混沌の魔女 5
「貴女の作るゴーレムはどれも素晴らしいものでしたね…なので貴女の実力はとても気になっていました」
レイヴンがゆっくりと歩きながら腰の剣を抜いた……直接戦った事は無いが……その纏う魔力から相当な力を有していると感じた。
「いつでもどうぞ?」
その場で剣を地面につき立てると余裕を見せながらそう告げた。
カミュは後ろに視線を向けるとヘブラスカとイリューシャの戦いが始まっていた……その激しさに周囲の壁や柱は薙ぎ倒され戦いは外へと広がっていった……既にここはルミナス達による「世界牢獄」の中であり周囲の建物は緩やかに光の粒子となって消えていた……外は戦いを想定した為か、無限に広がる地平線と荒れ果てた荒野だけだった。
詩音とアイリスもマトリーシェとカイル…そして詩音の結界により守られている為戦いの余波に巻き込まれてどうにかなる様な事は無いだろうが……
万が一を考えて距離を取るべきと判断した。
視線を前に向けると今にもマトリーシェがレイヴンに飛び掛からんとするほどに怒りを露わにしていた。
「ぐぬぬ!!」
「マリー…挑発には乗らないで…」
「だって……あいつムカつくんだもの!」
マトリーシェを宥めながらカミュが彼女の肩に触れると瞬時に「思考共有」の魔法で二人の立ち回りを共有した。
作戦を伝え終わるとカミュはマトリーシェに合図を送った。
「岩石地割!!」
マトリーシェの宣言と同時にレイヴンの立っていた地面に亀裂が走り左右から岩盤が隆起し挟み込んだ…その衝撃は凄まじく周囲を囲む壁もろとも吹き飛ばしてしまった…彼らの周りの建造物は全て消失した事で予定通りにアイリス達の安全の為距離を取ることができた…此処からは遠慮はいらない。
「これほどの魔法を無詠唱とは!!ぬっ!!」
空中に飛び上がり魔法効果から逃れたレイヴンは純粋に彼女の魔法技術を称賛した。
そこにカミュの風魔法の矢が殺到する。
レイヴンはその全てを剣で叩き落とし地面に着地した瞬間、
その場に地面から巨大な氷の氷柱が突き出しレイヴンを執拗に追尾した。
レイヴンを認識したカミュは上空へと跳躍した。
「鬼神剣!魍魎斬!」
レイヴンの着地点に上空からカミュの放つ特大の真空波が叩きつけられた。
その衝撃も凄まじく、天高く土煙を巻き上げた
結界の中にいる紫音はアイリスを庇う様に衝撃に耐えた。
カミュとマトリーシェの連帯は上手くいっていた……問題があったと言えば…マトリーシェに戦闘経験が少ない事だけであろうか?
若干の遅れや決定打に欠ける部分がどうしても発生してしまうのだった。
それに……カミュはまだ力を出しきれていない……
そう詩音は感じていた。
「…紫音…」
「!大丈夫?アイリス…」
隣でうずくまっていたアイリスが声をかけてきた。
先ほどに比べて僅かではあるが顔色が少し良くなっていた。
「…あのままじゃ…あの二人は勝てないわ」
「え?どうして」
「二人とも…忘れてるの…大事な事…」
アイリスがこちらをじっと見つめていた。
「マトリーシェの過去を体験した時……ほんの一瞬だけ紫音の気配を消失した瞬間があった…多分隠された何かを見た筈……」
「そんな事を言われても…んー」
「今までマトリーシェと一緒だったからわかるのだけど…おそらくカミュとの何か大切な思い出……だけどマトリーシェもヘブラスカも知らないもの……紫音の能力を」
ふと脳裏に月明かりの下で抱き合う二人の男女の姿が浮かび上がり……耳まで真っ赤に沸騰させた。
「あ…あれは…その……」
紫音は言葉を濁しながらなんとなく伝えた。
「…それだわ…紫音…マトリーシェのその記憶の封印を壊して欲しいの…貴女の能力で…」
アイリスからの説明を受けて……
紫音は決心した。
「…出来るだけ頑張ってみる……ただ……あの場にたどり着けるかどうか…」
視線を外に向けるとすぐ側で伊織がとても良い笑顔で魔物を切り刻んでいた……仮にそこは伊織の協力で抜けられたとしても
その先では天地鳴動の戦いが繰り広げられている…そんな中に素人同然の自分が入り込む事が可能なのだろうか?
「なんだ?何かやらかすのか?」
二人での密談中に伊織が乱入してきた……見れば周囲の魔物はもちろん魔法陣も既に破壊していた。
流石は現役の傭兵部隊員と言うべきか……このまま彼女に協力して貰うのも良いかもしれない………
細かい説明は省いてマトリーシェの所に行きたいとだけ伝えると二つ返事で了承を貰えた。
「こっちの仕事も片付いたからな……アンタたち二人を守る様にその…カ…カイルに…言われたしな…」
「…………」
今の話のどこに赤面してはにかむ要素があるのだろうか………
「私達の知らない所で何かをやっているのは知っているけど……こうやって新しい女が増えて行くのね……」
アイリスの呟きがやけに重く感じた。
『……おい……あいつら何かやってるぞ』
チャットルームの中でそのアーガイルの言葉に思わず咽せ込んだ。
「え…なんで?」
『俺達が思うよりも女の友情ってのは強いって事だな』
「何言ってんの!まだこっちの準備が終わっていないってのに!」
今二人はチャットルームの中に用意された簡易ベッドに縛りつけられた状態で点滴による治療と回復を受けているところである。
「しかしこのままでは…アナベル…僕だけでも治療終わらせる事が出来ないかな?」
視線の先には薄いピンク色のタイトなナース服に身を包んだ女性がいた。
このチャットルーム内での『先生』の医療行為をサポートする助手的存在の一人、アナベルである。
「んー……先生から許可は出ておりません」
制服と同じ淡いピンク色のハーフアップの髪を揺らしながら首を傾げる仕草には思わず少し位なら医療ミスも許してしまおうと言う気になってしまいそうだ。
「お二人にはこの『究極魔道回復薬ベンジャミンX皇帝液』の実験……投与が終わるまでは絶対に逃してはいけないと言いつけられています」
そう言うとアナベルは手早くアーガイルの腕に繋がっている点滴の袋を交換した。
その中の液体は何と言うか見る角度によっては青く見えたり赤く見えたり……変な光沢を放っている……
『……今実験って言ったよな!?おい…アナベルこれ大丈夫な奴だよな?ちゃんと治験が終わってる奴だよな?』
不安げなアーガイルの問いかけにアナベルは柔らかな微笑みを向ける。
「大丈夫ですよ…つい先ほど出来立てのホヤホヤでございます」
『うおおおおおお!やめろー!!放せー!!』
ベッドで激しく暴れるアーガイル……しかしその固定ベルトはびくともしない……
『うおおおお!!ぴょっ!!………』
その液体がアーガイルの体に達すると同時に奇妙な声と共に動かなくなった。
「……アーグ…?……アナベル…これって…」
ここまで大人しくなるアーガイルを見るのは久々の様な気がする。
その表情からは色々とヤバいものを感じる……
「ふむ……マグネタイトaの分量がやや多すぎましたかね……先生…次は少なめの容量が宜しいかと……」
「お…おま……」
アナベルは白目を向いて痙攣を起こすアーガイルを観察し手元のボードになにやら書き込んだ……
次は自分の番かと思うと背筋が凍えた。
いや今はそれどころでは………
『じゃあ……私の出番かな?』
アナベルの背後から女性がカイルの隣にやってきた……長い金髪をかき上げると腰に手を当てて誇らしげに胸を突き出した。
「……ミカイル……お前…」
『カイル…安心して?彼女達は私が守ってあげる!』
やけに興奮気味にミカイルは身を乗り出した。
『今は……カミュ君が忙しそうだから『本体』は使えないね……『義体』で良いかな?』
「……お…お前!今まで呼び掛けに応じないと思ってたら…まさかこの状況を狙ってたのか!!」
『うふふ…私がしっかりと守ってあげるからね!』
手をひらひらと振るとミカイルはチャットルームから出て行ってしまった……いかん…!
「ミカイル様の可愛いもの好きにも困ったものですね…」
「そう思うならこれを外してくれないかな?」
「そうしたいのは山々ですが…私は『先生』の命令には逆らえませんので悪しからず」
そう言ってアナベルはとても怪しい色の点滴を手に近づいてきた。
この状況においては自分の出来る事は何もない……
(アイリス……紫音…頑張ってくれ……)
そう願うだけであった。
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