混沌の魔女 9
「マトリーシェの所へ行こう」
とは言ったものの、周囲にはまた新たな魔方陣が現れ屈強な体をしたオーガの様な魔物達がゾロゾロと現れた。
「あいつらを排除するのは簡単だけど…この娘を連れて、となるとなかなか難しいなぁ」
いまだに肩で息をしているアイリスを見て伊織はどうしたものかと腕を組んだ。
「奴らを排除するのは私が…紫音が防御を担当…もう1人運搬役が居れば良いのだがなぁ」
「はいはーい!その役目はお姉さんに任せなさい!」
どこからともなく声がしたかと思えば結界の外にひしめいていたオーガ達が打ち上げ花火のように四方八方へと雑に投げ飛ばされたり蹴り飛ばされたりしていた。
やがて海が割れるように道が出来ると金髪の女性が軽い足取りで結界の中に入ってきた。
「やぁ!初めまして!私はイヴ!やっと会えたね!あいりすたん!」
「たん?」
いきなり現れた女性は一見メイド服の様な衣装に身を包みスカートを持ち上げると淑女の礼をとった……その後はとてもフレンドリーな態度で…逆に困惑した……誰?…イヴ?何か聞き覚えが……あとアイリスに対してとても近い。
「あの…あなたは一体」
「きゃわわっ!生紫音ちゃん、!」
女性は目をキラキラさせて私の手を取った……凄く近い……
生紫音…鮮度管理が必要なのだろうか?
「ずっと会いたかったの!!いやーん可愛い〜」
「おい…なんだコイツは…?」
困惑する伊織の呟きに反応すると紫音をするりと抜けると伊織に抱きついていた。
「ぴゃーん!いや〜んお人形さんみたーい!貴方が伊織ちゃんね?」
「ちょっ……!おまっ…!」
纏わりついてくる女性に流石の伊織も困惑の色を隠せない…
敵意は無い…敵意は無いのだが……近い。
「はわーなんて素敵空間!ねえこのままみんなでお茶しながらお話ししない?」
くるくると回りながら楽しそうにはしゃぎ回る女性がうっかり結界の外にはみ出した。
瞬時にオーガの群れが雄叫びを上げて殺到する。
「あん?うるさいですね」
背後に裏拳一撃……それだけでオーガの頭が吹き飛んだ。
そのまま崩れ落ちる筈の巨大な手を掴み取るとぐるぐると回り始めた
「いーまーいーいーとーこーろーなーのーーーー!!!」
周囲のオーガーを巻き込みながら放り投げたその死体は辺りの同族を盛大に巻き込んだ……まるで砲撃にあったかの様な轟音と共に激しく土煙が上がった。
「な、なんかやべえぞあいつ」
伊織が耳元で囁いた…大丈夫です…
みんな同じ感想です。
「いやーお待たせお待たせ…じゃあ早速お茶の用意を……」
そんなイヴの手をアイリスが掴んだ。
瞬間イヴの動きが止まった。
「イヴさん…私達をマトリーシェの所に連れて行って!」
瞬間、イヴががうっと呻いてしゃがみ込んだ。
「ううっ…儚い系美少女のおねだりとか…と…尊い……もうお姉さんに任せて頂戴!!どこにだって連れて行ってあげるわ!!あとこの手は洗わない!!」
「なぁ……自分達だけで行かないか?」
伊織は割と本気で心配している様だ……
私も心配です。
純粋にあの力は頼もしいが……どこか身の危険を感じるのも事実だ。
もっと細かく言うと身の危険というか貞操の危険を感じる。
「さぁ!行きましょう!アイリスたん!おんぶが良い?それともお姫様抱っこ?」
「……紫音……」
アイリスが困った様な視線をこちらに向けた。
チャットルームが解除されたので再び表情は分かりづらいが今の状況なら間違いなく理解できる!!
結局アイリスは紫音が抱き抱える事になった。
自分に魔導リングにより身体強化と防御結界を張り、伊織がその周囲を護衛、イヴは前衛として進路の確保と周囲の露払いとなった。
「紫音ちゃん大丈夫?重くない?勿論アイリスたんが重いはずないんだけど…いつでも代わるからすぐに言ってね?」
一言で言えばイヴは優秀であった。
紫音とアイリスを心配して常に声を掛けてくれるのだが……
「はっ!」
一瞬で姿が消えたと思ったら前方でオーガの頭を吹き飛ばしていた。
次の瞬間には隣に帰ってくるのだ…
「落ち着きのねぇ女だなぁ」
伊織が苛立ちを隠さずにそう言い捨てた。
「ああん…そんなに褒めないでぇ」
「褒めてねぇよ!」
「紫音ちゃん大丈夫?代ろうか?なんなら二人ともおんぶしようか?にゅふふ」
腕の中のアイリスが一層しがみついてきた…心なしかその手は震えている。
「紫音…私怖い」
「そうね…私も怖いわ」
それはこの戦いが…だろうか?
それとも今の状況が…だろうか?
私としては両方怖いのだが……ただイヴの言動はアレだが本気でその様な行動に出る様な気配は感じられない……
なので逆に不気味である。
紫音は身体強化をかけ直してしっかりとアイリスを抱え直した。
「安心して!貴方は私が色々と守るわ!」
ちょうどその時目の前のオーガの群れに何かが突っ込んできた。
轟音とオーガ達が激しく周囲に吹き飛ばされた。
いつままにか私達の前にイヴが立ち、守ってくれていた。
「貴女は……あの時の余り可愛くない魔女ね?前より可愛さが無くなってるわね」
目の前の地面からヘブラスカか立ち上がった。
体の大半は黒い鱗に覆われており既に理性を保っている様には見えなかった。
その濁った様な瞳からは憎しみと殺意しか感じ取れなかった。
「あらあら……貴女もこの娘達の愛らしさに釣られてここに来たのかしら?それならば見込みはあると思ったのだけど……どうやら魔力に釣られただけみたいね…」
そう言いながらイヴは首から下げていたプレートを抜き取ると伊織に投げて寄越した。
「これは?」
「紫音ちゃん…そのプレートに魔力を流して!結界と魔力隠蔽が出来るからそこでしばらく待っててね?」
言われた様に魔力を流すとプレートの中央にある文字が淡く発光を始めた。
周囲に光の膜が湧き出し三人を包み込んだ。
割と強度が高めの『防御膜』である。
「さてと……覚悟してね?使徒の犬ちゃん…私貴方達の事嫌いだから……手加減の必要性を感じないわ」
「前線を維持しろ!!」
マードックの怒声が響いた。
塔の下ではレイヴンの仕掛けた魔法陣より大量の魔物が押し寄せていた。
鉄平達魔術に心得のある者達による防御結界で押し留めて銃火器による討伐スタイルだ…過去にも似た様な現場を経験した事もあり隊員達は手慣れた様子で作業をこなしていた.
倒された魔物はその場で光の粒子となって消えてゆくが時折素材をドロップする事もあり、作戦終了後はそれらは回収されこの部隊の運営の試験源となっている。
しかし今回は過去のどの戦いより別次元だ…過去彼らが経験したことの無い程の量の魔物が現れていた。
「くっそ!キリがないな!」
「文句を言う前に手を動かせ!」
マードックやキースの様な近接戦闘スタイルの傭兵はその撃ち漏らしを討伐していた。
装備が充実したものの、想像以上の魔物の数に傭兵達の疲労も限界に近づいてきていた。
「やべえぞ!マードック!」
キースの声に前を見れば向こうから巨大なゴーレムが接近していた。
「あれでは防御結界では防げないな…キース!来い!」
マードックは結界を飛び出し、ゴーレムに接近すると渾身の斬撃を繰り出した…が、金属音が響きゴーレムはその一撃を弾いた。
その隙をついて周囲の魔物がマードックに殺到した。
それを横からキースが殴り付けマードックを守り切る……二人の連帯は相変わらず見事であった。
「やはり…魔女の変化ぎ魔物にも現れているな…!」
「マードック!無理だ!ここは体制を……な…何だ!?」
目の前の魔物の突進を受け止めたマードックとキースの背後から何かが追い越していった。
それは青く長い髪を靡かせた少女だった……彼女は周囲の魔物達の隙間を縫う様に走り去るとその魔物全てが斬撃により倒れ込んだ。
その手に握られていたのは刀身の赤い一振りの剣だった。
「おじさん達危ないよ?」
背後からかけられた声に振り返ると先程の少女と見た目の似た赤い髪の少女が居た、正面から見ると前髪の一房だけが真っ白な白髪だった。
その背後には武装した学園の生徒達の姿が見えた……噂程度に聞いた事があるが…恐らく『征討会』と『封鬼委員』だろうか……
「ちょっと今からお仕事するから邪魔しないでね?」
口の中で棒付きキャンディを転がせながら気だるげにそう言い放つと両手を合わせて呪文を詠唱した。
『五芒結界・楔』
彼女の詠唱に応じてゴーレムの周囲に五芒星が浮かび上がった
中心にいるゴーレムを縛り付ける為の結界術だと思われる。
「よし!タイミングバッチリだ!行くぞ!『五芒転身・朧』」
青髪の少女が五人に分身しゴーレムにそれぞれの属性攻撃を打ち込んだ……やがてゴーレムはその場に崩れ落ちた。
「流石は会長だ!いつ見ても惚れ惚れするぜ」
「委員長の魔術も美しいですわ!」
生徒達の信頼と人気も高い様だ……が
「……おい…マードック……俺あれによく似た技…見た気がする」
「奇遇だな……俺もだ」
塔の中で情報共有の為見せられた「記憶水晶」の中の魔王姉妹の技とよく似ていた…と言うか、同じだと感じた。
先程のゴーレムが最後だったのか魔法陣を色を失い魔物はそれ以上現れなかった…後は残りの魔物を殲滅させるだけの作業であり、
気がつけば傭兵と学園の生徒達が討伐を始めていた。
「学園『征討会』代表、ベルシュレーヌ・ヴァルヴィナスだ…貴殿が隊長か?」
「学園『封鬼委員』 代表 ベラディエンヌ・ヴァルヴィナスよ…お見知り置きを」
「…学園都市長付き護衛部隊隊長 マードックだ……ヴァルヴィナス?」
名乗った二人の少女の家名に聞き覚えがあった。
二人の少女は髪の色は違うが背格好も同じ…二人とも左右の違いはあるが前髪の一房が見事な白髪だった。
「?我が家に家名に何か?」
「…いや、聞いた事のある魔王の名と同じだと思ってな……」
「!!貴方どこでそれを…!!」
「魔王」その単語を聞いた二人の変化は謙虚だった。
先程までの穏やかな雰囲気は消え去り何処か鬼気迫るものを感じた。
気がつけば周囲を防音結界が包んでいた。
「…おっしゃる様に我がヴァルヴィナス家は初代魔王の系譜の一族です…しかしそれは秘匿事項なのですけどね?」
「さあ…この場は部下に任せておじさま達はあちらで詳しくお話を聞きましょうか?」
「さて…あなた方の他にこの事を知っている方はいるのですか?名前と…後はどの様にしてこの機密事項を知り得たのですか?」
「あ、素直に喋ったほうがいいよ?勿論嘘も誤魔化しもダメだからね」
二人の美女が迫ってくる…キースの息が荒いが……流石に場所をわきまえている様で素直に従っている。
二人の話しぶりからして…マードックとキースは背中に嫌な汗を感じた…
やっぱりあれは気軽に見る様な記憶ではなかったのだ……
(ああ…カイル…お前…なんて「記憶」を見せやがったんだよ……)
何度目かになる彼に対しての苦情を心の中でぼやくのだった。