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魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
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シン・暗き森のマトリーシェ

 

 この時代、魔界全土は安定した平和を享受していた。

広大な魔界を効率よく治めるために帝都へブラチカを中心に東西南北四つの領主による統治が行われていた。

北の『魔龍王ヴリドラ』

南の『魔皇帝ベルゼーヴ』

東の『呪魔女ベラドンナ』

西の『魔剣王ヴァルヴィナス』

そこから西〜西南には広大な大森林が広がり『暗き森』と呼ばれ近隣の住民からは恐れられていた。

更にこの森を抜けた先には獣人達の国があり、その先には不毛の大地『暗黒領域』が広がっていると言われており、ごく稀に暗黒領域に生息する強力な魔物が獣人の国を抜けてこちらに迷い込んでくる事がある。

それだけで災害級の事態となるほどである。


「もっと早く!」


 一台の馬車が雨の降り頻る山道を猛スピードで駆け抜けていた。

馬車の台座に剣を持った騎士達が空を警戒している。


「よりによってワイバーンとは……」


 ここは北のウリドラ領と西のヴァルヴィナス領の境目に当たる大森林……通称「暗き森」の中を走る街道である…街道と言っても形だけで魔獣を恐れて使用する者はごく僅かだった。

この馬車はヴァルヴィナスに使える魔の一族、ガノッサの妻子がのる馬車であった。

王都での要件を済ませ、先に妻子が領地に戻る途中、ワイバーンの襲撃を受けたのだった。


 ここ数日、暗黒領域の活動が活発化しておりその影響で各地の魔物が凶暴化しているとの報告を受けており近隣の点在する町や村を周りながらの視察も兼ねており、護衛と警備も厳重にしていたのだが……


「くそ…ワイバーンの群れとはついていない!」


 騎士団が囮となってワイバーンを引き付けこの馬車を逃す予定だったが…運悪く一匹ほど追従を許してしまった。


「来るぞ!守りを固めろ!」


 ワイバーンの突進に馬車に取り付く騎士達が応戦するが力の差は歴然だった。

 馬車の屋根は破壊されたが騎士達の決死の反撃により何とか撃退したものの、乗っていた子供が座席ごとその爪に掴まれ空へと連れ去られた。


「マリー!!」


 母親の叫びだけが残されたのだった。












「あん?」


 森の中を歩いていたローブの人物が立ち止まり、頭上を見上げた。

何かを察したようにフードを下ろすと、そこには毛並みの良い猫耳がピコピコと動いていた……彼女は、この森に居を構える暗き森の魔女と呼ばれる猫獣人、ネアトリーシェだった。

彼女は頭上を飛ぶワイバーンが大きな物を掴んでいる事に気がついた。


「…家?いや…何かの破片?…どちらにしろ森にゴミを持ち込まないで欲しいね…」


 彼女が杖を掲げると不思議な力場が発生してワイバーンをその場に縛り付けた。


「代わりにコレをやるから許せよ」


 彼女は異次元収納から先ほど狩った巨大な猪をその足に握らせると解放した。

ワイバーンは何事もなく飛び去っていった。


「さてさて…一体どこからこんな物を……」


 大きな木片を退けてみると中には豪華な布地に包まれた赤子が現れた。


「……見なかった事には……出来ないかのう……」


 ネアトリーシェはしまったと思いながら今更無かった事には出来ないと赤子を確認する……


「ふむ…眠っておる…なかなか肝の据わった子じゃ」


 赤ん坊が包まれている布は上質な素材で端には何か刺繍の様なものが施されていた。


「…マ…マトリー…マトリーシェ…そうか…お前さんはマトリーシェというのか……ははっ…」


 自身の名前に似た赤子に僅かな近親感を感じながら赤子を抱えるとネアトリーシェは再び森の奥へと歩いてゆく……この広大な、誰も近寄らぬ暗き森へと……







 ネアトリーシェは赤子の尋ね人の情報を近隣の村で聞いて回ったが何の情報も無かった……高価な布を扱う身分から貴族に間違いは無いのだろうが……捜索されてないとなると貴族特有のキナ臭い内輪揉めしか想像出来なかった。


「…あーあ…とんだ拾い物をしちまったもんだ……」


 ネアトリーシェはこれ以上の詮索をやめて必要な物を購入すると森の我が家へと家路につくのだった。









 マトリーシェは決して捨てられた訳では無かった。

今回の旅はガノッサの妻であるリリシェールが生まれた双子を連れて実家である東の都へ向かう為の旅だったのだ。

彼女はベラドンナの遠縁に当たる公爵家の出身だった。

ここ最近、魔物の襲撃が多発しており本格的な討伐の前に自領の村々を激励しつつ里帰りする予定だったのだ。

長旅のその道中でワイバーンの襲撃に遭うなど誰もが想定外だったのだった。

 襲撃された場所が暗き森の中程な事もあり、ワイバーンを殲滅した騎士達は馬を失い負傷しており近くの村に辿り着くまで5日間を要した。

 

 さらにその一報がガノッサの耳に入るまで2日を要した。

魔物の襲撃が多発して領内が慌しかった事も関係があっただろう。

王都にてその知らせを聞いたガノッサは目の前の魔剣王に泣きついた。


「魔剣王様っ!!わしのっ!わしのリリたんがっ!!」

「リリたん?…ガノッサ落ち着け…」


 ガノッサは魔剣王の配下、四魔貴族の中でも愛妻家で有名だった。

学園で出会った時はこんなデレデレな感じでは無かったのだが……


「だからワシは反対じゃったんじゃ!魔物の討伐なぞ他の魔王にお願いしてみんなで狩れば怖く無いって!もっと早く終わって今頃リリたんと娘達と一緒に旅行出来てたんじゃっ!!」

「ガノッサ落ち着け!魔剣王様になんて事をっ!」

「あーマクガイア…大丈夫だ…いつもの事だ…」

「しかし…王に対して……いつも?」

「マック…知らないのか?」

 

 盾の一族、アステリアがマクガイアの肩を叩いた。

彼女はマクガイアの幼馴染でいつのまにか職場までの腐れ縁だった。


「こやつは奥方の話になると人が変わるからな……」

 

 影の一族、ハンゾウが反対の肩を叩いた…

こいつも学園からの腐れ縁だった。


「わかったわかった…だから落ち着けガノッサ…みんな疲れている所悪いが付き合ってくれるか?」


 魔剣王ヴァルヴィナスがこちらを振り返りそんな言葉をかける……


「ヴァル様はいつもそうよね…王なんだから『お前ら〜言う事聞けー』って命令すればいいのよ」

「…いや、それは俺のキャラじゃ無いだろ…」


 ヴァルヴィナス様とは皆が家督を継ぐ前にやっていた冒険者時代に何度が顔合わせたことがある程度だったが……今代の魔剣王になるとは思わなかった。

 そのおかげもあってこの職場は非常に居心地が良い。


「さて、じゃあ皆んなでリリたんを探すとするか」








 結論から言ってリリたんの捜索は困難を極めた。

ワイバーンに襲われた彼女の馬車は街道沿いから転落し全員命に関わる怪我は無かったが丸一日気絶した状態だった。

 たまたま通りがかったドラゴニアンの部族の者が発見し、近くの村に運び込んだ。

行者と侍女はかすり傷や打撲程度で済んだが、ワイバーンと戦闘した騎士4名はかなりの重傷で困り果てたドラゴニアン達が更に近くの魔女の村に救援を求めたほどだった。

 リリシェールは護衛達を守るべく、『守護』の魔法を発動し続け全員の命を守ったのだった。

傍には双子の娘ファルミラが無傷の状態で見つかり、本人は極度の魔力枯渇で生死の間を彷徨っていたのだった。


 救援を受けてやって来た呪魔女の村の魔女達はこの状態に絶句した。

懸命に命を繋ぐ術式でかろうじてその命を繋ぎ止めている状態だった。

これは呪魔女ベラドンナ直々の治療でなければ不可能だと判断した。

リリシェールの護衛達は自分達の身分を明かし、主人であるガノッサへの救援を求めた。

ガノッサの館に知らせが届いた時、彼は既に捜索隊を率いて巡回のルートを辿り出発した後だった。

 あまりの出来事に全てのメンバーが冷静さを失っており、随分と手間のかかる方法を選んでしまっていた。

簡単に連絡の取り合うことができる「メッセージ」の魔法を使い手がリリシェールだけだった事も大きな理由だが……誰もこんな事になるとは予想すらしていなかったのだ。


 リリシェールの治療を試みたベラドンナが「どっかで見たことある様な……」と三日三晩悩んだ末に姉であるベルゼーヴに連絡を取り、二人で悩みながらも治療を続け、最終的にヴァルヴィナスに連絡を取った。

やってきた彼が「リリたんじゃん!!」と呟いたことで二人の姉妹に詰め寄られ、説明に一晩を要した。

そしてガノッサは愛しの妻に再会するのであった……不遇な事に事故から3ヶ月あまりの月日が流れていた。

 魔女達の説明でドラゴニアンの村に子供と負傷した騎士達が滞在している事を聞いた彼はすぐ様迎えに行き、そこで初めて、愛しの我が子マトリーシェの身に起きた悲劇を知るのであった。


「うおおおおおおお!!!マリーたーん!!ワイバーン許すまじ!」


 ガノッサの一言でワイバーン狩りが行われたとか無いとか……

 強力な魔物が跋扈するこの暗き森でマトリーシェの生存は絶望と思われた。


しかし、彼女は生きていたのだった。








 彼女を助けた猫獣人のネアトリーシェはこの森を更に西に抜けた獣人の国、モフラシアの出身だった。

暗黒領域から流れ込んでくる魔獣から国を守る為に仲間達と研究を重ね、国全体を結界の開発に成功した中心人物であった。

 生まれついての魔法の適性が高く、その探究心は、他の追従を許さなかった。

モフラシアの王宮筆頭魔導士の候補であったが、その探究心ゆえに役職を辞退し、1人暗き森へと赴き、ひたすらに魔導の研究に没頭していた。


「まーま」

「なんだい?マリー」


 テーブルでご飯を食べる小さな娘の呼び声にネアトリーシェはデレた。


「…こいつこんなキャラだったかニャ?」


 かつての仲間の猫獣人、メメルが失礼な事を言った。

彼女は『斥候』…スカウト職でその身軽さを活かした軽装である。

女性とは思えないほどぺたんこだ。


「ママなんてガラかよ…ババァの間違いだろ」


 同じくかつての仲間の狼獣人のウルファンも万死に値しそうな事を言った。

彼女は『戦士』…戦闘のエキスパートである。モフラシアでは勇者の称号を持つ強者だ。

その役職の為か筋肉しかない。


「まぁまぁ…ネアトも母性には勝てなかったって事よね〜」


 私達のリーダー的存在の兎獣人のラビニアがそう締め括った。

彼女は冷静沈着で清楚で可憐、『僧侶』…聖職の司祭の称号を持つ…昔は聖女なんて呼ばれた事もあるとか無いとか……

四人の中で母性の象徴はすこぶるデカい…ネアトリーシェが常に『もげろ!』と念じているぐらいにその存在感は凄まじい。


「……ふっ…今日は行き遅れ共の遠吠えが良く聞こえるな」

「むっ…ネアトらしく無いこの余裕はなんだ……」

「…妙な敗北感を感じるのは何故ニャ…」

「やぁーんネアトったらそんな事言わないでよぉ〜」


 事実、今までこのメンバーの中で年長者であり、1番背の小さな彼女は、チビだのロリババァだの他のメンバーから好き放題言われていたのだが……

一時的とは言え、母親になったそのポジションは圧倒的な優越感を彼女に与えた。


「ふっ…そのうちおぬし達にも可愛い子供が出来るじゃろ……わしのマリーほどでは無いがの」


 あれほど厄介だと言っていた癖にマリーの可愛さに秒で陥落し、まめに子育てに励んでいたのだった。

彼女が研究に没頭して音信不通になる事はよくあったが、丸1年も何の音沙汰もなければ、さすがの仲間たちも心配し、安否確認のために、この暗き森の家に訪れていた。


「…しかし…マリーは可愛いニャ」

「そうだな…目元なんか俺に似ていると思わないか?」

「は?何寝ぼけたこと言っとんじゃ?この駄犬は…」

「テメェ!俺は犬じゃなくて狼だっ!」

「また始まった……」


 仲間内では、2人の喧嘩など日常茶飯事であり、コミュニケーションのようなものだと思われていた。


狼の獣人は誇りが高く、犬扱いされることを何より嫌っていた。

二人は立ち上がりいつもの口論が始まった。


「全く…マリーが怖がっちゃうじゃ……あらっ?」


 異変に気づいたラビニアが驚きの声を上げた。

今にも泣きそうなマトリーシェの周囲に、小さな魔力の集合体が渦まいていた。

それは、火水土風光闇…魔術を構成するとされる6属性であった。

 

「すごいにゃ!全属性使い!」


 それを見たネアトリーシェとウルファンも驚愕の表情で見つめた。


「指が私の娘じゃわい!」

「さすが俺の娘だぜ!」

「ウルフィーテメェ何を…」

「さすが私の娘だにゃ」

「マリーちゃん凄いわぁ〜お母さん感動よっ〜」

「お前らっ!マリーの母親は私だっ!」


 母親を名乗る、4人の女性たちを前に、いつの間にかマトリーシェは笑顔で笑っていた。


 それからは早かった。

マリーを心配する意味もあるが、こんな危険な場所に1人で住むネアトを心配して来訪したのが本来の目的であった為、そのまま3人がここに住み込むと言うことになった。

 もちろん、一晩かけての話し合いが行われたが、理由が理由だけに、ネアトリーシェには断る理由がなかった。

 ましてや元々、育児や家事にそこまで自信があった訳では無いので、正直この申し出は素直に嬉しくもあった。

 

 意外なことにラビニアは、大工のスキルを持っており、わずか1週間ばかりで家の増築を終わらせた。

さらに、意外なことにウルフェンは、料理人のスキルを持っており、この森の中での食事事情が一気に改善された

 さらに、メメルは裁縫のスキルを有しており、これから冬を迎えるであろう季節を安心して過ごせることとなった。


「ほら、私たちが一緒に住む事になって良かっただろ?」

「まぁ…それはその……感謝はしている」

「素直に礼を言えばいいのに〜」


 そんなネアトを見て皆は笑うのであった。

一緒にパーティーを組んでいたからといっても彼女たちの事は詳しくは知らなかった…

魔術の研究に明け暮れたとは言え、知っているのは誰もが知っている様な情報だけ……ただそれだけであった。

これからは、魔術以外のことも知識を広めるべきなのだろうか、そんな考えが彼女の中に生まれつつあった


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