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魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
186/241

雪解け


「んーっ!」


 詩音は大きく伸びをして窓際から離れると鏡台に座り鏡の中の自分を見た。

ミカイルがワルプルギスから吸収した魔力は、純度の高い魔力だったため、紫音には吸収することができず、魔導リングによるろ過機能による保存、治療吸収と自然発散により後残り3割程度を残すのみとなった為、問題なしと判断された。

 魔力の抜け始めは髪の色がまだら模様になっていたため、泣きそうになったが、ニトロがうまくコントロールしてくれたおかげで、今は前髪だけが白く変色している様な状態に落ち着いている。

手際よく髪をまとめて荷物を抱えると病室を後にした……やっと家に帰れる。


 あの後、駆けつけたマードックさん達救助隊の皆様方に学園内に併設されている病院に担ぎ込まれた。

そこには既に伊織さんやルミナスさん達……あの場で戦っていた面々が運び込まれて検査を受けていた……私達四人も同様に検査の為に暫く滞在する事になった。


 三日間とは言え、値段を聞くのが恐ろしい位の豪華な個室に入れられて落ち着きなく過ごした……しかし同じ病棟にいるイリュや伊織さんが訪ねてきてくれたり、寮でひとりぼっちのアイリシアさんが泣きながらお見舞いに来て病室で飲酒したり……色々な人が訪ねて来てくれたので暇をすることなく過ごせた。


 しかし特に重症と診断されたカイルは絶対安静で面会する事は出来なかった……確かに頬を張った後倒れてそのまま連れて行かれたのだけど……まさかあれが原因じゃ……


 同様に使徒との濃厚接触が認められたアイリスも精密検査が必要と言う事で、まだしばらく入院の必要があるとの事だった。



 学園の方も目に見えた被害は無かったが、目に見えない魔力的な解析が必要との判断からメンテナンスを必要とした為に急遽、休校する事となった。






「イリュ遅いな…」


一人でロビーのソファーに座り、ぼーっとテレビを眺めていた。

数日前まではあの騒動で学生や近隣住民が多く治療や診察に訪れていたが殆どは大した怪我や症状では無かった為、今は落ち着きを取り戻している。

あの大量虐殺や破壊行動はカイルの作り出した結界の中で行われた事であり…現実世界では無かった出来事だった。


再び視線を前に戻した。

テレビではここ数日何度も目にした謝罪会見が繰り返し流されていた。


初めて目にした時は、思わず目が点になったけど……









「ごめんなさいなのじゃ!」


 今回の騒動を引き起こした当事者とされるその少女は、ふわふわな桃色の髪を右往左往させながら、何度も頭を下げた。


『なぜ今回のような事故が起きたのですか?』


 記者から鋭い質問が投げ掛けられた。


「えーっと…科学の実験をしていたら……すごく大きな塔ができてしまったのじゃ!」

『一部では、魔道衝撃波が確認されたとの情報もありますが』

「えーっと…それも実験をしていたら…ちょっと静電気が起きちゃったのじゃ!」

『最後には昼間にもかかわらず打ち上げ花火が上がったとの情報もありますが』

「実験は大成功だったのじゃ!綺麗な花火が上がって満足したのじゃ!!」


「ちゃんと質問に答えてくださいっ!!」

「ふぇっ」


 記者の一人の怒声に少女の瞳に涙が滲んだ。


「おいっ!そんな言い方はないだろう?ちゃんと答えているじゃないか!」

「そうよ!こんな小さな子を泣かせるなんて!貴方最低ねっ!」

「えっ?いや…俺は報道の自由を…」

「今ちゃんと説明してくれたじゃないかっ!」

「あんな内容で納得が……」


 会見場は記者達の怒号で溢れかえりわたわたと慌てる少女だけが取り残された。









「………何なの…この茶番は……」

「だよな…納得できる訳ないよな」

「イリュ!」


 背後から声の声に紫音が振り向くとラフなTシャツ姿のイリューシャが隣に座った。


「もう大丈夫なの?」

「怪我と呼べるほどの怪我もしていないし…どちらかと言えば、アグシャナとの融和性について検査がメインだからな…」

「アグシャナ……?」

「おう!俺のことだぜ」


 目の前のイリュが瞬きした瞬間 その瞳は、白目の部分が黒く変化していた


「紫音って言ったな…あの時はすまなかったな」

「あの時……?」


 どの時だろう?


「ほら…前に結界に入り込んだ時に怪我させちまっただろう」 

「ああ……お構いなく」

「……急に出てくるなよ」


 再びイリュが瞬きすると、その瞳は元の紅の魔眼に戻っていた。

そのまま歩きながら彼女に起こった出来事の説明を受けた。










「それであの謝罪会見の………あの子は誰なの?」

「ん?そうか…紫音はまだ会った事なかったよな」


 そう言ってイリュは残りのラーメンをすするとひと口で丸呑みした……ちゃんと噛まないと!!

2人は揃って病院の近くにある喫茶店に入り時間を潰していた……ここでもあの会見の様子がテレビで流されており

なんとなく疑問に思っていたので聞いてみた。


「あれは……そのうち会うことになるだろうが…アウリュアーレだ」

「アウリュアーレ……」

「うちの寮に住んでる住人だよ…ほら…今一人居ないって言ったろ?」

「はぁ……」


 言っていた様な……言っていない様な……


「そのうち家でも顔を合わす事になるだろう……すいませーん!カレーライスに追加で!」

「よく食べるわね」

「ここしばらくカイルの昼飯を食ってないからな…燃費が悪くて困ってるんだ」

「まぁ…確かにあの味は反則よね」


 彼女の隣に視線を向けると既に数枚の空のお皿が積み上げられていた。

前からよく食べるとは思っていたけど……流石にこれは……一体どこに収まっているんだろ?胸か?胸なのか?


「あ、紫音!イリュ!」

「律子!」

 そこにやって来た律子が此方に気がついてやってきた。

 

「…アイリスはまだ退院出来ないんだ…」

「まぁ…一番大変だったからな…」


 病院では簡単にしか説明しなかったが……ここで改めて律子にアイリスに起こった出来事を説明した。


「……ちょっと混乱してきたわ……」

「そうね…複雑な状況だものね」

「…でも紫音は良く理解してるわね」

「あー…これは私が…と言うか…派遣の賢者のおかげというか…」

「え?何それ面白そうな話じゃない…」


 こうしてニトロの存在が早々にバラす事となった。


「…カイル似の……賢者……ネットで購入できるのかな?」

「いや…出来ないでしょ……」


 カイルの話題になった途端…律子が挙動不審になった。

な…何か無駄に色気を出してるのは何故だろう…


『律子様は…カイル様を性の対象として見ておられる様ですね…』

「……性……」

「と…所で…そのカイルはまだ退院出来ないのかな?」

「……律子…何かあったの?」

「あぁ……紫音は知らないのか……」


 イリュは紫音が塔に攫われていた間に起こった女の戦いについて説明した。


「………馬鹿なの?」

「紫音そんな言い方ないだろ!大事な事なんだぞ!」

「まぁ…私も今回は漁夫の利的な……」

「ふーん…あ、すいませーんカフェラテおかわりくださーい」


 二人は熱く語り始めたが紫音にとっては取り敢えずどうでも良かった…












 その後三人で大型のショッピングモールへと足を伸ばした。

そろそろ気温も暑くなることだし…セール中の売り場へと足を踏み入れた。

それなりのお目当てを見つけると三人は試着室の順番待ちへと並んだ。


「イリュは試着しないの?」

「サイズがない…全部窮屈だからな…」

「…ソウデスネ」

「じゃぁ何のために並んでるの?」

「紫音の着替えを手伝うために決まってるだろ!」

「えっ…遠慮しますけど」

「……しおん……そんなぁ……」


 そんなやり取りをしていたら試着室から出てきた人物とぶつかりそうになった。


「あっ…すいま……せ…ん」

「おっと…すまん…怪我はな……い……」


 伊織さんだった……伊織さん……だよね?

伊織さんもこちらに気がつくと身を固くした。


「おやおやおや〜?これはこれは…いおりんじゃないか」

「うあっ……イリュ…これはその……いおりんって呼ぶなっ!」


 イリュが新しいおもちゃを見つけた様に満面の笑みを浮かべ、対して伊織の顔色がすぐれない……それはそうだろう…

試着室から出てきた伊織の姿はあの戦場での凛々しい姿を知っている我々にとっては想像ができないほどの可愛らしいものであった

薄いピンクのカーディガンを羽織り、その下には淡い水色のワンピースを……フリルがたっぷりあしらわれたワンピースを着た姿だった。

 髪はいつものポニテではなく長く伸ばしたままのスタイルを上手くミニツインテで纏めていた。


「ふむふむ.いいね…いいよ.実に君に似合っているじゃないか!いおりん!!」

「くっ!殺せっ!」


 まさかこんなところで「くっころ」聞けるとは思わなかった。

その後もイリュに散々からかわれた伊織のライフゲージはガリガリと削られて残り少ないのであった。


「イリュ…友達の趣味をそんなふうにからかうのはよくないわ…悪い子にはアイアンクローのお仕置きね……いいんじゃない…伊織さんスタイル良いし…似合ってますよ」

「あう…あう…ありが…と…友達……うふふ」

「ははは…ごめんごめん…紫音もそんなに怒らないで…あれ?…ちょ…紫音?あがっーあががががっ!」


 イリュが頭を抑えて叫びを上げた。

いや、そんなに力込めていないよ?


「対、炎魔族式のアイアンクローですから、それなりの効果はありますよ』


 賢者ぱねぇな。









「…そうか。たいした怪我も無くて良かったな」


 その後フードコートに移動して、お互いの近況について話し合っていた。

伊織もたいした怪我はしておらず、魔力の消耗と疲労のため一晩検査入院をしただけだった。


「あの病院のベッドはふかふかで最高だったな……翌日には部隊の事情聴取に応じていた…ほぼ1日潰れてしまったけどな……」

「…あぁ……」


 思わず同情のの声が漏れた。

あの状況はなかなか理解してもらえるとは思えない…


「……そ、それで…アイツは今日は居ないのか?…」

「んん?ん〜?いおりんってその格好…もしかして…」

「いおりんっていうなっ!」

「……この人…何でこんなに可愛いのかしら……」

「わかるわ律子…」


 伊織さん…貴女もなのか……

まあ…カイルは料理洗濯も完璧だし…一家に一台欲しいかと言えば欲しい存在ではあるけど……まあ顔もそこそこだし?

恋愛感情は個人の自由だものね……みんな青春してるのね……


(……紫音様も…その……いえ何でも)


 ニトロが何かを言いかけて口を噤んだ…何よ言いなさいよ…


「この後は何か予定があるのか?時間があるなら遊びに来るか?」

「え?……俺を誘ってるのか?」

「そうね…一緒にアイリスと助ける為に力を貸してくれたのだもの…」

「そ…そうか?いや特に予定は無いから…むしろ今長期休暇中だから予定は何も無いから……良いのか?」

「友人を家に招くぐらい普通だろ?よっし!じゃあ行くか」

「………友人…家にお呼ばれ……」


 伊織は幼少より剣の授業に明け暮れ、家を出てからはマードックの部隊と共に世界中を転々としており、友人と呼べる存在は部隊の中にしかいなかった…それも友人と言うよりは、もはや家族に近い感情であった。

「友人」と言う言葉に過剰な反応を見せる伊織にどこか自分に通ずるものを感じた紫音は彼女とは良い関係が築ける様な気がした。








「……ず…随分と立派な建物だな……」


 伊織が寮を見上げて息を飲み込んだ。

その感覚はとてもよくわかります。

そんな様子を見て守る様に眺めるイリュは相当伊織の事が気に入っているのだと感じ取れた。


「まぁ自分の家だと思って遠慮なく入ってくれ……」

「!!!さぁ!知っている事を洗いざらい吐きなさい!!!」

「ちょっと!ルミっ!落ち着いて!ねっ!ねっ!」


 玄関を開けるとアイリシアが吊し上げられている所だった。

それを止めるのは涙目のイングリッド……イリュ達に気づいて振り返ったのはルミナスだった。


「どしたん?てか退院してたんだ…」

「退院は今日出来たのよ……それよりもルミを止めてっ!!」

「一体何が……って!!アリ姉白目向いてんじゃんかっ!おいっ!手を離せ!」


 そこにイリュが参戦して阿鼻叫喚の展開となった。


「……ルミナスさんがこうなる原因って……」

「…まぁ……アイツ以外に考えられないわな」


 それを呆然と眺める紫音達だったが、収集つかなくなりそうなので行動を開始した。


「…ニトロ…」

『……仕方ありませんね……』


 私の声にニトロが渋々と言った感じで応じてくれた。







『おい。ルミナス何の騒ぎだ』

「!!カイル様っ!」


 その声にすぐ様に反応したルミナスはアイリシアを投げ捨てると背後に立つカイル目掛けて飛び付いた。


「会いたかったのです!カイル様っ!あの約束をお忘れではなっびぎっ!!」


 そして盛大な音を立ててその場に崩れ落ちた。

それはニトロの姿を投影したリビングの柱だった。


「…今のうちに縛り上げとくか……」

「そうね…ついでに目隠しもしときましょう…何かあったらニトロに指示を出させるから」

「……何か…手慣れてるわね貴女達」


 流れる様な作業で拘束されるルミナスをイングリッドはただ見守ることしかできなかった。

無事にルミナスを吊し上げるとそのままリビングで一息ついた。

いそいそとお茶とお菓子の準備をしてくれるラプラスちゃんがかわええ……


「一体何を騒いでいたの?」

「私達は魔力枯渇で二日間入院していたの……ルミが…ずっとカイルを探してて……」

「?まだ入院してるんじゃ……」

「……ルミが病室に侵入して居ない事を確かめたの……そのまま医療関係者を脅し……交渉して翌日には退院した事を突き止めて……ここに殴り込んできたの…」


 最早立派なストーカーであった。


「え?翌日?でもまだ検査しているって……」


 聞けばカイルとアイリスは翌日には退院していたらしい……

本人曰く、『魔力枯渇だからほっといても回復する』との事だった。

アイリスも同様に魔力枯渇が原因で身体に大きな怪我は見られなかったからカイルと共に退院したというのだ。


「…カイルはともかく…アイリスは一言ぐらい声をかけてくれたら良かったのに……」

「若い男女が二人……愛の逃避行…」

「別に反対されている感じじゃないだろ……そろそろ今回の騒動の中心人物の二人だぞ?」

「でもどこに行ったの?……ニトロ何か知ってる?」

『はい、イングリッド様の言われた様に翌日には退院されておりますが…』

「は?なんで言わないのよ!」

『聞かれませんでしたので』

「なっ!」


 忠実な僕とか言っておきながら……こいつ…


「それで…二人はどこにいるか知ってる?」

『はい…今お二人は魔界に滞在されております』

「「「…はぁ?!」」」


 その場の全員が声を上げた。


    

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