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魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
187/241

雪解けの


「…本当にマリーなのかい?」

「何度もそう言ってるでしょミネヴァ…貴女はすっかりおばあちゃんね…」


 そう言ってかつての親友は抱き合った。

今、カイルとアイリスはドラゴニアの国を訪ねていた。

ただ二人の姿はマトリーシェとカミュだった。


 あの騒動の後、事後処理を含めて賢者一同に仕事を丸投げした。

一晩、泥に沈んだ様に眠り……夜が明けた頃には全て終わっていた。

ニトロを始め、普段あまり活躍の場のなかった派遣賢者一同がここぞとばかりに仕事をし、今回の出来事の情報を集めた結果、既に謎の謝罪会見が開かれており復旧作業も開始されていた……魔力枯渇から回復した今、特にすることが無かった。

 賢者達の集めた情報の中にマトリーシェの友人であるハイドラゴニアのミネルヴァとベオウルフが未だ存命である事が判明した。

その話をアイリスにすると是非、二人と再会させてあげたいと言われた。

 とは言え、まだ安静が必要なカイルとアイリスがこのままで歩くのはどうかと考えたが……アイリスからの提案で二人に代わってカミュとマトリーシェに身体を任せて休眠するというものだった。

『義体』と呼ばれる依代を用いて行動する為、死亡する以外特に困る事は無い…二人の実力ならそんな事は有り得ないが……なのでその間は何をするにも二人の自由だ…ナニをするにも……だ!

 珍しくアイリスが譲らないほどの強い意志を見せたので仕方なくカイルはその提案を受ける事にした。

その話を聞いた二人も最初は遠慮していたが…アイリスの説得により……その提案は実施される事となった。

 カイルは病院関係者を説得すると翌日には退院の許可を取り付け、更には暫く「絶対安静」の状態で面会謝絶にして病院を後にした。

その足で魔界へと通じるゲートに来ると二人の身分証明を創り出した……

『カミュ・アルヴァレルとその妻マリー・アルヴァレル」である。







  二人が最初に訪れたのは例の暗き森であった。

既に当時の面影はなく、鬱蒼とした森が広がるだけだった…当時の家があった場所にはその痕跡がうっすらと残るだけで、彼女につながるものは何も残されていなかった。

ある意味ここは童話のモチーフとなった場所として森の外にはある程度の観光施設『クラキーマジョランド』が出来ており「魔女クッキー」や「魔女の恋人」などのお土産などが販売されていた。

家族で楽しめる観劇やアトラクションなどが多数設置されており今や魔界屈指の有名スポットと化していた。

しかも不本意ながらこの場所にカップルが訪れると破局するパワースポット的な扱いを受けておりマトリーシェを宥める為にカミュが苦労したことだけは言っておこう。


 その次に向かったのは、かつて交流のあった二人の足取りを辿り、ドラゴニアの国の最北端に近い村、バレスティアであった。

ミネルヴァとベオウルフの足跡をたどり、こうして再会にこぎつけたのだった。






「そんな事になっていたのかい……大変だったねぇ…マリー…」

「今思えば…貴女に出会っていなかったら…もっと最悪な結果になっていたかもしれないわ…ミネヴァとベオには感謝しているの…またこうして会えただけでもね…」

「マリー……カミュも良かったわね…」

「…あぁ…ミネヴァも……ところでベオは?」

「ベオならさっきまで……」

「うわぁぁぁぁぁー!」


 突然表から男性の悲鳴が聞こえた……

カミュとマトリーシェはすぐに表に飛び出すと声の主である男に声をかけた。


「ヘドヴィグ!どうした!」

「あっああっ!カミュの旦那っ!」


 ジュペック村からここまでのガイドとして連れてきたヘドヴィグであった。

彼の視線の先には巨大な黒龍がぐるぐるとか喉を鳴らして地面に座り込んでいた。


「…あぁ…これか…これは…大丈夫だ」

『ふごふごっ!この匂い!私の娘っ!』

「ちょっ!!やっ!!」

『ごはあっ!!』


 少女の声が聞こえたかと思うと黒竜の体が衝撃音と共に宙に浮いた。

意識を刈り取られた黒龍はその場に巨大を沈めた…

その影から白髪の少女が現れると周囲を確認しマトリーシェとカミュを見つけると笑顔を向けてこちらに駆け寄ってきた


「ママ、パパ!変態さんが現れたけど、むやみに殺すのはよくないから寸止めしといたよ」

「まぁ!スノウは良い子ね…でもあれは変態さんじゃなくてスノウのおじいちゃんにあたる人なのよ」

「おじいちゃん?」


 スノウと呼ばれた。少女が視線を向けるとカミュが黒龍を介抱しているところだった。


「マリー…その子…」

「ミネヴァ…スノウよ…覚えてる?…スノウ…その人はあなたのおばあちゃんよ…」

「おばあちゃん?」


 ミネヴァの脳裏にあの日、あの森で自分とベオウルフの鱗より作り出されたホワイトワイバーンの小さな存在の姿が思い出された。

その頭に手を乗せると優しくなれた


「こんなに大きくなって?…この子…ドラゴンじゃない?」

「いろいろあって…存在進化しちゃったの」

「…長い話になりそうね…中で話しましょう…そこの人族の方もどうぞ……ベオは……暫く置いておきましょう…」


 ミネルヴァ促されて一同は、家の中へと消えてゆく…… 庭には目を回したベオウルフだけが取り残された。














「全くあんたって娘は!!」

「待って!ミネヴァ!私だって操られていたから仕方がなかったの!!」

「マリーママをいじめちゃ駄目っ!」


 我が子同然のスノウに対する仕打ちにミネルヴァが激昂した。

言い訳をするマトリーシェだったが、それを庇ったのはスノウだった。


「ママはちゃんと迎えに来てくれたの!だから酷くないのっ!」

「スノウ…」

「あんたって子は…!!なんていい子なのっ!!」

「ぷぎゅっ」


 スノウの健気な態度にミネルヴァは感極まり、竜神特有の強烈なグルーミングを持って愛情表現を表した……先程のベオウルフ同様、ドラゴニアンとは感情に生きる種族なのだろうか?

長い付き合いだと思っていたが…まだまだ友人の知らない一面を垣間見た気がした……


「ちょっと!マリー!いい感じで浸ってるとこ悪いけどこのままだとスノウがっ!!ミネヴァ!離れて!!」


 切羽詰まったカミュの声に現実に引き戻されるのだった。





















「へぇ…魔界って言ってもあんまり変わらないのね」

「まぁ…仮にも王都だからな…人間界からの技術で発展した事も大きいな…地方に行けばまだ魔界らしい所はいくらでもあるぞ」


 ゲートを潜り抜け、やってきた先は魔界の王都 ヴィルミナンドであった。

入国審査を終えて出た先は様々な店が広がるアーケード街でその先は高層ビルが立ち並んでおり人間界と大差無い景色であった。

……時折、謎の生物が歩いていたりする以外は……

現在紫音は魔界に来ていた。

勿論、イリューシャや律子も一緒だ。

さらに言えば伊織とイングリッドとルミナスにアネモネ…さらに付き従うネルフェリアスもだ。


 カイルの所在を確認したルミナスの行動は早かった。

ニトロから情報がもたらされた瞬間に魔界と情報交換を行いカイルとアイリス……現在はカミュとマトリーシェが入国した情報を掴んだ。


(行くわよ!40分で支度しなっ!)


 どこぞの海賊よりは優しめな時間制限を設けてくれたお陰で旅支度を終える事が出来た。


「……流されるまま一緒に来てしまったが……」

「いいじゃんいおりん!カイルに会いたかったんだろ?」

「!!いや俺は…別にっ……」

「そんな可愛いらしい姿で言われても説得力無いわね」

「ぐぅ…!」


 外出中のまま、みんなの勢いに流されてここまで同行して来た伊織は趣味全開の格好のままだった…当然支度なんて出来る筈もなく見送る側だと諦めていたのだが、突然現れたラプラスに見覚えのあるキャリーバックを渡された。


(えっ?これ…私の?寮の部屋の押し入れに押し込んであるやつじゃ……なんで中身もちゃんと入ってるの?…お気に入りの奴ばっかりだし…この下着絶対外に持ち出したらダメなヤツじゃんっ!!)


 困惑する伊織が気が付いた時には既に魔界へのゲートは目前だった。


「それで…この後どうするの?」

「…ルミに確認してくるわ」


 紫音の問いにイングリッドが反応してカウンターで何やら揉めている

ルミナスの元へと向かった…なんだかんだと頼れる先生である。


「このまま観光して帰る……って事にはならないよね?」

「スポンサーがルミナスだから……無いな…」

「まぁ…あの二人を追いかけるとなると…やっぱり向かう先はあそこかしら?」

「…まぁ…代名詞だものね…」

「??どこだよ?」


 今ひとつ会話について来れない伊織に紫音達は満面の笑みで答えた。


「「「暗き森っ!」」」























「…それで…経緯はわかったけど…この子をどうするの?」

「…カイルが『存在進化』させているから立場的には『ドラゴン』なのよね…」

「そうだね…そうなると下手にその辺に置いておく訳にはいかないね…」

「…ベースになっている『竜核』があなたとベオの物だから……」

「………こ…この歳で私達の娘として育てろって事ね……」


 ミネヴァの頬がほんのりと赤いのはきっと羞恥の為に違いない……違いないよね?


「…いいわ…元々子供の様な存在だったものだし…そうなるとスノウが長女?あらあら…色々と相続の関係が……」

「いや、見た目で末っ子でいいでしょ…」

「……ミネヴァママと一緒に暮らすの?」

「そうよ…スノウ…」

「…お父さんは?」

「!!」


 スノウの視線の先にはヘドヴィグが居た。









 カイルよりスノウを託されたヘドヴィグは毛布に包まれた小さなドラゴンを抱き抱えて村に帰る馬車の中に居た。

生まれたばかりだからなのか、この寒さのせいなのか、腕の中の存在は震えていた。

しっかりと抱きしめて自身の体温で温めようするヘドヴィグは自分の魔力が吸い取られていることに気づく。


「ヘドヴィグ」


 薄れゆく意識の中で、炎の中に消えた懐かしい彼女の声を聞いた。



「ヘドウィグ大丈夫かよ」


 気がつけば村に到着していた…いつの間にか眠ってしまっていた様だ…

腕の中の存在はおとなしく眠っていてくれているようだ。

まずは家に連れて帰ろうとするがうまく歩けない事に気がついた…魔力枯渇の症状に似ている……

ふらつくヘドヴィグが足を取られてその腕の存在を落としかけたその時……器用に毛布を纏ったまま

その両足で地面に着地した。


「……あぁ……」


 振り返ったその姿はかつての恋人である彼女の面影を色濃く残していた。



「ヘドヴィグから魔力吸収することによって人型の変化を覚えたのだが……ドラゴンの知識は人間では教える事が出来なくてな」

「なるほど…俺たちにスノウを養育しろと言うのだな」

「いや…それについてはこのヘドヴィグに任せる…というか、生まれて最初に見たヘドヴィグになついてしまっているから、引き離すのは無理だ」

「ふむ……こんな人間に務まるのか……?」


 ベオウルフの視線に対しヘドヴィグは腰が抜けそうなほどの恐怖を感じたが……それでもスノウの前に立ちはだかりベオウルフを睨み返した。


 それは、遠い昔、魔女の少女を庇うように自分の前に震えながら立ちはだかった男の姿を思い出した。


「ふふっ…いい目をしているのぅ……初めて会った時のカミュによく似ているわい……いいだろう…なぁ…ミネヴァ」

「そうね……ちょうど人族の働き手も探していたし…ところで、南の山脈に閃光と共に大きな穴が開いたのだけど…… 二人共何か知らないかしら?」

「さぁ…ドウダロウ?」

「そうね……私もシラナイワ」

「………」


 挙動不審な二人を見て何かを勘ぐる様な視線を向けるミネルヴァ……いつまでも隠し通す事は出来ないだろうとカミュは空を仰いだ。

















「なんか……想像してたのと違う……」

「…そうだな……」


 紫音の目の前には大勢の子供たちがステージに向けて声援を送っていた。


『我が名はカミュ!魔剣王の名を受けて邪悪なる暗き森の魔女を討ち取る者なり!』

「かみゅーがんばれー!」

「魔女をやっつけろー」


 この『クラキーマジョランド』の人気の演目『暗き森の魔女〜悪い事したのでザマァされます』をみんなで観覧していた……

真実を知る紫音達はその内容の酷さに微妙な反応を示した。

この劇の中のマトリーシェの悪事とやらがふわっとしていて余りピンと来ない……


(…燃えるゴミの日に燃えないゴミを出すとか……いやそれで討伐されるとか……)


 魔界では『マトリーシェ』は悪の代名詞としてその地位を不動の物としていた……しかしその内容まで詳しく知る者は居ないのでは無いだろうか?

周囲の人達はその事に何の違和感も感じていない……

隣のイリューシャですら不快感を表している。


「そうよ!カミュ!やりなさい!カイル様に近付く害虫を始末するのよ!」

「ちょっと!ルミ!静かに!これは子供向けの演目だから!!」


 イングリットは何処でも大変そうだ。


「しかし…小さな子供までもがマトリーシェを『悪』と認識しているのは…何というか…」


同じく真実を知る伊織が居心地悪そうに周囲を見回した


「そうね…でもこれがこの世界にとっての常識なの…貴女からしてみればたとえ真実が違っていても私達の方が異端なのよ」

「そうか……それはなんだか悲しいな」


視線の先の舞台も物語は佳境を迎えていた。

追い詰められた魔女はいつの間にか四人の仲間を呼び(え…?誰?)それぞれの自分の持つゴーレムが合体し(そんなのあったか?)巨大なゴーレムへと変化した……それに対する騎士たちも、自分のゴーレムを呼び出しこちらも負けじと合体し(何それ?)ゴーレム同士の戦いとなった


「…これは大丈夫なやつなのか?」

「…テーマ自体が地味だものね…大手のスポンサーが資金提供しているのでしょう」


 キラキラと目を輝かせる子供達のもとに、パークのスタッフであろうお兄さん、お姉さんがせっせとお土産の玩具を用意していた。


演目が終わると子供達に混じってルミナスがお土産を買いに行ってしまった為、取り残された私達は公園のベンチでその帰りを待っていた


「…ルミ…」

「…今までが抑圧された生活をしていたから、その反動がね……今回は目を瞑ってあげてくれないかな…」


 残念な子を見るような目のイングリットを苦笑いするアネモネが宥めていた。


「あの…飴はいりませんか?」

「?」


 その問いかけに振り向くと、そこには小さな少女が籠いっぱいの飴を持ってこちらを見ていた。

聞けばこの少女は親のお店の手伝いで飴の売り子をしているのだと言う……


「こんな小さな子を働かせるなんて……労基に通報案件だわ」

「…紫音…この魔界ではこんな見てくれだが実際年齢は紫音よりも上だからな……」

「…え?」


 こんなに幼く見えるのに?

こんなにきゃわいいのに?

その天使が「はい」と飴の包みを手渡してきた。


「これは?」

「これはドラゴニアの国の名産の竜飴です、魔女様が初めて訪れた村で友人と食べたと言われているものです……

その友人とは、我らが母なる『聖母竜ミネルヴァ様』なのです!」


と、竜神族の少女は得意げに胸を張った。


「あなたたちはマトリーシェを嫌っていないのね」

「はいっ!ミネヴァ様はマトリーシェ様のご友人でした!優しい方だったと聞いています!でも、みんながそう信じているわけじゃないのですが…きっと何か理由があったんだと私は思ってます」

「…そう……一つもらえる?」

「はいありがとうございます」


 紫音は雨を受け取ると包みを解いて口に放り込んだ。

口の中いっぱいに広がる竜蓮華の蜜の味と……あの日、彼女と見渡した花の咲きほこる草原の風を感じた。


『懐かしいわね』

「えっ?」

「何か言った?」

「ちょっと…紫音…泣いているの?」


 イリュに指摘され自分の頬を涙が伝っている事に気がついた。


「何で……」


 慌てて紫音は涙を拭うが堰を切った様に涙が止まらなくなった。


「大丈夫か?……辛いのか?」

「え…辛くないよ?竜蓮華の蜜だからすごく甘いんだよ!」


 心配する伊織の声に少女が反論する。

その的外れなやり取りに思わず紫音は笑ってしまった。


「お姉さんで二人目だよ…美味しい飴すぎて泣いちゃったんだね」

「…そうね……?二人目?」

「うん…いつだったかな…5日前ぐらいに来た女の人もこの飴を食べて泣いちゃったんだ……男の人がすごく慰めてた」

「………その人達の事詳しく教えてもらえる?」

「え…マリーさんの事?」

「「!!」」


 少女は瞬時にイリューシャ達に取り囲まれた。


「えっ?えっ?何?」


 困惑する少女の方に手が乗せられた……

振り向くと両手一杯に荷物を抱えたルミナスが圧のある笑顔で微笑みかけていた。


「…娘…詳しく話を聞こうじゃない…その飴も全部戴くわ」


 少女は涙目で頷いた。

少女の名前はスタニアス……


ミネルヴァの孫娘であった。





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