新説・暗き森のマトリーシェ
むかしむかし、あるところに大きな森がありました…そこは昼間も薄暗い深い深い森……
人々は『暗き森』と呼んで、誰も近づこうとはしませんでした……その森の奥には魔女が住んでいたからです。
魔女の力は凄く強くその魔法は大地を割り、空を切り裂きました。
魔女の力を恐れた諸国の王達は魔女に言いました。
『私に忠誠を誓うなら望む褒美を与えよう』
魔女は言いました。
『私が従うのは空と海と母なる大地、それに私の欲しいものは貴方達には用意できませんよ』
彼女の魔法も彼女の呼び出す魔物も強力で、みんな恐れて離れていきます ……
だから彼女はいつもひとりぼっち……そうです彼女は友達が欲しかったのです。
ある日、魔女は森で赤ん坊を拾います…彼女は自分の娘として彼女を育てることにしました。
その子は魔女の愛情を受け、すくすくと元気に美しく成長しました。
彼女の名前はマトリーシェ、暗き森の魔女の意思を継ぐ新たな魔女でした。
彼女は四人の母と共に森で暮らし様々な知識を生み出しこの国を豊かな国へ変えてゆきました。
魔女達の生み出す薬や商品は瞬く間に民に受け入れられ幸せに暮らしていました。
いつの間にか森の魔女は幸せな生活を手に入れていたのでした。
ある日彼女達は奴隷の少年を助けます…彼は彼女達に保護されて家族として暮らす事になりました……
その少年はカミュと呼ばれ、将来マトリーシェの伴侶となる存在でした。
そんな平和な魔界を良く思わない存在が居ました……使徒:ローズクイーンです。
彼女は毒の花を魔界中にばら撒き全ての生き物を病気にしてしまいました。
しかしマトリーシェは作り出した薬でみんなを治してしまいました。
それに怒ったローズクイーンは魔物を率いて王都を襲いました。
友達の女王へヴァリーネイアと四人の魔王と共に見事この軍勢を打ち破りました。
しかしローズクイーンは自分の命と引き換えにこの魔界全てを破壊する魔法を放ちました。
マトリーシェがこの魔法を打ち消す魔法を唱えました……その命と引き換えに。
魔法を打ち消す瞬間 カミュがマトリーシェと共にローズクイーンの魔法に立ち向かいました。
「マトリーシェ!愛しのマリー!君が命を差し出すならこの僕の命も差し出そう!」
二人の愛が奇跡を起こし邪悪な魔法を打ち消しました……しかしマトリーシェは長い眠りに落ちてしましました。
国の人々は自分たちを救ってくれた彼女を『聖女』と呼び,毎日,早く目覚める様にと祈りを捧げました。
皆の祈り奇跡を起こし、彼女を眠りから呼び起こしました。
『聖女』マトリーシェと『守護騎士』カミュは結ばれ末長く幸せに暮らしました。
おしまい
「……おしまい…………ってなんじゃこりゃあ!!奇跡起こり過ぎじゃ無い?!」
手渡された冊子から顔を上げたマトリーシェ(本人)が大声を上げた。
「はい!魔界が誇る『奇跡の聖女』マトリーシェ様のお話です!さあどうぞ!ごゆっくりお楽しみください!」
笑顔のガイドに馬車に押し込まれる一行は、『来園者数10億人目』に認定されたマトリーシェが
『聖女マトリーシェ』の1日マトリーシェ役をプレゼントされると言う一大イベントに発展した。
その際隣にいたカミュも『あら?新婚さん?じゃあ貴方は『守護騎士』をしないとね!』とこれまた強引に飾り付けられ馬車に押込まれた………マトリーシェ(本人)とカミュ(本人)が『聖女マトリーシェ』と『守護騎士カミュ』の役を演じるという異例のイベントが発生した…………なんだこれ……
「ふむ…良いじゃないか…こんな経験は一生のうちに出来るかどうかだぞ?なーに帰るのは明日でも十分だ」
スポンサーであるルミナスからOKサインが出てしまった……昨晩何があったかは知りたくも無いがとても肌艶が良く、機嫌もすこぶる良い……同様にアネモネもイングリッドもみんな大人の色香が凄いんですが……
「どうせ今日一日だ……楽しんだらいいじゃねーか……ところでご馳走は無いのか?」
「…そうね、イリュの言う通り……きっと二人の思い出になるわ…」
「アイリス…」
状況が飲み込めないまま困惑する二人に周囲の意見は優しいものだった……
正しい歴史を知っている紫音達は、この二人にはこれぐらいの幸せな記憶があってもいいと思っている
当の本人達は、あの血塗られた記憶も、幸せな今世の記憶も、両方の記憶を持ち合わせていた。
「どうせアイツの仕業でしょう?…好意でしてくれているんなら、楽しんどけばいいんじゃない?」
「そうそう、紫音の言う通り…楽しんだ者勝ちでしょ?」
「とりあえずご馳走は無いのか?」
「はいじゃあ決まり!私達はイリュに餌付けしてくるからごゆっくりどうぞ!」
アグシャナをその身に宿して以来、燃費の悪くなったイリューシャはよく食べる…いや、前からよく食べていたけど、さらによく食べるようになった。
仮にも、アグシャナはご神体と呼ばれるほどの品格を持った『神剣』である。
本来であれば、崇め称える事により、その神格を維持するのだが今では唯一の巫女であるイリューシャだけが、彼女の信徒と言えるだろう。
供物と言う形でエネルギーを供給することもできるが、彼女自身もイリューシャ同様、食べることが好きらしい。
「何か大変な事になっちゃったね……」
「そっ…そうね…」
「でも…何故こんな扱いを受けてるんだろう?」
「な…何故かしらね……」
何故、自分達が、ここまで大々的に取り扱われているのか疑問視するカミュとは裏腹にマトリーシェには思い当たる節が多すぎた……
まさか、ここまでムーブメントを起こしているなんてあの時には想像もつかなかった。
「私が聖女?何よそれ……全く私はそんな柄じゃ……いや待てよ?底辺からの成り上がり…悪だと思われていたものが善だった!これは売れる要素しかないんじゃない?」
そんな軽い気持ちで聖女グッズを作成したり,魔界令嬢シリーズに聖女要素を取り込んだ新刊を発行したり新しい分野を開拓していた……確かに、新作としてはそれなりの売り上げを出していたけど、ここまで熱狂的なコンテンツとして定着している素振りはなかった。
実はマトリーシェの知らぬ事だが彼女の死後、魔界は深い悲しみに包まれ、その彼女の生きた証と偉業を称える風潮が大きくなりシルヴィア主導の元、このテーマパークや記念館が建造され、劇場においては毎日のように彼女を題材とした演目が上演される様になった。
(あれは私だけのせいじゃないもの!ネアトママやイリスが妙に乗り気で魔法ステッキとか、変身シーンとか、魔法戦隊とか、実際にはなかった要素を、これでもかって盛り込んでしまったんだもの!)
「まぁとてもお似合いですよ、もうまもなく出番ですからね」
「あははハハハ」
パーク内のスタッフに着付けされたマトリーシェは、白無垢のような純白のドレスを身にまとっていた。
「……どこか見覚えがあると思ったら…私たちの結婚式にリーネが用意してくれた衣装に似てるわね」
「…そうだね…よく似てる…実感がわかないけど、懐かしいって言う気持ちにはなるね」
ローズクイーンと戦った記憶はあるが、実体験としての感想は非常に薄い…まるでスクリーンで見た映画の様な感覚だった……言うなればこの記憶は後付けされた設定の様なものだからだ。
「だから……皆んなが参加しろって言ったのね……」
飾りつけられた屋根のない馬車に乗った二人は沿道を埋め尽くす人々から祝福され進んで行く。
記憶の中の結婚式のパレードをもう一度行っているような…そんな感覚だったが色褪せた記憶が鮮明な色彩を帯びて行く……そんな感覚があった。
しかし…この幸せを家族一緒に分かち合えたのだろうか?……残念ながら、その辺りの記憶は今の自分は持っていないようだ。
「何をそんな辛気くさい顔をしとるんじゃ!主役はもっと笑顔を見せんかい!」
「!!ネアトママ?!」
「は〜い二人共お似合いよ〜」
「この後は勿論宴だよな!!」
「ラビママ!ウルママ!」
「ほらほらマリーもっと笑顔で手を振るのニャ」
「ミミママ!!」
二人の周囲に四人の母親とされる四名が現れた……勿論これはパークが手が配したキャストなのだが……四人はこの日、パレード寸前記憶が曖昧になり、この時の事をあまり覚えていないと証言した。
「なんで?…」
「なんで?自分の子供達の晴れ姿に母親が不参加なんてありえないじゃろ?」
「二人共お似合いよ〜あの時も綺麗だったけど、今はもっと綺麗ね〜」
「そうニャ…あの時はウルファンがずっと泣いてて大変だったニャ」
「!!ばっ馬鹿野郎!そんなに泣くわけないだろ!いや、ちょっとは泣いたが…」
「ウル…お前もう泣いてるじゃんか?」
目の前で楽しげに盛り上がる。四人は紛れもなく、自分の母親たちであった…一体何がどうして?
そんな困惑する彼女の目の前に小さな光が飛び回った。
「!!テルピー!?」
アイリスの実母であり先の戦いでその存在を消費して消えたはずの光がそこにいた。
あの状態で、アイリスとともに、数百年を過ごしたテルピーが今、ここに現れるなどあり得るはずもなかった。
しかし、あの暖かな光を放つ同じ精霊がもう一体いるとは思えなかった。
「他人の空似?いや、精霊の空似?」
突然、周囲から色とりどりの小さな光が溢れだした。
「これはっ…!」
「へぇー最近の魔界も凝った演出するのね」
「いや…紫音これは…精霊の祝福だ」
光が空中に浮かび上がり列をなして文字となる…その幻想的な光景に人々は釘付けとなった。
『マトリーシェの愛するすべての人々に幸あれ』
「ドローンじゃん」
「いや…まあそうも見えなくも無いけど……」
やがて光が弾け、周囲の人々に『祝福』の魔法が降り注いだ。
「これは…」
「『祝福』とは……数百年ぶりだな……しかもこの規模は前代未聞だ」
この光景を見たルミナスが驚きの表情を見せた。
今の時代科学の分野が発達し昔のような魔法主体の生活が失われつつある魔界では「祝福」は最早廃れた過去の風習の様な扱いだった。
パレードはさらに熱を帯び、人々は熱狂した。
中央の城に到着した一行を中心に周囲のボルテージは最高潮を迎えた。
「マリー…私はお前に会えて幸せだったよ…これからも誰かを幸せに出来る魔女である様にな……」
「ネアトママ……」
「そうニャ…カミュと仲良くニャ」
「ミミママ…」
「カミュ!マリーをしっかり頼んだぜ!」
「ウルママ…勿論だよ」
「次は〜孫の顔を見に来るわね〜」
「ラビママ!」
四人の母の纏う気配が消え光が天空へと立ち上った。
それを先導する様に小さな光が飛び上がった。
「……やっぱり…テルピー…貴女が皆んなを連れて来てくれたのね…」
小さな光は何も言わない…ただ二人を祝福するように飛び回るだけだった。
「!!カミュ!貴方…体が……」
「!!マリー君もだ……」
お互いの体が僅かに発光している事に気がついた……祝福を受けた事により体内の魔力の抑制が効かなくなる程に大きく膨れ上がっていたのだ……すなわち、義体が魔力に耐えられなくなっているのだ。
「マリー……カミュ……」
「アイリス……ありがとう……みんな……ありがとう……」
異変に気づいたアイリスが声を掛けるが、二人の体は輝きを増して行き…………
『……みんな……ありがとう……』
小さな光の粒子が二人を包み、その場から消え去ったのだった………
「やっぱり、あの二人は消えちゃったのかな……」
「うーん……魔力の痕跡は感じられなかったからな……」
あの後、パーク内は大変だった。
聖女イベントとしては過去にないほどの大盛況で二人が消えた事で周囲の観客からは大歓声が巻き起こった。
パークとしてはお客様が二人、行方不明になったのだけど……オーナーであるシルヴィアが『問題無し』との指示を出した。
勿論、その後二人を探したのだけど何処にもその魔力を感知する事は出来なかった。
時間制限がある為、一行は捜索を諦めて帰路に着いたのだった。
「あ〜疲れた……」
「律子にしてはよく歩いたもんな」
「イリュの様な体力お化けと一緒にしないで欲しいわ」
「……お姉様達は今夜は泊まるの?」
「え?ダメかな?私はともかくルミ姉様は仕事は?」
「え?クリムト様が見つかったし…私は辞職しても良いじゃないかな?ほら!博物館からアイスロッド持ち出しちゃったし…これは引責問題よね!」
「それは…それで大問題なのでは?」
久しぶりに帰って来た寮の玄関を開けると久しぶりに嗅ぐカイルの料理の匂いがした。
ほぼ全員のお腹がなった。
「そういえばロクに食事してなかったわね」
「ああ…みんなの分がありますように…イリュ…自重しなさいよ!」
「ええ!?お前さては食事目当てだろ!帰れ!!」
「そ、そんな訳ないでしょ!」
一気に玄関が賑やかになり紫音たちが室内に入って来た……予想通りルミナス達も一緒だ…人数分料理をしたのは正解だったな。
「おかえり」
「…ただいま…」
「カイル様!ただいま帰りましたわ!お約束を守って頂きこのルミナス貴方様に忠誠を誓いますわ!末長くよろしくお願いしますわ!」
「え…ああ…そう」
「ルミ!やめないか!カイルが困ってるだろ!もう私がいるから十分だ!」
「姉様!リット!抜け駆けはずるいぞ!そう約束したじゃないか!」
何か大人達は複雑そうな話題になりそうなので無視して食事をいただく事にしよう……
そういえばアイリシアさんが見えないなーと視線をリビングに向けるといつもの格好でソファーで爆睡していた……ぶれないな…
「もう…アイリシアさん風邪をひきますよ……」
そんな誰もが放置するはずの彼女にマトリーシェが毛布をかけてた。
「…マリーは優しいわね」
「え?そ、そうかな?……みんなお帰りなさい」
「ただい………!!マリー!!なんで?!消えたんじゃないの?!」
「え!本当だ…」
「マリーどうしたの?あ…みんなおかえり」
騒ぎを聞きつけ、キッチンの奥からカミュが顔を覗かせた……その手にはピーラーとイモが握られているジャガイモの皮を剥いていたようだ。
「カミュ!!」
「え?そうだけど……」
「なんであんたらここにいるの?!?!」
全員の声が重なった。
「え?つまり体内の魔力が暴走して義体が維持できなくなったの?」
「ええ…祝福で魔力が強化されて……ママ達に会えたことで感情が抑えられなくて魔力が暴走しちゃったみたいなのよね……」
依代である義体を維持出来なくなった事で義体と共に本来の持ち主であるカイルの元に戻って来たのだった……
「本当に貴方達は……私達がどれだけ心配したと……」
「うう…御免なさい…私たちもまさかあんな事になるなんて……」
「まあまあリット…仕方が無いじゃないか…こうして二人とも無事だったんだ、それで良しとしよう」
「ルミにそんな正論を言われると…何か納得がいかないわね…」
「なんで!?」
食卓を囲む全員が笑顔だった。
『…これで満足かい?…お姫様』
「え?」
隣のカイルの声に一瞬の違和感を感じた……気のせいかな?
「ええ満足よ……貴方にしては満点ね」
「……そうか…それは何より……」
それ以降はただの会話が続いた……
こうしてアイリスを取り巻く一件は無事に解決した………
この時の私はそう思っていた。
これはこれから始まる苦難の道のりの始まりでしか無かったのだった。
第二章 完