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魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
180/241

混沌 6

 紫音の目の前からカイルの姿が掻き消えた。


「?!」


 次に聞こえてきたのは隣のイリューシャの手甲が何かを防ぐ音だった。


「ちいっ!早いっ!!」


 視線を向ければカイルの拳を受け止めていた場面だった。

イリューシャは瞬時に相手を蹴り飛ばし距離を置いた……しかしほぼダメージは入っていない。

その体には黒い半透明な鱗のようで水晶の様な物体が張り付いていた……『魔結晶』という代物らしい。


『暴走状態……まだあのときのままなのか……』

「あの時?」

『アーグ!ミカイル!「狩猟陣形(ハンティングシフト)」だ!』


 カイルの声に二人の反応は早かった。

イリュはともかくアイリスも私もこんなに素早く動けるのかと驚いたくらいだった。

体の主導権をそれぞれ三人に任せているが……ミカイルが言うには「コツ」があるらしい。


濃霧(デ・フォグ) 』

『身体強化 防御力上昇 敏捷性上昇』

『魔法効果上昇 並列思考 常時体力回復』


 淡い光が紫音達三人を包み体の奥から力が湧き上がるのを感じる…… 

三人がそれぞれの役割に沿ってバフをかける……それはさながらRPGのラスボス戦のようであった。


『実質ラスボスだからな』

    

 なぜかアーガイルがそんな事を言った。


 紫音の足元から霧が立ち込めると三人の姿を覆い隠した。

カイル:アルヴァレル……便宜上,覚醒カイルと呼ぶことにする。

覚醒カイルは先ほどまで目前にいたイリューシャを見失った。

これにより覚醒カイルが知覚による判断を行っている事を確認する。


魔法弓弾(マジックアロー)


 カイルとミカイルが放った魔法が霧の中から覚醒カイルを挟み込む。

しかしそれを瞬時に両腕を振ることで魔法を掻き消した。


「おりゃぁっ!」


その隙をついてイリューシャが正面から切り掛かる。

流れるようなその連帯は見事としか言いようが無かった……この攻撃は確実に決まった。

かに思われたが,甲高い音が響きイリューシャの剣が弾かれた。


「硬いっ?!」


 覚醒カイルの体を覆う魔結晶がいくつか剥がれ落ちた…それはやがて空気中に溶けるように消えていった。


『厄介な強度の魔装だな』


 その攻撃に反応して覚醒カイルがイリューシャに襲いかかる。


極点防御(ポイントガード)


 即時にアーガイルが反応して攻撃点に合わせたピンポイントでの防御障壁を作り出した。

覚醒カイルの攻撃が当たった瞬間だけその強固な障壁の一部が視認できた。


停滞(スロウ)


 覚醒カイルの周囲の重力が停滞した…その動きが目に見えて遅くなった。

アイリスの中のミカイルによる支援デバフだった。


『魔装を削らないと攻撃が通らないぜ』

「アイリスも攻撃に入るか?」

『!何言ってんのイリュ!アイリスたんの柔肌に傷がついちゃうじゃないの!!』

「私は別に……」


イリュの提案にミカイルが反対する……その理由はなんなの……


『ふむ……ミカイル,距離をとって「狙撃(スナイプ)」と支援の体制で…火力はこちらが受け持つ』


 イリュの提案をカバーする形でカイルが承認した……え……火力担当私?!


『2106番 余剰魔力を攻撃に回せ』

『…これ以上の魔力の分割は封印に影響が……』

『…一時的にだ…』

「…私も何か……」

『そこで見ていろ』


 慌ただしく皆んなが動き回る中,申し出を断られた私は一人取り残された気分だ……

そりゃ私は魔眼の扱いも戦闘経験もその他諸々の知識もないけど……

何もできない自分が……ひどく惨めに思えた。










 足元からイリュが斬り上げる攻撃で現れた。

覚醒カイルはそれを腕の魔装で防ぐと反撃の為に腕を振り上げて………その腕に横から飛んできた石に激しくぶつかり,腕の魔装が剥がれ落ちた。

 その隙にイリュは後方へと姿を消した。

アイリス(ミカイル)の狙撃を利用したイリューシャ(アーガイル)のよるヒットアンドウェイの作戦は功を奏した。

知覚でしかこちらを感知できない覚醒カイルは狩人と化したイリュを捉えることが出来ず,アイリスの狙撃に

その魔装を削りつつあった。


『これってあれでしょ?『ハメ技』って奴でしょ?……ドキドキする名前ね』

「……ミカイル…真面目にやって」

「違う違う…これは『コンボ』だろ?」

『馬鹿、これは『無限コンボ』だろうが』

『お前達油断しすぎだ』


 単調な作業の繰り返しが油断を生みつつあった。


『次の攻撃後にこちらから仕掛ける…手筈はいいな?』


 カイルの合図でイリュが飛び出した。

霧の中の死角からの攻撃に覚醒カイルはその身の魔装を大きく削られた。

すぐさま反撃の体制に入るがそこにアイリスの放った魔弾が直撃する。


『今だ!』


 カイルの掛け声と共に紫音の体が動き出す、その両手には高密度の魔力弾が渦巻いている。

霧の中を駆け抜け覚醒カイルの背後からその両手を突き出した。


魔力弾は覚醒カイルの魔装を弾き飛ばしその体に吸い込まれた…それは内部から衝撃を与え、その行動を抑え込む


筈だった。



魔力螺旋弾(マギア・サイクロン)


 完全に覚醒カイルを捉えた一撃はその標的を見失った。


『!!馬鹿な!』

「きゃあ!」


 気が付けば後方でアイリスが蹴り飛ばされていた。


「「アイリス!」」


 紫音とイリューシャの叫びが重なりイリューシャがすぐさま飛び出した。

背後からの一閃を覚醒カイルはしゃがみ込んで回避した。


「!!」


 剣を振り抜いた体勢のイリュを下から衝撃が襲った。

覚醒カイルがしゃがみ込んだ体勢から回し蹴りでイリュを蹴り上げた。


「ぐかっ!こいつ…!魔力感知を!」


 先程まで知覚でのみ感知していた筈がこの一瞬で魔力感知を身に付けていた。


八咫首龍牙(ヒュドラ)


 イリュの剣が高速で唸り八つの剣戟となり覚醒カイルに襲いかかった……が覚醒カイルはそれを同じ速度……それを上回る速度で全て回避した。


『こいつ!知覚感知も!』


 戦いの中で覚醒カイルは進化していた。







「う……いったあ……」

『アイリスたん大丈夫?!』


 覚醒カイルにより蹴り飛ばされたアイリスは壁際でゆっくりと起き上がった。

ミカイルのかけた防御障壁のお陰で大きなダメージはないが全身が軋む様な鈍痛を感じた。


「…アイリス……」

「?…マリー」


そこには地面に付したマトリーシェとヘブラスカが居た。

二人とも魔力を極限まで抜かれておりヘブラスカに至っては最早瀕死の重体であった。


「アイリス…私も連れて行って…」

「マリーその状態では…」

「どのみち今の私では戦う事など出来ないわ……いずれこの身体も維持出来なくなるでしょう……その前にあれを止めないと……私の『魔眼』は使える筈よ」

『そうね…一時的に彼女をチャットルームに迎え入れる形で……それも可能ね』

「……わかった……」


 アイリスはミカイルの指示に従い、横たわるマトリーシェの胸に手を当てると彼女の存在の受け入れを許可した。

次の瞬間マトリーシェは光の粒子となって消えていった。

しばらくするとアイリスのチャットルームの中にマトリーシェの存在を感知した。


『……成功ね…私の魔眼を一時的に譲渡したわ』

「ありがとうマリー」

『ふふ…礼を言うにはまだ早いわよ』

『そうよ!アイリスたん!マリーたん!行きましょう!』


 再び魔力を全身に纏うとアイリスは再び戦闘へと復帰する為にその場を飛び立った。


「く…はは……とんだバケモノを飼っておったか……」


 ヘブラスカは遠くでイリュと激しく戦う覚醒カイルを見ていた……あの時……

マトリーシェとしてカイルの中に侵食した時、彼の奥底に潜む異形を思い出した。


「…手を出してはいけない……禁忌の類だったか…」


 今ならばその存在が、自分の行なっていた事がどれほど異常であったかが理解できた。

ヘブラスカがワルプルギスに取り込まれた瞬間から使徒との繋がりは絶たれており自分が利用されただけの存在だと

痛いほど理解できた。


「……自分の不始末には…自分でケリをつけるさ……」


 力の入らないその身体をゆっくりと起こすとヘブラスカは少しづつ魔力を練り始めた。





「アイリス!無事だったのね!」

「紫音…ありがとう…」


 戦線に復帰すると、覚醒カイルとイリューシャの激しい削り合いが続いていた。


『ちっ!このままだと分が悪いな…』

「カイル…提案なのだけれど。」


 私は、自分の中にマトリーシェが宿っていることを告げた


『なるほど…それは心強いな』

『私も当事者として見て見ぬふりはしたくないわ……それに…カミュはあそこに居るのでしょう?』

『……まあな……だがいいのか?このままでは…いや……ありがとう……力を貸してもらおう』


 短い二人のやり取りに重要な意味が含まれている事に気づく事は無かった。






「くそっ!硬すぎるだろう!」

『まぁベースとなっている魔力が俺様の物だからな…!』

『なぁイリュ…コイツのドヤ顔がイラっとするんだが…』

「アグシャナ…アーガイルはそんな感じだから慣れて…あと普通に強いから…』

『強い?…これが?かわいいならまだわかる。』

『うるせぇ!…やめろっ!羽を引っ張るな!』


 イリューシャが必死の思いで、戦っている最中にアーガイルとアグシャナはチャットルームでイチャついている様だ……


「ぐぬぬぬ!…早く終わらせて私も参加したい!!」

『?!イリュ!支援が来るぞ合わせろ!』

「!わかった!」


 突然脳内にカイルからの指示が共有される……

アイリスとマトリーシェ……これなら……






『魔眼発動!『森の魔女(マトリーシェ)』』

「魔眼発動!『深淵の森(ディープフォレスト)』」


 アイリスとマトリーシェが同時に魔眼を発動した。

その右目は淡い翠色に…

その左目は深い緑色に…


愚者の密林(ジャングルクルーズ)!』


 覚醒カイルの周囲に突如として地面から木々が現れ、瞬時に密林と化した…カイルの濃霧の効果も残っており覚醒カイルはイリューシャを完全に見失った。


 覚醒カイルは周囲を見回し魔力の流れを感知した、背後から迫る気配に腕を振り上げて殴りかかり……全身を激しい衝撃が襲った。

それはイリューシャではなく巨大な土の拳であった。


母なる大地(マザーアース)


 アイリスの魔眼により生み出された大地の精霊の攻撃であった。

飛ばされる覚醒カイルを追う様に次々と地面から腕が生えては追撃を叩き込む。


「……えぐいな」

『同感だぜ』


 気配を消して並走するイリューシャが思わず漏らした言葉にアーガイルが同意した。


覚醒カイルは地面に着地するとその拳に魔力を纏ってアイリスの魔法に真っ向から打ち合った。

結果、大地の拳は粉々に粉砕された。


蹂躙する大地(グランドクロウラー)


 その瞬間を狙ってマトリーシャの魔法が高速回転を繰り返しながら地面を抉りながら木の根が殺到した。

その高速回転は覚醒カイルの魔力障壁を打ち破り地面に縫い付けた。

獲物に群がる獣のように次々と木の根がその中心へと殺到した。


小鳥の讃美歌(ハミングバード)


 アイリスの呪文により全員の周囲に淡い光の風が巻き起こった。

全体回復の魔法だ。

それは決着がついていない事を物語っていた…次の瞬間、木々の根を粉砕しながら覚醒カイルが飛び出した。

その狙いはアイリスであった。


「させるかよ!」


 イリューシャが横から殴りつけその軌道を変えた。


連続小型爆裂球(ブレア・カノン)


 覚醒カイルの眼前に小さな火球の渦が巻き起こり、爆ぜた…それは連続して覚醒カイルを襲った。

息をする様に高度な魔法を使用するカイルに感心すると同時に戦慄すら覚えた。

紫音自身の体を通して行使されるこの魔法技術の高さがどれ程のものなのか誰よりも理解できた。

この戦闘を流れる様に管理しているその指揮能力も恐ろしいが三人の呼吸をする様な連携も彼等の付き合いの長さを物語っていた。



巨人殺し(タイタンキラー)!」


 爆撃の合間にイリュの剣技が叩き込まれた……魔力によりその質量を増幅させた刀剣をさらに重力魔法で落下の速度を加速させる……故に巨人殺し、それをガードする為に交差された覚醒カイルの右腕の魔結晶が粉々に破壊された。


『よし!侵入口が出来たな……動きを止められるか?』

『イリュ!そのまま抑え付けとけ!『超重力渦(ラ・グラビガ』)


 地面に押さえつけられた覚醒カイルにさらに重力渦の圧力がかかりその体を地面に沈めた。


母の抱擁(ネアトスリーパー)


 地面からもふもふのしっぽが生え揃い、覚醒カイルをその場に拘束した。


『……羨ま……いや…なんて恐ろしい技だ……』


 アーガイルの呟きに同意した……全身をもふもふで拘束されるなんて…天国じゃないか!


「いまだ!」


 カイルの声にアーガイルとミカイルが魔眼を突き出しその呪文を唱えた。


『黒の呪縛』

『白の誓約』


 アーガイルとミカイルの繰り出した白と黒の魔力が覚醒カイルを絡め取り、押さえ込んだ。

覚醒カイルは十字架に磔けられた聖者のようにその場に拘束された。


『今だ!』


 アーガイルの声に従い紫音はその魔装が剥がれた部分に手を添えた。








 カイルが椅子から立ち上がりこちらを振り返った。

 

『俺が向こうに移ったらすぐに離れろ』

「大丈夫なの?」

『…多分な……』

「そこは嘘でも『大丈夫』て言うとこでしょう?」

『すまんな…俺は正直なんだ」


 そう言って微笑んだカイルがチャットルームのドアを開けて外に出て消えていった。






「っ!!」


 紫音の体から何かがごっそりと抜け落ちるような感覚があった……彼女の中のカイルの存在が消えた。

言いつけを守りある程度距離を取る為にその場から離れた。


『ここまで離れれば大丈夫でしょう』

「賢者?なんであんた?まだいるの?一緒に行ったんじゃ……」

『?これは可笑しな事を……着いて来いとも言われてませんし…私の役目は貴女をお守りする事なので』


 チャットルームの中に派遣賢者の姿がまだあった……まあ…いいか…それなりに便利だし……

そんなやりとりをしていると覚醒カイルの体から荒れ狂う魔力が消え去った……


「成功した?」


 次の瞬間、彼の体から今までと比べ物にならないほどの魔力が立ち上った。



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