ワルプルギス
『レイ…私は家族の仇を討つわ……魔女を認めない帝国も、魔女を迫害する民衆も、わたしたちを否定する者全て踏み潰してやるわ…お願い、力を貸して』
『……ヘラ…ならば僕は君の剣と成り、盾と成ろう…』
あの日燃え盛る村を見下ろした丘の上で二人はそう誓った。
その後、ヘブラスカは力を隠すのを辞めた。
行く先々で敵対する者をその恐ろしいまでの魔力で捩じ伏せた。
その姿に共感する魔女達が増え気が付けば『女王の魔女団』と呼ばれる魔女の至上主義を提唱する巨大な組織となっていた。
あの日、家族を失った悲しみを共有した二人はそれを乗り越え幸せを手にするのだとそう信じていた。
だが私はとんでもない思い違いをしていたのだ。
『陛下…北の村が魔物に襲撃され救援を求めています』
『魔物?…それぐらい自分達でなんとかしなさい…』
『しかし…』
『今は西の連合よ…あいつら私への当てつけで魔女を処刑すると言って来たわ……もうこれは戦争ね』
ヘブラスカは国を統治する気はないのだ……
彼女にあるのは魔女の救済と復讐のみだったのだ。
彼女を慕う者達も、その庇護下で暮らす民達も彼女にとっては道端の石と同じだったのだ。
地面に倒れるレイヴンが昔語りを始めた。
その傍でカミュは彼を見下ろしていた。
お互いの最大の技がぶつかり合い、カミュは肩に斬撃を受けた……この魔女の騎士としての装備がなければ腕を失っていたかも知れなかった。
レイブンは左手を失い、その体にも大きな傷を致命傷を受けていた。
その体は血溜まりに沈み、もう長くは無いと理解できた……そして、それはお互いの魔女に同様のダメージが伝わったという事だ。
「認めよう…お前達は強い……俺は嫉妬していたのだ……自分達とは違う道に進んだお前達に…光溢れる世界へと向かうお前達が妬ましかったのだ…」
周囲の霧が失われ、そこに居たニャオンが姿を現した。
「……はは……貴様の魔女様かと警戒していたが……まんまと嵌められたな……」
「…散々人を嵌めてきた報いだ……」
「………ヘブラスカは…ヘラは…その力ゆえに歪んでしまった……やがて自分に違を唱える者、同じ魔女ですらもその手にかけてしまった………彼女は世界そのものを憎んでいたのだ………私はそれを止める事が出来た筈なのに私は彼女が恐ろしかった………私は彼女を守る為に強くなると誓ったのに……いつの間にか諦めていた……彼女はもう私を見ていない……その現実から目を背けてしまったのだ…」
「お前達は…俺達の別の可能性の姿だ…何か一つでも違っていたら同じ道を進んでいたかもしれない」
「……どうかな…お前達は……どうであれ最後は光に向かっていたと思うぞ……ヘラにとって私は都合の良い駒の一つでしかなかったのだ…」
「それは違うな…あの時…魔王姉妹により一度死んだはずのお前が蘇った時……どうしてお前の魂だけが蘇ったんだ?
あの魂が混ざり合う憑依型のゴーレムは本来魂が争いやがて互いに消滅する…その中から特定の魂を取り出す事は不可能に近いとマリーは言っていた………あの時…ヘブラスカはお前の魂だけを取り出したのは…偶然では無いはずだ」
「そうか…そうだといいな……」
マトリーシェの作り出した周囲の森が砂の様に崩れ消えていった……同様にカミュの装備も消えた。
「?!」
「……始まったな………ぐふっ」
「何が始まったんだ!!」
カミュはレイヴンに問いかける……先程から魔力による交信も繋がらない…彼女の身に何か起きているのだ。
「お前は知っているんだろう?ヘブラスカの本当の目的を」
「……始めは転生する事で世界への復讐を考えていた……しかし見つけてしまったのだ……あの娘を…」
「アイリスか……」
「あの娘のルーツをたどればヘラの系譜に辿り着く筈だ……それで彼女は気が付いたのだ…マトリーシェも…アイリスも自分の子孫だと……事の始まりはマトリーシェとして彼女の中に転生した時に発見したと言っていた……取り込んだ姉の魔力が別の人格を形成している事に気がついた…かなり特殊な例だ……彼女について調べるうちにたどり着いたのだ…その原因となる母親の魔力の存在に」
「ルシリアか……」
カミュは会った事は無いがこの体の主であるカイルの記憶にあった。
「母親の魔力は彼女の中で『スキル』へと変貌し、姉達の魔力を人格化する役目を形成していたのだ……娘を想い、守る 母の愛情…ヘラはそのスキルを恐ろしいスキルにしてしまったのだ……ヘラが過去に倒した千人の魔女の魂によりスキルは汚染された!娘を守るためのスキルから娘を守るために世界を破壊するスキルへと!!」
「何を生み出したんだ?」
「このスキルは起動、構成、実行に三人の魔女の魂を必要とする……過去、現在、未来の魔女……すなわちヘラの血筋の三人だ…ふふ…一度発動すれば止める手段はないぞ……」
瞬間アイリスの魔力が爆発的に膨れ上がった……想定をはるかに超える魔力だ。
「ヘラのスキル、『スキルトリガー』は自身の魔力と引き換えに相手のスキルを強制的に発動させるスキルだ…それを彼女は『ワルプルギス』に合わせて改良した…余りにも強力なスキル故にそうするしか無かったのだ」
「自身の命と引き換えにスキルを起動させる……か」
「そうだ!…そして間違いなくその引き金を引いたのはお前だ…お前の手によって愛しい魔女と世界が破滅へと導かれるのだ……」
「そんな……」
『全く厄介なものを……』
その声が聞こえた瞬間、カミュの姿が淡い光に包まれカイルへと変貌した。
「カミュ…お疲れ様ここから先は君の手には負えないだろ?少し体を休めなよ……さて…レイヴンとか言ったかな?はじめまして……かな?」
「お前が…カイルか……」
レイヴンはなんとも言えない感覚に囚われた……この男一見何の害もない様な顔していながら全く付け入る隙がない
その内包する魔力も……
「全く最後にこんな化け物が出てくるとは……」
「化け物とは失礼だな…お前達の方がよっぽど化け物じゃないか」
「そうかもな…だから化け物を止めることができるのは化け物だけなんだよ……お前なら…任せても大丈夫……だ……な…」
レイヴンが深く息を吐くとその瞳から光が失われた」
「死んだのかにゃ?」
「ああ」
ニャオンが恐る恐るその足元を触れると、砂が崩れる様にサラサラと消え去った……
その姿が完全に消え去るのを見届けるとカイルは歩き出した。
「……さてと、そろそろ向こうと合流するか……その前に下拵えをしとくか……」
「スキル発動 『ワルプルギスの夜』」
アイリスの頭上に赤黒い輪が広がり、波紋のように何度も空一面に広がっていった。
暫くすると先ほどの波紋が彼女の頭上に戻ってきた…何かを探し出す為の『探査音波』の役目の様に思えた。
その光の輪は彼女の体をスキャンするように足元まで降りると再び胸のあたりまでやって来ると停止した。
『選別』
その光は再び波紋となって周囲に放たれた。
見た目攻撃魔法に見えるそれに紫音は咄嗟に手で防ごうとしたが何の障害もなくその体をすり抜けていった。
「んっ」
小さく声を出したのはイリューシャだった
「大丈夫?」
「ああ…何かピリッとしたが…問題ない」
「……いや…イリュ…その頭の………」
彼女の頭の上には小さな種がくるくると回転し花の様なエンブレムが現れた。
「……何だこれは……」
「…大丈夫なの?」
「特に問題は無いな……いや……」
「はいはい……みんなこっちに集合」
突然背後からかけられた声に振り向くとカイルとニャオンがいた。
「カイル!アイリスが!イリュの頭の上にも……」
「とりあえず今は危ないからこっちへ……伊織さんは立てるかな?無理そうだね……よいしょっと」
地面にまだ膝をついていた伊織を見てその体を軽々しく抱き上げた。
伊織の顔が赤いのは多分気のせいだ。
「お前…また…」
「はいはい…伊織さん危ないから大人しくね… イリュ、紫音を頼む」
イリューシャが紫音の前に立ち、アイリスと対峙する。
「来るぞ」
「『目覚め』」
アイリスとワルプルギスが同時に言葉を発した。
同時にアイリスのチャットルームが音を立てて砕けた。
それは外部を覆っているルミナス達の結界も同様に破壊された。
「なんなの!この魔力の圧力はっ!!」
「お嬢様これ以上は!!」
次の瞬間彼女達の結界が中から吹き飛ばされる様に砕け散った。
それぞれその威力に吹き飛ばされてしまう。
と、同時に結界の内部から赤黒い光の輪が周囲に走った…それはそれぞれの体に当たり消滅した。
「何だ?今のは……」
「馬鹿な!魔将クラス四人の結界だぞっ?!」
直ぐに体制を立て直したネルが全員の安否確認を行う。
結界担当の四人は大きな怪我はない様に見えた。
破壊されたのは結界だけで、周囲の氷の塔の最上階の部屋は綺麗なままだった。
その中央ではカイルとイリューシャがそれぞれ誰かを保護いている様子だ。
そしてその中央にアイリスと……
「?!奥様!」
「!お母様」
アイリスの背後にいたのは髪の色こそ違うが彼女達の母であり主人であるルシリアそのものであった。
「カイル!」
イングリッドがカイルに駆け寄るのを見てルミナス達も慌てて駆け寄った。
「皆、お疲れ様」
「そんな事よりあれは…何故お母様が」
「『前奏曲』」
ルミナス・アネモネ・ネルフェリアス・イングリッドの四人の頭上にイリューシャと同じ花のようなエンブレムへが現れ回転を始めた……
「…何…これ……っがっ!!」
「っ!!声が……!!」
四人は頭を押さえて蹲った……
それはこの場の四人だけでは無かった……学園に存在する魔族系女子の頭上に同様のエンブレムが現れ、同じように全員が頭を抱えて苦悶の表情を浮かべた。
全員の頭にヘブラスカの声が……ワルプルギスのスキルによる効果として頭の中に直接響いていた。
先ほどの赤黒い輪はソナーの役目を果たしており魔女の因子を持つ者にだけ反応したのだ。
『殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!長きに渡る魔女の怨念を晴らせ!!』
「うううっ…」
「先生……な…何が……イリュ?」
紫音が隣のイリューシャを見れば相変わらず頭上にはエンブレムが存在したが……特に変わったような雰囲気はなかった。
「今の私は魔女ではない……剣士だ…どうやら魔女属性に作用するスキルらしい」
『んん〜?イリュちゃんの中の存在かな?彼女の中の魔剣的な存在かな?』
「え?…でもイリュ…貴女……そうなんだ……」
イヴの説明に詩音は何となく理解した様なしていない様な返事を返した。
「それにしても厄介なスキルだな……魔女を操る……そんな感じだな」
カイルの視線の先にはルミナス達四人が立ち上がっている所だった。
『我が子達……愛しの娘を守りなさい…』
「「守る……愛しの娘を……」」
ワルプルギスの声にイングリッドとアネモネが反応する……
ふらりと歩み出した二人の前にアグシャナが躍り出た。
その体が一瞬ぶれたかと思うとイングリッドとアネモネがその場に崩れ落ちた。
「イリュ……貴女先生を……」
「……安心しろ……峰打ちだ」
「うぐぐ…カイル様…早く…私を…」
苦悶の表情を浮かべたネルがその手に魔力を集めた……がそれを横から掴まれた。
ルミナスである。
ルミナスは他の女性達と違い至って普段通りの見た目で有った。
その頭上には間違いなの無くワルプルギスの選定を受けたエンブレムが存在している……が
「ネル…貴女がカイル様の手を煩わせるなんて一万五千年早いわ……ああカイル様ご無事でしたか」
ネルはルミナスによって一撃で沈められ、その場に放置された……
ルミナスはそのままカイルの側に駆け寄ると子犬の様に擦り寄った。
「…ルミナスは…大丈夫なのか?」
「はい!カイル様のおかげです!」
「……何かしたかな?…まあいいや…」
『気になるね?ほい鑑定』
チャットルーム内のイヴが考えを呼んで鑑定魔法をかけてしまった。
[ルミナス・ギゼルヴァルト]
種族・サキュバス(希少種)
年齢・24
クラス・魔女→M女
「マジョ……」
『素敵なクラスね…色々とあったからクラスチェンジ出来たのね』
「さて…ラプ…彼女達を外へ」
その声に反応してゲートが開き、地面に伏せているイングリッド達三人を回収していった。
結界が取り払われた事で外の景色が目に飛び込んだ…最上階であるこの氷塔の天井や壁は破壊されており暗い夜空が広がっていた……本来ならぐっすりと寝ている時間だ……今のこれも夢ならいいのに……
「イリュ…ルミナス…ここからが正念場だ…手伝ってもらうぞ……それと…」
決意を込めたイリュとルミナスがカイルと共にアイリスに向かって構えた。
ここから壮絶な戦いが始まるのね……ラプちゃん…迎えに来てくれないかな……
「詩音……お前がこの戦いの要だ」
…………えっ?…………
「………えっ?………」
ほんと……夢ならいいのに……