魔女の宴 2
「あいつ……ただの変態じゃなかったんだな」
伊織が目の前で起きている戦いを目にしてそう漏らした。
「そうですね……」
紫音もそれに同意した。
魔法の使用できないイヴと理性を失ったヘブラスカの戦いは暴力の応酬だった……
しかしその戦闘は 伊織にとってとても勉強になるものが多かった。
打撃一つにしても練り上げた魔力を込める事で魔法に匹敵する威力を持っていた。
防御にしても魔力を纏う事で格段にそのダメージを防いでいた。
(強くなったと思っていたが…まだまだこの世界には上がいる…)
そう伊織は痛感せざるを得なかった。
(カイル……アイツと共に行けば…私はまだ強くなれるのだろうか?)
「行きますよ!武技!隕石級衝撃」
イヴの拳が地面を穿ち、その衝撃に地盤が崩壊…巨大な岩盤が宙に舞った。
直ぐに彼女も飛び上がり宙に浮かび上がった岩石をヘブラスカ目掛けて殴る蹴るの蓮撃で打ち出した。
イヴ流奥義「超絶岩石弾流星乱舞」である。
かなりの速度でヘブラスカへと岩石が迫るが、彼女は余裕の表情でそれらを難なく回避して見せた……後に残されたのは地面に突き刺さり何かのオブジェの様な景色だった。遮蔽物となった。
「もうおしまいかしら?」
「本番はこれからですよ!」
次の瞬間、イヴは凄まじい速度でヘブラスカに肉薄した、先程までの岩石のスピードに慣れていたヘブラスカにとっては驚異的な速度に感じた筈だ。
その場で激しい攻防が繰り広げられ、打撃を受けたヘブラスカはよろめいた…激しい殴り合いの末、イヴに打ち負けたのだった。
(意外としぶといですね………それよりも…さっきより固くなってない?)
イヴは冷静に分析を始める…自分の拳には魔力を乗せ打撃を打ち込んでいる…
打撃は通るが…魔力はどこに行った?その堅そうな外殻を破壊するために(爆破)の因子を含む魔力を纏っていたのだが……最初こそ激しく外殻を削り取ったが,先程からは普通の打撃の様な感触しかない……
(魔力を吸収してる?)
今まで打ち込んだ打撃に乗せていた魔力を全て吸収していたとしたら…?
突然腕を掴まれイヴは正面のヘブラスカを見据えた。
その目は力強く理性の色が見てとれた。
ヘブラスカの顔に笑みが浮かんだ
「成程……貴女…本当に可愛く無いですね……」
「ふふふ…感謝するぞ女…お前の魔力は極上の甘露だな…残らず搾取してやろう」
「あはは!ババアに絞られるなんてお断りですね!」
「バ…!!失礼な!ババアちゃうわっ!!それを言うならお前もでしょっ!!」
「はぁっ?!どこを見ていってるのかしら?全く…老眼なんだから仕方がないわね」
「馬鹿っ!両目とも視力は2.0だよっ!」
「何騒いでんだ……」
「……さぁ?」
「…お馬鹿な魔力を吸収すると…感染するのかな?」
先程までの激しい戦いは何処へやら……
低レベルのなじり合いが始まっていた。
「っっ!なんだか貴女のせいで私の評価が下がっている気がする!!」
イヴは攻撃に転じヘブラスカに向かって渾身の一撃を突き出した……がそれは先程とは比べ物にならない強度の魔法障壁に阻まれた。
「!!コイツ…私の魔力を…!!」
「…いや…実に素晴らしい魔力だよ…ここまで純粋な魔力は久しぶりだよ……お前が何者か…段々と理解してきたよ……」
その視線がアイリスへと向いた…次に狙われるのはあの娘だ!
そう理解したイヴは着地と同時に素早く足払いでヘブラスカの足元を狙う……が既にその動きは予測されており、空中へ飛び上がり回避された……そのまま胴体目掛けて強烈な蹴りを叩き込まれた。
「ぐっがっ!!」
その体が地面に沈み込みそのまま踏み台にしてヘブラスカはアイリスの元へと飛び出した。
「今度こそ……その身体を貰い受ける!!」
「させるかよっ!」
その軌道上に伊織が割り込み、刀を振り下ろした。
が、それはヘブラスカにより掴み取られてしまっていた。
「強くなったわね…でも……まだまだね」
ヘブラスカが伊織に手を添えるとそこから爆発が起こり伊織は地面を転がる様に吹き飛ばされた。
「伊織さん!!」
「お待たせ子猫ちゃん達……うふふ」
ヘブラスカがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる……伊織は腕だけで起きあがろうとするが……その場に倒れ込んだ…
「紫音…そこを退きなさい…貴女の事、割と気に入っているの。。出来れば手荒な事はしたくないから……」
「そう思うならこのまま帰ってもらえませんかね?」
「うふふ…私の目的の為にはどうしてもアイリスが必要なの…今更退くなんてあり得ないわ……そう、残念ね」
伸びるヘブラスカの手からアイリスを守るように庇うとその周囲で炎が巻き上がり二人を結界として包み込んだ……やがてその炎の色は白へと変色する。
「これはっ?!」
「よっしゃ!イリュ!タイミングバッチリー!」
その声と共にイヴが困惑したヘブラスカの懐へ入り込んだ。
下からの突き上げにヘブラスカの体が浮いた瞬間には蹴り上げからの蹴り下ろし、その反動を利用して回転からのニードロップでヘブラスカが地面へと沈んだ。
「どうよ!これぞイヴちゃん10連コンボよ!」
「4回しかボコってないが10連なのか……」
アイリスを庇い地面にへたり込んだ紫音の隣にイリューシャがやってきた。
「大丈夫?」
「イリュ!……その…姿……」
その姿はあの夜の結界の中で見せた姿によく似ていた……
しかしよく見るとその身に纏っている服装はどこか巫女服に似ていたが…
上半身を覆う部分は黒を主体に、下半身の袴の部分は白を主体としており
更にその右手を覆う手甲は黒く何処か凶々しさを醸し出していた。
左手は白い布の様な素材を幾重にも巻き付けた様な見た目の手甲だった。
「大丈夫……あの時の様にはならないよ」
その柔らかな笑顔にいつものイリュを感じて安堵した。
そのまま顔を動かすと隣のイヴに冷ややかな視線を投げかけた。
「相手を甘く見過ぎだ!仮にも使徒の一部だぞ!」
「うう…そんなに怒らないでよぅ…」
割と本気でキレ気味のイリュに対してイヴは慌てて弁解を始めた。
「それで……どうケリをつけるんだ?」
「ああ……それはね……」
ヘブラスカはゆっくりと起き上がった……まだあれほどの魔力を有しているとは……
次はどの様に食らってやろうか思いつつ意識を前に向けるとイヴが構えており、視線があった瞬間にイヴが踏み込んできた。
蓮撃からの掌底による気功掌、渦巻くような気の流れがヘブラスカの体を駆け巡り、彼女の体内の魔力は掻き乱された。
そして止めは起爆の魔力をその胸に打ち込み体内に溜め込んだイヴの魔力に引火して爆発を誘爆させる………
「これで……おしまいっ!」
イヴの両腕がヘブラスカの胸に突き出された瞬間、その胸が歪な口のなって開いた……巨大なドラゴンの口の様に鋭利な牙を広げイヴの両腕を飲み込むとギロチンの様に閉じた。
ベキベキとイヴの両腕が噛み砕かれ、ヘブラスカの放つ魔力弾によりイヴは弾き飛ばされた。
「!!イヴさんっ!」
余りの光景に紫音は悲痛な声を上げた。
「その腕ではもう戦えまい…これだけの魔力があれば後は……」
「…あはっ…あははははははは!!随分と意地汚いのですね…そんな物を安易に食べてしまって大丈夫ですか?」
イヴが笑いながら立ち上がる。
「私から奪った魔力を溜め込んでるのでしょ?気付いてる?爆破の因子が組み込んであったこと?それって分解できないでしょ?」
ヘブラスカの体内で飲み込まれた筈の左手が指をパチンと打ち鳴らした……突如ヘブラスカの周囲に結界が現れる。
「?!貴様!ワザと……!!」
「次の指パッチンで……ドカン!ですよ!」
「……変態かと思ってたけど……すごい覚悟だわ……手を洗わないとか言ってたから本気なのかと……」
紫音の言葉にイヴが固まった……あれ?震えてる?
「ア…アイリスたんにぎゅっとされた私の右手…私の宝……貴様ーー!!返せーーー!!」
イヴが突然駆け出しヘブラスカを閉じ込める結界の中へと飛び蹴りで飛び込んだ………瞬間、何処からか指を打ち鳴らす音が聞こえた。
「「「あっ」」」
みんなの声が重なり、辺りを眩しい光をが包み込んだ。
「精霊樹の矛」
大地の至る所から鋭い硬質化された木の根がレイヴン目掛けて襲いかかった。
レイヴンは高速で飛行しながらその全てを躱しながら時折、その剣で火花を散らしながらその軌道を逸らした。
「切断できないとは…恐ろしい魔力ですね」
「そんなに褒めても手加減はしませんよ?」
マトリーシェはアイスロッドを掲げ、その様子を観察する。
木の根から逃げ切ったレイヴンが安堵するのも束の間、両側の大地が隆起、無数の腕が拳となって襲いかかってきた……特に標的を狙うのでは無く、闇雲に周囲に対してある種の範囲攻撃だろうか?
「母の八つ当たり」
その名を聞いて納得した……よく見ると肉球が付いている……猫パンチだった…しかしその威力は本物だ。
「障壁」
頭上に魔力障壁を展開し、攻撃を受け止めたレイヴンに側面からカミュが切り込んできた。
「竜撃剣・大地斬!」
かつて竜神の一族が使用されたとされる強力な剣技だ。
それをレイヴンは剣で受け止めようとして……砕けた。
そのまま勢いに飲み込まれ、地面へと激突した。
そこにマトリーシェの魔力が黒い拘束具となりレイヴンを地面へと縫い付けた。
「貴方の企みもこれまでね!あの女を止めなさい!」
「私の企み?あはっあははははは!これはこれは!」
「何がおかしい!」
「貴女達はこう思っているのですね?私がヘブラスカ様を操っていると?これが笑わずにいられるものですか!、私は最初から言っていたはずですよ?『ヘブラスカの騎士レイヴン』だと!」
その瞬間遥か後方で閃光を放って轟音が響いた……アイリス達のいる方向だ。
「そうか…!そう言うことか…!マリー!早くヘブラスカを止めないと!」
「どうしたの?後はコイツを…」
「違うんだ!最初からあの魔女が黒幕なんだ!レイヴンがやっているように見えるけど 全てあの魔女が仕向けた事なんだよ!」
次の瞬間、その魔女のいる方向から轟音と巨大な炎の柱と天高く舞い上がる土煙が見えた。