、いつの間にかもうこんな時間になっていた。
そろそろ出かけようかと自室のドアを開けると……
「おおっ!!ちょうど良い所に来たのっ!」
白く長いひげを伸ばした老人がテーブルの上に飲み物を用意した所だった。
「えっ?あの……」
「大丈夫大丈夫…お前さんの座標はもう覚えとるから、いつでも帰れるから……それよりも新作が手に入ったんじゃよ!ちょっと今から鑑賞会でもしようかと思っとったんじゃ!飲み物も用意してやるからちょっとそこに座っとれ!そこの菓子はつまんでもええからの!」
見知らぬ老人の筈なのだが……その手慣れた感じにおもてなしを受けてしまった。
…やばい…このお菓子ちょっと高いやつだ……おいしい…
「さて、準備はええかの?まずこれは頭につけるんじゃ手元が見えにくくなるから飲み物をこぼさんように気をつけるんじゃぞ?上映中は暗くなるから立ち上がったりせんようにな…トイレは大丈夫か?後スマホの電源は切るかマナーモードにするんじゃぞ?」
お母さんかな?
差し出されたのはどこかで見たことがある様な無い様な…りんごっぽいマークの付いているVRゴーグルだった。
「準備はええか?では行くぞ?」
老人がそう言ってテーブルの中央に黒い球体をはめ込みゴーグルを頭にすっぽりかぶった。
VRゴーグルの画面にはカウントダウンが表示されておりやがてゼロになると画面が輝いた。
そこは豪華な空間で、中世の城の様な作りの建物だった。
しかし、その一部は大きく破壊され、巨大な植物が内部へと侵入していた。
室内に人物は全て床に倒れ、意識を失っているようである……そこに白いドレスを纏い、仮面をつけた長い金髪の女が、ただ一人室内を歩いていた。
「やっとこれで仕事を始められるわ」
仮面の女が部屋の中央に歩み寄った…そこには少女が植物で編上げられたゆりかごの様な場所で眠っていた。
「…貴方達……」
仮面の女の視線をこちらに向け……沈黙が流れた…こっちを見てる?おかしいな…これは過去の記憶で改変や干渉はできないって聞いたのに……
「ふーん?まぁいっか…大人しく見てなさい」
仮面の女はこちらに興味を無くすとゆりかごに眠る少女に近づきその頭に手を乗せて呪文を唱えた。
「ごめんね…マリーちゃんでもこれは必要なことだから…
『悪夢』」
部屋の空中に黒いモヤがかかり、巨大なスクリーンが現れた。
そこにはゆりかごで眠る少女が暗闇の中を走っていた。
【夢 NO001】
「ネアト!…ミミル!」
マトリーシェは暗闇の中を走り続けていた…母親たちの直呼びながら。
「ウルファン!ラビニア!…どこ?」
やがてひとつの扉の前にたどり着く……その中には四人の女性が倒れていた。
「ネアト?!…みんなっ!!」
近くに倒れるネアトを抱き起こした。
既にその体は冷たくなっており彼女が生きていないことを物語っていた。
「嫌だ!!嘘よ!!」
他の母親たちを確認するが、全員が同様に既に息絶えた状態だった。
「遅かったわねマトリーシェ」
「ローズクイーン!!」
最後からの声に振り返る…そこには、漆黒の薔薇を咲き誇らせた巨大なローズクイーンが立っていた。
その手にはカミュが握られていた。
「…マリー…逃げ……」
足元から声が聞こえた……
「リーネっ?!!」
その体は血にまみれ、もはや虫の息であった。
そして、彼女を守るように、鎧の残骸が……彼女の騎士、レイの成れの果ての姿があった。
「!!今すぐに…『あらっ?まだ生きてたの?しぶといわねぇ〜』ああっ!!」
駆け寄るマトリーシェの眼前でローズクイーンの足が振り下ろされリーネの姿は見えなくなった。
その衝撃で飛び散った鮮血がマトリーシェの頬を濡らした。
「あああああっ!!」
「マリー!!」
カミュが最後の力を振り絞りローズクイーンの手の中から抜け出した……彼もまた満身創痍であった。
「カミュ?!カミュ!!」
ふらつきながらも立ち上がりカミュの元に駆け寄りその体を抱き止めた……
「?!」
瞬間、感じたのは鈍い痛み…見ればローズクイーンの放ったカミュの剣が二人を貫いていた……
「二人仲良く眠りなさい」
ローズクイーンが嘲笑う…皆んながこんな状態になるまで戦って…傷の一つもつけられないなんて……
薄れてゆく意識の中に宿った感情は怒りと恐怖だった。
その後も悲劇は繰り返され、抵抗するマトリーシェが凄惨な死を繰り返す。
ローズクイーンに対しての憎悪が生まれ、自分に対する無力感が生まれ、やがて家族の死を見ても何も感じなくなった……
何度目かになる惨劇の最後にカミュにこう告げられた。
「マリー…君のせいだ」
そうか…私が…私が薬なんか作ったから…いや魔界を全てを良くしようとしたから…いや…ネアト達に出会ったから……いいえ……私が生まれたから……
マトリーシェの中に絶望が生まれた。
マトリーシェとカミュは淡く光る魔方陣の中に横たえられており、その横ではローズクイーンが呪文を唱えていた。
彼女達の見るほぼ悪夢と言って良い内容だ、それを繰り返し繰り返し見る事で彼女の精神を苛んでゆく……なんて嫌な仕事だろうか……
『未来確率選択』
現時点の誘導された運命と正しく歴史であるあの暗き森の魔女の運命を紐付ける呪文であった。
これも彼女の持つ特殊なスキルである
「まだ終わらないのか、時間がかかりすぎだぞ?」
そこに、黒い衣装をまとった仮面の男が現れた…画面のデザインがお揃いだ…
「…こいつらはいいのか?」
この男も部屋の端でこの状況を見守る観客の存在に気が付いている様に視線を向けると女にそう言い放った。
「その人達は…わかるでしょ?」
「そういう事か」
二人は何か納得した様で、それ以降はこちらに興味を示さなくなった。
「今世の運命が幸せすぎて…なかなか悪夢が馴染まないのよね」
「既に名誉は回復している…正しく手順を踏んでもらわねば我々の計画に支障が出るぞ」
「わかってるわよ…後はこれを魂と融合させれば終わりよ」
取り出したのは薄暗く輝きを放つ漆黒の塊…暗黒の女帝ヘブラスカの魂である。
仮面の女が呪文を唱えると、黒い魂が紐かれる様に少女の体の中に染み込んでいった。
「魂と魂の融合…それも隠蔽した状態で…流石だな」
【夢 NO783】
「ファル?!お母様!!」
ローズクイーンの触手に捕まった彼女達は物理的に拘束され魔力を搾取されている…早く助けないと……
「ふぅ…薔薇など使わずに最初からこうすればよかったわ…」
王都に現れたローズクイーンは街の人々を次々に取り込みその体を大きく成長させた。
薔薇から大量に生まれる黒薔薇の騎士が人々を襲い、王都は混乱に包まれた。
カミュに手を引かれて路地裏を疾走していた。
「待って!カミュ!ファルやネアト達を助けないと!!」
「もう手遅れだ!!諦めろ!!」
カミュは彼女を説得しながら追手の騎士を切り捨てる。
「君に助けられたあの日から、僕の命は君のものだ…だから君はここで死んではいけない!」
「待って!カミュ!私もみんなと戦うわ!」
「アレに対抗できるのは君だけなんだ!」
「でも……」
「?!危ないっ!!」
物陰から現れた騎士の攻撃を遮り、カミュがマトリーシェを突き飛ばした。
「カミュっ!!」
カミュは騎士を切り捨ててその場に倒れ込んだ。
「マリー……無事かい?……早く…逃げ……」
「喋らないで!!カミュ!!ああああ」
マトリーシェにもわかる…これは致命傷だと。
必死に治癒魔法を唱えるが血が止まらない…
彼女のドレスはカミュの血を吸って赤く染め上げられてゆく……
「マリー…僕は…君を……」
「カミュっ?!カミュ!!」
握っていた手から力が失われたそのまま地面に滑り落ちた。
「カミュ……ねぇカミュ…目を覚ましてよ…カミュ……」
瞬間、周囲の建物が爆散したかの様に吹き飛ばされた…そこにはローズクイーンが立っていた…二人を逃がすために戦いを挑んだヴァルヴィナスの亡骸を握りしめたまま。
「もう鬼ごっこはお終いかしら?」
「……やる…」
「なぁに?」
「殺してやる!!」
マトリーシェの中の殺意が溢れた。
彼女の中の狂気の部分…前世でへブラスカにより見出された邪悪な部分が現れた。
マトリーシェは内に渦巻く邪悪な感情を魔力で練り上げ、一本の剣を生み出した……殺意と憎悪の魔剣『アグシャナ』である。
その一振りは薔薇の騎士達を一撃で葬り去りった…この街全ての怒りと悲しみの感情を吸収し、使徒を殺す為だけに作られた存在…それがアグシャナであった。
『実績解放『死せる愛』『憎悪の魔剣』を確認しました…最後のスキル『最終女帝』が解放されます。
「今だ!『聖櫃の奇蹟』!!」
全ての時間が停止し、マトリーシェのその手にあったアグシャナをローズクイーンが取り上げた。
アグシャナの中に眠る存在には『奇蹟』の力を利用して『正史』の記憶を埋め込んである。
「中々にヤバい代物ね……ではこの剣の処遇は任せるは…アーガイル」
「……おい…前回のより強力じゃ無いか?」
「仕方ないのよ…幸福からの落差がそれだけ大きかったんだもの…心が痛むわ……」
「まあいい…そろそろ時間が無い…早く終わらせろ」
アーガイルは剣を抱えると再び闇の中へと消えていった。
「じゃあこちらもおしまいにしましょうか……」
【夢 ending】
「殺してやる!」
『『殺意の波動』を確認しました 最終スキル 『ヘブラスカ』を解放します』
「え?」
アナウンスとともに、自分の目の前に白く長い髪の女性が現れた……彼女こそが初代魔女王、ヘブラスカ本人であった。
彼女が女王になった事で彼女の姉妹たちは、彼女を支える為の家臣として王家に連なる公爵家として彼女をサポートした。
歳を重ねるごとに、彼女の血筋は増え、強固なものとなった ヴァルヴィナスを始めとする魔王の一族やその配下であるガノッサやリリアーヌの家系も遡れば彼女へと辿り着くだろう。
彼女は、使徒を倒すためだけに自身の子孫たちの中にこのスキルを仕込んでいたのだった。
本来は、直径の王族にしか発現しないスキルなのだが
皇族以外でははじめてのケースとなる。
それだけマトリーシェとヘブラスカの親和性が高かったと言えるのだろう。
『滅殺スキル!『使徒殺し』!!』
ヘブラスカの宣言と共に周囲の空間が揺らぎ鋭利で細身な漆黒の十字架が無数にローズクイーンを貫いた
「なんのこれし…ぎぃっ!!」
ローズクイーンの貫かれた場所から、小さな光の粒子が煙のように立ち上った
「なんだ、これは私の存在が!!」
『だから言ったでしょう使徒殺しだって』
「貴様!!」
ローズクイーンから無数のいばらがマトリーシェに向け殺到したしかし、それも途中から煙のように消えてゆく……
「っ!!」
しかしその執念はほんの少しマトリーシェの腕に小さな切り傷を負わせた…
やがて使徒は跡形もなく消え失せた……
『私の役目もここまでだ……だが覚えておくが良い……お前の中には常に私があることを』
彼女の姿が揺らめき、陽炎のように消え去った。
「勝ったの?…でも…みんなは……」
マトリーシェはその場に倒れ込み意識を失った。
だから、誰も気がつかなかった
使徒により負わされた小さな傷からほんの小さな使徒によく似た存在が彼女の体内に入り込んだ事を…
これほどの小さな状態では、誰も気づきはしないだろう……
それはやがて力を蓄え再び姿を現すだろう……
しかし転生するまでには、長い長い年月を必要とするだろう。
「やっと終わった……」
ローズクイーン…いや、ミカイルは安堵のため息をついた。
マトリーシェには本来、起こり得た未来としての結果を見せていた
未来を変えない為には彼女の絶望と憎悪が必要であった。
その結果としての魔剣【アグシャナ】と使徒を宿したマトリーシェの転生体を作り出す必要があった。
「これで下地が全て出来上がったわ……こんな地味で嫌な作業なんて懲り懲りだわ……本当なら彼女達と肩を並べて戦いたいのに」
ミカイルが眠っているマトリーシェの頭を優しく撫でた。
「本来ならこんな事はしたくないけれど……せっかく頑張ったあの未来との整合性が取れなくなっちゃうのよね…大丈夫よ…今すぐに死んだりしないから…この術式はあなたの死後に発動する…今の悪夢の記憶を失ったままね……私としては、また辛い思いをさせるのは忍びないけれど…きっとこれが最善だから頑張ってね……マリーちゃん未来でまた会いましょう………さて…無事に任務は完了したわ…アーガイル…後は任せ……」
「おっと…ミカイルお疲れ……」
無理もない。今迄の一連の作業は彼女のスキル【聖櫃の奇蹟】の中で行われていた作業であった。この状態では、前回と同じくしばらく目覚めることがないだろう。
「これで終わりだ。気をつけて帰れよ…」
男がこちらに向けてそう言った
「また会おう」
「くそっ!あいつめっ!!騙されたわい!何が感動巨編だ!!ホラーじゃないかっ!!」
ゴーグルを外しながら、じいさんが、激怒プンプン丸だった。
「付き合わし済まんかったのこんなに怖い話だとは…お前さん、どうした?泣いておるのか?」
言われてから頬をぬぐうといつの間にか泣いていたようだ…なんだろう……胸を締め付けられるような感覚があった。
「そうか……怖いのは苦手じゃったんかすまんかったの」
そんなわけでは無いのだが…おじいさんはその後も私を慰めてくれ、さらにいっぱい盛られたケーキがおいしかったのでいつの間にかその気持ちは消え去っていた。
「じゃあ気をつけて帰るんじゃぞ…また、ここに来る機会があれば、次は楽しい話を用意しておこう…もちろん、うまい菓子も用意しておくからの」
こんな事がそう何度もある筈が無いと思いつつも、あのお菓子にありつけるのならそれも悪くないと思った。
「…これで三度目か……いやまさかな…」
客人が出て行ったドアを眺めながら老人は髭を撫でた……
「もしも……次があるようであれば…それこそワシの人生にも意味があったということかもな」
老人は、そう結論づけると満足げに髭を撫で続けた。