魔眼の使徒

第二章 暗き森の魔女

混沌の魔女 4

　レイヴンにより竜人種型としての変貌を遂げたヘブラスカはその標的をマトリーシェに定めた。

瞬時に地面を蹴るとその強靭な爪で引き裂かんと肉薄した。

「させるかよ！」

　伊織がその軌道上に入り込みその爪を魔力刀で受け止めたがその力は強大でそのまま横へと弾き飛ばされた。

しかし背後からはすぐにマトリーシェが魔法を発動していた。

「今までよくもやってくれたわね！お返しよ！」

　掲げた掌から火球が生み出された瞬間にヘブラスカの顔面に着弾した。

「流星炎弾(スターダストフレア)！」

　爆音と共にヘブラスカが後方へと弾き飛ばされる……いくら結界で守って居るとは言え紫音とアイリスが近すぎる為引き離さなければ……

更に横に視線をやるとカミュが伊織を抱き抱えて上手く受け止めたようだ………私以外の女を……今は仕方ないわね……

伊織は顔を真っ赤にして騒いでいる……

「命拾いしたわね……」

　視線を戻すとヘブラスカがゆっくりと立ち上がる所だった……爆発の瞬間体を捻り急所への攻撃を避けたのだった。

そこイリューシャ獣の様に襲いかかった。

その体からは青い炎が立ち昇っている。

紫音は過去に見たあの日の夜を思い出し鼓動が速くなるのを感じた。

「イリュ！」

「こいつは私が殺る！」

　カミュの声に明確に意思を示したがその力の制御にはいまだに不安が残る……

見た目安定はしているが……今がその時なのか？

自分としてはまだ早いと感じているが……この状況……

「先生」は最適とだけ言ってくれたが…………

「私の中の『彼女』が…望んでいるんだ！」

『いいぞ…カミュ…解除を許可しろ』

「……よし……『解除』だ」

　その言葉に反応して彼女が首にしているチョーカーのクリスタルが砕け散った……瞬間、彼女の周囲に炎が立ち昇った。

しかしその真紅の瞳には力強い光が宿っていた。

カミュは立ち上がると足元の伊織を見た。

以前とは違い自分の力量を正確に把握しつつある様に見られた……ちゃんと成長している様だ。

「さて…伊織さん？」

「な、なんだ」

「カイルからの伝言です『あの二人を守って欲しいんだ…今の伊織さんなら簡単でしょ?』だって」

「…お前…どこまで……わかった…頼まれてやるよ…」

　伊織はそう言ってカミュの手をとった。

瞬間淡い光に包まれて先程受けた痛みが引いていった。

「気前が良いじゃないか」

「全力で挑んで欲しいからね」

　アイリスと紫音に視線を向けるとその近くに魔方陣が現れ中からオーガが数体現れていた…さらに魔方陣は増え続けていた………

「へっ！暴れ足りないと思っていた所だ…行くぜ！」

伊織の持つガンブレードから光が伸びると同時にオーガの群れに切り掛かった。

『ユルサナイ』

　心の中で彼女の声が聞こえた。

『コイツダケハゼッタイニユルサナイ』

「うるさい！今は集中させろ！」

　イリューシャは自身の内なる声に怒声を浴びせた。

封印が解放された事でイリューシャの力は遥かに倍増された………が、その内なる存在は頑なに呪詛の言葉を繰り返すだけであった。

（心がざわついて……上手く魔力が練れない！！）

　「火炎槍(フレアランス)！」

　イリューシャが右手を振り下ろすと瞬時に炎の槍が生まれヘブラスカへと打ち出された……

しかしヘブラスカは苦も無く躱すと瞬時に地面を蹴り上げ肉薄した。

「！！」

　その脅威的な速度にイリューシャは咄嗟に両腕を交差しその一撃を受け止めた。

（！！何て重い打撃だよ！！）

　体の周りに常時張り巡らしている魔力結界が破られた……その腕の一撃に上級魔法並みの威力が秘められていると言う事だ。

その場で体を大きく捻り今の彼女に存在する尾の部分を叩きつけた。

「金剛尾(アイアンテイル)！！」

　尾が光を纏い高速の速さでヘブラスカの顔面に打ち出された……が、それは寸前で掴み取られた。

「！！この距離で…！うわああああ」

　そのまま後方へと投げ飛ばされる。

地面に数回バウンドして体制を整えた……その時に既にヘブラスカが正面で拳を振り上げていた。

「！！」

　咄嗟に身を丸めてガードするが激しい拳の雨に少なくないダメージを貰った。

さらに追撃をしようとヘブラスカが身構えた。

「ーー調子に乗るな！！」

　その場で後方に一回転しそのヘブラスカの顎から蹴り上げた。

瞬時に着地したイリューシャは空中に打ち上げられたヘブラスカを見て獰猛な笑みを浮かべた。

「紅蓮掌(フレア・ブロウ)」

　イリューシャの拳が青白い炎を纏い空中に固定されているヘブラスカに殺到した。

打撃を主体としながらも蹴りを交え空中へと押し上げてゆく……所謂空中コンボだ。

強烈な拳がヘブラスカの体にめり込み、たまらず体を曲げた所に両腕を組み合わせた打ち下ろしの一撃が後頭部に叩き込まれた。

「もう一丁おまけだ！」

その場で一回転したイリューシャがヘブラスカの背中にニードロップを打ち込みそのまま地面へと叩きつけた。

そのまま回転して距離を取る……手応えはあったが……油断はできない相手だ。

『ユルサナイ……ユルサナイ……』

　やがてゆっくりと地面からヘブラスカが立ち上がった…先ほどの攻撃で傷ついた体は煙を纏う様に魔素によって修復されてゆく…その目に宿るのは闘争本能のみ…それと呼応する様に心の声も大きくなる。

「うるさい！少し黙って……！！」

　刹那の瞬間、ヘブラスカが眼前に肉薄し、その両手の爪が長く伸びて斬撃を放った。

イリューシャは瞬時にその手に炎の魔剣を生み出しその爪を受け止めた……筈だったが魔剣の一つが砕け散り左腕にその爪を受けて左手の魔装が砕け鮮血が飛び散った。

「くっ！」

　瞬時に次の魔装を生み出し再び剣を交えた………激しい火花が散りやがて押し負けた。

爆発が起こりその爆風に身を任せ後方へと吹き飛ばされた……

ゆっくり空中を舞うその瞬間に「彼女」が語りかけてきた。

『ワタシニマカセロ……アイツダケハユルサナイ』

　いつもよりも強い感情を感じる……いいえ……この体は渡せないわ

『オマエデハムリダ……オマエニハコノチカラハアツカエナイ……ハヤクワタシニカワレ』

そんな事は無い！私にその力を貸しなさい！今度こそ私は役に立ってみせる！

『……ムリダ……オマエニハコノチカラハアツカエナイ……』

　着地と同時に足元に爆発的な炎の噴出を起こし再度へブラスカに切りかかった。

ヘブラスカの右腕と剣の接触部分が激しい火花を散らし……炎の剣が砕かれた。

「！！」

　イリューシャは直ぐにその場でしゃがみ込むと両腕に炎を纏わせた。

「火炎拳(フレイムフィスト)」

　そのまま連撃にて装甲を削り取る！！

しかし効果があったのは最初だけで途中からはヘブラスカが連撃の速度に対応し始めた……やがて攻守が逆転してしまった。

「このっ…！！」

　イリューシャの渾身の一撃はヘブラスカの顔面を捕らえて深く打ち下ろされた……が同時に彼女も同様のダメージをカウンターとして受けるのだった。

「イリュ！！」

　詩音の悲痛な叫びが響いた。

『オマエデハムリダ……カラダヲアケワタセ……ヤツヲ…コロシテヤル』

彼女の声が揺れる頭の中に響いた……

「だ…ダメだ…私のチカラで…ヤツヲ倒してみせル…」

『ワタシノチカラデ…ヤツヲコロシテヤル…アトハマカセロ…』

　心の中に恐ろしいまでの殺意に満ちた魔力が渦巻いた……

なんて恐ろしい…何て頼もしい力だろうか……

「ダメ…私のチカラで…私ハ…ミンナを…まも……」

意識が呑まれてゆく……彼女の波動に……

このままじゃ…私は…………

地面に衝突した衝撃でイリューシャの意識は深い闇の中に落ちていった。

「うああああアアアアアアアア！！！」

　地面に激突した瞬間……イリューシャが雄叫びを上げた……

その目は黒に染まり紅い眼光を放っていた。

「何をやっているんだ！あいつは！！」

　周囲の魔物を切り倒した伊織がそんなイリュの姿を見て声を荒げる。

「おそらく……暴走かと……」

「暴走！？」

　紫音はかつての彼女の姿を思い出し飛び出しそうになった。

それを止めたのはアイリスだった。

「アイリス…」

「…詩音……待って……イリュは…戦ってる…戦ってるの…自分との中の存在と……」

　苦しげに彼女は語った。

だから…彼女を信じてーーと

「なら待つしか無いな……安心しろ…お前たちは必ず守るからな！」

　伊織の言葉に紫音は力強く頷いた。

　イリューシャの纏う炎が全て赤から青へと変化し、体を覆う魔装も以前に比べて鋭利な形状へと変化していた。

そして目を開くと正面のヘブラスカへと告げた。

『オマエダケハ……オマエダケハゼツタイニユルサナイ…』

ヘブラスカに対して異常なまでの殺意を表すのだった。