魔剣の再誕
イリューシャはまどろみの中で思考する……
レイヴンを見た瞬間に私の中の存在が激しい怒りを叫んだ……マトリーシェとの共鳴だ………今なわかる……私の中の存在……【魔剣】とは過去の記憶で見たマトリーシェの分体とも呼べる存在,ガンマトリーシェだ。
彼女の共鳴により,問答無用で身体の自由を奪われてしまった……
過去に経験した事がない程の怒りの感情でこちら呼びかけは届かない。
『アイツダケハ……ユルサナイ!』
目の前に座る黒い炎を纏った私から怒りの声が聞こえた…これはガンマリーの残留思念であり、もう一人の私。
ここはイリューシャのチャットルーム……『炎の祭壇』である。
燃え盛る岩や木々に囲まれた中央に私達は向かい合って座っていた……奥に視線を向けたらそこには当時の故郷のまま祭壇があり「魔剣」が突き立てられていた。
(落ち着いて!……マトリーシェは敵じゃない!)
そう答えるのは彼女の目の前に座る白い炎を纏った私……本来のイリューシャの人格であり本体とも呼べる存在だ。
『ジャマスルモノワタシガハカイスル!!ハオマエノチカラデハ……ナニモデキナイ!!』
(そんなことわかっているよ!!でも…これじゃあ暴れているだけだ!!)
『アイツラダケハユルセナイ!!オマエノチカラモヨコセ!!』
黒いイリューシャの体に変化が現れた……体を覆う魔装がさらに全身を覆い黒い炎が全身から噴き出す……この場でレイヴンとヘブラスカを見てから彼女の怒りの度合いが数段と上がっていた……イリューシャでは抑え切れない状態である。
思考が殺意へと飲み込まれそうになる…その証拠に私の体からも徐々に黒い炎が立ち上がる…彼女の魔力が私を侵食している…
一見、ヘブラスカとマトリーシェの様な関係に見えるかもしれないが本来,これは「契約」に近いものである。
彼女は提案をしてくるが私が同意しなければ体を乗っ取る様な事はしない…筈だった。
現実世界では今,イリューシャの体を操るガンマリーがマトリーシェと戦闘を行なっている真っ最中だ…今は強制的に体の優先権を奪われた状態だ……だから完全にはその力を出し切れていないのだ。
今彼女が提案しているのは「心」の同意だ。
これに同意してしまえば恐らく彼女は全ての力を解放して言葉通りに全てを破壊するだろう……前回、夜の街で詩音と対峙した時も心だけは同意しては居なかったが……そうなれば私を止められるのはカイルだけだ…それ以外の方法は私を殺すしかない。
(やめて!ガンマリー! 貴女ガ望んでイルのは闘うコトじゃナイハズ!!)
『カラダヲユダネロ……スベテコワシテヤル!!』
(や、やメて!!私は……みんナをまモリたい……)
『マモル…?』
憎しみや殺意だけを囁いていたてガンマリーがその言葉に反応した……
イリューシャを縛り付けていた殺意の炎が緩んだ。
思えばイリューシャは自身の思考を初めてはっきりと口に出して叫んだ…今までは無理だと半ば諦めいたからかもしれない…耐えることしかしていなかった自分の心情の変化に驚いた……多分そうさせたのは彼女達の影響だろう……
「そうだ!大事なモノを守る為に私は力が欲しい!殺したり壊さなくて良い!愛する人達を守る……その力が有ればそれだけで良い!」
『ダイジナ…ひと…マモル…ちから』
忘れていた感情…初めての感情…何かを思い出した様に彼女からの魔力が穏やかな気配を纏った。
「あなたは私と同じ!……私もかつては全てを憎んでいた!世界を…家族を…自分すらも!だからあなたを受け入れた!全てを憎む貴女を!でも…わかったんだ…カイルが教えてくれたから…憎しみの炎より守る為の炎の方が暖かいって…」
時を同じくしてマトリーシェの魔法がイリューシャの体を優しく包んだ……ガンマリーの体を覆っていた黒い炎が消え去った。
そして再び イリューシャの体から白い炎が立ち昇る…
『守護炎 白焔』
焔魔族の巫女だけが扱える一族の秘術だ。
「貴女のその力も誰かを守る為に与えられた力の筈!お願い!私に力を貸して!みんなを守る為に…敵を討つ力を!」
「ワタシは…破壊のチカラ…私は…ミンナを守りたかッタ…向けられる全ての悪意カラ…だから…私は…」
「お願い!ガンマリー!!」
『ガンマリー』
イリューシャと誰かの呼び声が重なった。
気が付くと二人は草原の丘に立っていた……イリューシャは自分の体を見下ろす…随分と幼い体付きをしている……ガンマリーを受け入れた頃だろうか?
それと自分の体が透けていることに気がついた。
「マリー…マリファ!マリータ!」
ガンマリの視線の先には同じくらいの少女達と猫耳の付いた女性がいた。
そうか…ここは彼女達の共通しているチャットルームの様な場所なのかもしれない……ずっと一人だったガンマリーの帰る場所が見つかったのだ。
「早く行きなよ…みんな待ってるよ」
「でも……」
「私なら大丈夫…あなたが一番知ってる筈でしょ?」
「ありがとう…イリュ…最後まで付き合えなくてごめんね」
「いいよ…ガンマリーがみんなに会えて良かった」
ガンマリーが私の背後に視線を向けて言った。
「ガンマリア………イリューシャをお願いね」
…ガンマリーは手を差し出してきた。
「今までありがとう…イリュ」
「私もありがとうガンマリー」
イリューシャはその手を握り返した。
ガンマリーが一際眩く光を発した……今まで感じていた彼女の存在が薄れてゆく……
イリューシャは眼を細めると光の中からみんなの元へ駆け出してゆくガンマリーを見た……今,彼女との繋がりが切れた……イリューシャは遠ざかる彼女の後ろ姿を見送った。
(…ありがとうガンマリー……さよなら)
彼女は丘を下り、草原を駆け抜けて、家族の元へたどり着いた。
辺り一面が光に包まれた。
目を開けるとその手には一振りの剣が握られていた…
一族が護り、一族が癒やし続けた炎の魔剣。
一族に伝わる銘は 「憤怒の炎」
イリューシャしか知らないその真名は
「ガンマリア」
純粋に魔剣としてのガンマリーから生まれた存在だ。
分割された意識が浮かび上がると……そこは先程までいたチャットルームだった。
さっきまで目の前にいた「彼女」はもう居なかった。
喜ばしい事であるが寂しくもあった。
意識を再び現実へと戻し戦いに参加しなければ……
そう思い振り返るとそこにいた人物を見てギョッとした。
「なんで……あんたまだ居るのよ?」
そこには先ほどと変わりない黒い炎まとったイリューシャが立っていた。
本当にガンマリーなのか?であれば答えは否だ
『私の居場所はここだ……もう一人の存在であり……魔剣アグシャナでもある』
「え?…アグシャナ??「知性のある剣?」
『お前達の一族により崇め、祀られ、神格を得たのだ……』
「神格?…え……?魔剣?」
『我はお前達一族に感謝している……あの娘の悲しみもようやく祓われた……次はお前の番だ……今後は我がお前の剣となって力を貸してやろう』
「……マトリーシェ……」
「……イリューシャ……あの子を…ありがとう」
私を抱き締めていたマトリーシェがそう呟いて私を解放した……
見た目は何も変化していないが……何か雰囲気が変わった様に感じる……
「…仲良くしてくれ」
「ふふ…そうね……さて……」
そう言ってマトリーシェは前を向いた……そこではカミュとレイヴンの戦いが繰り広げられている。
「…私としては彼と一緒に成し遂げたいのだけど?」
「…今回だけ譲ってやる…」
イリューシャは後方で戦うヘブラスカとイヴを見る……決して優勢とは言えない状況である。
「さっさと終わらせて来い…」
「そうね…そっちは任せるわ」
互いに視線を交わして微笑むと互いの戦場へと駆け出した。