シン・暗き森のマトリーシェ 13
「……本当に参加しないといけないのかな…」
「うーん…よく考えたら面倒ね…やっぱりキャンセル出来ないかしら?」
「いや、この段階で無理だからな?」
向かいに座る魔剣王ヴァルヴィナスがそう答えた…今は王城に向かう馬車の中だった。
マトリーシェの服装も普段は絶対に着ない様なフリルのついたドレスである。
その隣には同じく正装に身を包んだカミュが緊張した面持ちで座っていた…
対面のヴァルヴィナスとその隣の魔女姉妹も同様に全員が正装でにこやかにこちらを見ていた…
彼等も同様に招待されており、知識の乏しいカミュ達をフォローする為に共に行動しているのだった。
「……今までずっと引き伸ばして来た俺の身にもなってくれ…それに……行かないとあの二人が押しかけてくる事になるが?」
「それは……ちょっと…」
これから向かうのは魔女王が有力貴族達を招いた舞踏会であった。
行く気はなかったのだが…病を克服した祝いだと言われては……更に女王本人からも念押しされており、さらにヴァルヴィナスからもお願いされては……既に逃げ道は塞がれた。
「仕方ない…」
「その……僕は平民だし……こんな催しは初めてだし……参加しても良いのかな?」
「カミュ…貴方…あれだけあの騎士に気に入られてるのにその言い訳は無理でしょう?……向こうが会いたいって言うんだから…それにこのまま放置しても面倒だわ……」
「ああ……レイさんか……そうだ……ね……」
先日の試合以降やたらと気に入られたのか暇があればカミュの元を訪れては剣の指導や騎士団への勧誘やら……少し迷惑していた。
「大丈夫よ…カミュ…貴方達は『魔女と騎士』なのだから胸を張っていれば良いのよ?それとも…マリーちゃんの騎士である事に誇りを持てないの?」
「!!…そうですね…僕がしっかりしないと…」
「うふふ…この前よりも逞しくなったわね……やはり好きな女性の為に強くなるなんて素敵だわ」
「それならマリーだって見違えるほど美人になったよな!!やっぱり好きな男ができると女は美しくなるもんな!」
「そうですわね……お姉様はあまり変わり映えしませんね?」
「おい…ベラ…喧嘩を売ってるのか?……それよりもお前等の馴れ初めはどんなんだったんだよ?」
「そうですわ…とっても気になりますわね」
「え…話さないとダメなの?」
前回、魔女姉妹は純粋なマトリーシェにせがまれて自分達の馴れ初めを当事者であるヴァルヴィナス本人の前で暴露するという今思い出しても悶絶してしまいそうな仕打ちを受けており、今回はその仕返しの意味も込めての事情聴取を始めた。
「そうね…初めは弟がで出来て嬉しかったんだけど……私って意外と独占欲が強くて昔からカミュを自分の所有物の様に感じてたの…だから今は私の男になったんだけど…今までとあんまり違いは無いかも?…ねえねえ!貴女等の関係性はどうなったの?何か変化はあった?」
「「えっ……?」」
今回は勝利を確信して居た姉妹はまさかこの様な反撃に遭うとは思っても居なかった……
「…いや、別に変わったところはないかなぁ〜」
「嘘ね…貴女達を見ていればわかるもの…いつもすごく優しい視線をあの男に向けているわ…お店でも本を読むふりしながらいつも見てるわよね?それに前より二人ともなんだか綺麗になったし」
「「!!」」
「…お前ら…そんな事を……」
「さぁ!教えて頂戴!いつもどんなことを思いながらあの男を見てるの?」
「えーと…」
マトリーシェから向けられる純粋な視線に抗う事が出来ず、二人は再び喋り始めるのだった。
「ヴァルヴィナス様…城に到着しました……何かありましたか?」
「いや…何でもない…」
馬車から降りるとマクガイアの言葉に何とか返事をする。
(二人から向けられる好意には確信があったが……まさかあれほどとは……)
その後ろではいつも騒がしい姉妹が顔を真っ赤にして俯いている……馬車の中で一体何が?
カミュも同様に真っ赤な顔しているが、マトリーシェだけは瞳をキラキラさせて姉妹たちを眺めていたのだった。
「マリーどうしたの?」
ちょうど隣の馬車からシルヴィアとベオウルフが降りてきた所だった。
「ねぇシルヴィ知ってる?魔王姉妹様達はね…」
「マリーちゃん!お願いだからもうやめて!!」
「こんな……こんなの耐えられません!!」
魔王姉妹がマトリーシェに縋り付き、その口を塞いで懇願する姿にマクガイアは衝撃を受けた…
(あの姉妹を屈服させるあの暗き森の魔女の弟子……)
彼の中でのマトリーシェの株が上がった。
「さて…ここからは真面目に頼むぞ……マトリーシェ、カミュ…私達の側にいろ……ベラ、ベル、行くぞ」
ヴァルヴィナスの声に我に返ったベルゼーヴとベラドンナが彼と腕を組み、城の中に向かった。
カミュとマトリーシェもそれに倣って後に続いた。
巨大な門をくぐり大きな扉の向こうに広がる煌びやかな会場へと足を踏み入れた。
中には既に多くの招待客が揃っておりその中にはネアトリーシェを始めとする四人の母とシルヴィのお祖父様……魔竜王ヴリドラとヴァルヴィナスの配下の四魔貴族が揃っていた……二人の魔王を従える魔剣王に周囲の視線が殺到した……
まあ…そうなるよな…
「陛下の御前である」
その言葉に一同が頭を垂れた…慌ててカミュとマトリーシェもそれに倣った。
やがて一人の女性が一人の騎士の手を取り階段から姿を現した…流石のレイも全身甲冑では無いが、式典用の装備と仮面をつけており、どこから見ても立派な騎士だった。
「あの女…どこから見ても男にしか見えないわね」
「マリー!だめだよその話題は!秘密にしろって言われたでしょ?」
レイのエスコートによりリーネが玉座へと座る。
「皆の者…このたびは急な呼び出しに応じてくれてありがとう…皆、無事にこの厄災を乗り越えたことを嬉しく思う」
リーネの言葉に、貴族たちの間に歓喜の声が上がる…
「リーネもどこからどう見ても、女の子にしか見えないわね…この国大丈夫かしら?」
「マリー!だからその話題はダメだってば!」
「では、此度の話をしよう」
やや幼さを残しながらも凛とした声に一同が正面を向いた…… その姿を一言で表すなら『白』であった。
その姿はまるで魔白百合であった。
彼女のスタイルを強調するような純白のドレスは気品さと風格を損なう事無く彼女を着飾り、長く美しい白銀の髪に七色に輝く王冠が添えられており一層彼女の『女王』としての存在感を醸し出していた。
この『白の王都:ヘヴラチカ』の君臨する今代の女王、へヴァリーネイアを周囲に知らしめるに十分であった。
また付き従う騎士は王国騎士団長『レイヴン』である。
彼ら歴代の騎士団長は騎士と同時に女王の伴侶としてその名を捧げる為『レイヴン』の名を代々引き継いでゆくのだ。
「此度の騒乱の解決見事であった……魔剣王ヴァルヴィナス」
「はっ!女王陛下におかれましても……」
ヴァルヴィナスが歩み出て何やら似つかわしくない堅苦しい口上を述べた……やればできるのね……
周囲の人達は何かを恐れるような表情で視線を落としている……そうよね…だってリーネの魔力凄いもんね〜魔力が感じられる者ならば威圧に似た感覚を感じているでしょうね…でもこの魔力の質は…どこか懐かしいような…安心できる感じがする………
(マリー)
隣のカミュが小さく囁いた……どうやら私の名前が呼ばれたらしい。
「あ、はい」
「マトリーシェ…その歳でずいぶん優秀と聞く…此度の騒乱の解決見事であった…礼を言うぞ」
その言葉に続いて女王が頭を下げた……周囲にざわめきが起こった。
「あの…どうか頭をお上げください……この身に余る光栄でございましゅ………」
噛んだ!思わず手を繋いだままのカミュの腕を思いっきり握りしめてしまった。
周囲は何故か物音一つしない静寂に包まれていた……
「………くっ……ふふふ……あはははは」
リーネが堪えきれずに笑い声を上げた。
「いや…すまんすまん…皆、もう楽にして良いぞ……マトリーシェ…その方も楽に……くくくっ」
「〜〜!!し、仕方ないじゃない!こんなの緊張するに決まってるでしょ!」
「マリー!!」
マトリーシェの発言にカミュは血の気の引いた顔で宥めた……いくら既に顔見知りとはいえ…ここまで砕けた言葉を投げかける者は居ないのだ……更に、マトリーシェの放った魔力に周囲の騎士等が殺気立った……が、レイヴンはそれを視線で制した。
「ほう…なかなかに豪胆な娘よ…重ねてすまんな周囲の者は皆、頭が硬くてな…お前のように純粋な者が珍しくてな」
「……つまり礼儀知らずの田舎者ってことかしら?生憎と生まれも育ちも暗き森の中ので礼儀作法には明るくありませんので!」
「マトリーシェ!!」
流石にネアトリーシェも娘の態度に肝を冷やした。
「良い良い…私にここまで言える其の方は好感が持てるな…」
「…いいわ!じゃあ私が貴女のお友達になってあげるわ!」
「…ほう…お友達か…良かろう…妾の事をリーネと呼ぶ事を許そう」
「よろしくねリーネ!私の事はマリーと呼んで頂戴」
実はこの茶番は事前にリーネとマリーの間で話し合いにより決定していた流れだった。
今後、森の魔女達に良からぬ行動に出る者が現れることを懸念したリーネが国の重鎮が集う場でマトリーシェの力を見せつけることで、彼女の力を示しリーネと友好を結ぶことにより、敵対する意思がないことを印象づけるのだった…更に「友人宣言」を行う事で周囲に釘を刺す形を取ったのだった。
「全くお前という奴はっ……」
「なによ…ママだって『友達を作りなさい』っていつも言ってるじゃない!」
「それはそうだが……」
「まさか女王様まで友達にするなんて思わないからね〜」
「だが、マリーらしいニャ」
今、彼女たちは簡単なセレモニーの後、別室へと案内された
やがて、そこにリーネが侍女と共にやってくる……
「待たせたな…楽にしていいぞ」
彼女の後に、ガノッサ、リリシェール、ファルミラが入室した…その姿を見たネアトリーシェはどこか悲痛な表情浮かべ姿勢を正した。
「ネアトリーシェよ…この者たちで間違いないか?」
「はい…ガノッサ様、リリシェール様…こちらがあなた方の娘、あの時ワイバーンに連れ去られたマトリーシュでございます」
「?ママ?どういうこと?」
「あぁっ!!マリー!!」
「ふぁ!」
ネアトリーシェの行動にマトリーシェが怪訝な顔をしたがリリシェールがマトリーシェを抱きしめた事で有耶無耶にされてしまった。
「よくぞ無事で!!」
「うぐぐぐ…!何よこの馬鹿力は……!!」
「お母様!お姉様が落ちゃう!!」
ファルミラがリリシェールの腕をタップしてやっとマトリーシェは開放された。
「私としたことがごめんなさい」
「…身体強化?いや魔力は感じないからこれが素の力なのね……」
リリシェールの隣に座らされ、その手を握られたマトリーシェは状況を分析する…下手に逃げようものなら、この手がどうなってしまうかわからないため、腰が引けている事は内緒だ
「ネアトママ…一体どういうこと?私に何の相談もなしに!」
「マリー…この方達はお前の本当の両親…家族なんだよ会いたいに決まっているじゃないか……」
「…わかっているわよ…そんな事…」
「「「「「えっ?!」」」」」
マトリーシェの発言に、リリシェール達が驚きの声を上げる。
「な、なんで…貴女は自分の正体を理解していたのですか?」
「なんでって…私に猫耳がない時点でネアトとは本当の親子じゃない事は理解できるし……ファルと出会ってからは一目瞭然じゃない…魔力の質もそっくりだし、初めて見た時から、姉妹なんだなって…それにリリシェールお母様の魔力の質も同じだもの…」
「そうですわね、お姉様を一目見た時から何か通ずるものがありましたもの」
「ファル?!あなたも知っていたの?!」
「えっと…リリシェールお母様……それについては私が口止めをお願いしていたのです」
「マリー…貴女…」
マトリーシェは姿勢を正してリリシェールに向き合う。
「お母様…私の事は既に死んだ者としてお忘れください…ここに居るのは、名もなきただの森の魔女の娘マトリーシェです……今更私が現れても余計な争いが増えるだけだわ…それに今まで頑張ってきたファルの努力を無駄にしたくないし…彼女の方がよっぽど家督を継ぐにふさわしいわ」
「!!貴女…そんな事を考えていたの?せっかく会えたと言うのに…」
「ちょっと!マリーお前…」
「ママは黙ってて!私怒ってるんだからね!」
マトリーシェに強く言われ尻尾が丸くなるネアトリーシェだった。
「んーマリーお姉ちゃん…それは少し早計かなぁ…」
暫く事の成り行きを見守っていたリーネが口を開いた。
マトリーシェの意思は固く…ネアトリーシェ達義理の母達や、リリシェール達実家組の説得にも首を縦に振らなかった。
「これは私の家族の問題よ」
「お姉ちゃんの家族の問題だから言わせてもらうけど…ずっと生き別れていた娘にやっと再開出来たってだけでも奇跡なのに…すぐに死んだ事にしろってのは残酷じゃないかなぁ?」
「あっ……」
その言葉に隣のリリシェールを見る……その両目には涙が溢れそうなほど浮かべており今にも決壊しそうだ……後地味に掴まれた手が痛いっ!!
「でもマリーお姉ちゃんの言ってる事も理解は出来るんだよねー…だからさぁ…森の魔女ネアトリーシェニと養子縁組をしたって事で良いんじゃない?」
「養子?」
「そう、ガノッサの娘マトリーシェは森の魔女の養女として弟子入りした……家督はファルミラが継げばいいわ…これなら親子や姉妹の繋がりはきれないでしょ?
「…いいのかな?」
「そうよ!そうしましょう!ネアトリーシェさん!今後とも娘をお願いします!」
「あ…はっはい!責任を持って……」
家族の絆もろとも亡き者にするよりも、「姉は魔女に弟子入り」「妹が次期後継者」その立ち位置を明確にすることにより、家族の絆を継続させる考えなのだ。
「すみません。お母様…私、酷い事を」
「貴女なりに私達を気遣ってくれた事だと理解できます…それに思い切りの良いところはやはり私の娘ね…魔王女様の案、しかと承りました」
リーネに対して淑女の礼をとりつつ手を胸に当て、配下の礼をするリリシェールをポカンとした表情で見つめるマトリーシェにリリシェールが微笑みかけた。
「あら?聞いていない?まぁ…私が暫くあんな状態だったものね…この一族の本来の当主はこの私よ?」
「え?お父様は?」
「うむ…私は入婿でな…リリたんが寝込んで居た時だけ代理として行動して居たに過ぎんよ」
ヘブラスカの女王就任以降、女性当主が多く誕生した。
女性の持つ魔力量が強いこともあり、魔法系統を司る貴族はそのほとんどが女性当主であった。
「ネアトリーシェ殿」
「!!リリシェール様いけません!」
気がつけば、ネアトリーシェに対してリリシェールが深々と頭を下げていた。
「あの森で生き抜くことがどれだけ大変なのか理解しているつもりです……自分だけで精一杯なのに幼い子を連れてまで……貴女には本当に感謝しかありません」
「いいえ、助けられていたのは私の方です……彼女に……マリーに出会っていなければ、今、私はここにいなかったでしょう」
母親同士で手をつなぎ、互いの話に耳を傾け合っていたそれを見たリーネは満足そうに頷くのだった。
「貴女達…今日はもうここに泊まりなさい…すぐに部屋を用意させるわ…もちろんマリーとファルは私と一緒よ!女子会よ女子会!恋話しましょう!」
「「「「あんたはダメだろ!!!」」」
「えー?なんでよ!!」
マリーが笑っている…彼女を取り囲みネアトやファル達もみんな笑顔で笑っている…かつての自分が思い描き、決して叶わなかった光景が目の前にあった。
おそらく自分の力だけでは辿り着く事は出来なかっただろう……
カミュの中に感慨深い感情が溢れた……と、同時にずくりと鈍い痛みが胸を穿つ……
カミュは胸に手を当てると(わかっている)と小さく呟いた。
(ああ…この光景が見られただけでも十分価値はあった……約束は守る…お前と契約してよかったよ……カイル)
彼は約束通り、彼女を守る為の道を示してくれた……次はその対価であるカミュの番なのだ。
まだ、使徒との戦いは終わっていない。
今だに病は発生を続けている…まだ使徒の攻撃は続いているのだ。
だがしかし……今は…今この瞬間だけは彼女と共にある事を噛み締めよう。