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魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
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シン・暗き森のマトリーシェ 4


「……これは何だ?」

「それは先日出版されたばかりの娯楽小説です…『魔界令嬢シリーズ』です」

「魔界令嬢…?」

「よろしければ、こちらのお試し版をお読みください」


 カウンターにいた若草色の髪の少女に声をかけた…店員かな?…随分と若い気がするが…その話の最中に手渡された薄い本を受け取ったヴァルヴィナスはペラペラとページをめくると、隣から興味深そうに覗き込むベラドンナに手渡した。


「君はこの店の従業員かな?」

「えっ?はい…普段は裏方ですが……本日は欠員が出た為、急遽応援に入っております」

「そうか……ここの商品はとても素晴らしいな……価格設定も庶民向けもあり貴族向けも……商品の品揃えもよく考えて作られている」

「ありがとうございます」

「これだけの商品を作るには……それなりの職人が必要だろう?どこの工房で作られているか伺っても?」

「申し訳ございません……企業秘密でございます」

「だよな…薬品に関しては、『暗き森の魔女』が作っていると言う噂を聞くが?」

「企業秘密でございます」


 今までのこの都にない販売形態の店舗に興味を持ったが……カウンターの少女は手慣れたようにその質問をはぐらかして行く……これは一筋縄では行かないか………


「マリー四番棚の在庫が…あっ接客中失礼しました」


 そこに少女と同い年位の同じ若草色の髪の少年がそこに入ってきた……接客中であることを確認すると慌てて頭を下げた……姉弟だろうか?


「大丈夫だよ………ところで君たちは…」

「ちょっとヴァル!これ欲しい!これ買ってー!!」


 何か少しでも情報を引き出そうとするヴァルヴィナスに対して、横からベルゼーヴが鬼気迫る勢いで掴みかかってきた。


「落ち着けベル…なんだ?さっきの本か…いいぞ」

「私も私も買ってくださいませ!ヴァル様」

「ベラもか…いいぞ…ではこれをそれぞれ1冊……」

「「全巻セットで!鑑賞用、読書用、永久保存用、何かあった時用で4セットずつ!!」

「ちょっ…」

「はいお買い上げありがとうございます魔界令嬢シリーズ全巻セット鑑賞用、読書用、永久保存用、何かあった時用……推し活セットお二人様分ですね?お会計こちらになります」


 流れるような作業で商品が用意され、金額が提示される。その金額に思わずヴァルヴィナスは喉を詰まらせる。

彼女達に視線を向けると過去に見た事もないようないい笑顔で返された……今更待ってくれとは言い出せない状況だった……


「…分割で」

「かしこまりました!ありがとうございます!スタンプカードをお作りしても?」

「……お願いします」


 もちろん支払いはヴァルヴィナスの個人資産だ。

この店とは長い付き合いになりそうだ……そんな予感があった。

 

「奥様っ!!」


 その時、店内に女性の声が響き渡った。












「奥様っ!!」


 カリナの声に振り返ると、お母様が膝から崩れ落ちるように倒れるところだった。

お母様は意識を失っており、このままでは床に……


「おっと」


 寸前の所を買い物に来ていたであろう男性客が受け止めてくれた。

あれ……この人何処かで……


「すまないが、どこか休める場所を貸して貰えるか?」


 男性がカウンターの女の子にそう声をかけるとすぐに店の奥の方へ通された…

カリナはファルミラを伴ってその後に続いた。


「お母様っ!」


 男の人と共に奥の部屋に通入ると、休憩室であろう場所に小さなベッドがあった…そのにゆっくりと母様を寝かせると男性は紳士的に壁際に離れていった……

付き従った少女がお母様の容体を確認している…


「意識がありませんね…失礼ですが、何か持病でも?」

「奥様は…」

「んっ?リリたんじゃん!」


 説明するカリナを押し除けて、ベルセーヴがリリシェールに気が付いた。


「ほんとだ…リリたんだ…」


 もう一人の女性も同意した…どうやらこの方達ははお母様と面識があるようだ……りりたん?


「失礼ですが…奥様と面識がおありで?」

「えっ?ああ…私達はガノッサとは同じ職場で働いているんだ」

「…そうでしたかありがとうございます」


 (それならば何処かであった可能性がありますね)

 

 母親の横で泣きじゃくっているファルミラに代わってカリナが対応を行った。

まさか自分の主人であるガノッサの上司とは気が付かなかった様だ。


「お母様!お母様!」


 体調が安定していたからと油断していた…やっぱりお母様は……















 母親の手を握りぽろぽろと涙を流す彼女を見て、マトリーシェは胸が締め付けられる思いだった。

自分とそんなに変わらない年頃の少女が自分と重なり、ネアトリーシェに縋る自分の姿を幻視した。


「大丈夫よ!お母さんはきっと良くなるわ…貴女お名前は?私はマ…!」

「!!何も知らない癖に勝手な事を言わないで!!」

「お嬢様っ!!」


 感情のままに言い放った後で、ファルミラは自分の失言に気が付いた……しかし幼い心は感情を抑える事は出来ず、彼女は泣きながら外へ飛び出した…直ぐに侍女が後を追いかけた。


「……」

「お嬢様が申し訳ありません…しかし奥様は……」


 カリナからこの一家に起きた悲しい過去の出来事について簡単に説明を受けた。


「そうなのよね……あの時の無理が原因でリリたんは魔素の生成器官に後遺症が残ってしまったのよね……直すには原因を取り除かないと駄目だけど……それこそ『神霊液薬(エリクサー)』でもないと無理ね……」

「…そんな…私ったら…」

「マリー…仕方がないよ…」

 

 落ち込むマトリーシェを励ますカミュだったが……

家族を失う……それだけで底知れぬ恐怖を感じるのだった。

そして、それはマトリーシェも同じであった。


「あの子に謝ってくるわ……カミュ…ラビママを呼んで診て貰って…必要なら『私のポーション』を使ってもいいわ」

「……いいの?わかった」











 ファルミラは直ぐに見つかった。

隣の応接室のソファーに座り侍女が慰めていた。


「…あの…私……」

「…すみません…取り乱してしまって……」


 マトリーシェに気がついたファルミラは涙を拭い、気丈な態度で対応した。


「お礼を言わねばならない立場なのに…貴女に対しての……」

「無理しなくていいのっ!」

「ふわっ!」


 そんなファルミラをマトリーシェは抱きしめた……突然の事に対処が遅れたファルミラだったが、不思議と悪い気はしなかった。

それはとても暖かく、爽やかな森の緑とお日様の香りがした。

まるで母親に抱かれているような感覚に留めていた涙が再びその目からこぼれた。


「なっ!何を……」

「お母さんが大変なんだもの…心配に決まっているじゃない!私だったら我慢できないもん!!」


 突然の事に驚くファルミラだったが自分に対して素直な感情をぶつけてくる彼女に何も言えなくなっていた……それに……何故か少女が涙を流していた……同情?憐れみ?いや……純粋にファルミラの心情を代弁していた。

魔の一族の子供だからと……貴族の嗜みだからとその幼い心を昔から押さえつけてきたのだ……


「貴女には関係のない……」


 そうは言いながらも自分の目に涙が浮かび抑えられないほどの感情と共に溢れ出した。

もっと私を見てほしい!もっと私に触れてほしい!もっと私を……


「大丈夫……ここでは我慢しなくて良いのよ?」


 その言葉にファルミラは顔を上げた。

そこには慈愛に満ちたマトリーシェが潤んだ瞳でファルミラを見ていた。


「私が……貴女のお友達になってあげるわ!」













「……ここは……?」


 リリシェールは目を覚ました。


「気分はどうですか〜?」


 傍には兎獣人のラビニアがいた…彼女の手の平から柔らかい神聖力を感じる事が出来た…彼女が手当てをしてくれた様だ。


「私ったら.とんだご迷惑を…」

「まだ横になっていて下さいね〜大丈夫ですよ〜」


 起き上がろうとしたが、ラビニアにやんわりと押し止められた。


「あなたが私を介抱してくださったのですね…ありがとうございます」

「いえいえ礼には及びませんよ〜大事にならなくて良かったですう〜」 


 その時、慌ただしくドアが開かれ、ガノッサがやって来た…後からは、商会長であるモウカリーノが控えていた。


「リリたん!無事で良かった!!」

「…人前でその呼び名ははやめてくださいませ……」


 その言葉に、ガノッサは室内にいる人物に気がついて……自身の使える存在であるヴァルヴィナスを見てぎょっとする。

しかし愛しの妻からの苦情は認めない……それは愛しているからだ。


「魔剣…」

「これはこれはガノッサ殿!何事もなく良かったな」

「そうそう、リリたんはもう大丈夫だよ」

「こっ…これはヴァル様……ベラ様にベル様まで…愛しのリリたんを助けてくださりありがとうございます」

「旦那様!だから皆様の前でリリたんはやめてくださいませ!!」


 やんわりと今自分はお忍びあるから、下手に騒ぎ立てるな〜と釘を刺された状態だった。

しかし、最愛の妻を助けてもらった事は別であるガノッサは最大限の礼を尽くした。

最愛の妻からの申し出は認めない……何故なら愛しているからだ。


「今は神聖術で体力を回復させていますが〜根本的な解決には至りません〜なので〜リリシェール様にこちらを差し上げますから〜一日一本…朝、昼、夜の毎食後の3回に分けて〜飲み続けてくださいね〜都合がよろしければまた連絡を下さい〜次の薬を用意しますから〜」

「えっ?」


 突然の申し出にリリシェールは困惑した…確かに先程、治療と称して、薬を飲まされたが……幾分か体調が良くなったように感じたが…あれは『霊薬』の類では無いだろうか?……


「…ちゃんと対価はお支払いしますので貴…旦那様…」

「勿論だけ!リリたんの為なら幾らでも出すぞ!」

「いえいえ〜お代は結構です〜まずは私達の話を聞いてからでもよろしいですかね?〜」

「だから旦那様!リリたん呼びは……もういいです……」


 ラビニアの話によると、これらの薬は彼女の娘が生成したものらしくハイポーション製造過程で作られたものである……言わば失敗作である。

リリシェールがついにリリたん呼びを認めた事にガノッサは大きな達成感を感じながら話を続ける。


「失敗作といっても効果は太鼓判ですよ〜鑑定してもらっても構いませんよ〜」

「では……お言葉に甘えて…鑑定…!!これはっ!!」


 ガノッサによる鑑定の結果は……

『限りなく、ハイポーションに近いポーション』


「つまり…これはハイポーション?」

「そうなんですけどね〜娘は納得いかなくて…このままお蔵入りする所だったんですよ〜」


 一連の会話を静かに聞いていた魔女姉妹……特にベラドンナはその内容に眉を顰めた……

普通に考えてありえない話だ

 この国にハイポーションが製造できる魔女や薬師が一体どれだけいると言うのだろうか?

数える程しか居ない筈である……勿論、ベラドンナも鑑定を使い、そのポーションを見てみたが、

『限りなくハイポーションに近いポーション』であった。

 実際に価格を付けるとすれば、金貨が数十枚動く事になるだろう……それを数十本、無償で差し出すには裏に狙いがあるのだろうかと思わず勘ぐってしまった。


「ガノッサ様…これは私共にも利のある話なのですよ」

「モウカリーノ…しかし…」

「私たち商人にとっては大事な物が幾つかございますが……その中でも『有力者と懇意にしている』と言うのは非常に強力なカードなのです」

「なるほど……薬を無償で提供する代わりに、『リリたん御用達のお店』…と言う看板が手に入るわけね」

「左様でございます…」

「皆様まで…うう…」


 ならば私達も『魔王姉妹の御用達』をチラつかせてあの書物の優先購読を独占ーーー


「!!お…お姉様…私達も…」

「!!ベラ…やっぱりあんたは天才ね!」

「では、私達も……」

「お待ちください……お嬢様方…本日は初のご来店で私共の商品をまだお試しになっておられないと思いますので、まずは本日ご購入いただいた商品をお試しくださいませ……それに名前が集中すると言うことも厄介事を招く原因になりますので……この続きは後日という事で……」

「…そうね…まずは本を読んでからにしましょう…」

「……それでもし…当店の商品をお気に入りいただいたのならば…今後、二号店、三号店の出店も定しておりますので、その際にお力添えをいただければ……」

「お前……」


 このモウカリーノという商人は確実に魔王姉妹の正体を掴んでいる…今の格好は町娘風だ…地味に装っている…とっても地味な感じに装っているのだが…それでもにじみ出る美しさはわかる人にはわかるのだな……

ヴァルヴィナスはこの商人の評価を改めた……しかし彼女達に危害を及ぼす様であれば………

不意にベルゼーヴがモウカリーノと握手を交わした…ベラドンナも……


「モウカリーノ…お主も悪よのう……」

「ふふふ…お嬢様方程ではございませんよ……」

「ではお話の続きはまた後日……」


 ヴァルヴィナスの心配を他所に、何故か妙に仲良くなっていた………


ブックマーク増えてる…ありがとう…みんな…しゅき

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