シン・暗き森のマトリーシェ 12
「もう大丈夫なのかい?」
「……うん……」
「何か飲むかい?」
「……うん……」
「なんだ?マリー…何か言いたそうだな?」
「…えっと……」
「何よ〜気になるでしょ〜」
「……みんな…そんなに見ないで……」
カミュと二人でリビングにやって来たが……
ネアト達の視線が生暖かくて居心地が悪い……そんなにニヤニヤして何が面白いのか……
「いや…お前達にはいずれこんな関係になって欲しいと思って居たからね……私たちも嬉しいのさ」
「ママ……」
素直に祝福されてマトリーシェはネアトリーシェに抱きついた。
「やっと自分の気持ちに素直になれたのかい?」
「……うん…」
頭を撫でられてくすぐったい様な感覚になった。
言われてみればカミュに対して抱いていた理解不能な感情は彼に対する好意や嫉妬と言った感情だと気付いたのだった。
カミュを見ればウルファン達に囲まれて
『大事にしろよ』とか『泣かすなよ』とか言われて腹パンされていた……大丈夫かな?結構良い音がしたけど……
「お姉ちゃん,お兄ちゃんおめでとう…初めて見た時からなんてお似合いな二人なんだろうって思ってたんだぁ〜今日はとても素敵な日ね」
「リーネ……あなた……男だったの?」
「え?気が付かなかった?まぁ…肉体的な性別は男性…かな?」
「??」
戸惑うマトリーシェを庇う様にカミュが前に出た。
「もぅ…別に手を出したりしないよぅ…私はこう見えても心は乙女なんだからね」
「…つまり…体は男の子で心は女の子……って事?」
「そうだね…わかりやすく言うと…『男の娘』って所かな?」
『外見が「可愛らしく美しい娘」に見える男子…この時代ではかなり特殊なケースですね…性同一性障害とも言われ肉体と精神の乖離により心を病んでしますケースもありますが……彼の場合は趣味…というかこの現実を受け入れた上でこの状況を楽しいでいる様でもありますね…あとは立場的に攻めなのか受けなのかが問題でしょうか?』
マトリーシェの中のイリスが解説を始めた……やたら饒舌だな……ちょっと鼻息荒くない?
『ななななっ!腐女子ちゃうわ!』
「ふじょ?…とにかく害は無いみたいね」
リーネの説明によると性別は男性だが、精神的な内面は完全に乙女である…普通に話をしているだけでは全く違和感を感じない…どこか何か良い匂いがするほどだ。
「私はお姉ちゃんも可愛いと思うけど……お兄ちゃんの方が好きかな?」
一瞬、リーネの瞳に宿る光に熱いものを感じたカミュは背筋にゾワゾワとした悪寒を感じた。
「リーネ」
「あら?レイったら…冗談よ…私にはレイだけだものね…ヤキモチかしら?」
彼女の後ろに居た黒い全身甲冑が動き声を出した時点で二人は「ひぇっ」と声を立ててしまった。
「だ…誰?」
「あっ…二人には紹介がまだだったね…私の愛しの騎士様だよ…ねーレイ」
「…(こくり)」
完全に室内の装飾品と化していたレイは寡黙な性格なのかあまり声を出すことは無かった。
二人の脳内にはガタイの良い筋肉質の男が親指を立てていた。
「貴方達は一体…」
「おい…大丈夫か?襲われたと聞いたが………」
そこへヴァルヴィナスがやってくる……そういえば待ち合わせの約束をして居たような……
彼は室内に入るなりリーネの姿を見てその場に片膝をついた。
「ヘヴァリーネイア陛下」
「「えっ?!」」
「あ〜あ…ばれちゃったか……」
ヴァルヴィナスの言葉にマリー以外の全員がその場に片膝をついた。
ネアト達は彼女の…いや彼の立場を近隣諸国の高貴な存在と感じていたが……まさかこの国の女王とは……
「ヴァル…なんで来ちゃうのかな…?今はお忍びだからそうゆーのはやめて欲しいなぁ……」
「いや…陛下こそ何故ここに…レイまで……」
「…あ…あんた……」
「ん?」
「男なのに女王なんてどーゆー事よ!!」
「気になるのはそこなの?……まぁ……説明したいから……みんなでお茶でも飲みましょう……」
マトリーシェのツッコミに苦笑いしながらもこの状況でも和やかにお茶会が開かれ……る筈もなく,お茶を用意するウルフェンとミミルは完全に震えて尻尾が丸くなっていた……可哀想に……
「んーまずはどこから説明したものか……」
リーネの説明によると初代以降の女王には必ず一族の魔力の高い女性が選ばれる……これは一族にしか分からない何かがある様で,全員が瞬間的に自覚するものなのだという……
歴代の王族の家系に男性もいたがそれらは勿論魔力量も少なく分家として彼女らを支える役目に徹して来ていた。
彼女らの目的は『使徒』との戦いであった。
初代ヘブラスカの勅命により一族は以降『使徒』と陰ながら戦いを繰り広げてきた。
それは魔界の住人には知らされる事は無く歴史の影として処理されて来たのだった。
先代より『使徒』の動きが活発になり攻防も激しいものとなった。
先代の女王が『使徒』を討ち倒した時……『使徒』は呪いをかけたらしい……
「その呪いの結果がこの私……『精神と肉体の反転の呪い』だよ……」
『使徒』は女性が産まれなくなる呪いをかけたかった様だが……それは失敗に終わりリーネのような『男の娘』誕生のきっかけとなってしまった様だ。
「…その…問題はなかったのですか?」
「そりゃあ………でも、肉体が男なだけで精神的には女性だから特に問題はなかったかな?」
女王に引き継がれる『女王聖典』や『女王装備』も問題なく使用できた……精神性が重要らしい。
「それで今後も『使徒』との対立は続くんだけど…そろそろ協力者を増やしても良いかなーと思って……そこで今大活躍中の『暗き森の魔女』さん達に興味を持ったって訳……特にマリーお姉ちゃん達にはね……魔女として二人を導いておこうかな?二人は『魔女と騎士』の資格もあるみたいだし…」
「必要ない…僕とマリーは」
「カミュ…大人しくこの話を受けなさい」
「ネアトママ?」
「…この先どんなことが起きるか分からない……私が二人の側に一緒にいるかも分からない状況では誰がマリーを護るんだい?自分の力になる事ならばそれは必要な事だ」
「でも……」
二人にしては珍しく抵抗の意思を見せる……
前世ではヘブラスカに痛い目に遭わされている為、魂レベルでの嫌悪感を持っているのかも知れない。
「じゃあ…私達と少しだけ手合わせするのはどうかな?」
「…いや…待ってくれ、レイとカミュでは勝負にすらならないだろう…」
「何よ…私のカミュが負けるって言うの?」
カミュを心配するヴァルヴィナスにマトリーシェが反論する……
「…そうだ…レイは現在の魔界で最強と言ってもいいだろう…私やベルですら勝つのは難しいな…」
「ヴァル…それじゃあ話が進まないんだけど…」
「いいわ!その勝負受けてあげる!カミュが負けるはずなんてないもの!」
マトリーシェを何とか説得しようとしていたが……思わぬ方向で話が進んでしまった。
(自分よりも伴侶の評価に対して自制が効かなくなるなんて……盲目とはよく言ったものね)
そんな二人にリーネは繋がりを見出す……絆に結ばれた魔女と騎士は、互いに親愛と信頼の絆で強く結ばれる。
先ほどからカミュに対する発言に過敏に反応するマトリーシェと彼女に対する周囲の意見に反応するカミュが以前よりも、その感情を強く持っていることを認識した。
「でも、まだ初々しいわね…まるで私とレイのあの頃を見ているようでむず痒いわ……」
「…僕に決定権はないの?」
「…諦めろ…マリーが言い出したら引かないのはわかってるじゃろ?それに…護る力なら喉から出るほど欲しい筈ではないか?」
「……わかったよ…」
ネアトの慰めの言葉に渋々承諾するのだった。
「ここなら思いっきり戦っても良いかな?一応結界を張っておくねー」
家から少し離れた場所にある鍛錬場にやってきた。
「リーネ…この様な事をせずとも…」
「レイ…これはあの子達に必要な事なの…それに……私達にとってもね」
「……」
「レイ…あなたの強さは知っているわ……でもきっと私達だけではどうにもならなくなる時はきっと来るわ」
「だが…いや……わかった…そこまで君が言うのなら今回だけは従おう」
向こうで話し合うリーネとレイを見てカミュはその拳に力を込めた。
ヴァルヴィナスが止めるのがよくわかる……レイは相当な使い手だ。
はっきり言って勝てる自信は無い…いや無理でしょ?
「あの鎧はカッコいいけど中身が良い歳のおじさまだと思うと……何かとても犯罪臭が強いわね…」
二人の様子を遠巻きに見ていたマトリーシュはそんな感想をこぼした。
「油断はするな…相手は『魔女王の騎士』だ…怪我だけはするな」
「何よ!私のカミュは負けないもん!」
「ふふ……ヴァル…ここに来ても煽るなんて…良い仕事をするわね」
「いや…煽っているわけでは……」
そんなやりとりを見て居たネアトリーシェはあのレイと呼ばれる黒騎士がレイヴンと同じ人物では無いかと推測する……よく見ればあの鎧は見覚えが……前世でマトリーシェがカミュに贈った指輪の装備に近い。
「準備はいいか?」
「どこからでもかかって来るが良い」
カミュに対して警戒する素振りすら見せないレイにカミュは警戒を強めた。
「始めっ」
リーネの合図と同時にカミュは地面を踏み抜き自身の最高速度でレイの懐に入り込んだ。
「なるほど身体強化か…悪くない判断だ」
渾身の一撃は難なく受け流されてしまった。
追撃を警戒して距離を取るがレイは動く気配を見せなかった。
「なぜ来ないのか?そんな顔だな」
目の前のレイの姿がぶれたかと思うと、耳元で声が聞こえた。
慌てて距離を取ると既にそこにレイの姿はなかった。
「今の状態の貴様などいつでも無力化することができる…出し惜しみしている場合か?本気でかかってこい」
確かに今のカミュは魔眼も使用していない状態だが……
強くなったと思っていたが……上にはまだ上がいると感じた。
「わかった…じゃあ全力で行かせて貰う……『魔眼解放』!」
次の瞬間カミュの姿が掻き消え、レイの真横へ現れた
「魔人剣・烈」
そこから強烈な横凪の斬撃が繰り出された。
魔人剣はカミュとヴァルヴィナスが特訓により生み出した新たな剣術である。
魔剣の能力を最大限に引き出すヴァルヴィナスとは違い、己の力のみで戦うカミュに合わせたものであった。
「おおっ!これは凄いなっ」
レイはその場で地面を蹴り上げ、体を横回転にひねることで、その斬撃を回避した。
「馬鹿なあの距離で!」
それを見ていたヴァルヴィナスが叫ぶ……レイの全身鎧は俊敏さを失わせているのかと思ったが想像以上の身のこなしであった。
追撃を仕掛けようとするカミュに痛烈な蹴りが見舞われ体制を崩したカミュは瞬時に距離を取った。
「賢明な判断だな……それがお前の魔眼の力か……風属性…俊敏さを高める効果だな…ふむ…非常にお前と相性が良いようだ」
一目見ただけでカミュのその能力を看破したレイの観察眼に驚きを覚えた…
しかし本当に脅威なのはその対応力だ…レイはカミュの繰り出す攻撃全てに応じた対応で受け、流し、相殺し、反撃してくる…中には泥臭い返し方もあり、対人戦の薄いカミュに比べ、その手数も多種多様で彼の潜り抜けた修羅場の数を表していた。
「騎士のくせに卑怯よ!!正々堂々戦いなさいよ!」
マトリーシェからクレームが入るがそれをを聞いたレイは思わず笑い声を挙げてしまった。
「ははは…正々堂々とだと?お前は命をかけた戦場で相手がそんなことを言ってきたらはいそうですかと了承するのか?魔物がそれを聞いてくれるのか?…甘いな…お前たちに不足しているのは圧倒的な危機感だな」
「うっ」
正論を言い当てられマトリーシェは言葉に詰まった
「まぁ、いい魔女と騎士の本当の戦い方を見せてやろうリーネ!」
「あらっ?思ったより乗り気ね」
リーナがどこからともなく杖を取り出し正面に突き立てると同様の行動をレイも行った。
「「隷属」」
二人の宣言が重なると同時にその体が輝き、レイの魔力が数段膨れ上がった。
「さぁ…カミュ…本気を出さないと命を落とすぞ」
「何を…」
次の瞬間、今までの動きとは比べ物にならないほどの速さでレイが目前に迫っていた
カミュは瞬時に魔法を発動させると、とっさにその場から飛び抜いた。
轟音と共に地面に巨大なクレーターが出来上がった。
「隷属」は魔女側が一方的に隷属した奴隷を作り出す契約だ……本能を失った戦闘人形を作り出す。
「これが魔女と騎士の契約だ」
「契約…」
「互いに魔力を共有することで、その潜在能力を格段に引き出す…隷属ではこちらは操り人形のように操られるだけだが…その関係は契約で進化する……『友愛』」
再び二人の体が輝くと更に先程とは比較出来ない程の魔力で溢れていた。
「この状態になるとこちらの意思も尊重され公平な状態での共闘ができる」
説明をするレイから繰り出される斬撃にカミュは防戦だけで精一杯だった。
「もう少し骨がある奴だと思っていたが……期待外れだったか?それではあの娘を守ることはできんぞ?本気を出せと言っただろ?そうか…あの娘の腕の一本でも切り落とせばもやる気になるか?」
「!!」
その言葉を聞いた途端に、カミュは怒りの感情に塗りつぶされた。
「貴様っ!!」
カミュは体制を立て直すと自身に魔法を重ね掛けしレイに挑みかかった。
「ほう…怒りだけでここまでの力を引き出すか…」
受けた斬撃の重さを冷静に分析するレイの声はどこか喜色を含んでいた。
「カミュ…貴様が守りたいモノはなんだ?」
「…みんなを…全てを守りたい」
「大きく出たな…そんな有様で何が守れるのだ?その考えは傲慢だ……本当に守りたいモノは何だ?」
「本当に守りたいモノ……僕は…マリーを守りたい…」
「今のままでそれは出来るのか?あの魔女はお前の「名」を呼ぶことができるのか?」
レイは腰を落として構える。
「お前達に足らないのは『覚悟』そして『喪失』…一瞬にして日常が失われる事を知らない…命の儚さを知らない……これからそれを教えてやろう」
レイよりかつて感じた事の無いほどの殺気が放たれた……その矛先は背後のマトリーシェに向けられいた。
「お姉ちゃん、このままだとお兄ちゃん死んじゃうよ?」
「リーネ!もう止めさせてよ!」
「私が止めるのは簡単なんだけど……それでお兄ちゃんは納得するかなぁ?お兄ちゃんはお姉ちゃんを守るために強くなりたいんでしょ?だったらお姉ちゃんが助けてあげるべきだよ」
「私が?」
「魔女と騎士の契約を結べば良いんだよ?それにお姉ちゃんはその方法を知っているでしょ?」
「知ってる?私が?」
その瞬間鋭い痛みを感じ目を閉じた……脳裏に浮かび上がるのは白い鎧を纏ったカミュとそこに並び立つ自分の姿を見た。
「なにこれ?…こんな記憶知らない?」
「魂で結ばれた魔女と騎士は契約を結ぶことで互いの魔力を循環させるんだよ……互いを思う気持ちが相手を護り、相手を強くする……それが魔女と騎士の契約」
「契約…」
「さあ…マトリーシェ…貴方の騎士の『名』を呼んで?」
「名」…そう言われて、脳裏に浮かんだのは、幼い頃月明かりの中で二人で交わした約束…その時に聞いた彼の「名」……
その瞬間、レイから恐ろしいほどの殺気が向けられた。
「カミュは貴女を守る為にその命を賭けるでしょうね…」
「なっ!!」
「貴女はただ守られるだけのお姫様なの?…自分の為に命を投げ出してまで守ってくれる彼のために何を差し出すの?」
レイから向けられる殺気に足がすくむ……だがこの程度で済んでいるのは私の前にカミュが居るからだ……
レイの放つ斬撃はカミュでは受けきれず血飛沫をあげて倒れる姿を幻視させた。
「そんな事…させないわ!カミュは私が守る!!」
『そんな事はさせない!マリーは俺が守る!』
偶然にも、2人の声が重なる。
「我が騎士『カミューリア』貴方は私の剣…貴方は私の盾…貴方に私の全てをあげる…だから私と共に!」
「我が魔女『マトリーシェ』私は貴女の剣…私は貴女の盾…私の全てを持って貴女の全てを護る!」
「んん?」
二人の宣誓にリーネが不思議な声をあげた。
『隷属』は魔力を与える代わりに敵を殲滅する自動人形を作り出す……絆が私達の様な強い絆の者達はただ強化されるだけだが……
『友愛』は騎士には強化、守り等の支援魔法を送り、魔女は守護の力が強化される……
大体し、新米の魔女達が魔力を媒介にして発動できるのはこの辺りの効果なのだが……
「お姉ちゃん等……全てを捧げちゃうの?」
『半身』
その宣言とともにカミュの纏う魔力の質が変化した……その見た目に変化は無いが……
そして一瞬、レイはカミュを見失った。
「!?」
次の瞬間、レイは無意識に剣を構えその斬撃を防ぎ吹き飛ばされたことに気がついた。
「!!これほどとは……!!リーネ!行くぞ!」
「ええ……我が騎士『レイナーヴェルン』汝は我が剣、汝は我が盾、苦難の時も幸福の時も試練の時もいつ如何なる時も我が隣に並び我が生涯の騎士として共に歩まん!」
「我が魔女『ヘヴァリーネイア』我は汝の剣、我は汝の盾、苦難の時も幸福の時も試練の時もいつ如何なる時も汝の隣に並び我が生涯の魔女として共に歩む!」
『『魂約宣誓』』
リーネとレイの姿は光に包まれリーネは純白のローブに身を包んだ…代々の女王に伝わる『女王装備』である『女王婚礼法衣』である。
レイはその漆黒の鎧に白の装飾のラインが施されその強度も恐ろしいほどに向上している……
魔女王の騎士に下賜される『女王装備』の『王配騎士装備』である。
「あの馬鹿!全員結界の維持に魔力を回せ!!」
それを見たヴァルヴィナスが慌ててネアト等に指示を出す。
あれはこんな場所で簡単に晒して良い装備ではない……王家の切り札、魔女の最終兵器そのものである。
向かい合ったカミュとレイ、幕開けは突然だった。
二人の姿が掻き消えたと同時に結界内でそう軽くない魔力の衝突が幾度となく発生した。
(この私の攻撃を防いでいる?!)
レイは困惑した…先程のカミュでは防ぐ事など絶対に出来ないレベルでの攻撃を目の前のカミュは簡単に防ぎ切った。
「ならばこれはどうだ?」
「えっ?ちょっとレイ!それはっ!!」
困惑するリーネの声も無視し、地面に着地したと同時にレイは低く身構え魔力を乗せた剣を振り抜いた。
「千剣烈波」
その数、数百…千に迫るほどの衝撃派がカミュを襲った。
『『大地鳴動』』
二人の声が重なり、それに応じて彼の眼前の大地が生き物のように隆起し、蠢き、レイの斬撃を防ぎ切った。
「あの子…!私の森の魔力をっ!!」
それを見たネアトが絶句する…今世ではまだ見せた事のない魔法を行使しているからだ。
『『なかなかやるわね!ならこれはどう?』』
「?!にゃんでカミュからマリーの声がするにゃ?!」
駆け出したカミュが呪文を詠唱する……しかし、その声はマトリーシェとカミュの二人の声が重なって聞こえる。
『『追尾光弾
その腕から放たれた6本の光球は、形を変え、まるで生き物の様に唸り角度を変えながらレイへと殺到した。
「むっ!!」
それを剣で迎撃…した瞬間に光球が軌道を変えた。
「追尾型かっ!!」
それでもレイはその軌道を見切り4つの光を薙ぎ払った。
残り2つの光が挟み込むように左肩の鎧に直撃した。
甲高い音が響きレイの肩当て砕け散った。
「マジかよ…魔装を砕くのかよ…」
「んー『半身』かぁ……初めて聞く契約形態だけど…私たちの『魂約』に近いものがあるわね」
リーナの推測では互いの体に互いの意識が宿る…意識の分割ではないかと推測する。
本来ではありえない現象だ。
それ以降も二人の激突は続き結界を維持する為にヴァルヴィナスを始めとする面子が命懸けで被害を押さえ込んだことをここに明記しておこう。
やがて決着は訪れた。
「見事だ…カミュ…貴様の彼女を思う気持ちは本物だ…いずれ貴様は私を超えるほどの騎士になるだろう」
「レイ…今までの無礼を謝罪する…貴方は強い…」
カミュは既に立ち上がることも困難な状況で地面に膝をついていた。
レイもその魔装を所々破損しながらも最後まで戦い続けた…
レイとカミュに奇妙な友情が生まれていたのだった。
差し伸べられた手を掴み、硬い握手を交わしカミュは立ち上がる…その時レイの鎧に亀裂が入り……
「む…予想以上の威力だったか……」
その場で鎧が粉々に砕け散った。
「な!!」
「見事だカミュ!認めよう…歴代の騎士たちの中でもお前は5本指に入る素晴らしさだ」
レイは身を乗り出しカミュに抱擁を求めた……
中から現れたのはむさ苦しい男……ではなく褐色肌の妖艶でグラマラスな女性であった。
「私とここまで戦える騎士はそうそう居ない…お前はまだまだ強くなれるぞ!」
「なななな!なんで裸なんですか!!」
「む?ああ余計な装備は無駄な動きに……」
「カミュ!!」
そこにマトリーシェが駆けつけて……固まった…
そこにはカミュが全裸の女性に言い寄られている状況が出来上がっていた。
「あらら…レイの鎧を破壊するなんて…凄いわねカミュ」
「え?…レイ?ちょっとカミュから離れなさいよ!」
困惑しながらも今、正に半裸の女性から抱擁を受けようとしていたカミュを救い出した。
マトリーシェの中の勝手に思い描いていた屈強なナイスガイは天に昇って行った。
「言ってなかったかしら?先代女王が呪いを受けた時、一緒にいた騎士も一緒に呪いを受けたのよ…そのおかげで呪いの効果が正常に発動しなかったって言われてるけど……そもそも私の伴侶なのよ?」
「レイは…体は女性だけど……心は男性ってこと?」
「そうね……私にお似合いの騎士様でしょ?」
「「まさかの娘の男!?」」
カミュとマトリーシェの声が森にこだまするのだった。