表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
197/241

シン・暗き森のマトリーシェ 8

「……にゃんでネアトとうちは無事にゃんだにゃん?」

「……それを今私も考えていたよミミル……」


 モフラシアの王宮で二人は紅茶を飲んでいた……

黒薔薇の侵食はすでにモフラシア全土に広がり、完全に国家の機能が停止寸前だった……

倒れた人々はすでに全身が黒く染まり昏睡状態になっていた……そして森のマリー達から報告を受けたオークのように胸の薔薇が赤く起立し、周囲に魔素を振り撒いている……


「感染率は100%だ…人も、動物も、魔物さえも、生き物は全て感染する……なのに何故私達は今だに感染しない?」

「…マリー達森の皆んなも…無事みたいだニャ……龍神の娘と魔の一族の娘も……」

「このメンバーに共通する事はなんだ?ハイポーションを飲んでいたリリシェールも魔竜王であるヴリドラも病に倒れたらしい……」

「……一度森に帰るニャ…病人の世話はマリーの作ってくれた介護用ゴーレム『リッパーくん』に任せるニャ」

「……そうだな……」


 視線を横にずらすと件の『リッパーくん』が待機していた…丸顔の愛嬌のある顔だ…精巧に作られたその腕と背中に収納された隠し腕を使用すれば最大四本の腕で介護が可能だ…階層の移動や安定性を考慮されたその移動手段は多足型……いわゆる『アラクネタイプ』となった。


『……アナタ、イマ、ワタシトメガアイマシタネ!』


 甲斐甲斐しく世話をするためやたらと絡んでくるのが難点だ……


「…そうだな…一度皆んなの元に戻ろう……」

「やっとウルフェンの御馳走が食べられるニャ!」















「……ヴァル……」

「ヴァル…さ…ま…」


 ベッドに横たわるベルゼーヴとベラドンナがうなされながらヴァルヴィナスの名を呼んだ…二人の体には黒い痣が浮かび上がっている……

ガラス越しに見つめるヴァルヴィナスの拳は血が滲むほど強く握り締められていた。

 魔界全域に謎の病気が広まっていた……一見、風邪の症状に似ているが、咳き込み倒れ高熱を出す。

そして体中に黒い痣が現れ、最後には全身が黒く染まり意識不明の昏睡状態となる。

心臓の近くには渦を巻いたようなアザが残り、その見た目から『黒薔薇』と呼ばれるようになった

モフラシアでの研究の結果『暗黒領域』の瘴気に似た成分が検出された以外は全く不明であった。


 先日、ベルゼーヴが夕食後に体調不良を訴えた。

『今夜は早く寝るか〜ヴァルが温めてくれてもいいんだよ?』

と言っていたので大した事は無いだろうと就寝した。

翌日なかなか起きてこない姉を心配したベラドンナがベッドで苦しそうにするベルを発見した。

その2日後にはベラが同様に病に倒れた。

次にはマクガイアが…この王宮で働く者も次々と病に倒れ、ガノッサ家族からも連絡が来た………


「……なぜ俺は発症しない?」


 同じ場所で働き、同じものを食した……違いはなんだ?

今はモウカリーノの商会から貸し出された介護用ゴーレム『リッパーくん』が皆の世話をしている……


(……そういえば…マリーとカミュは?無事なのだろうか?…ガノッサの娘も無事だと聞いている……俺と同じように無事な者がいる可能性があるな……)


 何か解決に向けての光明が見えた気がした……

ガラスの向こうで眠り続ける二人を見てヴァルは決意を新たにする。


「馬鹿だな…俺も…今頃になって大事なものに気が付くなんてな」

「ヴァル様っ?!何をっ!、」

 

 停止する部下の声を振り切り室内へと歩みを進めた。

二人のベッドの間にしゃがみ込むと、それぞれの頬を優しくそっとなでた。


「…ヴァル……」


 ベルゼーヴがその瞳を薄く開けてこちらを見た……


「こんな時はなんて言うのだったかな…『俺の愛しい花達よ』…だったか?」

「ふふっ……ばかね……」

「…そうだな…俺は大馬鹿者だ……こんな事になってから大事なものに気がつくのだからな」

「…気づいてくれて嬉しいわ」


 意識のないはずのベラドンナの瞳から一筋の涙がこぼれた。

それを見たベルゼーヴは、姉妹の気持ちが報われたのだと確信した。


「待ってろ……きっと助けてやる」

「待ってる…」


 ベルゼーヴは静かに目を閉じると、安らかな寝息を立て始めた。


(やはり俺はこの病には感染しない)


 ここ数日、病に倒れた仲間を助けようと近づいた者達も瞬時に次々と感染して倒れてしまった。

自分は大丈夫なのでは?との疑念が姉妹との触れ合いで確信に変わった。

鍵を握るのは、あのマリーと言う少女だ。


「後は頼んだぞ」


 背を向けて歩き出す魔剣王のその眼差しに迷いはなかった。














「魔剣王様!」

「ああ…確かガノッサの……ファルミラ嬢」


 モウカリーノの店で偶然二人は顔を合わせた。

ファルミラは侍女を連れており偶然ここを訪ねた様だ……いや、このタイミングで偶然はあるまい。


「魔剣王様もご無事なのですね」

「…ああ…君達もそうか…何故だと思う?」

「……直接の原因は分かりませんが……家の者は皆、病に伏せってしまいましたが私と侍女のカリナだけは無事でございました……家族と私たちの違いは……ここに頻繁に出入りしていた………もしくはあの森の家に招待されたか……思い当たるのはこの辺です」

「そうか…俺は森の家には招待はされていないが…あの娘が何か鍵を握っていると思っている」

「…そうですね…では参りましょう」

「ああ」


 三人は店の裏口へと向かいそこにいる人物に気がついた。


「お待ちしておりましたニャ」

「どうぞ〜ご案内しますねー」


 裏口の前に居たのはラビニアとミミルだった。

彼女達に従って店舗の裏口から中へ入り、店の奥へと通される。


「我らの家にご招待しますわ〜」


 奥の部屋の更に奥に扉があり、ラビニアの声と共に開かれた。

扉の中は油が漂う様な異様な模様が蠢いていた。

その様子にヴァルヴィナスは顔が引き攣るのを感じた。


「最初は私も躊躇しましたわ……では、お先に…」


 既に使用経験のあるファルミラとカリナがすんなりと中へ消えていった。


「……」


 年端も行かない少女達にこれが安全だと身をもって証明されたヴァルヴィナスは複雑に感じながらもその後に続き扉をくぐり抜けた。

 一瞬、視界が暗転したかと思うと、すぐに眩い光に包まれ、次の瞬間には、森の中にある一軒の家の前に立たずんでいた。


「ここは……」

「ようこそ…魔剣王殿…私の名はネアトリーシェ……俗に言う『暗き森の魔女』とは私の事だよ」 


 そこにはローブに身を包んだ猫獣人の女性が居た。

その内包する魔力に驚きを隠せない。


「あなたが……俺は魔剣王ヴァルヴィナス、歓迎を感謝しようネアトリーシェ殿」

「では、こちらへどうぞ」


 案内されたのは、家の裏手にある美しい庭であった。

そこには、既にウルファン達によって食事の用意がされており、既にテーブルにはファルミラとカリナ、その隣にはヴリドラの孫娘であるシルヴィアとその許嫁であるベオウルフが居た。


「ヴァル様っ!…よくぞ、ご無事で…」

「…シルヴィア嬢こそ…祖父の様子はどうだ?」

「気丈には振る舞っていますが……例の病ゆえに伏せっております」

「…そうか…」


 ヴァルヴィナスは周囲を見回してマトリーシェとカミュがいない事に気がついた。


「あの二人はどうした?」

「…今は森に狩りに出かけている……今では、森の中もあの病のせいで獲物がいない」

「動物だけではありません…植物や魔物ですらもあの病に侵されています」

「この病は一体どこから来たのだ?」


 テーブルに紅茶と茶菓子が用意されると、それぞれが知っていることを語り始め、情報の共有を行った。

 最初に病が流行り始めたのは、暗黒領域に近いモフラシアの国でそこから徐々に東に向けて広がり始めた。

感染したものは、全身に黒い紋様が現れ、発熱を伴い、やがて意識を失う。

心臓の近くに紋様が詰まり、薔薇の花の様な紋様を描き、昏睡状態に陥るとそこに真紅の薔薇が出現する。

薔薇からはその人物の魔素が微量に放出され、その魔素がどこかに集められている……それがネアトリーシェの推測であった。


生命を生かさず、殺さず魔素の収集のためだけに利用している……

前世の記憶に合った結界装置の効果を発揮しているのではないか?

おそらく、その裏で動いているのは使徒に違いないだろう……

使徒の存在を家族以外に公にして良いかどうか……それを悩んでいたのだが……


「あ、ネアト様私先日『使徒』らしき変態から精神攻撃を受けまして……」


 ファルミラの発言によって全てを話す事となった。


「使徒ねえ……反魔女教との繋がりは?」

「別物だよ…『使徒』は超常の存在だ…できれば関わりたくは無い」


 過去の記憶のことは話せないが話せる部分だけで説明を行った。


「何か他に聞きたい事はあるかい?」

「モウカリーノ商会と組んで商売を始めたのは、何か狙いがあったのか?」

「狙い?…彼とは、森で襲われていたところを助けたことで、縁があってね…聞けば、駆け出しの商人って言うじゃないか…リスクを犯してまで、この森を利用しようって言う考えが気にいってね…生活水準を高めたい気持ちもあったし…子供たちの為にも安定した収入が欲しかったのは確かだ」

「…価格破壊を起こすことで、経済を裏から牛次郎と考えていたのでは?」

「はぁっ?!なんで私がそんなことする必要があるのさ」

「…無自覚か……いいかお前たちがやっていた事は」

 

 ヴァルヴィナスによる説教が始まった。  

ネアトリーシェ達の高品質な商品が安価で手に入ることにより、今まで王都で営業していた商店や商会が軒並み打撃を受けており、このままでは生活もままならない状況になっていた。

そこに加えて、今回の病だ…このままでは経済が混乱を起こすのは目に見えていた。

意図的に経済破壊を狙っているのであれば、と、定期的に店を監視していたのが理由であった。


「わぁ〜そうだったのですね〜あの女性にせがまれて貢物を買いに来ていたわけではなかったんですね〜」

「…それはまぁついでだ」


 ヴァルヴィナスは思わず目を逸した。


「… 一部では、この病が森の魔女のより作られたと言われているが」

「そんなことをして、私に何のメリットがあるんだい?私は先日までもフラシアでこの病の研究をしていたんだよ…この森にも異変が起きており、子供たちにもどんな影響があるかわからないのに」

「…そうだよな………子供ねえ……」

「………」


 ネアトリーシェはヴァルヴィナスの反応を見て彼の本命がマトリーシェである事に気づいた。

  

「…子供達……あの二人は養子だろう?カミュはともかくマトリーシェは内包する魔力が桁違いだ…おそらくは幼い頃にワイバーンにさらわれたガノッサの娘、そこのファルミラ嬢の姉ではないのだろうか?」

「!!……」


 ついに恐れていたことが起きてしまった……前回の人生と違いマトリーシェを人目に晒しすぎてしまったのだ…どことなくリリシェールの面影を残したこの少女は、髪の色を元に戻せばファルミラとよく似ている。


「そうだよ」


 答えたのは森から帰ってきたマトリーシェだった……その後ろからはカミュも獲物を担いでやってきた。


「マリーお前…」

「いやだって…ファルと私ってすごく似てるじゃない?魔力の質も凄く似てるし…ねえファル」

「はい、マリーは私の双子の姉に間違いございませんわ」

「「?!」」


 既にファミラも知っている事実の様だ……うまく隠せていると思っていたのは親バカな四人の母親だけだった様だ。


「このことはガノッサ達は知っているのか?!」

「いいえ、まだ伝えておりませんもの…そこはマリーと相談して……」

「今はちょっといろいろごたついてるから、もうちょっと落ち着いてからの方がいいかなぁと思って…ほらファルのお母さんも体調まだ良くないし」


 その完治のための薬を投与した直後に容態が急変し、使徒が接触してきたのだ。

ネアトリーシェとマトリーシェの見立てでは取り込んだ神霊薬の影響で使徒が活性化した可能性が高いと言う結論に達した。


「……この病全てが使徒の眷属…魔力の高い女性がその媒体に選ばれる可能性が高いのか……」

「……いや、今回は特異なケースだろう…マリーの神霊薬が切掛を作ったに過ぎない…魔素を集めている以上何処かに本体がいる筈なんだが……」

「ふむ……結局何もわからないままか……」

「ところで…何故私達は病に感染しないのでしょうか?」


 ファルの言葉にさらに全員が唸る事となる。

食事、生活習慣、場所など時期的に全員が一致したものが該当しないのだ。


「……少し休憩にしましょう〜紅茶も冷めてしまったし〜」

「入れ直してきますね」


 ラビニアの提案にカミュが動き家の中に向かった。


「なかなか気が効く良い子だな」

「……私が気が利かないと言いたいのかしら?」

「いやいや…なかなか見所のある良い男になりそうだなと……」


 先日からやたらとカミュを褒めてくるヴァルヴィナスにマトリーシェは疑念を抱いた……


(良い男?カミュが?………ま、まあ…見た目は悪くは無いわね…色々気配りが出来る事も確かに頼りになるわね……)




先程まで狩りに出かけていた場面を思い出した。

崖を登る際にも手を差し出してきたり…荷物も文句も言わずに持ってくれたり…

途中で出会った巨大な大蛇もすんなりと打ち取って……何よかっこいいじゃないの…

一瞬でもその姿に見惚れてしまったマトリーシェは誤魔化す為にこんな皮肉の言葉を投げかけた。


『まるで愛しのお姫様の騎士みたいね』


 そんなマトリーシェの言葉にカミュは微笑みを浮かべるとこう言った。


『じゃあ……僕はマトリーシェの騎士だね』






「!?!?!!!!!」


 今更その意味を理解して顔が赤くなってきた…


(え?つまりカミュは私の事を?いやいやそんな…だって……だって)


 ネアトが思い描いた『弟だと思っていたら素敵な異性だった』が現実のものとなった瞬間だった。


「お待たせ……どうしたのマリー?」

「えっ?!べべべ別に何も無いわよ!」


 そんなカミュに声をかけられて急に心臓が跳ね上がった……

隣でニヤニヤしているヴァルヴィナスがとても憎らしく思えた。


「研磨王様…どうやらお茶請けが足りない様ですね…ささっ遠慮せずにどうぞ」

「ははは…なんの事かな?……お前!!これは冗談にならないやつだろ!!」


 彼の目の前の皿に空間収納から取り出した試作品を盛り付けた……流石に気が付いたか……


「マリーそれは……」

「お姉様…流石に……」

「廃棄しろと言ったじゃろが!」

「マ、マリーそれはもしかして……」


 周囲の皆があの恐ろしい記憶を呼び起こし拒絶反応を見せた……そして疑念が浮かび上がった。


「じょ、冗談よ……本気な訳無いじゃない……みんなには悪いことを……」

「………もしかして……」

「……みんなこれを……」


 周囲のメンバーがお互いの顔を見て確信した。


「「「「「これだ!!!!!」」」」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ