魔女の宴
結界の外ではギゼルヴァルト姉妹が結界を維持する為に奮闘していた……しかし擬似人格であるルミナリスとモネリスは既に限界に近かった。
膨大な魔力とアイリスの擬似チャットルーム内である事を利用して仮初の肉体を与えられていたが、それも結界の維持に消費され後は擬似的な生命を消費するのみだった。
更に追い打ちをかける様に先程から結界の中で高密度な魔力が数度爆発的に起こり,ルミナス達に少ない負担を掛けていたのだった。
(それにしても…戦略級の魔法を好き放題に撃ちまくり、暴力的な魔力の流れも何度も何度も…!!私達のことなどお構い無しにっっ…!!……はうっ!なんて素敵なのっ!!流石はアーガイル様だわ!)
思ったよりもルミナスだけは元気そうだった.
「……ごめんなさい…ルミナスお姉様……私もモネリスも限界が近いです…」
「!接続を切ります…この後は私一人で…」
「いけません!お嬢様!この結界を一人で維持する事は命を投げ出すのと同じ行為です!」
「じゃあこのタイミングで現れるなんて最高だね」
「!!アネモネ!!」
ちょうどルミナスの背後からラプラスのゲートが開きアネモネとイングリッドが現れた。
「アネモネ!早く私の所に!!」
モネリスが悲痛な声を上げた…駆け寄ったアネモネが見たのはその体から微細な粒子を放つ崩壊現象だった。
「頑張ったけれど…もう限界みたいだ…魔力の出力同調して…アネモネから貰った魔力を返すよ…」
ゆっくりと魔力の質を同調させ、その体を重ねる…モネリスの輪郭はあやふやになり…やがてアネモネと一つに重なった。
(今までありがとう…楽しかったよ…アイリスを頼んだよ………凄く楽しかったよ…お母様にも……よろしく伝えてほしいな……あと…カイルにも……)
「…貴方…カイルの事……任せて…記憶も想いも私が受け継ぐよ」
やがて彼女の声は聞こえなくなった……正面に目を向ければルミナリスが同じようにルミナスと重なり合っていた。
(ルミナスお姉様…短い間でしたがありがとうございます……後はお任せします,ご武運を……)
(ルミナリス…今まで妹達をありがとう…私の中で休みなさい)
自分の体の中に消えてゆくルミナリスの気配を感じながら今までアイリスの中で彼女を守り続けた存在に敬意の念を手向けた。
見れば彼女の位置はイングリットが引き継いだ。
「ルミナス様…我々にはこの結界は無理です「四重奏結界」はいかがですか?血族結界もそのまま利用できますので」
「…いいでしょう…リットの意見を採用しましょう」
一瞬だけルミナスとアネモネの二人で結界を維持する合間にイングリットとネルフェリアスの二人が新たな結界を構築する。
血の連鎖が形を変えてさらに高速で回転を始めた。
「血界魔素変換!『四重奏結界』」
四人の魔力が個形態から流動体となり、高速で移動する為空気に振動が伝わり,高音のメロディを奏でた……それは光の帯のような魔力の流れが幻想的な空間を作り出した。
本来「世界牢獄」はマトリーシェとアイリスの魔力に憑依していたヘブラスカを捕獲する為に使用していたため、レイヴンが現れた今となってはこの選択は正解だったと言えるだろう。
上位魔族四人による強固な結界だ…並大抵の事では破壊されはしないだろう。
先程のような魔力によるダメージもなければ、不本意ではあるが下着による回復が非常に良い仕事をしていた
アネモネには指輪が引き継がれ、ルミナスには髪留めが一層効果を発揮した。
「ところで……貴女達何か光ってるけど…何なの?」
「これはね……アーガイル様の愛よ!」
ルミナスが得意げに胸を張った……背後の効果音は「ドヤアアアー」である。
ちょっと何言ってるかわかんないような顔をされたのでネルがちゃんとした補足を入れた。
「なるほど…あの子なりにちゃんと考えてくれたのですね…」
アネモネが指輪を見ながらニタリと笑う…今までの自分なら良い先生だと思ったかも知れないが
今の彼女の心情を知っているイングリッドは素直に喜べなかった。
「お姉様……来週の週末は何かご予定が?」
「ちょっと…!モネ!」
「来週…いや、特には…」
「では…お姉様もリットの所にお泊まりに……」
アネモネによって全部バラされた。
「成程…今現在の「アーガイル様杯 正妻決定G1レース」はリットが単独首位という事ですか……」
「なんですか?そのずきゅんばきゅんしそうなレースは……そもそも私はせ、正妻とか…そんな…私はカイルよりも年上だし……」
「そんな顔して反論しても全く説得力ありませんよ……えっ?カイル様?アーガイル様では無くて?」
彼女の言葉にルミナスがフリーズした。
てっきりアーガイルに良い様にされているのだと思っていたが……まさかカイル様とも……
「リットもう一度聞きます……貴女…カイル様とも?アーガイル様だけではなくて?」
「えっ?いやあの…アーガイルは…その少し強引な所が…私はちょっと苦手で…何方と言うと優しいカイルの方が…」
「……………」
何と言う事だろうか……私なんて今日やっと勇気を出して会話をしたばかりだと言うのに……
この差は何なのだろうか?やっぱり大臣なんかやっている場合では無かったのだ……もう辞めよう!辞めて学園の先生に……いや…既にリットが居るのだカイル様のクラスになるのは困難だ……いっそのこと生徒として同じクラスに転入……いいわ!すごくいい!
「とりあえず来週に週末までにケリをつけるわ!」
何かまた厄介ごとの予感がしてネルは溜息を吐くのだった……
(まあ……お嬢様が焦るのもわかりますよ……)
ネルが視線を向けるとその先に居たイングリッドはその身に着けている物が全て光を放っていた。
「これはどうですか!『炎熱斬撃』」
レイヴンの剣が赤い熱を帯びて斬撃となってカミュに向かって放たれた。
その,予測不能な魔力の斬撃は炎を纏い,不規則な軌道を描きながらカミュを襲った。
「氷雪剣 氷牙」
それを迎えるカミュの振るった剣先が穿った地面より鋭利な氷の柱が突き出しレイヴンの斬撃を迎撃した。
その激しい激突で周囲が濃厚な水蒸気で覆われ,視界を奪った……その中からレイヴンが低空を飛行しながら鋭い突きと共に現れた。
それを予測していたようにカミュは袈裟斬りに振り下ろした…が、レイヴンは寸前でそれを回避するがその頬に薄い血の跡を滲ませた。
「恐ろしいほどのセンスですね!!…やはり貴方は生かしてはおけない存在だ!」
余裕そうに思えるがレイヴンは内心焦りを感じていた。
剣技だけで見ればカミュの方が圧倒的に上だ……自分の剣の腕では叶わないだろう。
「ですが……魔法の方はどうですかね?例の魔人と体を共有している様子ですが…何らかの制限があると推測しますね」
そう言ってその手を突き出すと魔力の塊の槍が打ち出された。
「暗黒槍」
それは一直線にカミュに向けて打ち出された魔力の塊でその殺傷能力も高い。
最初の数本を弾き飛ばしていたが次々と放たれる槍にカミュは距離を取った……しかしその数が減る事はなかった。
「くそっ.アイツ以外に良く観察していやがる……!」
カミュは内心舌打ちをした。
カミュは魔界において数々の戦場を経験したが、その戦闘スタイルはマトリーシェの作った指輪の鎧によるものがほとんどであった為、基本は剣によるものが多い……魔法の適性はあるが使う機会にほとんど恵まれなかったのだ……
なので魔法戦闘においては経験が足りていないのだった。
(自分は……試されているのだな)
『なんなら俺が全部やるが?』
戦いの前、チャットルームでアーガイルに言われた言葉だ。
確かに彼なら可能だろう、この体の中で今までの戦いを見て来たが……カイルとアーガイル……二人の実力の底が知れない
本来なら自分の人格など残さず力だけを奪い取る事も出来る筈なのに………
『君に提案があるんだ』
あの少年の言葉通りにこの体も癒され,そして望み通りにマリーも無事に取り返す事が出来た。
俺が使えるかどうか試されているんだな。
(彼女と共にこの先も歩みたいなら…価値を示せということか)
「火炎斬撃」
巨大な炎の刃が上空から叩きつけられた…地面が一瞬で高熱を帯びて溶解する。
だがこれは罠だ,逃げた先に再び斬撃を放つのだろう……
残念だが思い通りにはさせない。
「魔法剣」
これは自身の魔力を武器に宿す魔力コーティングの魔法だ…
瞬時に水属性の魔力を纏わせる。
「水神剣 斬魔」
青い魔力の軌跡を残してレイヴンの魔法を切り裂いた。
真っ二つに切り裂かれた炎の断面から蒸気が噴き上がった………その残骸が地面に落ちると同時に爆発し、カミュはその衝撃によろめいた。
「いけませんね!魔法を軽く見てはいけませんよ!」
蒸気と土煙の中からレイヴンの声が聞こえた。
周囲を警戒し……足元がぬかるんでいる事に気がついた……『沈殿沼』の魔法だ。
「ほぅら…油断大敵ですよ」
声の方向に風の魔力を纏わせた斬撃を放った。
「風神剣 凪」
風の魔力が周囲の土煙を巻き込み前方の大地を削り上げた。
周囲の視界が晴れるとそこには既に呪文を完成させたレイヴンがいた。
「直接打撃を与えるだけが魔法ではありませんよ……『雷槍』」
レイヴンの頭上に夥しい数の魔法が浮遊していた……彼が手を振り下ろすと雷の槍が徐々に動き始め,それはカミュの近くの地面に突き刺さる……
水気を含む大地が帯電しカミュの体を電撃が襲った。
「ぐっ!!」
電撃は瞬間的に体に衝撃を与える……致命的な威力では無いがそれにより体内で魔力がうまく纏められなくなった……この威力にする事でこの数を発揮できたのであろう。
絶え間なく地面に突き刺さる魔法は継続的にカミュにダメージを与え続ける一方で時折カミュ自身を狙った魔法が打ち込まれている…斬魔により切り裂くが電撃の影響で体内の魔力が上手く練り上げる事が出来ない。
その状態で受けた一撃についにその場に片膝をついてしまった。
「七頭火炎竜』
周囲から七匹の炎の竜がその首をもたげ一斉にカミュに襲いかかった。
『大樹の守り』
巨大な植物が地面から引き出しカミュを包むように守った……火炎により表面は燃え上がったが防ぎ切れた様だ……
「もう来てしまいましたか……」
レイヴンの視線の先にはアイスロッドを掲げたマトリーシェが居た。
カミュを包む植物がそのまま彼女の元にカミュを連れてきた。
「大丈夫?」
「ああ……ありがとう…マリー……?マリーだよね?」
「ええ……そうよ…ふふ…おかしな事を言うのね」
実際,カミュの感じた違和感は正しい。
今のマトリーシェは四人に別れた人格が全て統合された【本来あるべき姿】のマトリーシェなのだ……以前のような子供っぽさは無くなり見た目どうりの落ち着きと気品に溢れていた。
「じゃあ次は私達の番ね……第二ラウンドよ」
マトリーシェが一歩踏み出す……伝説の魔女が今動き始めた。