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魔眼の使徒  作者: vata
第二章 暗き森の魔女
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魔女の宴 6


「……なんだと?」


 先程まで目の前にいた紫音が魔猫に変わった……

彼女達の契約の副産物、『位置交換(シフトポゼッション)』だ。


「残念だったな…これでマトリーシェは魔女の騎士の事を思い出すだろう」

「…そうね…仕方がないわね」


 イリューシャの問いかけにへブラスカは素気なく返した……もっと悔しがるかと思ったが彼女は意外と冷静であった……こうなる事も予測済み……と、いう事か…

イリューシャはヘブラスカを観察しながらも警戒を緩めなかった。


「…あなたは何を望んでいるの?」

「ここまで来て対話を望むのか…実にお前らしいな…アイリス…良かろう…少し休戦といこう」


 ヘブラスカは地面に手を掲げると土が盛り上がり玉座とも呼べる椅子を作りだした…そこに腰を下ろすとゆったりと寛いでみせた。


「勿論…この世界の終焉だ」

「…何故?」

「何故?アイリス…お前はこの世界が本当に正しいと思っているのか?」

「…まだ私には正しいかどうかはわからないけど……それでもこの界に生きている人たちは正しく生きているはず…互いを思いやり、心を通わせて、命を未来に繋いでゆく…それは正しく、幸せなことではないの?」


 苦しげな表情を見せながらも、アイリスは自分の考えを語った。

ヘブラスカは目を閉じて彼女の言葉を聞いていた。


「うん…そうだな…お前の言う通りそれは幸せな事だ……」

「…では…」

「では問うが…正しさとは何だ?」

「…えっ…た正しさ…とは日々に感謝して…家族と一緒に…」

「私は辺境の村で家族と日々慎ましく暮らしていた…幸せだったよ……あの日まではな」

「……」

「私の生きていた時代は…女は魔法を使う事が禁忌とされていた…それこそ『魔女』と呼び異端視されるほどにな…」


 ヘブラスカは当時の状況を語った……特に洗脳や何かをする様な素振りはなく、過去の話を聴かせているだけだった。


「何も無い寒村だった……村人は皆、家族みたいな存在だった…田畑を耕し、森の恵みで日々を生きながらえる……そんな何も無い日常だったが…幸せな日々だったと思うよ…」

「…その村が好きだったのね……」

「ああ……愛すべき弱き存在だ…私は村に暮らす魔女の中でも特に異端でな……家族はすぐに『魔法は使うな』だの『自重しろ』だの…全く口うるさいったら……だけど……」


 先程までの穏やかな雰囲気が一変した。


「一体あの人達が何をしたと言うのだ?あんな風に殺されて良い人達では無かった筈だ!アイリス!正しさとは何だ!私の知る正しく生きた人々は皆、殺されてしまった!」

「…!!」

「幼い妹も!結婚式を目前にしていた姉も!魔法も使えないただの村娘だ!私の家族と言うだけで命を奪われた……正しく生きて居た筈なのに!!!」


 ヘブラスカの手を置いた場所に亀裂が入った。

その場に沈黙が訪れ…誰も声を出す事は出来なかった………


「……だから…私も彼奴らから奪う事にしたのだ……自分達がした事が何故自分の身には起き無いと思ったのだろうか…?自分達の家族が…目に前で焼かれる姿を見せてやらないと自分達のした事を理解出来無い愚か者ばかりだったな……」


 ヘブラスカはゆっくりと目を開けてアイリスを見た。


「アイリス…これが世界の正しさだ…力無き者は死に、力が有る者が生き残る…どんなに正しく生きようと突然降って湧いた様に悪意に晒され命を落とす……『誠実』『愛情』『平和』そんな言葉は唯の理想だ!自分の大切なモノを守る為に他者を犠牲にする、それこそがこの世界の「正しさ」なのだからな!」

「…そんな……」


 ヘブラスカの言葉には重みがあった…それに反論出来るほどアイリスは人生経験を送っていない。

自分を守る為に他者を傷付けるヘブラスカ。

他者を守る為に自分に閉じこもるアイリス。

似ている様で似ていない、対極に位置する二人だった。


「それはお前の思想であり全ての者に対して正しいとは言えないな!」

「イリュ…」

「そうか?お前も身に覚えがあるのでは無いか?自分の平和な世界が奪われる事に怒りを覚えた事は無いか?」

「っ!!…それは…」


 イリュ自身、突然の悲劇に家族を失った経験はある。

仕方がなかった事だと割り切ってはいるがヘブラスカにその様に言われては何も思わない訳では無い。


「勿論これは私個人の考えではあるが……世界の真実でもあると思っているのだよ」

「………」

「アイリス…」


 名前を呼ばれアイリスは体をピクリと震わせた。


「考えたことは無いか?…『どうして自分ばかりがこんな目に』と」


 それは悪魔の囁きだ。

じわりと彼女の心に染み込んでゆく…


「お前は家族の為に一人で災厄を抱え込み、苦しんでいるのに……姉妹達は好き放題に生活を送り…同じ姉妹なのに何故お前ばかりがこんな苦労を?」


 これ以上聞いてはいけない…でないと私は………


「それは家族を思う愛情故の苦しみだ…彼女の苦しみは家族を守る為に自ら選んだ苦難の道だ……並大抵の決意が無くては出来る事では無いそれは正しく尊いものだ」


 アイリスの肩に手が乗せられる……振り返るとそこにはマトリーシェと紫音が居た。


 紫音とニャオンが位置を入れ替えた…先程との違いは紫音がマトリーシェを連れてきた事だ。


(紫音……お願いがあるのだけど……私も一緒にアイリスの所に連れて行って欲しい………)


それが彼女の願いだった。

それに…『魂約契約(エンゲージ)』でカミュの守護を得たマトリーシェは格段に強かった。


「ほう…その姿…『契約』できたか……予想以上だな」

「ええ…これであなたに返す事ができるわ……今までの恨みをね!」


 マトリーシェの周囲を高濃度な魔力が渦巻き、攻撃へと転じた。


「『岩石槍(ストンスピア)』!」


 無数の鋭利な石の槍がヘブラスカの座っている玉座を貫いた。

だがそこにはヘブラスカの姿は無かった。

彼女は既に転移しておりそこから二人の魔法合戦が始まった。


「魔女とは恐ろしい力の存在だな……それ故に謂れのない迫害を受ける」

「そうよ!だからその力の使い方を誤ってはいけないのよ!」

「今の時代はそうだろう……昔は違った…我々は小さな軌跡しか起こさなかったのだ…水瓶に水を充し、釜戸に火を起こす…平凡な生活の中で使う魔法ですら魔女と呼ばれ魔女狩りによって殺された!!」

「!!でも……今は違う!」

「いいや…本質は変わらないさ」


 ヘブラスカの手から放たれた光は急速にマトリーシェに接近すると分裂し、高速回転を始めるとそこに彼女を閉じ込めようと結界を張り巡らせた。


「だから私達は隠れ住むしかなかったのだ…それでも連中は我々を追い詰め!関係のない人々まで殺害した!我々が何をしたと言うのだ!」

「それでも…力のある者には責任があるのよ!」


 マトリーシェの手から光が爪の様に伸びるとその場で踊るように振り回し結界を切り裂いた。

そして二人は対峙する。


「望まぬ力に責任だと?ならば私にこの力を与えた責任は誰が取ってくれるのだ?」

「それは…」


 ヘブラスカの叫びにマトリーシェは何も言い返せなかった…彼女自身、その力は望んだ物では無かった。

しかも騙されていたとはいえ自分はその力でゴーレムの作り戦争に加担した…

だから魔剣王から兵を送り込まれた事に理解はしたが納得はしていない……

ヘブラスカの話を鵜呑みにすれば自分も被害者と言えるもだ。


「力を使う責任だと?命の危機の瞬間にそんな事を考える余裕などあるものか!お前はこう言いたいのだろう?『仕返しをすれば同じことの繰り返しに』…とな?ならば我々はこのまま死を待っていれば良かったと言うのか?」


 紫音はふと違和感に気づいた……ヘブラスカの話の内容は彼女の生い立ちに基づいた真実に聞こえる……

でも我々に同意を求めているとか答えを探しているような語り方では無い様な気がした…

ただ自分の考えを喋っているだけ……


(聴かせているのだ……誰に?)


 紫音の中のイヴの声にその違和感は確信へと変わった。


「許せないとは思わないか?何故自分ばかりが辛い目に遭わなければならない?そうだろう?アイリス!」

「あああああ!!!!」

「アイリス!」


 紫音が気が付いた時にはアイリスは地面に両手を着いて慟哭の叫びを上げていた。

その周囲から彼女の魔力が溢れ出している……


(これは感情の爆発だ)


『怖い』


 あの時アイリスはそう言った……あの時は目の前にいる変態(イヴ)の事かと思ったのだが……


「…そうか…アイリスは自分の中に生まれた感情に怯えていたんだ……」


「全ての制約は取り払われた……今彼女は生まれて初めて「感情」を感じているのだ…初めて経験する感情に戸惑っている……喜び…悲しみ…不安…そしてとりわけ怒りの感情は激しく即効性のある感情だ……自分の置かれた環境に対して怒りや理不尽さを感じていたに違いない……その感情が今、一気に押し寄せているのだ…だからその感情をずっと恐れていたのだ」


 その時ヘブラスカが突然血を吐いた……

同時にマトリーシェも肩から出血してその場に膝を着いた。


「ふふふっ…お前の愛しい騎士が…私の騎士を倒した様だ……」


それぞれの騎士の受けたダメージが彼女達にも同様に伝わった。

 致命傷とも呼べる傷を負ったヘブラスカが両手を広げ宣言した。


「絶命スキル 『技能発動鍵(スキルトリガー)』」


 ヘブラスカの宣言で空間が突然アイリスのチャットルームに変化した、いや我々が取り込まれたのだ。

ヘブラスカの体に『呪印』の様な紋様が浮かび上がる……同様にマトリーシェとアイリスの肌にも『呪印』が現れる。


「あの扉に見覚えがあるだろう…」

「…我々を封じていた結界の扉だろう?」


 緑広がるこの体の中にひときわ存在感を放つ重厚な鎖の巻かれた扉

アイリスがマトリーシェを封じていた結界への入り口でもある。


「あれは本来別なモノを封じている空間だ……そもそも転生体である我々が血族結界になど縛られる筈はない……我々もまたアレを封じる手段の一つだったのだ…おかしいと思わなかったか?我々を封じている為にアイリスは魔力を作り出せ無い……感情が表現が出来無い……今はどうだ?我々は既に彼女の外側に存在しているのに感情を取り戻していないのは何故だ?何故いまだに魔力を感じ無い?本命これからだよ……不思議に思わなかったか?姉から生まれた存在がいた事に…では母親の魔力はどうなった?何も生まれなかったと思ったのか?」

「……まさか!!」


 扉が音を立てて開いた……

その隙間からは黒い瘴気が漏れ出しアイリスへと纏わりついた。


「アイリス!」

「動くでない!命が惜しいならな!」


 近づこうとした紫音にヘブラスカは制止の声を上げた。。

不思議な事に紫音はおろかイリューシャもも動くことはできなかった。

伊織は意識を取り戻した様だがまだ動くことは出来ない……


「お前たちは観客だ…この世の終わりの始まりを見届けるがいい……『過去の魔女の魂により目覚めよ!現在の魔女の魂によりその力を!未来の魔女の体を借り受け顕現せよ!』禁忌スキル:ワルプルギス」


 ヘブラスカとマトリーシェの姿が光に包まれアイリスの中へと吸い込まれた。

アイリスの背後の扉に巻かれた鎖が飛び散り、扉は完全に開かれた。

中から黒い女が現れた。

うつむいていてその顔は伺えないがゆらりゆらりと揺れながら一歩一歩アイリスへと近づいていった。

その手がその肩へとかけられて反射的に彼女は上を向いた。

そこは俯く黒い女の顔があり……二人の視線は交差した。


「いやあああああああああああああああああ!!!!!」


アイリスとは思えないほどの絶叫が挙げられ、

その頭は再び糸が切れたように前屈みにこくりと下げられた……黒い女と同じ格好をしたアイリスはゆっくりと立ち上がった。

黒い女の両手はアイリスの両肩に乗せられておりその頭が耳元に近づくと何かをボソボソと呟いた。


一瞬体を震わせたアイリスが両手を広げ宣言した。


「スキル発動 ワルプルギスの夜」



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