heartfull child 2
イリスから受け継いだ知識の中に二人の姉妹の魔力から生まれた存在がいる事は知っていた。
体の主導権がオルタから私に変わった事でその存在をうまく固定できなかったのか……気配は感じる事はあっても、その姿を知覚する事が出来なかった………
今日までは
「やっとつながった!」
「えっ?!なにっ?!」
チャットルームの中に魔力が吹き荒れ、彼女が現れた……紫の髪の毛をしたアネモネ姉様に似た女の子だった。
「魔力の質が変わってて……体を構成する為の魔素も足りなくて困ったよ〜」
「……貴女が『モネリス』ね?」
「そうだよ!……ん……?少し変わった?」
モネリスは興味深く私の周りをぐるぐると回りながら観察した……が「ま,いいか」……とその場に座り込んだ。
悪意は感じない……感じないが……姉様の化身と言っても過言でない彼女は「純粋」なのだ。
基本素直なので私の手伝いをしてくれるので助かっては居る。
基本的に私も休眠を必要とする……その間の警戒や対応を任せられる程には信用がおける存在だと認識はしていた。
私の寝ている隙に体を奪って出歩いたり普段とは違う行動をする事があるのでその都度ヒヤヒヤさせられた。
恐らく……お母様辺りは違和感を感じて居るかも知れない……
この時期はカイルがいない時期だったので魔素の安定が難しい時期でもあったから……
でもその彼と再会する事で魔素を供給してもらえたらモネリスも安定する………
筈だった
「アイリス!任せて!あいつを私達のモノにすれば良いんだよねっ!」
「ちょっ!!モネリス!」
そう言って彼女ーモネリスは私の体の主導権を奪った。
何処にそんな力を持っていたのか……一瞬にして体の主導権を奪われたのだ……
(オルタ…?それとも…魔女の介入?)
私の内の危険因子の介入を疑ったがその証拠は皆無だ………
結果としてモネリスはカイルとコアでのドッキング寸前までうらやまけしからん事を行い,アーガイルによってくすぐりの刑に処せられた………体を共有している私にとっても地獄のような体験であった。
再度彼女を鑑定した結果,彼女のコアにはアネモネ姉様と私の因子の他にオルタの因子も組み込まれていた。
それ故に例の暴走事件以来,オルタの干渉を受けやすくなっており、今は私のチャットルームで待機させる形で管理をしている。
アネモネ姉様から産まれただけあって姉様には懐いていたので二人で会うその時だけは体を入れ替える事を許した。
懸念材料と言えばもう一人の存在……ルミナリスもいまだにその存在は感じられてもその姿は見せる事が無い。
モネリス曰くー『封印空間』の魔女を抑えている。
との事だが……間違いなくオルタの因子が存在するであろう……
唯一の救いはオルタに準じて二人が私に対して敵対していない事だろうか…………
その後もカイル達との交流は続き,彼が住む人間界の学園都市『ユグドラシル』の存在を知る事となる。
目の前のテルピーが「ピコーン」と音を立てて点灯した。
「これだ!」
私はその学園への入学,彼と同じ下宿先への転入を両親に懇願した。
すぐに学園の入学試験が決まった……流石はトップレベルの学力を誇るだけあり試験もとても難しいと聞く。
今度こそ、友達を沢山作りたい……そしてカイルとイリューシャと同じ屋根での生活が楽しみだった。
『試験など…まどろっこしい……いつものように親のコネを使えばよかったのだ』
「それは……駄目……ちゃんと自分の力でやらないと……え?オルタ毎回不正入試?!だめよそんなの!」
『相変わらずの甘ちゃんだな……結果さえよければ良いのだ』
「うーん、結果だけが全てじゃないと思うんだけどなぁ」
そんな事を言っていたオルタが結界を破る為に暴れたので数日に及ぶ攻防を繰り広げた結果……魔力が枯渇した。
入学試験には間に合わず、数ヶ月ベッドの上での生活となった。
『いや…私はアイリスの為を思って…』
「だったら大人しくしてて欲しかった………学園…楽しみだったのに……」
落ち込む私を慰めるようにテルピーが飛び回った。
「はぁ…まぁ仕方ないか………オルタ…コネの使い方を教えてあげるわ」
私はカイルに連絡を取り体調を崩して試験が受けられなかった事を伝えた。
しばらくして再試験のお知らせが来た……もちろん二つ返事で受けて当然合格だ。
しかも追加の学力テストを受けて彼と同じ二年生からの編入となった。
もちろん、その他の根回しも完璧だ。
私の体の病気の事は主治医に報告がしてありそこから学園に報告が上がっているだろう……治療と言う意味も含めてカイルと偶然同じクラスになるだろう。
『お…お前…いつの間にこんな手筈を……』
「これが正しいコネの使い方よ……でも結果は自分で生み出すものだからね」
私の行動力にオルタは驚いている……
テルピーもいつもより激しく飛びまわり、私の入学を祝福してくれているようだ。
過去の失敗を繰り返さない為に、姉様達には付いて来ないように厳命して直接釘も刺した。
オルタは今回大人しく流れに身を任せていた……カイルの側に居る事は賛成らしい。
そしてカイルの住んでいる学生寮に無事に転入を果たした。
きっと彼ならば私のこの問題に力になってくれそうな気がする……
出来れば家族を巻き込まない形で解決したい…
結界の部屋からルミナリスが現れた。
見れば見るほどルミナス姉様によく似ていた。
「やっと会えたわねアイリス…これからは私もカイルをゲットする為に協力は惜しまないわ!」
「あ、はい…」
その有無を言わさぬ迫力に恐ろしさすら感じた……
このカイルへの執着はオルタの影響?それともルミナス姉様?……いや姉様は無いか…無いよね?
『こいつ…こんなキャラだったか?』
そのテンションの高さにオルタも動揺していた。
「アイリス…久しぶり」
「イリュ……」
再会したイリューシャは美しく成長していた……以前のような暗い雰囲気はなく明るい活発な少女に進化していた…
むむむ…私もすぐに貴女の様に彼の隣に相応しい女性になってみせるわ!
寮母のアイリシアは……まあ……いいか……飲み過ぎには気をつけて欲しいものだ。
そしてこの寮にもう一人の学生が居た。
前田崎律子……前田崎グループの令嬢にして魔学しの魔眼を持つ才女である…人柄も良く直ぐに打ち解けることが出来た……と思う。
さらにこの寮はとても過ごし易く、常にカイルがそばに居るという精神的な安心感も最高の環境だった。
ただ一つ、気掛かりなことは最近街に召喚魔法陣が仕掛けられる事件が頻発しており、その駆除にカイルとイリューシャが参加している事だった。
今の所、都市側の防衛組織が防いでいるが召喚される魔物のレベルが上がっていっている事らしいのでこのままでは彼らの手に余るだろう……一体誰が何の為に?
『オルタ…貴女が…まさかね…』
『おいおい…私がこの状態で何か出来るとでも?……しかし……使えるな……』
『?』
そんなある日カイルがイリュと見知らぬ女性を抱えて戻ってきた……人攫いかな?
聞けば最近イリュが熱を上げている紫音だとわかった……成程…
この娘も何かを抱えて居そうね…
彼女の人柄はイリスから受け継いだ知識にある情報通りだった…非常に好感が持てる……
イリスから受け継いだ知識は,魔法の知識、物の知識、人に関するおおまかな情報である。
内容としては結構雑な部分が多い。
これは過去にオルタが辿った、生き様や行動、経緯に関する情報の多くは引き継がれていないからだ…これは私の素直な意思を優先させる為である…オルタが選んだ選択肢の逆が正解とは言えないからだ。
だから油断していた……見誤っていた…彼女の私よりの発言に…私を気遣う態度に……
オルタが味方だなんて思ってしまったのだ。
真夜中に突然の気配察知で異常を感じた私は封印の扉に駆けつけた。
そこには地面に倒れるモネリスが居た。
「モネっ!」
「あうう…やられた…アイツ私と姉様を魔力侵蝕して…」
見れば扉が開かれていた……そのそばに立つのは…ルミナリス
「アイリス…ごめんなさい…私の力では……」
「ふふふ…ほんと…貴女いつの間にこんな力をつけていたのかしら…」
中から現れたのはオル……えっ?マトリーシェ?!
マトリーシェによってモネリスとルミナリスは意思を捻じ曲げられ身体を操られていた……
流石に3対1では勝ち目がない……咄嗟に二人に拘束された瞬間を利用して『666式結界』で外界と遮断した。
二人を魔力侵蝕から護るにはこうするしかなかった…結界内にいる間は私の身体の主導権を奪われてしまうが……
今はここで助けが来るまで待つしか無い……助け?…助けが来るの?
私一人で戦っていたのに……誰かこの状況を知っている?
「カイル……」
彼にすがりたい気持ちを押さえつけ,自分を鼓舞する……
これは私の戦いだ…これ以上彼に迷惑をかけるなんて……でもどうすれば……
私の胸からテルピーが飛び出した……その動きは私を励ましてくれている……
「ありがとうテルピー…頑張るね」
マトリーシェは都市に仕掛けられた魔方陣を利用し、カイルの実力を図ろうとしていた……彼の実力は想像以上のものだった…その反面アーガイルの力の使用に際しての制限がある事も判明した。
それでも彼に対抗するためには、この体の力が使えなければ無理だと理解したのだろう…対話による懐柔を仕掛けてきた。
制限をつけながらも、私に自由を与えてみたり,今の様に外界の様子が見える様にして言葉巧みに私から全ての体の支配権を奪おうとしていた。
「アイリス…男は女を裏切る生き物なのよ…」
「果たしてそうかな?全ての人がそうだとは限らないんじゃない?」
「…いや、そうかもしれないが」
「私は相手の事を信じている……もしそれで裏切られたとしたら……それは私の見る目が無かったって事よ」
「…貴女は…強いのだな…」
会話をしてみてわかったがマトリーシェはとても素直な心を持った魔女だった……いや…本当に魔女なのだろうか?
昔話で読んだ事があるが……とても絵本に描かれている様な悪い魔女だとは思えなかった。
カイルに対して固執しているようでしていない……彼に違う誰かの面影を重ねている様にも感じる……
以前の私ならば彼女の言葉に動揺し流されていたかもしれないが…
今の私は誰の言葉にも惑わされない強い意志を持っていた。
家族をはじめカイル達も私に対し違和感を感じている様だ……私の中の存在に気づいてくれれば……
「すまない……アイリス」
カイルによって私は結界に封印された。
彼が悲痛な表情で私に謝罪の言葉をかけた……大丈夫……
貴方はきっと私を助けてくれると信じている。
だって貴方の瞳は強い意志を宿しているもの…
それに…貴方が私に言ったのよ?
『カイル:アルヴァレルを信じてはいけない…』って
「アイリス…あなたはなんて強い女性なの私の負けよ…」
マトリーシェが膝をついた……私の強靭な意志の前に彼女の心が負けた瞬間だった。
「大丈夫よ…貴女も私と一緒に……」
「それは駄目だ…アイリス…ここで絶望に堕ちてしまわないと…彼の心は手に入らないぞ?」
突然体が動かなくなった……何故?!…私の影がジワリと蠢き私の目の前に立ち上がった。
「なんてかわいそうな私……信じていた彼に裏切られた……もうこれは悲劇のヒロインそのものね」
「この声は……オルタ!」
「うふふ…久しぶりねアイリス…驚いたでしょう?でも簡単な事なのよ?もともと私とあなたは1人の人物…太陽と月、表と裏、光と影…それは常に共にあるものなのだから」
影から現れたのは全身黒のドレスに身を包んだオルタとそれに付き従うヘブラスカだった。
オルタがマトリーシェに手をかざすと彼女は虚な瞳となって彼女の背後へと並んだ。
「貴女がその二人を?!」
「だってモネリスもルミナリスも貴女の監視が厳しいから……だからあなたの見ていないこの二人が適任じゃない?」
迂闊だった…オルタではあの二人には及ばないと思っていたが……私が閉じ込められてから一体どれほど彼女が力を蓄えてきたのか甘く考えていた。
「時間はかかったけど大丈夫…まだ間に合うわ……むしろあなたを甘く見ていたわ…あなた一人の力でここまで辿り着けるなんて……褒めてあげるわ……後は私に任せて休みなさい……もうすぐカイルがこの手に入るのよ?」
「やめて、オルタ!私はそんな事を望んでいない!
私の結界が音を立てて砕け散った。
途端にモネリスとルミナリスの侵蝕が加速して二人に体を抑えられる…
「モネ!ルミ!…」
「ご……めん…」
二人の目から涙がこぼれた…彼女たちも、今この瞬間抗っているのだ。
その瞬間、テルピーが飛び出してオルタの周りを講義するように飛び回った。
「テルピー!」
「ええい!鬱陶しい羽虫め!」
テルピーに触れられないオルタは魔力の網を作り出してテルピーを捕獲した。
「ふふふ…闇の結界網だ…光の精霊には少し窮屈だろうがな……」
オルタはそれを摘み上げて顔の前まで持ち上げた…
「全く得体の知れない存在だな……魔力の足しにでもなるかな?」
オルタの背後からワルプルギスが歩み出た。
「ほーらワルちゃんおやつだぞ」
「やめて!!」
ワルプルギスの口に押し込まれたテルピーはそのままゴクリと飲み込まれてしまった。
「ああっ!!テルピー!!」
「大丈夫よアイリス…今度こそ私があなたを幸せにしてあげる」
オルタの手が私に向けて伸ばされ、私は意識を失った。