ミッシングタイム 2
「あれ?」
あなたは困惑した。
確か自分は今トイレから出てきたと思ったのだが、目の前には高く積まれた分厚い本の山と、どこかで見覚えがあるような白ひげの老人が驚きの目を開けこちらを見ていた。
「お前さん…!!いや、何たる幸運!」
老人は興奮気味に私を歓迎してくれた、彼の話によれば私は以前にもここに来たことがあるようだ。
私には全くの覚えがないのだが……
2度目の説明になるのだがここは世界と世界の間にある記憶の流れ着く最果ての場所らしい……「記憶の球体」と呼ばれる記憶の残滓が流れ着く場所だった。
老人はそれをコレクションする事を生き甲斐にしており、いかに自分のコレクションが凄いのかを熱弁し始めた。
「前にも見せたかのう?あの遺跡が出来るまでのセカンドシーズンとか…これこれ!やっと伯爵令嬢シリーズがコンプリートしたんぢゃよ!」
いや、見てねぇし……
まぁこんな場所なので友達がいないのは理解できた……
暫く話に付き合って前回何かヤバそうな記憶を見せられた様な気がする…ここは早めに退散したほうが良いな……
老人が次の本をテーブルに置い時、白い水晶がコロコロと転がりテーブルから落ちそうになった為慌てて手を差し伸べた。
「おっと」
私はそれを床に落ちる前にキャッチした。
「危なかったね……はいこれ」
視線を戻すとそこは森の中だった……
霧の様な白い靄に包まれどこからか女性に笑い声が聞こえる……こ…怖いな…
「……あれ……何だか前にもこんな事が……」
そんなデジャブに駆られながら気配のする後ろを振り向いた。
そこには四人の女性がおり二人は地面に倒れていた……死んではいないようだ。
残り二人は座り込んだまま何かを探している様に周囲を見回していた……壁を叩く様な仕草を見るになにやら結界の様な物に守られている為かその場から動くことは出来ない様だった。
その視線の少し先に人が倒れているように見えた。
安否を確認しようとして近づくと二人の男女が抱き合う様に一本の剣によって貫かれていた……
「……け…警察を……CSIを……特命係を……」
予想以上に衝撃的な場面にこれがどうする事も出来ない過去の出来事だとわかっていても取り乱してしまった。
次の瞬間周囲の音が急に鳴り止んだ……周囲の動きが全て止まっているのだ。
この一帯の時間が停止している様にも思えた。
「君に提案があるんだ」
その声に背後を振り返った
そこには全身黒ずくめに仮面と怪しさ満点の男とその隣には十代前半であろう男の子がゆっくりと私の隣を通り過ぎて二人の前に立った。
透ける様な金髪を刈り込んだその佇まいは気品が溢れておりどこぞの貴族の様でもあった。
彼が話しかけていたのは地面に倒れている女性を抱えた男の方みたいだった。
男の子はその男の前にしゃがみ込み優しい声で問いかけた。
「こんな結末は君の望んだものとは違うだろ?騙されたと思って僕にその身を託してみないかい?そして何を望む?」
「……マリーを……彼女の魂を…取り返し…たい」
「……うん…その気持ちは痛いほど理解できるよ……でもその体じゃ死んでしまうよ?」
「…彼女が…無事なら…俺は……」
「……うーんじゃあ取り敢えずアレをどうにかしようか」
男の子は立ち上がると上空を揺蕩う光の魂に手を翳した。
「聖十字結界」
光の周囲に十字架が展開されその光を鎖によって絡め取った。
そして再び彼に前にしゃがみ込んだ。
「少しお話をしようか……僕にも君と同じように取り戻したいモノがあるんだ……
その為に色んな事をしたよ?強くなる為に戦い明け暮れたり……知識を得るために色んな場所に行き色んな人に会ったよ……今思えば少々強引な所もあったから…少しは反省もしたよ?……目的の為には手段を選ばないってやつさ……
その結果、やりたくもない作業を延々とやる羽目になってね……それこそ目的を見失ってしまう程さ……そんな僕を助けてくれたのは「先生」なんだ…
『やりたくないならやらなきゃいいじゃないか』ってね?本当に目から鱗だったよ……誰かに強制された訳でもないのに自分でやらなくちゃいけないって思い込んでたんだ……もちろん目的は忘れてないよ?その為の努力だってするさ……でもね、遠回りに見える事が実は近道だったり、無駄だと思えることが実は正解だって事もあるのさ……単純だろ?」
少年は立ち上がるとその手に結界に閉じ込められたマトリーシェの魂を呼び寄せた。
光がゆらめき彼女の声が聞こえてきた。
彼が触れる事で時が動き出した様である。
『あはは……はぁ!?何だこれは!!』
「ほらね?彼女の魂は今や彼女の物だ……このまま放置すれば彼女という存在は消えて無くなってしまうんだ……だから少し…時間をかけて分離させないといけないんだ……理解できるかな?」
「……何が……望みだ……」
カミュはゆっくりと頭を上げると視線をその少年へと向けた。
「アダムも言ったと思うけど……君の魔眼が必要なんだ…僕の欲しいものを取り戻す為にね だから取引だ」
そう言って彼の目の前に彼女の魂を差し出した。
「よく見てごらん……綺麗な光が見えるだろう?これが彼女の魂だ……でもその中に黒い濁りが見えるだろ?混じってしまっているんだよ……不純物とね……これを分離させるにはこの結界に長い時間閉じ込めて治療が必要がなんだ……「先生」が言うには……たぶん千年くらい掛かるかな?」
「……俺に……どうして欲しい?」
「君……理解が良すぎるでしょ?でも素直な子は好きだよ?……その期間……千年の間、君の目の力を僕に貸してくれないかな?勿論、彼女の魂が解放される時が来たら……君の望み通り彼女を解放してあげよう……どうかな?」
「彼女を……取り戻せるの…なら……この…眼など惜しく…な…い」
「それは了承ととってもいいのかな?本当は今すぐその眼をもらう事も出来るんだけど……君の事は気に入ったからね彼女を取り戻すまで君は僕の中で眠らせてあげるよ…その間眼を使わせて貰うけどね?」
「………ああ……マリー……」
「おや?…時間も無さそうだから手短に説明するよ…君と僕は一つになるんだ……同化、吸収そんな感じで捉えてくれて構わないよ、勿論、君の個人の人格は僕の中に残してあげよう、重要な所では主導権を君に譲ることもできるよ?だからその時が来るまで暫くはその体を癒すと良いよ」
その言葉にカミュは頷いた。
そしてその手の中の彼女の魂の結界を発動させる。
『やめろ!やめろ!やめろ!やめろおおおおお!』
ヘブラスカの声が呪詛の様に周囲に響き渡り……そして結界を伴って光の筋となって上空へと一瞬にして消え去った。
「彼女の魂は時間をかけて浄化され二つに分離する…契約は成立だね……じゃあ僕の中でゆっくり休むと良いよ」
次の瞬間傷ついた男の体に少年が触れるとゆっくりとカミュは目を閉じた。
少年が振り返ると仮面の男が結界を解除して倒れていたイヴを担ぎ上げる所だった。
いつの間にか周囲の時は動き出していた。
「ああ…奇跡も使っちゃったのか仕方ないよね…まさかこんな場所に使徒が出てくるとは思わないからね」
「マリー!カミュ!」
結界が解かれネアトリーシェが二人の元に駆け寄ってきた。
少年は何も言わずに場所を開ける。
二人に縋り付くネアトリーシェは大粒の涙を流し名前を呼び続けていた。
ベラドンナも姉を横に寝かせると近づいてきた、二人の状態を確認しやがて肩を震わせて俯いた。
やがて森の奥からヴァルヴィナスとヴリドラがやって来た。
「!!ベラ!ベルは!………カミュ…!衛生兵!回復師!ここだ!早く」
沢山の人が集まりカミュとマトリーシェを手当を始めた……
ヴァルヴィナスはっ二人を貫く魔剣を抜こうとしてその手を焼かれた。
「……お前には手に余る代物だな」
隣からアダムがその剣を掴み抜き去った……
「……これは報酬としてもらって行くぞ……後は任せた」
そのまま魔法陣が現れ、二人はその中に消えていった。
その後カミュとマトリーシェは二人並べられ魔剣王のマントが掛けられた。
ネアトはマリーの側で泣き続け、ベルを抱き上げたヴァルはベラから説明を受けていた。
合流したシルヴィアはヴリドラの胸の中で泣いていた。
少し離れた場所から少年がそれを眺めていた。
ふと違和感を感じた。
この場にいる誰もがこの少年に誰も話しかけてこない…視線も向けたりしていない……存在自体気が付いていない?
「そんな事は無いよ?君がいるじゃないか」
「え……」
「見てたんでしょ?ま、君に理解できたとは思えないけどね……」
自分の認識ではこれは既に起こってしまった出来事を追体験する物ではなかっただろうか?
その中の人物が話しかけてきた?参加型?この子も今参加してる?二人プレイ?
「あはは……二人プレイって何だよ?……面白いね君」
………この子……思考を読んで…る……何だ?…
「何だと思う?」
言い表せない恐怖が背中を駆け上ってきた……
「ああ……お迎えが来たね……楽しんでくれたかな?じゃあまたね……それと…ここでの事は秘密だよ……」
「はっ!」
気がつけばテーブルの上で差し出した手の上からお爺さんが球体を取り上げていた。
「大丈夫じゃったか?」
「……はい……」
何か…大事な事を忘れている様な……
「さて…帰る準備が出来たぞ……流石に次はないと思うが……もしも次に会うことがあったらとっておきのケーキでもてなしてやろう」
そう言ってドアの前に立たせた。
「ここから出れば帰れるぞ」
「どうも…お世話になりました」
そう言ってドアを開けた。
「ちょっと!いつまで入ってるのよ〜」
目の前の母親は私を押し退けるとトイレの中に消えていった……
……ああ…そうか…トイレから出たのだった……
何か違和感を感じながら二階の部屋に行こうとする。
「あっそうそうおやつ用意してるわよ〜あんたの大好きな駅前のアレ買っといたから」
「えっ?マジで?食べる食べる!」
トイレから出てきた母と一緒にリビングへ向かう……
その風景を水晶の中に見届けた老人はソレを黒い背表紙の本に嵌め込むと満足そうにヒゲを撫でた。