真・暗き森のマトリーシェ 終焉
首を失ったヘブラスカドラゴンはその体から煙の様な黒い粒子とを撒き散らし消えた。
後に残されたのは傷付いたヘブラスカ一人だけであった。
「もう終わりにしよう」
しかし、カミュも無事では無い……
彼もまた満身創痍の状態である…幾ら無の境地にて過去の英霊達より究極の剣技と技術を受け継いだとしてもその体は普段の彼のもの……動かせるのもやっとであった。
ヘブラスカにはもう魔力はあまり残されては居ない……先程まで謎の存在にその身を委ね、魔力の多くを差し出していたからだ。
(何が力だ!あっさりと倒されやがって!まただ!まだ私にはするべき事が!!)
彼女は自分に残された魔力を確認する。
「手刀強化」の魔法でその手に魔力の刃を纏わせて一撃を与えるのがやっとであろう……
唯一の希望はカミュならばこのマトリーシェの姿の自分を攻撃する事は無いだろうと言う確信にも似た予測だけであった。|
「朧流剣術 落葉」
カミュが上段の構えでこちらに向かって来た……先程までの動きでは無い…
ヘブラスカは微な勝機を感じた……その為、最大の賭けに出た。
「手刀強化!!」
その手先より吹き出した魔力の刃がカミュの魔剣を弾き飛ばしその胸を貫いた。
結界の中のベラドンナとネアトリーシェから悲痛な声が上がった。
(勝った!)
ヘブラスカは己の勝利を確信した……が、倒れ込んでくるカミュを躱す事は出来ずに正面から抱き止める形で地面に倒れ込んだ……
「は…ははは…勝った!勝ったぞ!私の勝ちだ!」
天を仰いだままヘブラスカは笑った…気がつけばとめどなく涙が溢れていた。
これは自分の流した物なのか…それとも……気がつけばカミュは力を振り絞りこの体を抱き締める様に縋り付いた。
まだ息はあるようだが…時間の問題だろう。
ここまでの純粋な想いは賞賛に値する……
無意識のうちにその背に手を回し抱き締めていた。
「お別れだなカミュ…」
「……言った…筈だ……彼女を返して貰うと……」
ひゅっと風切り音が聞こえたかと思うとヘブラスカは激痛に悶絶した。
「ぐ…がはっ!!な…何が……」
見れば先程弾き飛ばした魔剣がカミュごと自分を貫いていた。
「何だこれは!?こ…こんな偶然があるものか!!」
逃れようともがくが抜け出す事は出来なかった……ただ
「マリー……一緒に……逝こう」
その暗い瞳にゾッとするのだった。
カミュの目の前には浪人風の老人がいた。
『朧流剣術師範 叢雨早雲』
剣の聖地における最後の人物だった。
『我が剣は終の剣』
『最終奥義 落葉』
早雲は生まれ付き剣の才能があった。
ひたすら剣の道を追求し「この世に切れぬ物は無し」と言われ、やがて剣聖となった。
やがて愛する女性と結ばれて多くの仲間に祝福され流派を立ち上げた。
それでも剣の道を極めんとひたすら剣の道の追求に明け暮れた。
やがては家族・友人・人間関係が煩わしく感じていた……行き着いた先は縁や繋がりと言った目に見えぬものすら切ってしまう「無明無名の剣」として剣神と呼ばれた。
そこから更に剣の道を極め、遂には神をも殺す「神殺しの剣」とまで呼ばれた。
そこで初めて立ち止まり己の半生を振り返った。
すると妻であった愛する女性はすでにこの世を去っており
子供達も既に成人しそれぞれの伴侶を見つけ幸せな家庭を築いていた。
気付かぬうちに孫達が生まれ、もうそこに早雲の場所はなかった。
なんと虚しく、なんと空っぽな人生なのだろう
極めた剣の技全てが色褪せて見えた。
それに気づいてしまうと以前のように剣を振るえなくなった。
そして生まれた終の剣技が落葉だった。
自分と剣とを魔力のパスで繋ぎ必ず自分を貫く……
自分を終わらせる為の剣技だった。
「み…認めよう…貴様は…貴様達は恐るべき障害であった……」
ヘブラスカは身を捩り、首から下がるネックレスを引きちぎった……
その瞬間周囲に魔法陣が発動する。
朦朧とするカミュの瞳が驚愕に開かれる。
「時間停止解除」
「転生魔法再始動」
カミュは理解した…この魔法は止められない……既に完成されているからだ
あの時森でマトリーシェが再びカミュと再会するために使用した「転生魔法」だ。
レイヴンにより阻止されたがその魔法は完成され発動状態で時間ごと凍結されていた。
「ではさらばだ」
ヘブラスカは両手でカミュの顔を支えるとそっと口付けをした……
そして糸が切れたように動かなくなった。
やがてその体から淡い光がゆっくりと天へと立ち昇る
それは小さく、ゆらゆらと優しい光を放ちながら……時折黒い瘴気を放ちながら。
「ま…待って…マリー…」
(お別れだよカミュ……ふふふ…あはは……あははははははは)
へブラスカの笑い声が木霊する中魂の光はゆっくりと天に昇り見えなくなった。
「……マリー……」
その名を呼ぶ声を最後に その瞳から光が失われた。
「わ…私は…!私はなんて事を!私がカミュを!」
全ての記憶を思い出したマトリーシェはその場に膝を付いた。
確かにヘブラスカによって体を奪われていたが鮮明な記憶を見せ付けられ、自分もこの記憶を有している事に気づいた。
それはこの記憶が真実だと告げているのだ………?いや…
そもそもこの記憶は誰のものなのだろう?
あの場で今も生きている可能性がある者がいたとは思えない……
当事者であるヘブラスカ?それこそ有り得ない。
それに……彼女が知らない記憶もあった……そう、カミュの視点での記憶だ…
それではこれは彼の記憶?しかしあの最後……
「大丈夫だよ…マリー……」
その声にはっとする…忘れる筈が無い……
ゆっくりと視線を上げるとそこにはカイルが……その髪が淡い翠へと変わる……
「やっと…会えたね」
目の前にいるのは紛れもないカミュその人だった。