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魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
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シン・暗き森のマトリーシェ 2


 森の中で少女が薬草を摘んでいた……その姿は一般的な冒険者の簡単な装備である皮鎧のみでその長い金髪を後ろに纏めただけの姿であった…

あれから12年…マトリーシェは4人の母に立派に育てられ美しく、そしてたくましく成長していた。


「これだけあれば大丈夫ね!」


 少女が立ち上がると同時にその背後に大蛇が牙を向いて襲いかかった……だが、不可視の壁に阻まれる。


「ん?ジャイアントスネークじゃない……こんな場所に珍しいわね……確かステーキにすると美味しいのよね……」


 少女の瞳に怪しい光を感じた大蛇はその場から離れる為、全速力で方向転換した。

しかし少女が手を振り下ろすとその首が鋭利な刃物で両断された。

 

「…なかなかの大きさね…コレならママ達も満足ね」


 血抜きが終わると、そのまま空間収納にしまい込み森の様子を伺った。


「……何かざわついているわね」


 そのまま身体強化の魔法を施すと、近くにあった木の枝に飛びつき、森が一望できる巨木の上へと登り、そこから森を眺めていると森の端のほうに大きな音と共に土煙が上がった。


「誰かが戦っている!!」


 マトリーシェは咄嗟に飛行の魔法を使うとそのまま上空へ飛び立った。

目的の場所に近づくと数台の馬車とそれ襲う巨大なオーガが目についた……それらを取り囲む数人の騎士たちの姿が見えた。

 

「近道をしようとして、オーガに襲われたのかしら?…いやあれは…!!」


よく見るとオーガの体は黒く、その表面に紫の紋章の様な魔力の痣が見てとれた。


「魔王の残滓!」


 それは極稀に暗黒領域の奥底から這い出てくるかつての魔王の怨念とも呼べる存在であった……取り付かれた魔物は、より凶暴により強大に変化する。

彼女がこの森で暮らし始めて、何度か出くわしたことのある存在だった

 彼女はすぐさま保護者であるネアトリーシェにメッセージの魔法を送る。


(ママ聞こえる?やつが出たわ)

(大丈夫?マリー今すぐその場から離れなさい!)

(だめよ!誰かが襲われているわ!助けないと!)

(こら、マリー私が行くまで待て!手を出すんじゃない!)

 

 マトリーシェは通信を一方的に終えると最高速でオーガと騎士達の目の前に降り立った。


「?!」

「下がって!」


 困惑する騎士達に注意を促すと、すぐさま右手を突き出し魔法を発動させた。


火焔砲(フレアカノン)!」


 巨大な火球が生み出され、オーガ目掛けて発射された。


「無詠唱?!」

「すげえ」


 後ろの騎士達が驚きの声を上げた。

オーガも同様に、突然目の前に現れた火球に対処できず、その巨体に直撃を受けて後方へと飛ばされて巨大な爆発を起こした。


「やったか?!」

「まだよ!早く逃げなさい」


 あれがどんな存在かを知っているマトリーシェは警戒を緩めることなく騎士達に指示を出した。

炎の中より雄叫びをあげながらオーガが再び這い出てきた。 


「馬鹿なあれほどの爆発で!」


 騎士達の驚愕の声が聞こえた…そうよね…そう思うわ。

私も初めて見た時はそう思ったもの……


氷水の槍(アイシクルスピア)


 氷の槍が立ち上がったばかりのオーガの足を貫いた…その巨体はバランスを崩し、再び地面に両手をついた…すかさずその両手も氷の槍により地面に縫いつけられた。


「……私だって…ママみたいに……!」


 マトリーシェが両手を掲げると、視覚化された魔力の檻がオーガを閉じ込めた。

周囲の騎士達が十分に離れたことを確認すると呪文の詠唱を始めた。


『闇夜に眠る混沌の魔力よ!その身に宿す紅き焔の盟約に従い……』


 マトリーシェの禁呪の詠唱に周囲の大気が魔力の反応に震えた。

その時、視界の端に動くものを確認した…人だ…私と同じぐらいの男の子だった。

破壊された馬車から這い出てきたであろうその少年と視線が交差した…


(なんて綺麗な…翠……)


『…瑠璃色の魔力を顕現しにゃにゃつの……あっ噛んだ…』


 集中力が一瞬途切れ、魔法の維持に支障が出た。


「あっヤバっ…!」


 管理され極限まで濃縮された魔力は、突然膨張を始め、オーガもろとも、大爆発を起こし………はしなかった。


「瑠璃色の魔力を顕現し、七つの盟主の名により裁きの剣にその名を刻め!『七剣守護神(セブンズソードソード)』」


 暴走を始めマトリーシェの魔力を引き継ぐようにその場に現れたネアトリーシェによって魔法は完成された。

練り直された魔力は再び収束し、7つの属性に変換された剣となりオーガの体を貫いた。

次の瞬間、轟音とオーガの断末魔が周囲に響いた。


「わっ!!」

「全く魔法の発動中によそ見するとはまだまだだね」


 その爆発の衝撃に、その体が後方に吹き飛ばされたマトリーシェの体を優しく受け止めたのはネアトリーシェだった。


「あんな危険な魔法を使うなんて!!」

「うっ……だってママのように…立派な魔女になりたいんだもん!!」

「うっ!!」


 だめだ…この子はなんて可愛い事を言うのだろうか…


 突如、炎の中より、半身が砕けたオーガが姿を現した……引き継いだ魔力では威力が足らなかった様だ……油断していた2人は、完全に無防備であった。


「可愛い娘に触るんじゃねえよ」


ウルファンの打撃によりオーガの巨体が空中に浮かび上がった……

地面より影が伸びてその巨体を空中で固定した。

メメルの『影縛り』である。


「はいロックオーン…ラビちゃんよろしくニャ」

「は〜い悪い子は滅殺よ〜」


 ラビニアの神聖魔法により生み出された無数の『神聖球(ホーリーボール)がオーガに殺到しその体を打ち砕いた。

崩れてゆくその巨体の中心に紫の魔力を纏った「魔核」が現れた。


「マリー行くよ」

「!!うんっ!」


 二人は立ち上がると杖を顕現させ呪文の詠唱を始めた。


「「『極地原子核爆発(リトルアトミック)』」」


 魔核の周囲を小さな結界が三重に張り巡らされ内部が閃光に包まれその光は周囲の暗い森を照らし出した。

後には何も残されていなかった。







「なんと…お礼を申せば良いか……」

「気にするな…娘の善意で助けたのだから…礼は無用だ」


 その後、襲われていた商人の一行の負傷した護衛や冒険者達をネアトとマトリーシェの作り出したポーションで治療したり壊れた馬車を応急処置で直したり…その場で簡単な食事も振る舞われた。


「しかしそれでは…このモウカリーノの名が廃ります!」

「…そうか……ならば一つ……あの少年を引き取りたいのだが……」


 ネアトの視線の先には懸命に手当てをする自分の娘マトリーシェと助け出された奴隷の少年……カミュの姿があった。








 ネアトリーシェには前世の記憶があった。

あったというか、数年前に突然思い出した……

その原因はマトリーシェの魔力に触れたことが原因なのか、

ベッドから落ちそうになった彼女をかばって、柱に頭をぶつけたことが原因なのかはわからない……多分前者だ…きっと…


 おそらくこれは前世において、マトリーシェと魂レベルでの邂逅を果たした時、彼女の有していた死に戻りのスキルの一部を共有してしまった為だと思われる…

私には何度も死に戻りをした記憶は無いので、今回限りの限定的なものだと推測する。


 前世の記憶を頼りにヘブラスカについて調べてみた。


『迫害される魔女達を保護し、養育、教育を施し、女性魔法使いの地位を確立向上し、なおかつ、病気の根絶、戦争における孤児たちを救う』まさに聖女とも呼ばれるような存在だった。


「……誰だよこれ」


 前世での存在が強烈なだけに、思わずそんなつぶやきが漏れてしまった。

違う物語に転生してしまったのだろうか?

それからは、過去の歴史を読み漁り、現在の自分の置かれた状況を詳細に分析した。

何があっても、マリーだけは絶対に守らなければならない。

今はまだ出会ったばかりの2人だが、前世の記憶のように、強い親子の絆で結ばれている…そんな確信があった。


 しかし、このヘブラスカの変わり様…絶対にアダムとイブ、そしてカイル・アルヴァレルが絡んでいるに違いない。

 彼らが何を考えて行動をしているのかはわからないが、今のところ自分への接触は無い為、このまま私は私のやり方でマリーを守っても大丈夫だと判断した。


(何かあったら、向こうから接触があるだろうし…対話する余地もあるはずだ)


こうして、ネアトリージェの『暗き森の幸せ家族計画』がスタートした。


しかし、計画はいきなり頓挫した。

 前世でも、そして今世でも、彼女に自給自足等の生活的なスキルは皆無であった。

彼女自身、幼く両親をなくしており、親の愛を知らぬ個人生活だった

しかし、娘のために頑張ると誓ったネアトは四苦八苦しながらも森での生活を継続していた……限界かと思われていた時に、かつての仲間達からの救いは非常にありがたかった。

ありがたいのだが………まさか、自分たちまで母親と名乗り上げるとは思わなかった…いや…彼女に愛情を注いでくれるのならば、母親が何人たってもいいじゃないか…ネアトはそう思うことにした…もちろん本人達には素直に言わないが。

 

 それに…こんなに早くカミュを確保できたことは嬉しい賞賛だ…

やはりこの二人は運命で結ばれているのだ。


「…ふむ…モウカリーノと言ったな?」

「はい!私はヴァルヴィナス領にて期待の新人商人!お店は来月オープン予定のモウカリーノです!」

「……めっちゃ新人……そうか……ここで会ったのも何かの縁だ……目玉商品を独占したくなかい?」










「暗黒領域が活性化しており、西南部で被害報告が増加しています」

「…『氾濫』の兆しか?」


 マクガイアの報告にヴァルヴィナスは眉をしかめた。

自領の西には広大な暗き森と呼ばれる大森林がありその向こうには獣人達の国が点在しており…さらにその先には暗黒領域が存在している……この領域から生まれた魔物は暗き森に移動することが多いがそのまま定住する事が殆どだ。

稀に森の切れ目である南西部から領地に侵入する事がある。


「そこまでは…判断材料としては微妙なところです…」

「境界の警備と巡回を強化しよう…遠征はどうなっている?」

「今月だけで五回実施しております」

「……多くね?」


 その報告にヴァルヴィナスはさらに眉をしかめる……通常ならば月一 多くても月三…五回ともなるともう氾濫そのものでは?


「それで……被害は?死傷者数は?」

「それが…怪我人はそれなりですが……人的被害はありません」

「ふぁっ!?」


 マクガイアの手元の書類をひったくり目を通す……

300人規模の遠征だが魔物の規模によっては三割の負傷者が出ることは稀であり死傷者も良くて一桁、最悪三桁の時もある……


「マジか……五回とも全て死者がいない……」

「報告では…今回より騎士団での御用商人として試験的に契約した『モウカリ商会』の商品が非常に快適で効能も良いとの報告が……団員の討伐実績も過去最高数値が叩き出されており記録更新に躍起になっていると……」

「ふむ…モウカリ商会か……最近よく名前を聞くな……」


 それは先月王都内に開店した新参商会の店舗だ…魔導具から日用品まで取り揃えるごく普通の店舗だがその効能や使用感は別次元でありリピーターが続出し高位貴族のステイタスにもなりつつあると………


「確かに…先日購入した肌着の「クールビー」は鎧の下に着込んでも快適性が保たれているな……」

「ええ…試供品で家内に化粧品を渡したのですが…今度店舗に連れて行けとせがまれています」

「……では明日の休みに?」

「ええ…たまには家族で」

「……俺も連れてけ」

「え」

「何、義理の兄でもいいし親戚の「ヴァルおじさん」でもいいぞ」


 マクガイアの脳裏に絶句する妻と息子の姿が思い浮かんだ。








「ママ…完成した?」

「ああ…一番から六番までは出来ている…」


 暗き森の彼女達の上の地下には巨大な施設が存在する……最近増設したばかりだがその規模は森の居住部分からは想像もつかないほどの巨大なものだった。

ここはネアトが管理する『製薬工房』である。

大きな釜にはマトリーシェの作った人型ゴーレムが作業に従事して中身をかき混ぜている。

釜の下には同じくゴーレムが中身を瓶に詰めて密閉作業を行なっていた。

森の魔女謹製のポーションである。

ここでの彼女の肩書きは「製薬部長」だった。


「マリー!こっちは出来たニャン」

「ありがとミミママ次はこのポーションも出荷をお願い」


 ミミルは指示された箱の商品を荷台に積み込む為に小型のゴーレムに指示して荷物を運んでゆく……ミミルは「運搬・納品部長」だった。

それを見届けたマトリーシェはラビリアの元に向かった。


「ラビママ…どお?」

「う〜ん…こんなのでいいのかしら?」


 ラビニアは手元のレースを広げた…そこには見事な刺繍が施されていた。

彼女は「工芸・装飾部長」である。


「わあっ!素敵!さすがはラビママね!あとは違う模様で10枚ほど願いね!」

「うふふマリーちゃんったら〜素敵だなんて〜……えっ?10枚?」


 マトリーシェは幼なくとも飴と鞭の使い方をちゃっかりと使い分け出来ていた。

 完成したハンカチをマトリーシェがテーブルに広げて魔力を流した。


「…解析……完了!……模倣開始………完了」


 すぐに隣のスペースの机に素材の糸を集めて再び魔法を発動する。


模倣再現自動化(オート・コピペ)


 三箇所の作業場から糸が移動でハンカチと刺繍を再現してゆく。

奥の作業場では下着やら服やら裁縫製品が恐ろしい速度で出来上がっていた……

完成したハンカチをミミルが箱へと運んでゆく……


「おい!マリー!味はこれでいいのか?」


 キッチンから現れたウルファンがその手に持っていたクッキーをマトリーシェの口に押し込んだ。

彼女は「食品製造部長」である。


「!!美味しい!さすがウルママね!カミュに瓶詰めしてもらって!」

「わかったーおい!カミュ!これも詰めろ!」

「はっはい!」


 キッチンでは三角巾とエプロンに身を包んだカミュが慌ただしく作業をしていた。

彼はまだここでの役職は無く雑用係だった。


「カミュ…大丈夫?無理してない?」

「マ、マリーう、うん大丈夫だよ」


 突然現れたマトリーシェにカミュは頬を赤らめて返事を返した……


(ふふふ…効いてる効いてる…カミュにとっては窮地に現れた救世主 しかも絶世の美女!(親バカ目線)惚れない理由はないな)


 ネアトはカミュを確保するとすぐに奴隷紋を解除した…

そしてこれからはここで家族として暮らすのだと説明した。

ネアト以外の三人の自称母親は反発したがネアトは思考を誘導した。


(ぽっと出の何処の馬の骨とも分からない男に嫁がせるくらいなら幼い内からマリーとの相性バッチリで母親との絆も強い男を育てれば私たちも安心じゃないか?老後も安心だぞ!)

(それはいい考えだニャ!)

(お前は神か!!)

(それは〜とても素敵〜)


 問題はマリーの実家関係だが……ヘブラスカ問題が無い今このままハッピーウエディングまっしぐらだな!

モウカリーノとの密約で我々の商品を独占販売することでお互いに巨万の富を生み出している……これで二人の将来も安泰で我々姑軍団も老後は安泰だ!


「何か困ったことがあれば直ぐに言うのよ……お姉ちゃん(・・・・・)に!!」








 どうしてこうなった!!



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