ワルプルギスの夜 2
「くそっ!これも防ぐのか…」
イリューシャは内心舌打ちした。
想像以上にアイリスの手甲は強固なものであった……こちらの攻撃に対して完全自律で防御して来る為並の攻撃では突き破る事はできなかった。
破壊しようと思えば方法はいくつか思い当たるが中にいるアイリスが無事だとは思えなかった。
『イリュ!どけてーっ!』
後から響く紫音の声にその場から咄嗟に飛び退いた。
跳び蹴りをかましつつもしっかりとスカートを押さえるという器用な攻撃方法だった。
「紫音ちゃん!大丈夫だから手を離して!バランスが……」
『これじゃあ私ただの痴女じゃ無いですか!!』
「謎の光は無敵よ安心して!」
『私の精神が保ちません!』
新手の一人漫才かな?
一瞬,イリュは思考を手放した。
同様にアイリスもその場から飛び退いたがそこには巨大なクレーターが出来上がった。
その中心にいたのは紫音…紫音?
見た目紫音だがその姿は軽微な皮鎧を身に付けた痴女同然のスリットの深い白いスカートを靡かせていた……確かに着地の瞬間に謎の光が視界を覆った……良い仕事をするな……
彼女の頭部と背中には小さな白い羽が具現化されている…見た目清楚な感じがする戦乙女である。
しかしその両腕には禍々しい光沢を放つ漆黒の籠手が装備されていた。
「ちっ逃げられたかっ!」
すぐ様アイリスの姿を確認すると地面を蹴り上げ再度肉薄した。
流石のアイリスも恐ろしいまでの乱打に堪らず両手の手甲で防御する。
「あたた…いや…オラオラオラ…これも……ええい!だらららら!!」
『待ってミカイル!捲れる!捲れる!』
「紫音ちゃん!女は見られてなんぼよ!」
『私は見せたくありません!!」
やはり一人漫才かな?
普段の紫音からは考えられ無い程、攻撃的な振る舞いとどこか緩い会話にイリューシャは呆然と見ていたがはっと我に返る。
(間違いない……あの残念な脳筋聖女なオーラはミカイルだな……何らかの形で紫音の体にミカイルの力を宿している状態なのだろう…私としては紫音にはあまり戦いの場には出てきてほしくないのだが……)
そうせざるを得ないような状況なのだと理解した。
ふと後方に視線を向けるとカイルがルミナスと伊織をブースターとして呪文の詠唱状態に入っている。
(……それまで時間を稼ぎと言うことか)
「じゃあ改めて紫音ちゃん!私達二人の初めての共同作業よ!」
『あーそうですね』
「なあにその気の抜けた返事は……私なんて昨日の夜楽しみ過ぎて眠れなかったのよ?」
『それ絶対嘘でしょ?,はあ……私…こんな痴女みたいな格好で……』
よく考えたら男はカイルだけだし……今は戦闘中だからその少し位見えても問題ないよね?
謎の光とかも機能しているみたいだし……
それにこの解放感!自然と一体になっているかの様なこの体験はもはや快感に近い素敵な体験をありがとうミカイルさん!
『勝手に人の思考を捏造しないでもらえますか?』
「そんなに照れなくてもいいのよ!全て私に任せて!」
『そうですね』
「紫音…無理はするな…」
『イリュ…ごめんもう既に無理してる…』
「…そうか…ここからは私とミカイルに任せろ」
「そうよ!私達がいれば安心よ!」
『……そうだと信じたいです……』
しかしながらミカイルは戦士としては一流であった…攻撃も、回避も文句は無かった……この性格さえ無ければ……
イリューシャとの連帯も問題なく左右から、交互にと攻撃を繰り返す。
紫音はその間にシロン、クロンと共にアイリスの解析を進める…
『何か救い出す糸口でも見つかれば…!』
その後も二人の猛攻は続いたが決め手に欠けていた。
イリューシャが切り付ければその反対からミカイルが殴りつけ、その逆も同様に上手く連帯が取れていた。
「全く…この硬さは反則だろ…」
「激しく同意するわ…」
アイリスと戦闘状態に突入したイリューシャとミカイルは手応えのなさに共感した。
向こうから仕掛けてくる事は無いがその防御力は脅威的だった。
「魔法はどうかしらね?」
「…魔女だしな……魔法防御は完璧だろう……一応やってみるか?」
過去に何度か共に戦った経験のある二人はこんな状況でも普段と変わらずマイペースだった。
魔剣アグシャナと融合を果たしたイリューシャもその性格は大きく逸脱はしていない為いつも通りの意思疎通ができていた。
「発光」
ミカイルが手を交差させるとその中央で一際激しく魔力の発光が起こった。
アイリスが一瞬目を顰めたその瞬間,イリューシャが上段からの一撃を加えた。
「上段雷鳴斬り!からの残心!」
再度同じ場所に同じ一撃が打ち込まれた。
技を再現する技能の様だ。
その衝撃でアイリスは後方へ飛ばされた。
「は〜い タイミングバッチリ!」
そこにミカイルが踏み込みの渾身の一撃を加えた。
魔力を纏った一撃は流石のアイリスの手甲も全てを防ぐことは出来ず大きな音と共に亀裂を刻み込んだ。
「これでもダメとか……ちょっと意地悪じゃ無いかしら?」
「じゃあ追加だな!」
ミカイルの背後から再び「残心」が叩きつけられた。
流石の彼女の手甲も音を立てて砕け散った。
「「よっしゃ!」」
二人はすれ違い様にハイタッチを交わした。
『……仲良いわね』
「あらん?紫音ちゃんも混ざる?」
『今はいいわ……!!それよりもアレ!』
見ればアイリスの周囲に粒子が集まり再び手甲が復活した……しかも数が4個に増えていた。
「……ずるいぞ…」
「イリュちゃん大丈夫?結構無理してない……?」
「ハッ!馬鹿にすんじゃ無いわよ……」
彼女の頭上で回転するエンブレムが今まさに彼女に干渉を繰り返し負荷を掛け続けているのが何よりの証拠だ。
「それよりも…もう少し派手に行く方がいいんじゃないか?」
「…全く…貴女って……そうねもう少しみたいだしね」
二人は互いに目配せすると再びアイリスに向かって行った……
その後方ではカイルの準備が終わろうとしていた。
魔法陣が淡く輝きを放った……魔力が流れ,術式の発動を確認できた。
その魔力にイリューシャとミカイルを相手にしていたアイリスが反応する。
二人は攻撃の手を休める事なく此方の作業を上手く気づかせる事なくその場に釘付けすることに成功した。
「いくぞ…ルミナス…伊織さん…耐えてくれよ」
「お任せくださいカイル様!」
「そんな柔な鍛え方はしてねえよ」
二人の言葉に笑みを浮かべる……どちらも既に限界の筈なのに……
「時間遡行」
次の瞬間、魔法陣が一際輝き凄まじい魔力の奔流がカイルに殺到した後………カイルの姿が掻き消えた。
彼に過剰に魔力を供給した二人はその場に倒れ込んだ。
変化はすぐに現れた、アイリスが一際大きく体を跳ねさせるとその場に膝をついた。
「やったか?」
「イリュちゃんそれ死亡フラグよ」
紫音はアイリスを観察した…嫌な予感が消えないでいた…
だってアイリスは笑みを浮かべていたのだから。