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魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
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シン・暗き森のマトリーシェ 3


「どうしてこうなった……」


 ネアトリーシェは自室で頭を抱えた。


「なぜお姉ちゃん設定?いや…これは自分が悪い……」


 前世でのマトリーシェは奴隷の境遇にも負けずに直向きに頑張るカミュに同情しその人柄に惹かれたのだ……今の状態はそのプロセスが欠落していたのだ。


「今日から家族だ!…ってのも不味かったんだよな……」


(え…?家族?この子が?……じゃあ…私がお姉ちゃんね!)


 歓迎会と称した乾杯の席でのこの発言に四人の母親が酒を吹き出したのは記憶に新しい……

あの後で三人からめっちゃ問い詰められて大変だったからな……

 

「唯一の救いはカミュの方は確実に惚れている事だが……しかしどうしたものか………いや…待てよ?」


 弟だと思っていた存在が……気が付けば逞しい男を匂わせる存在だとしたら?


「……意外と…良い展開じゃないか?」


 ネアトはそこにあった紙に思いついたシチュエーションを書き込む…名前と立場をぼやかして細かな設定を与え始まりから結末まで詳細に書き込んでいった。


「ネアト…次に出荷するポーションはどれを運び出せばいいの?ニャ」

「ああ…すまんミミル、すぐに行くから」


 ミミルに呼ばれたネアトリーシェは紙を乱雑に纏めると部屋を後にした。








「ママー?あれーどこに行ったんだろう?」


 しばらくすると、部屋にマトリーシェが訪ねてきた……そこで机の上に置かれた紙の束を見つけ手に取った。


「幼なじみの2人」「身分の違う恋」「義理の姉弟」「ザマア」……殴り書きに書き込まれた様々なシチュエーションが大量に記載されていた。

どうやらこれは恋愛小説では無いだろうか?………そう思わせる内容であった。


「何?これ……ママにこんな趣味が?」


 次の瞬間、マトリーシェの中に声が響いた。


『実績解放 『母の秘密のメモを見る』をクリアしました……新たなスキルが解放されます

『スキル名:魔導記録管理者 イリス』過去の彼女(・・)が収集した知識の閲覧が可能です……記憶の閲覧には制限がかかります』


…彼女の中に膨大な知識が流れ込んできた…

アナウンスにあったようにマトリーシェが認識できるのは記憶ではなく知識であった……

頭の中に浮かぶ知識を通して手元の紙の束を見た……


「……これは………儲かる未来しか見えないわ!」


 マトリーシェは直ぐに自室に籠ると執筆作業を始めた…『魔導書機』なる装置を開発してそれをスキルである『イリス』と接続する事で自動的に物語が生成されるのだ……


「まずは記念すべき第一巻を発売ね……」


 後に大ヒットとなる書籍、『魔界令嬢シリーズ』の誕生の瞬間であった。




 





「お母様」


 ファルミラは母親の寝室を訪ねた。

母であるリリシェールは、上半身を起こし本を読んでいたようだった。

いつもは寝たきりな事が多くここ最近の調子が良いという話は本当だったようだ。


「どうしたの?ファル…お稽古は済んだのかしら?」


 娘の訪問に気がついた母親は本を閉じてベッドの隣に座るように促した。


「今日はどんな事を学んだのか教えてちょうだい?」


 リリシェールは、あの事故の後、体内での魔素の生成と魔法の発動に関して後遺症が残った。

一命を取りとめたものの、以前のように活発に出歩けれるような体ではなくなっていた。

娘を一人失った悲しみもあって、彼女が笑顔を取り戻したのは、ここ数年の事であった。


「今日は歴史の勉強と……水魔法の鍛錬をしました」

「もうそこまで……流石はファルだわ…」


 娘の成長を喜び、微笑みを見せたが……その瞳に影が落ちた……ファルの成長を心から喜ぶ気持ちは本物だが、同時にあの時に失ってしまった娘の事も常に考えずにはいられないのだ……


(やはり母様は姉様を失った事から立ち直れていないのね……)


 そんな母親の心情を察してファルミラは全てを真剣に取り組み、どこに出しても恥ずかしくないような立派な令嬢へ成長していた。

せめて自分といる間はその心が穏やかであってほしいと願うのだった。


「お父様が言ってましたが…このラグナレスの都に新しく出来たお店がとても評判らしいのです……お母様の体調が良ければ一緒にお出かけしませんか?」

「そうね最近はあなたとも一緒に出かける機会が無かったものね……今は体調もいいから明日にでも準備をして一緒に出かけましょう」


 久しぶりに見る母の笑顔にファルミラの心は温かくなった。











 

「どうしてこうなった?」


 ヴァルヴィナスは今の状況を再度確認した。

信じられないかも知れないが、いま自分に起こっている事をありのままに話すぜ…


「ヴァル!これなんていいんじゃないか?」

 

 右手に腕を絡め楽しげに商品を眺めているのはかつての学友であり、仲間であり現在も職場の同僚の魔皇帝ベルゼーヴである。

仮にも四大領地を任された魔王の一人だ…こんな所に居てはいけないはずなんだが…


「ヴァル様にはこちらの落ち着いた色の方が似合うと思いますけど?」


 同様に、左腕に腕を絡ませているのは、姉同様、かつての学友であり、仲間であり、姉と同じく同僚でもある双子の妹、呪魔女ベラドンナであった。

姉同様に四大領地を任された魔王なのでやっぱりここに居てはいけない筈の存在だ。







時間は本日の朝まで遡る。





「おはよう!マック絶好の外出日和だな」


 そんな感じで、早朝よりマクガイアの自宅を訪ねたヴァルヴィナスを見た彼の奥方は気絶した。


「まっ!まけっ!…まけまけまけまけ…ん……さま」


 彼のまだ幼い息子のカエサルは、南国風の陽気な歌を歌い始めた…いや…魔剣王様と言おうとしたのか……


「…俺嫌われてるのかなあ…」


 正直、ちょっと凹んでしまった


「そんな訳ある筈ないでしょう!逆ですよ逆!絶対こうなるから嫌だったのに…」


 珍しくマクガイアが愚痴を吐いた…


 彼が言うには普段の俺は公務のために屋敷に篭って書類と格闘しているのでその姿を知る者は少ない……

外出する際はほぼ討伐の為であり、全身鎧の装備が殆どで、あまり顔を見られていないらしい……むしろあの鎧が魔剣王だと思われているのでは無いだろうか………

しかしその功績は本物であり、領民達からは神のごとく崇められているのだと言う。


「そんな筈ないだろう、まだ魔剣王になって5年目だぜ?」

「今まで魔獣被害の酷かったこの領地をたった5年でここまで安定させたんですよ!」

「えー?そんな理由でこんなに人気者になる訳無いだろ」

「そんな訳有りますよ!そういうとこやぞ……」


 マックの家族は直ぐに出かけられない様なので仕方なく一人で向かう事にした…

彼の家族には悪い事をした……後で何か土産を送っておこう。






 店に到着すると、既に開店を待つ行列が出来上がっていた。


「噂通りの大人気だな…どれ俺も皆に習って並ぶとするか…」

「…相変わらずですね…でもそこが貴方らしいわ」

「ほんとだよ『俺を誰だと思っている〜』とか言って一番に入る事も出来るのにね?」

「いやいや、そんな事をするはずが…うおっ?!」


 気がつけば、ベルゼーヴとベラドンナが両手に寄り添っていた。


「ちょっ!おまっ!」

「久しぶりだねヴァル」

「ご無沙汰していますヴァル様」


 二人はまるでヴァルヴィナスの服装を知っていて合わせてきたかの様に町娘風の簡素な服に身を包み、それでいて本来の美しさを損なわない存在感を醸し出していた。


「本日はお誘いいただきありがとうございます」

「いやーまさかヴァルにこんな甲斐性があるとは…見直したよ」


 やがて、順番の来た彼は双子の姉妹に引きずられるように店内へと消えていった。










「素敵なお店ね」


 娘と共に訪れた店内でリリシェールは懐かしい魔力に触れた気がした……

 店内は質素だが、どこか上品さと気品を兼ね備えており、庶民にも解放的な配置で貴族向けには奥に専用の格式あるフロアが用意されていた……

これなら庶民と貴族の間でトラブルも少なく互いに気兼ねなく買い物ができるであろうと容易に想像できた。

 扱っている商品は、庶民的な日用品から貴族向けの高価な調度品まで幅広く扱っている。

ファルミラや侍女達の瞳がキラキラと輝いているのを見て自然と笑顔が漏れた。


「あなたたちも、好きなものを見て良いわよ?」

「「奥様?!」」

「普段みんなよく働いているもの……私から何か贈り物をさせてちょうだい」


 侍女達が色めき立ち、感謝の意を伝えると、思い思いに店内の商品を手に取ってはしゃぎ始めた。


「カリナ…貴女も良いのよ?」

「私は奥様の専属メイドですので」

 

 最近雇ったこのメイドは一見無愛想に見えるが、仕事は丁寧に何でもこなし、周囲への配慮も欠かせない良くできた女性であった。

自らリリシェールの専属メイドになる事を希望した為これを了承した。


「ねぇ!カリナ!見て欲しい物があるの!」

「お嬢様…私は…」

「うふふ…カリナ…一緒に見てやって頂戴?」


ファルミラも懐いており、まるで姉妹の様に商品を眺める二人を見ると、再び胸の中の暗い気持ちが湧き上がってきた


(本当なら……あの子も一緒に……)


 目元に溢れそうになる涙を気付かれない様に拭い視線を店の奥のカウンターへ向けた…そこには貴族には見えない服装だがそのオーラは貴族以上の男女の三人組が買い物をしている所だった。


「あら?…あの方は……!!」


 そこでリリシェールは見てしまった。淡い若草色の髪を揺らし隣の少年と楽しそうに話す少女の姿を。


「マリー………」


 リリシェールは意識を失った。



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