表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
176/241

混沌 2



「オルタ!いい加減にしなさい!」

「アイリスこそ!なんでわからないのっ!!」


 カイルの目の前ではアイリスとオルタが取っ組み合いの喧嘩をしている…

信じられないかも知れないが先程ルシプルギスと共に外の世界へと旅立ったアイリスが何故か再び子供になってオルタと戻って来たのだ。


何故こんなことになったのかと言うと……










時間は少し遡る。


ルシプルギスを纏ってワルプルギスの中よりアイリスは旅立った……筈だった。


「待って」


 アイリスの声に反応したルシプルギスは動きを止めた。

内部のアイリスが周囲を見回して何かを探し始めた。


『どうしたの?アイリス…』

「…オルタがいる…」

『えっ?』

「こっち」


 アイリスは迷うことなくどんどん奥へと入っていく。

だんだん周囲は暗くなり明らかに出口とは反対の方向に向かっていた。


『アイリスこの先は危険だ……』

「いたっ!」


 見れば、その先には物陰に小さくうずくまる少女がいた……

黒髪のアイリス……オルタだ


「オルタ」


その声に彼女はびくりと体を震わせる…やがて恐る恐る顔を上げた。


「アイリス」

「オルタ一緒に行こう…もう大丈夫だよ…」

「なんで?なんで?私はアイリスを守りたかっただけだもん!私悪い事してないもん!」


彼女は顔を伏せて悲痛な叫びを上げた。


「わかってる…私は怒ったりしないよ…こんな所にいちゃダメ!一緒に外に行こう」

「嘘だ!絶対怒ってる……だって私のせいで…」


オルタは立ち上がるとさらに奥の闇の深い方へと駆け出した。


「待って!」


 それを追ってアイリスがルシプルギスの中から飛び出した。

その姿も小さな少女になっている。


「ちょっとアイリス」

「貴女は外へ……私はあの子を説得するわ」

「大丈夫なの?」

「大丈夫よ…だって私だもの」


 そう言い残してオルタの後を追いかけるアイリスをルシプルギスは見送った。


子供の成長は早いものだ……

ルシプルギスは小さく微笑むと再び外に向かって駆け出した。















 成長したアイリスの姿を目の当たりにしたルシプルギスは胸に宿る暖かな気持ちを感じていた……

そして目の前の使徒へと向き直った。


「……そんな子供の純粋な心に付け入る……私はお前のやり方が気に食わないわ」

「ふふ…魔界は弱肉強食…力無き物は生きてはいけぬ…私は…最適な手駒を使用して効率よく結果を出しただけだ…」


 ワルプルギスのスカートが影の様に長く伸び,ルシプルギルを射殺さんと鋭い槍の様な形状となって地面に突き立てられた……その全てをルシプルギスは回避しつつ反撃に転じた。


「それが魔族の本質だものね……その考えは間違いではないわ…でもお前のやっていること事は幼子を騙す卑怯者……魔族としては許し難い行為だ!我が子を弄んだ貴様を許せぬ親の怒りそれが今の私の存在理由だ!貴様を八つ裂きにするまでは止まる事は無い!」


 ルシプルギスのスカートも同様に白い刃となってワルプルギスへと殺到した。

しかし核として三人の魔女を取り込んでいるワルプルギスと違ってその力が大きく劣っていた。

核となる筈だったアイリスも不在のためルシプルギスの状況は不利であった。


(やはり核の無い状態では……魔力的にも戦力的にも負けている…)

 

そして視線をその横に向けた。


「ルシリア!」

「えっ私?」

「あの子を守る為に力を貸して頂戴!」


 その言葉の意味を瞬時に理解したルシリアはその場を飛び出した。

互いに手を合わせる形となったルシリアとルシプルギスはその互いの存在を感じ取った。


「魂魄憑依」


 ルシプルギスの姿が一瞬にブレたかと思うとその姿はルシリアと重なった。

本人の魔力から生まれただけあって相性は抜群だったが,それでも少しだけ力が及ばないがその内包した気迫はその比では無かった。


「今更そんな程度で私を止められるとでも?」

「母親を舐めるんじゃ無い!」


 








「待ちなさいっ!オルタ!」

「嫌だ!アイリス怒ってるもん!」

「待てと言ってるのに待たないからでしょっ!」


 2人の追いかけっこは最深部まで続いた……そしてアイリスの手がオルタの肩に触れた。


「やっ!離して!」

「このっ!良い加減に!!」


やがて二人は互いに掴み合い体を入れ替えながらの攻防戦が始まった。


「「あっ」」


 二人仲良く足を取られそのまま傾斜を転がっていく…そのまま二人で抱き合う形で草原へと投げ出された。


「ううっ目が回る…」


ふらふらと立ち上がるオルタにアイリスは目を回しながら飛びついた。


「捕まえたっ!逃がさないわよっ!」

「しつこいっ!離してアイリス!ちょっ!変なところ触らないでっ!」

「何よ!こんなつるぺたこれ以上無くなったりしないわよっ」

「あんただってつるぺた…いや抉れてるじゃないのっ!」

「はぁ?同じに決まってるでしょ!良いのよ!私はこれから成長するもの!それは確定した未来だもの!」

「残念ね!貴女は養分が頭に行くから胸は成長しないのよ?」


 話の争点がややずれはじめた時,二人はそこに呆然と此方を見守るカイルの存在に気づいた…途端に恥ずかしさが込み上げその場に立ち尽くした……

 

「少し休憩にしようか…」


 カイルの提案で私達は彼が用意してくれた椅子に座ると用意されたお菓子に齧り付いた。

今までの経緯説明を聞きながらカイルはアイリスの前に紅茶の入ったカップを差し出した。


「あ、ありがとう…」

「どういたしまして…」


そんな彼の所作に見惚れていたアイリスが耳まで赤くして礼を述べた…

オルタはそんな二人のやり取りを不思議そうに見ていた。


「オルタ…君は甘いミルクのほうがいいかな?」


その言葉にこくりと頷いた。

そして彼女の前にミルクの入ったカップを差し出すとそしてこう言った。


「ここで気が済むまで話をすればいいよ」













「外は怖い事がたくさんあるわ……だから使徒が守ってくれるって言ったの」

「それは…騙されているのよ?……使徒は守ってはくれない」

「でも…小さな私には出来る事は何も無くて…」

「そうね…その選択は仕方が無かったかもしれないわね…でも他にも方法はあった筈よ?」

「そんな事言われても…」

「確かにそれで力を得たのかも知れないけど…実際に行動していたのは貴女の意思でしょ?」

「だって…アイリスを守るには…戦わなくちゃ守れないんだもん!」

「戦うだけが守る方法では無いはずよ?」



 今度は互いの胸の内を語り始めた。

カイルは何も言わずにただ側で二人の話を聞いていてくれた……

第三者がいるだけで私とオルタは争う事無く話をする事が出来た。

しかし互いの主張は平行線のままだった。


「オルタ…君の願いは…アイリス…つまり自分自身を守る事…で良いんだよね?」


沈黙を破る様にカイルがオルタに問いかけた。


「…私と言うか…アイリスを守りたかったの…」

「ではアイリス…君は何を望む?」

「えっ?私?…私は…オルタも…家族のみんなも守りたい」


 カイルはなるほど…と言いながらカップを口に運んだ…


「やっぱり…こんな望みを願う事は私には無理だったのかな…」

「そんな事は無いよ…希望、願い…それは個人の胸に秘めた理想だ…どんな事を願うのも自由だ……」


 その言葉に二人は安堵の表情を浮かべた。


「でもね…その望みは君一人の力で叶えることができるものなのかい?」

「!!」


その言葉の意味を理解したのかアイリスはハッと顔をあげた。

オルタは理解出来ていないのか首を傾げている。


「自分の力でやらなくちゃ…何も守れないよ?邪魔する奴は全部やっつける!そうやってアイリスを守ってきたんだ!」

「それは違うよ…そのやり方では守りたいのはアイリスじゃ無く、オルタ…君自身だ…」

「えっ?…そんな…私は…」

「仕方が無かったんだ…君は幼く力も無かった…自分を守る為の大義名分が必要だったんだ…」

「必要…?」

「そうだよ…『自分を守る為』と言う理由が必要だったんだ…本当は悪い事をしているのかも?と、感じた事があるだろ?」


 その言葉にオルタは目を見開いて彼を見つめた。


「アイリス…君は家族も守りたい……そう言っていたね」

「ええ…」

「それは自分の力で出来そうかい?」

「いいえ、私の力ではきっと無理だわ…誰かの助けが必要になるわ」

「助け…?」


 そのオルタはアイリス見た…いつの間にか彼女は年相応の成長した姿になっていた。


「そう…いくら強くても…知識があっても……私たちは一人では生きていけないの……生まれた時はみんな赤子……そんな私達を世話をしてくれたのは誰?食事を与えてくれたのは誰?私達に愛情を注いでくれたのは誰?」


 その時の記憶は既に失われているが一人の「アリス」として送った人生の経験が彼女の根底にしっかりと刻まれていた。

 特に赤子の時代は、周囲の助けがないと成長する事など出来ないのだ。

成長してからもいかなる場面でも誰かの行為が助けとなって私を支えていた…家族であり…邸に勤める家令たちであり…友人であり…出会う人たち全てから何かしらの影響受け、それが助けとなる場面もあった。


「オルタ…私たちは一人では幸せにはなれないのよ」

「幸せ……」

「あなたは望み通りカイルを手に入れた……魔女の力も手に入れた……その後はどうするの?」

「えっ?」


 そう言われてみればどうしたいのだろう?カイルがいればアイリスは幸せになれると思っていた……でも……

どうやって幸せになるのだろう?

幸せとはなんだろう? 


 カイルはオルタの正体がアイリスの幼少期の感情だと確信した。

他者からの愛情を実感する前に使徒と遭遇してしまったのだ。


『私の可愛い娘…いつまでも一緒よ…』

「あっ……」


不意にアイリスからオルタに温かな魔力が流れ込んできた…

それは今まで、自分がアイリスとして過ごして来た記憶……

自分を優しい眼差しで見つめる母親…ぎこちなく抱き上げる父親…笑顔を向ける姉妹……これは…アイリスの視点での記憶だった。

二人の心が一つに…融合を始めている証拠だった。


「貴女も見ているはずよ…見て見ぬふりをして来てしまっていたのよ」


私に紅茶を差し出す執事…私の髪を整える侍女達……


「貴女が不要だと切り捨てて来た者達にどれだけ助けられていたかわかるかしら?」


私を褒めてくれた家庭教師…私を叱ってくれた庭師のおじさん…笑顔でりんごを差し出す屋台のおばさん…私に手を振る下町の子供達……


「私に…こんなに…こんなに沢山の人が…」


 私にワインを勧めてくるアイリシア…私に詰め寄るイリューシャ…私の勧めた本の感想を捲し立てる律子…庭のベンチで笑いかける紫音……


私に手を伸ばすカイルの笑顔……私は……


気がつくと私は涙をこぼしていた。

それをアイリスが優しく拭った。


「姉様や母様…みんな私のために戦ってくれている」

「あの人は……お母さんじゃ無い……お母さんは死んだんだもの」

「オルタあの人は…私達の母様よ」


 アイリスが目で合図するとカイルが外界の映像を空間に映し出した。

そこにはルシリアがルシプルギスを憑依させてワルプルギスと戦っている姿が映し出された。


「たとえ血は繋がっていなくても…母様は自分の子供の為にあんなに必死に戦ってくれている」

「そんな筈ない!」

「では母様や姉様の魔力が…どうして人の形をとって私たちを守ってくれたの?」

「それは…」

「私たちは願ったはずよ……『誰か助けて』『誰か守って』……とその声に応えてくれたのは姉様や母様なのよ」


 考えてみれば、使徒に支配されながらもルミナリスやモネリス…ワルプルギスは私を害そうとはしなかった

むしろ守る素振りさえ見せていた…


「オルタ見て!私はちゃんと成長出来た!…あなたが守ってくれたから今の私がいるのよ?家族や周囲の人たちが助けてくれたからここまでやって来れたの!だから大丈夫!この先も怖い事なんて無い!何かあってもみんなと一緒に進んで行ける!」

「!!」


 オルタはアイリスに今まで見た事の無い輝きを見た。

それは長く閉じ込められた彼女の世界を照らす光だった。


「母様は長く持たない……オルタ!私と一緒に行こう!」


 アイリスの差し出した手を私は握り返した……

気がつけば二人とも同じ年齢の少女へと成長していた。

二人は立ち上がると水晶に包まれた体に向かい歩き出した。


「アイリス行こう!……!」


 二人がアイリスの体に近づいた瞬間,水晶が弾け飛び禍々しい波動が二人の体を包んだ。


「何これ!?」

「ヘブラスカの魂割?!」


 咄嗟にカイルが二人に向かって手を伸ばすが二人は身体の中に吸い込まれるように取り込まれてしまった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ