heartless child 3
少し時間は遡る
今日もアイリスは無駄な時間を過ごしている……私たちの未来に幸せなんてないのに……
痛い思いをして……悲しい思いをして……貴女の「苦しい」と「悲しい」が私にはとてもよくわかる。
だって私は貴女の「否定的な心」だもの……
最初の数回で私は悲鳴をあげた…だって…何も悪いことしていないのに殺されちゃうんだよ?
逃げたくても逃げられないんだよ?
なのにアイリスは諦めずに今日も挑み続けてる……すごいよ…アイリス……私には真似できないよ……
『そんな事は無いわ……アイリス』
気がつけば目の前にもう一人の私がいた……誰?
『取り敢えず…使徒と名乗っておこうかな?…私はへブラスカの中にいたんだけどね……ほらアイリスが何度か魔女達を取り込んだ時に一緒にね……何度か見てきたけど凄いわね貴女達……』
凄いのはアイリスで……私は凄くなんか無いよ……私は彼女の「弱さ」の部分だもの……
『そうかしら?貴女も彼女も『アイリス』でしょ?二人で「アイリス」なのよ?だから…二人とも幸せになる権利はあるのよ?』
私が?幸せに?そんな……いや……もう疲れたんだ……早く終わって欲しいんだ。
『貴女は…あの男…カイルが欲しいんでしょ?私はね彼にあんまりこれ以上行動して欲しくないの……だから貴女達が彼をしっかり捕まえていてくれると助かるんだけどね…それにほら…あっちのアイリスはそろそろ限界が近いんじゃないかしら?』
使徒のいう通りだ……この長い転生の時間は、確実にアイリスの心を蝕んでいた……
『最後だと思って……私にも手伝わせてくれない?私を受け入れて?』
怪しすぎでしょ……何が狙いなの?
『あなたに幸せになって貰いたいだけなのよ?貴女はカイルを手に入れて……私は私の為の行動ができる…互いに良い事しか無いわ』
絶対に何かを企んでいる……でもその時の私はもうそんな事もどうでもよかったのだ。
それに……カイルが手に入る……それはとても魅力的な提案だった。
『その気になって来たかしら?まず私を受け入れて欲しいな……そして貴女はアイリスを止めなくちゃいけない…このままでは彼女は限界を迎えちゃうからね……そして貴女がアイリスに変わってこの運命を打ち破るのよ!』
そうだ…今度は…私がアイリスを助ける番だ…今まで私を守ってくれた恩返しだ!
『貴女は弱くなんか無いわ……痛みを知り、自分の弱さを知る……そして恐怖を恐れるその心こそ貴女の強さなのよ!』
私が……強い?……
その言葉が私の心にじわじわと染み込んでくる……
『見ていたでしょ?アイリスやイリスでさえ頑張っているの……貴女に出来無いはずが無いわ!』
そう…私なら出来る……いえ…やり遂げてみせるわ…
今まで私を守ってくれたアイリスの為に……そしてカイルを私のモノに………
アイリス・オルタナティブ……本来それは弱い心が苦難を乗り越えて強い心と共に成長する筈の可能性……それが第三者により歪な形に成長してしまった姿だった。
気が付けば目の前の使徒は居なくなっていた。
まず私は「私」と「私」を二つの存在として分離させた。
アイリスからは魔力と知識を奪い、生まれた当時の魂の状態にしてイリスを守護者として紐付けた……イリスは戦闘には向いていない存在だ……私の予備の魔力タンクとアイリスのガーディアンとして彼女を守ってもらいたいのだ。
「後の事は私が引き受けるわ」
「……頼みます……」
「私の事は…オルタ……「アイリス・オルタナティブ」もう一つの可能性だ」
まずはあの魔女達に大人しくしていて貰おう……
チャットルームの奥……さらに強力な封印を施した部屋を構築した。
そこにヘブラスカ入りのマトリーシェを封印する。
その部屋の奥にはもう一つ部屋があり,そこにはワルプルギスを押し込んだ……
「イリス……私は基本ここから指示を出すから…貴女がいつも通りアイリスを演じて欲しいの……危険が迫った時は私が出るわ」
こうして『アイリス』の戦いが始まった。
家族とは無難な関係を築き、日々を平穏に過ごした。
人間界でカイルと出会い良好な交友漢検を気付きつつ誘拐事件でその絆を深めた……
その頃アイリスの中にはルミナスとアネモネの魔力がそれなりに蓄積されておりこれを使って新たな守護者を作り出した。
ルミナリスとモネリスである。
ルミナリスにはヘブラスカ達の監視を……モネリスにはイリスとアイリスのサポートをさせていた。
現実世界では病院で事故が起こりカイルの消息が途絶えてしまった……
父も母も知り合いに捜索の依頼を出していたが……この時点では私は治療の甲斐もあって家族による魔素の譲渡でなんとか生活できる様にはなっていた……以前よりはマシというレベルだが。
私はこの時の彼の足取りを掴んでいた。
第三者の襲撃を受けたカイルは一時的に身を隠すために「イヴァリース」へと潜伏していたのだ。
ようやく人間界へ帰還したカイルの足取りを掴んだ両親はすぐに私の治療の依頼を打診し彼は快く受け入れた。
魔界に訪れたカイルは髪の色が変色していた事とイリューシャと呼ばれる少女を連れていた事以外は以前のままの優しいカイルだった。
イリューシャは一目見て理解した……彼女も私同様に「内包」している存在だと……それは彼女も感じただろう。
互いに干渉はせずに互いを尊重する…いつの間にか二人の関係はそんな物へと変化してゆくのだった。
ここでアクシデントが起きた……なぜかモネリスが体の主導権を握りカイルに対して抜け駆けしようとしていた…
魔女の介入を疑ったがどうやらアイリスの魔力とアネモネの影響であると推測された…少なからず、魔力の元となる姉妹からの影響が多少あるようだ
アネモネは興味のなさそうな顔をしているがモネリスの暴挙をみれば相当な熱の入れ様だと思われた…むっつりめ!
姉様…カイルは私のものですよ?ひとまずモネリスは説教ね。
その後も、無事に交流を重ね、人間界の彼の下宿する寮へと入寮することが出来た。
問題はここも女たちが多いことね……寮母は…飲んだくれだから放置しても大丈夫でしょう……
律子も…今の所脅威は感じないわね……
中でも、紫音は特にカイルが気にかけているように思える…
本人は悪い子じゃないのでとりあえず警戒はしておきましょう。
この子は、アイリスに寄り添える子だわ
次の問題は封じていた魔女達である。
マトリーシェをメインに力を付け始めていた。
『おい使徒!どうなっている!』
(うーん彼女達の中に残っている使徒の因子が動いてるのかも……私はこちらに完全に取り込まれているからあの子たちとは連絡が取れないのよ……邪魔するようなら取り込んじゃう?)
いやそれはダメだ…取り込むことで魔力が変質してしまい討伐エンドにまっしぐらだ。。
私が選んだ方法はマトリーシェの強制排出だった。
私と彼女のつながりを断ち切り余剰魔力使い義体を作り出しそこに押し込めて体外へと放出した。
表向きには『アイリスの中に潜む魔女が復活した!』的な感じになったと思う。
やがて魔女との戦闘に入り、私はカイルにより保護された……
チャンスだ!私は運が良い………しかしそうはならなかった。
カイルを手に入れる寸前,イリューシャが体内の魔剣と融合した。
全身燃え盛る炎の魔人……明らかに暴走しており、無防備なカイルに襲いかかった。
私は無意識のうちに彼の前に躍り出て,その身代わりとなってその体を貫かれた……
「アイリス?」
カイルが私を抱き止めた……
ああ…計画が失敗だ……でも彼が無事でよかった………彼の瞳からこぼれた涙が私の目の上に落ちた……そして頬を伝った………まるで私の涙のように……
また今回も失敗だった……でも悪くない終わり方だ。
この瞬間だけ彼と繋がれたような気がしたからだ。
そろそろ私の命が尽きる…次の手を考えなければ
…そんなことを考えているとカイルの体の中で黒い魔力が蠢いた………
薄れゆく意識の中で見たものは雄叫びをあげるカイルとその体を突き破り現れる黒い魔力の奔流。
そこで私の意識は消え去った。
『反省会を開きます』
今私たちはお洒落な感じの喫茶店風な場所で円卓を囲んでいる………
メンバーは司会進行のオルタ、書記としてイリス、最高顧問のアイリスはその膝の上で夢を見ている。
アドバイザーとしてルミナリスとモネリスも参加させた。
初回なので奮発して有名産地の茶葉を使用した紅茶とミシュランガイドに載っていた喫茶店から取り寄せたケーキを用意した。
「今回の反省点をそれぞれ意見して頂戴」
「……最後のあれは何もしないほうがよかったんじゃないのか?カイルならあれぐらいどうにかできるだろう?」
「それについては……反省しています」
「でもあれは仕方がない……私は胸がときめいたぞ……むしろカイル的にはには好感度爆上がりじゃないか?」
「「それは確かに言える」」
などと各自思い思いの意見を出しつつ楽しいひとときを過ごしました。
「………これ……ただの女子会じゃ………」
イリスの呟きは聞こえないふりをした。
二回目の方向性としては魔女達がもっと簡単に分離できる様にわかりやすくルートを作る事にした。
予定通りマトリーシェは無事に私の魔力を奪い復活を遂げた…と言う設定になっており私は補助的な役割で戦闘に参加出来る状態となった……後はカイルが無事にあれを討伐すればハッピーエンドまっしぐらである。
しかしここでも不測の事態が発生する……イリュの魔人化だ。
マトリーシェの出現とイリューシャの魔人化はセットの様だ……
こうなると戦力が圧倒的に足りなくなる…
魔眼をうまく使いこなせない紫音と設定上魔力を奪われている私を守りながら戦うカイル……
ちょっとこれはよくない流れね……
私は設定上ふりをしているだけなので元気も魔力も万全なんだけど………ここで無双するとちょっとおかしく無い?
ってなっちゃうよね……
とりあえず防御結界を張って私と紫音の無事を優先する……これならば彼は戦闘に専念できる……
などと考えている間に今回はマトリーシェがイリューシャと融合した……ちょっと!それは反則でしょ!
人数的には問題ないけど戦力的には向こうが有利ね……私の結界も心許ない状況だわ。
ここでマトリーシェが広範囲攻撃に出た……私の結界は見事に破壊され,私と紫音は地面に投げ出された。
『し…シオ…ん…』
「ひっ!」
マトリーシェを眼前に紫音は硬直してしまっている…まだイリューシャの残留思念があるのかその手が紫音へと伸ばされた。
これ以上こちらの戦力を奪われてなるものか!
しかし踏み出した私の足に魔力の鎖が絡みつく……あぁ…やられた!
最初から狙いの標的は私だった…
四方から魔力の発動を感じた……
これは……避けられないわね…遠くで紫音の悲鳴が聞こえた。
私は死を予感して目を閉じた。
『大反省会を行います』
再び転生前に反省会を開いた……今回はバイキング形式の料理店をチョイスしました。
「ちょっとカイル側の戦力が心もとないんじゃないか?モネリス…そこの醤油を取ってくれ」
「学園でもあまり目立たないように行動しているから……これといった人材と繋がりが無いのよね…イリスこれ美味しいわね」
「あとイリューシャ!あれは何なの?!あれをどうにかしたほうがいいんじゃない?すいませーん!お皿下げてくださーい」
「その辺も調べたほうがよさそうね……」
「ちょっとマトリーシェに力を与え過ぎたのも敗因では?……あ,これおかわりで!」
「そうね…30%位カットしましょう…そろそろオーダーストップよ」
「………私……まだ……食べてない…」
イリスが悲しそうな顔をしていたがアイリスのお土産のケーキと一緒にテイクアウトした。
そこからは数十回に及ぶ試行錯誤が繰り返され,その都度反省会は行われた。
やがて場所は居酒屋となり最後は飲み過ぎて記憶が残らなかった。
アイリスのすすり泣く声が聞こえる…待っていて……きっと笑顔に変えてみる。
繰り返す途中、偶然にも都市内部に仕掛けられた魔方陣による魔物の襲撃を発見した……一体誰が…しかしこれは使える。
これを利用してこの都市を守備する部隊の強化を行うことにした。
いつの間にかカイルもその部隊と共に討伐に参加するようになり、彼の実力を知る良い機会となった。
その際に担任であるイングリッドと繋がりができたのは収穫であった。
高確率で男女の関係になる事は面白くはないが、学園内におけるカイルの権力の増強には大きく役立ったはずだ。
マトリーシェの対策も私の家族を味方に引き込む事で母を始めとして調査と対策が行われた。
これにより決戦の場に姉やネルと言った母の子飼いのアサシンまで送り込んでくれたのは意外だったが……
記念すべき百回目にはマトリーシェとイリューシャの関係を利用する形でカイルの中のカミュの発現に成功した。
これ以降イリューシャの離叛は無くなった。
二百回目を過ぎたあたりでマトリーシェからヘブラスカを引き摺り出す事に成功した……だがヘブラスカの中に残る使徒の力は厄介だった。
特にほぼ同化している状態のワルプルギスが驚異的な存在だった…
私の中の使徒に苦情を言うが既に別物と化している為,有用な手立てが無かった。
三百〜四百回辺りは大きく進展はないがカイルに協力してくれる存在は少しずつだが増えていた…
アイリスが泣いている……もう少しだ…もう少しでそんな涙は止めてみせる。
その後は大きな進展がないままやり直しを続けた……
五百回より先はもう数えるのを辞めた……
年数にして、一体どれだけの月日が流れているのだろうか
私はどこを目指して何になりたいと思っているのだろう
もはや自分の目的が曖昧になりつつあった。
反省会は私とイリスだけのタダのヤケ酒の場となり最近は酒の味も判らなくなっていた。
私は何をやっているのだろうか?カイルに対してここまで固執する原因は何だったのだろうか?
これは本当にアイリスの為になるのだろうか?
次々と浮かんでくる疑問を封じ込める。
もう今更だ……もう私は進むしかないんだ……今更止まれ無い。
前回の流れでカイルがタイムリープしてくる事を知っていて良かった。
その瞬間を狙いカイルとアーガイルを分離させた。
しかも純粋なカイルの精神体をだ…長かった。
私の目的を達する事が出来た……私のこれまでが報われた気がした。
その油断がいけなかったのだ……私の中の使徒……ワルプルギスが私を乗っ取ろうと私を取り込もうとしている……
この後はどうすればいいんだろうもう疲れた。
何もかも消して終わりにしてしまおうか…しかし既に私の体は使徒によりその自由を奪われている…何故こんな奴を信用してしまったのだろう?
私は何の為にカイルを求めていたんだろう?
何がしたかったのだろうか?
誰か助けて……
目の前を見ればイリューシャとミカイル…紫音が私と戦っている……
貴女達とは戦いたくなかったのに…何故……彼女達は私達の仲間で…アイリスの友達……そうか……
結局…私は友達と思っていた彼女達を裏切る行為しかしていないのだ…こうなったら使徒もろとも私の魔力を暴走させて……
その時、私の胸の中央が輝き小さな光が飛び出した
『だめよ」
誰だ?…アイリス?
小さな光は私の周囲を飛びまわる……なんだ……これは……いや……私はこれを知っている。
もう一つの記憶が徐々に私に馴染んでくる……
これは私の知らない記憶だこれは……そうか……これはアイリスが……
やがて、小さな光が私の目の前に静止すると、優しい光が私を包んだ
『アイリス』
あぁ……そうかそうだったね。
テルピー私を導く光
私を包む癒しの光
私の大事な…