混沌 4
(追筆した先頭描写が反映されていませんでしたので追加修正)
『む』
ティルシアの魔力が途絶えた事に気がついたのはルシプルギスだった。
ルシリアの魔力から生み出され、使徒に操られていた自分を解放したのはルシリアの姉…ティルシアの残留思念体であるテルピーだった。
使徒との接続を切断してテルピーより与えられた魔力で活動していたが………
今はルシリアの「鎧」として行動しているが残された時間は少ない……自分にも最期の時が来たのだな……
向こうでは娘達が何やら行動を起こそうとしている様子だし……最後ぐらいは母親らしい所を見せるとするか。
『ルシリア…ルミナス達が何かを仕掛けるタイミングを伺っているみたいよ』
「え?あの子達…」
『おそらく足止めが必要ね……その役目、貴女に任せても良いかしら?』
「!…そうね…子を導くのは親の役目だものね…任せて」
その役目が命懸けである……それも承知の上で了承するのね……やっぱり貴女は………
「いつまでも逃げられると………」
「思わないわ…貴女を倒すのに逃げる必要は無いもの」
「!!」
距離を取る体勢から攻勢へと転じた。
ワルプルギスはまさかここで反撃に出るとは思わなかった様で一瞬の戸惑いを見せたがすぐに冷静に対処を始め、コチラの斬撃を自身の魔力で具現化させた漆黒の盾で防いだ。
「今のは危なかったぞ…では次はコチラの番だな!」
「!!」
ワルプルギスは盾を槍に変化させると素早い斬撃で襲いかかってきた。
「くっ早い!!」
『いけない!距離をとって!』
「遅い!」
攻撃を受けた瞬間、強烈な蹴りが襲いかかった。
そのまま吹き飛ばされ手前の校舎に激突した。
「…っく…!」
瓦礫から起き上がり周囲を見回せばそこは教室であった。
背後に気配を感じて咄嗟に構えると……
「ひっ!」
「!!」
そこには尻餅をついた女生徒がいた……
見れば奥の方にも数人の生徒が見える…ここに隠れて居たのだろう。
「…だ…大丈夫ですか……?」
「ええ……貴女達早く此処から……!!」
気付けばワルプルギスの追撃の魔法の準備を行なっていた……その顔には被虐的な笑みを浮かべている……
この生徒達の存在を知りながら私を此処に押し込んだのだ……
あの魔法は『大火球』だろう……私一人なら問題なく躱せる……
だがこの生徒達は………
「!!……なんて卑劣な……!」
『ルシリア!早く回避を!……ルシリア?』
「御免なさい……この子達を……アイリスの友人かも知れないこの子達を見殺しにするなんて出来ないわ!」
ルシプルギスは前に出ると防御結界の詠唱を始めた。
「あははは!思った通りだ!ルシリア!お前の甘さならばその子達を見捨てる事は無いと思ったぞ!」
「貴様!早く逃げなさい!……早く!!」
「さあて……間に合うかなあ〜」
ルシリアの声に生徒達が我先にと出口に向かって殺到する…
そこにワルプルギスより燃え盛る火球の魔法が繰り出された。
「『守護障壁』!」
ルシプルギスの前に巨大な光の盾が現れその火球を防ぎ切った。
「やるわね〜でも残念〜」
「!!」
衝突した火球はその場で爆ぜ、彼女を迂回して背後の生徒達へと殺到した。
「いやああああ!」
「熱い!あつ……!!」
「ぎゃあ!」
激しい爆音と共に周囲は火の海となり、阿鼻叫喚の悲鳴がそこら中で響き渡った。
「ああ!なんて事を!」
ルシプルギスは背後に倒れる女生徒に手を伸ばした。
炎に包まれた彼女は必死に手を伸ばす……
「お……かあ……さ……ん………」
その手は力なく崩れ去った。
「ああ……ああああああ!!!!貴様!!」
「ぐああああ!」
「どうなってるんだよ!?」
再び苦しみ始めたアーガイルを前に伊織が困惑の声を上げる。
その様子を横目で確認したルミナスは再び呪文の詠唱に戻る……
「心配だが…私達ではどうする事も出来ん……今は自分の作業に集中しろ」
そうだ、今の私達には彼をどうする事も出来ないのだ……ならば自分に出来る事をする迄だ。
母、ルシリアが必ずその時を作ってくれると信じて。
「貴様!!!」
「おっと!ここまで怒らせるとは思わなかったな!」
飛び出したルシプルギスは激しく剣を振るいワルプルギスを圧倒していた……様に見えるが実際は遊ばれている……
ここに来て冷静さに欠いたルシリアとの力の差が顕著に現れていた。
「どうした!もうお終いか!」
(やはり私では……でもこの身がどうなろうともお前だけは!!)
ワルプルギスの魔力の斬撃がルシプルギスを捕らえた。
それらを弾き返す彼女の一瞬の隙にワルプルギスが肉薄した……
ルシリアは差し違える覚悟でその攻撃を正面から受けた……
筈だった。
「!!」
瞬間、ルシリアは空中に放り出されていた……ルシプルギスの憑依状態が解除されたのだ。
ワルプルギスの凶悪な一撃は空を切り上げ致命的な隙が出来た。
ルシプルギスは離脱の反動を利用してワルプルギスの背後に取り付き強制的に憑依を始めた。
「ルシプルギス!」
『ルシリア…ありがとう…あの子の事お願いね』
「!?…ティルシア姉様!!」
放り出される瞬間、後ろを振り返ったその横顔は今は亡き姉、ティルシアであった。
その意図を理解したルシリアはすぐさまルミナスに念話を送った。
『ルミナス!やりなさい!』
「!?母様!」
『今よ!』
突然の母の声にもルミナスは瞬時に対応した。
空中で動きを止めたワルプルギスを確認すると自身の持てる魔力全てで呪文を構築した。
「超重力磁場!!」
ワルプルギスを囲むように黒い球体が発生しその中に閉じ込められた彼女に超重力の圧力が掛けられた。
『ぐぐぐ…これしき……』
「……再詠唱!」
『!!!』
直前の呪文を再度重ね掛けする彼女の呪文は更に超重力の力場を生み出し、
確実にワルプルギスの動きを封じ込めた……ワルプルギスが抵抗を試みるが憑依したルシプルギスが魔力により妨害する……やがてルミナスの魔法にその膝を屈するのだった。
と、同時にルミナス自身にもその負荷は無視できる物ではなかった。
「かはっ!」
「!!ルミナスさん!」
その場で吐血し膝から崩れ落ちる彼女を紫音が慌てて支えた。
「やれ……!イリュ!!」
ルミナスの声に反応する様にワルプルギスの真上から強力な剣撃が叩き込まれた。
「炎帝流奥義・閃焔剣ー昇龍」
『ぎゃああああああああああ!!』
炎を纏った一撃はワルプルギスの魔法障壁を全て破壊しその本体にも確実にダメージを与えた。
『ぐ……ははっ……はははは!!耐え切ったぞ!これで私の……!!』
全ての攻撃を耐え切りワルプルギスは勝利を確信した。
そしてその眼前に構える伊織の姿を見て愕然とした。
『貴様っ!!』
ワルプルギスの中の魂が彼女に受けた攻撃の記憶に震えた。
伊織はすでに無我の境地に到達していた。
出来ないと思っていたが目を閉じればあっという間に再びあの白い空間に到達した。
何も無い空間に水面を穿つ透き通った水音が響いた。
次の瞬間、周囲の魔素が集まるように目前に暗い闇を纏った女が現れた。
(これは………斬れる)
本能的に瞬時に理解した。
伊織は足をすっと滑らせる様に前に出た。
腰の刀に手を掛けると一気に引き抜いた。
「奥義・明鏡止水」
引き抜かれた切先が闇を切り裂くのが見えた。
その闇の中に小さな光を見つけた
(これは………斬れない…)
再び本能で理解した。
これは斬ってはいけない……いや
私には斬る事は不可能だ。
『ギィぃぃぃぃぃぃぃ!!!』
ワルプルギスの胸が横に一文字に切り裂かれ、中から光が溢れ出した。
その光の中からアイリスが現れた…その両手にはマトリーシェと血に塗れたヘブラスカも一緒だった。
「アイリス!」
紫音は駆け出し彼女を正面から抱きしめた
「よく無事で!!」
「紫音…!!」
「アイリス!」
イリューシャも駆け寄りアイリスを抱きしめた
「全く心配かけやがって!」
「ごめん…イリュ」
一見すると雑に見えるイリューシャの態度だが、こう言った一面を見て伊織は心の奥が温かくなるのを感じた。
その横に倒れるマトリーシェは気を失っている様だ……ヘブラスカの方は最早虫の息と言った所だった。
「ところで……あいつは一緒じゃないのかよ?」
「!そうだカイルは?」
「今は私の中に……早く彼の体に戻さないと…」
「きっ…貴様たち!動くな!」
その声に全員が振り返ると地面に倒れたはずのワルプルギスがいまだに苦しむアーガイルを羽交締めにして盾としていた。
阻止しようとしたのだろうか その横にはルミナスが地面に倒れていた。
「ははははっ!油断したな!……私としてはコイツさえ始末出来れば……!」
「やめろ……ダメだ…」
「何をしたか知らないが…墓穴を掘ったな!」
ワルプルギスの前でアーガイルは力なく呟く……どうして此処まで弱っているのだろうか……?
そんな様子を伺っているとさらにアーガイルが苦しみ始めた。
「やめろ!ワルプルギス!」
「…貴様…何だ?この状況は!!」
悲痛な叫びを上げるイリューシャの言葉など聞こえていないかの様にワルプルギスはアーガイルの様子に困惑する……自分はまだ何もしていないのだ…なのにコイツの体から恐ろしい程の魔力の上昇を感じる。
これ以上何かをされる前に全てを終わらせてしまおう………
ワルプルギスはその手にした闇の魔力の短剣を振り上げた。
『!!いけません!封印が解けかかっています!早くカイルを体の中に戻さないと!!』
「ははははははは!もう遅い!!!!!」
突然、紫音の中の賢者の声が周囲に響いた…その声にはさっきまでの余裕は感じられない。
その声には恐怖の感情が含まれていた。
イリューシャが、伊織が、駆け出そうとするがワルプルギスの手に握られた闇の短剣が振り下ろされた。
「間に合わなー」
紫音の叫びと同時にアーガイルの体から無数の鎖が飛び出した。
それはワルプルギスの手の短剣を弾き飛ばし、アーガイルの体を覆い尽くした。
「グアアああああ!!」
アーガイルを掴んでいたワルプルギスの腕も鎖に飲み込まれ彼女の悲鳴とともにそれが粉砕された。
アーガイルより魔力の波動がほとばしりワルプルギスは後方へと弾き飛ばされた。
ワルプルギスはすぐさま距離を取り、闇の魔力でその腕を再生させた。
「な…何が起こっているの?」
鎖は生きているかのように胎動し心臓のように鼓動を刻んだ……やがてその鼓動が速くなる。
『……だめだ……』
ミカエルの呟きと共に、鎖が弾け飛んだ。




