混沌の魔女 10
「魔眼解放!」
宣言と共に彼女の周囲に風が巻き起こり、その金の髪は翡翠の色を含み金緑色へと変色した。
彼女の瞳は緑色を主体に角度によって黄色や水色の色に変わる不思議な眼だった。
彼女の魔眼はナチュラルでは無い…後天的に与えられたものだった。
時は少し前に遡る。
『マリー』
彼女のチャットルーム『魔女の森』ではマリーとマリファ、マリータが言い争いをしていた。
「ちょっとマリー!何やってるのよ!ガンマリーを止めるのでしょう!」
「まずは身動き取れなくしてからしっかりと誰がマトリーシェなのかわからせてやる!!」
「ちょっとみんな落ち着いてえ〜」
『マリー』
そんな三人に近づく姿があった……必死に声をかけていたが全く気付かずに言い争いをする三人に戸惑いながらも次第に怒りを顕にした態度で三人の前に躍り出た。
『この…スカターン!!』
三人の頭に拳骨が落ちた。
「「「いったーーーーーーいいいっ!!」」わ…私は止めてただけなのにい〜」
三人は頭を抑えて悶絶する。
「何すんのよ!!」
マトリーシェは立ち上がりその人物を睨みつけ………驚きに目を開いた。
「ネ…ネアト!!な、なんでここに……」
彼女の育ての親、ネアトリーシェだった。
彼女は腰に手を当てていかにも「怒っています」と体現していた。
「…全くお前達ときたら……一体何の為に魔術を習ったんだい?」
「…私は……みんなを幸せに…」
「相手を力でねじ伏せて従わせる為だろ!」
「!違うもん!そんなことしないもん!」
「昔っからお前は…直ぐに……」
やっと会えたと思ったらいきなり説教が始まった……
戸惑いながらも懐かしいと感じる彼女の心に温かいものが宿った……
目尻から涙が一粒こぼれた……見ればネアトもその両目に涙を湛えていた。
「…本…当…に…お前は……」
「……ネアト…!ネアト!」
お互いに駆け寄って抱き締め合った。
あれから一千年の時を超えて…親子が再会したのだった。
「でも…ネアトがどうしてここに?ここは私の「心象世界」の筈でしょ?」
「ああ…既に私は死んでいるよ…ここにいる私はお前の魂魄に刻んだ『魂魄契約』に保存されている記憶の一部だよ……千年前のあの戦いの中でカミュの眷属としてお前と戦った時に『魂魄咆哮』でお前の動きを縛った時……自分の意識と記憶を一時的に織り込んだのさ……こうやって話をする為にな」
ネアトはマトリーシェから離れると彼女の前に姿勢を正して立ち上がった。
それに倣い、マトリーシェも姿勢を正した。
「マトリーシェ……魔女とは何だ?」
かつて幼い日の自分にも問いかけられた言葉だ……あの時は答えられなかったが……マトリーシェは目を閉じた。
魔女……彼女は様々な魔法、魔術、それを取り巻く人々を見てきた。
人々との接触を最低限にし、人々の為の薬を作り影で人々の幸せを願う
森の魔女「ネアトシーシェ」
国を滅ぼすほどの欲望に取り憑かれたその奇跡の魔法を自分の為にしか使用しない
混沌の魔女 ヘブラスカ
その力で人を惑わせ、欺き、破滅させる……自身の目的の為ならば他者の命すら厭わない
暗黒天使 レイヴン
その悪意ある物達に運命を狂わされた会った事もない父親と母親…そして双子の妹、ファルミラ
そしてアイリスを通して知った、今のこの時代にて私を救おうと手を貸してくれている者達……
その力は計り知れない物があらにもかかわらず、他者の為に奔走する、カミュを宿した少年 カイル
その従者、アーガイルとイヴ
もう一人の私ガンマリーをその身に抱えてなお憎しみに抗う少女、イリューシャ
この私を感情と引き換えに身に宿しながらもヘブラスカに争い、私を守り続けてくれて少女 アイリス
自分が傷つく事よりも他者を優先する強い心を持つ、希少な魔眼の持ち主… 紫音
彼女の姉、ルミナスにアネモネ、母とその従者のネルフィリアス…彼女達のアイリスに向ける愛情
厳しくも生徒達を導く教師イングリッド
だらしないが包容力溢れる?アイリシア……
(……そうか…そうだったんだ……繋がっているんだ)
マトリーシェは眼を開け正面のネアトリーシェを見つめた。
「答えは見つかったか?」
「ええ」
「ならば再度問おう!マトリーシェ…魔女とはなんだ?」
「魔女とは……魔女とは人と未来を繋ぐ者よ!」
「!!」
「魔女…魔法は恐ろしい存在だわ…使い方を誤れば人の命すら失われる…人だけじゃない…家族を…街を…国ですら不幸にしてしまう…でもその反対もそう…人を…家族を…国を…幸せにだってできる!相手の事を想い、その力を使う事がみんなの未来を幸せに…豊かにする事だわ!」
その強い眼差しの中に強い意志と後悔の色が見えた。
自身の行った事を理解したのだ。
カミュを解放する為…カミュを戦争から守る為…そうやって自分が行ってきた行為が他の誰かを傷つけ、命を奪い、その家族に悲しみを与えてしまった事を。
「…そうか…それがお前の『魔女』なんだね……」
力強く頷く娘をネアトリーシェは眩しい物を見る様な眼差しで見つめた。
「でもね…マリー…一番は自分が幸せにならなくちゃいけない…後悔の為の魔法は自分を追い詰める…贖罪のための魔法は自分を苦しめる…自分の為に魔法を使っても良いんだよ…自分が幸せを知らないと他人を幸せになんて出来ないからね……さぁお別れの時間だ…」
見ればネアトリーシェの体から淡い光の粒子が立ち込めていた。
「ネアト!!」
「言っただろ?一時的な物なんだよ…でも最後に立派になった娘を見れてよかった……魔眼の使い方はわかるね?」
ネアトリーシェにしがみついたマトリーシェは頷いた。
肩を震わせて泣いている様だ……
「全く…良い年をして泣き虫は治っていないな……」
「…だって…私は…ネアトの……お母さんの娘だもん!!」
「!!……はは…そうだったね…お前は私の娘だもんな…」
気がつけばネアト自身も涙を溢していた。
「……国の仲間達の無念を晴らす為に研究に没頭してきた人生だったが……娘に見送られての退場も悪くないね…私の最期にしては上出来だよ…ありがとう…マリー…愛してるよ……」
腕の中のネアトが光の粒子となって消え去った。
(マリー私の可愛い娘…いつも見守っているよ……)
「ネアト!!私も!私も愛してるっ!!」
宙に舞う光の軌跡に手を伸ばしてマトリーシェは叫んだ。
やがてその光はマトリーシェの体の中に入り込み消えて行った……
魔眼「深淵の森」
千年前…カミュにより召喚されたネアトの「魂魄咆哮」を使用した際に魔眼の封印は解かれていた。
その存在を知らないマトリーシェやヘブラスカは気がつかなかったのだ……
その魔眼は正しき行いをする者にのみ力を与えるのだ…決意を決めたマトリーシェの前にその姿を表したのだった。
これは彼女達が住んでいた、森から与えられた力である…故に属性は「土」木々に関する魔法がメインである。
「深林触手」
地面を突き破り植物の根が触手のようにイリューシャを追いかけた
イリューシャはそれを切り裂き、燃やし、力任せに破壊した…しかし触手は無尽蔵に生え続ける。
「ジャマダ!!」
イリューシャは息を溜め込むと一気に炎を吐き出した。
木の根はなす術もなく燃やされてゆく。
「母なる大地」
地面が水の様に滑らかに揺らぎ巨大な土の手が地面から現れてイリューシャを掴み込んだ。
これはネアトリーシェより与えられた魔眼
「母の愛情」の力である。
彼女の属性がそのまま受け継がれておりその属性は「土」と「火」
である。
「コレシキノ…!!」
イリューシャの体が瞬間大きな炎を放ち手ごと爆発を起こして脱出した。
しかし第二第三の手がイリューシャに殺到した。
「いい加減に話を聞きなさい!」
「ウルサイウルサイウルサイ!!」
まるで癇癪を起こした子供である。
実際子供の頃から抑圧された負の感情が漏れ出している状態なのだから仕方がない。
なので溜め込んでいるものを吐き出させれば良いのだ。
怒りのままに火球をたがつけてくるイリューシャにマトリーシェは余裕の表情で煽った。
「あはっ一体どこを狙っているのかしら?赤子でも上手に当てられる距離じゃない?」
「ウルサイ!オマエがチョコマカとウゴクカラダ!!ジッとシテロ!!」
「はぁ?じっとしてても当たりそうにないんですけど?」
「うウウウう!!ダマれ!」
「いくら強がっても…やっぱり子供ね」
「!?」
我を忘れるほどん怒りで周囲が見えなくなっていたイリューシャは左右から迫る大地の掌に気が付かず、なす術も無く捕獲されてしまった。
「クッ!!コンなモノスグにこわして……」
「捕まえた〜!」
正面からマトリーシェによって両頬を掴まれた。
その両手が淡い光を放つ……この距離では流石に無傷とは行かない……
「ち…チクショウ!!」
イリューシャは来るべき衝撃に目を閉じた……が、いくら待っても衝撃はやって来なかった。
それどころか心に中の怒りの感情が鎮まっていくのを感じた。
理由はマトリーシェの魔法だ……何なのだこの魔法は……
「想像魔法:『平穏なる草原』」
柔らかなベールが彼女を包み込みその体に纏っていた炎が消え去った。
その不思議な色をした瞳が彼女本来の魔眼『森の魔女』であり他の二つの魔眼との融合に成功した奇跡とも呼べる存在の魔眼だった。
その名は『賢者の森』
「な…何が……」
次の瞬間には彼女はマトリーシェによって抱きしめられていた。
「ごめんねガンマリー……ありがとうもういいんだよ……」
「……マリー……」
気が付くとガンマリーは草原の中に立っていた……懐かしい風と森の匂いがする……小さな頃、いつもネアトと歩いた森へ向かう草原だった。
振り返るとそこには懐かしいあの森が広がっていた……森の入り口で誰かが手を振っている
自分によく似た三人の子供達と一人の女性が皆こちらに向かって手を振っている。
「マリー……マリファ…マリータ!」
ゆっくりと足が森に向かって歩き出した。
「ネアト!……お母さん!!」
ガンマリーは駆け出した…あの懐かしい場所へ……
走るたびに心の中から怒りの気持ちがこぼれ落ちてゆく…
気がつけば涙を流していた……やがて目の前のネアトに飛び込んだ。
『ただいま』
『おかえり』