ヤミノフルヨル5
大気が震えていた。
イリューシャから放たれる膨大な魔力は妖魔達を圧倒していた。
彼女を取り巻く炎は今や赤から青に変わりつつあった……実際に温度が上がっている訳ではないが 魔力が確実に上昇している事は間違いない。
ゆっくりと起き上がったイリューシャの顔はいつもの愛嬌を振り撒くものではなく 目の前の獲物に歓喜する獣のものだった。
瞬間 妖魔の傍にイリューシャが移動した。
そのまま長く伸びた爪で両断した。
この妖魔は自らが斬られた事すら理解していないだろう……そして炎に包まれた。
状況の飲み込めない紫音は呆然と立ち尽くしていた。
無理もない 親友が実は魔族でしかも燃えていてさらに別人みたいに妖魔相手に虐殺の限りを尽くしているのだから。
「……イリュ……どうしちゃったの?」
「暴走だよ」
紫音の何気ない言葉に背後から答えがあった。
咄嗟に振り替えると長い黒髪の男がイリュを見つめていた。
年の頃は私と同じ位だろうか?黒のズボン、黒のタンクトップ、黒の革靴、革手袋 全身を黒一色で統一された出で立ちは息を飲むものがあった。
その中でも目についてしまうのはその右肩にある剣と十字架を思わせる刺青……
そう思った瞬間 剣の柄の部分の模様が蠢き(眼)が開いた。
その眼が私を見るな否や六亡星を浮かび上がらせた。
「魔導魔眼?!」
魔導魔眼……別名第三の眼とも言われる代物だ。
精霊や幻獣などの上位存在との契約などにより手に入れる事が出来る「秘技」だ。
非常に扱いが難しく、暴走すると宿主の魔力はおろか生命力までも根こそぎ吸い取り消滅すると言われている。
「お前は…ああ…よせ……彼女は敵ではない……」
彼の言葉に一瞬上目遣いに 彼を見ると静かに閉じた。
自立式のものらしい……只でさえ魔眼に魔力を供給する必要があるのに……
自立式となるとその消費量はとんでもないはずだ。この男……一体……
「よく知っているな……それにお前の魔眼も興味深い……しかし今はそれよりもイリューシャが問題だな」
「……貴方……何者?」
魔眼について触れられた事により 紫音の警戒心は最大のものになっていた
「……そんな怖い顔すんなよ……別にどうもしねぇよ…俺は…まぁあいつの相棒みたいなものだ」
そう言ってイリュに向き直る。
イリューシャは逃げる妖魔を追って公園を飛び出した。
その手から放たれた火球は眼前のビルの一階を吹き飛ばす程の威力だった。
此処が結界の中でなければ……そう考えると恐ろしい。
既にワイルドキャットは殆どのものが焼き尽くされていた。
……残されたのはまだ小さな個体……子供だった。
それでもイリューシャの炎は消える事無く彼らを追い詰める。
ふと子供の頃の記憶がフラッシュバックする。
ーーー夕日の公園
ーーー逃げる少女
ーーー同い年の子供達にはやし立てられ
ーーー「お前の眼はーー」
---「悪鬼の眼ーー」
「―っ!!」
ついに見かねて飛び出していた。
後ろからあの男の声が聞こえたが、そんなことはどうでも良かったこれ以上イリューシャの暴力的な行為を見過ごせなかったのだ。
それは彼女を救うためなのか…それとも幼い日の自分を救う為なのかーー
ビルの片隅に追い詰められた一匹のキャットにイリューシャは何の躊躇いもなく業火の火球を見舞った。
その顔には歓喜に満ちた笑みすら伺えるほどだ。
憐れな妖魔は痛みすら感じる事無く灰になる―――筈だった。
加速の魔法で合間に割り込んだ紫音は妖魔を抱き抱え地面を転がった。
その背後のビルで爆発が起きた。
「やめて!イリュ!」
起き上がりながら紫音が叫ぶ……しかしイリューシャからは何の返事もない。
むしろ邪魔をされた事により嫌悪感を漂わせていた。
再び振り上げられた手に火球が宿る―呪文詠唱破棄 意思が行動により具現化する程のレベルだ。
その手のひらの炎が一瞬収縮した瞬間 紫音はその場を飛び退いた。
激しい轟音と爆風が紫音を更に吹き飛ばした。
土煙の中に巨大なクレーターと無惨に崩れ落ちるビルの姿が見えた。
―冗談!あんなの食らったらひとたまりもないわ!
起き上がりながら胸に抱いた子猫妖魔が震えている事に気付いた。
今は私に襲いかかる気は無い様だ…
先程は身の危険を感じて この妖魔の仲間の命を奪ったが……
「……生きてる……」
腕の中の温もりに自分と同じ生命の鼓動を感じた紫音は自らの判断を悔いた
。自分の身を守るためとは言え 先程の妖魔も生きていた。
自分と同じ命を宿していた。無差別に命を奪うイリューシャを止めたいと願いながらも 自らの行動にもなんの違いもない……なんという偽善!!
その罪滅ぼしの為にこの小さな命を救おうというのか?
そうする事で自分は許されるとでも?!
「目を覚ませっ!」
その声にハッとした。思考のループに囚われてその場に立ち尽くしていた。
振り替えると紫音とイリューシャの間にあの男が割って入る形でその右手にはファイアボールが握られていた。
苦悶の表情を見せた後そのまま握り潰した――呪文解除だ。
しかし普通はこんな出鱈目なやり方はしないのだが…
「だ…大丈夫?!」
「そんなわけないだろ…ちくしょう…やってくれるじゃないか…イリュ」
駆け寄りその手をみるが酷い火傷を負っていた。
……私を助ける為に?
「おい…あいつを止めるから手を貸せ」
「……どうすればいいの?」
力の差は明白だが 気がつけばそう答えていた。
男は一瞬意外そうな顔をして笑顔をみせた。
「……気に入ったぜ…お前名前は?」
「紫音…宮薗紫音」
「紫音か…良い名だ」
その台詞に一瞬記憶の中の少年が重なりかけ、息を飲んだ……いや、今はそんな事はどうでもいい
「……それで何をすれば?」
「今から3分…時間を稼げ。」
そう言って 無事な左手を使い魔方陣を展開させた。
それも4つそれぞれ文様が違うことから高難易度の最上位魔法を使う様だ…まずは自分の手を治療すべきだろうに…不思議とこの謎の男に好感が持てた。
この件に関しては信頼に値する…と
抱いていた子妖魔をそっとおろす。
迷子の子供のように不安げな目を向けてきた。
「隠れてなさい…大丈夫だから」
と微笑んだ。 意味を理解したのかそのままビルの影に走り去った。
「さて…私がイリュにどこまで通用するか…やってみるしかないね!」
拳に力を入れると再び彼女と対峙した。
「魔眼発動!!」