追憶 魔剣の大冒険 後編
「そうでしたか…そんな事が…」
移動の途中,モウカリーノに今までの出来事を聴かせ,彼らからも私の死後の出来事を聞いていた。
馬車の御者としてモウカリーノと部下らしき護衛が座っており怪我の酷かったものは荷台に寝かせている。
馬車の中は娘達を含む女子会の真っ最中だ。
(何事もなく終われば良いが……)
先ほどの二人の様子を思い出す………
『お父様離してください…あいつ殺せない』
『待ちなさい マリファ…まず話を聞いてから……』
『お姉さま,私男の子ならベノム,女の子ならレッドラムって名前がいいと思うの』
『落ち着きなさいマリータ そんな心がざわつく様な名前は考え直しなさい』
殺気立つ二人をどの様に落ち着かせるかマクガイアは思案した……
『君達の本体であるマトリーシェ嬢は…カミュの正妻なのだろう?さぞ素敵な女性なのだろうね』
私の言葉に二人がピクリと反応した……よし!食い付いた!
『彼程の男性とも成れば…女性は放っては置かないだろう?英雄ともなれば将来大貴族とも成り得るしな……やはり有能な彼の遺伝子は後世に残すべきでは無いだろうか?いやいやマリファそんなに睨むのは止めなさい……そんな格好良い彼の隣に立つのは誰かね?正妻である君だろう?それともマトリーシェ嬢はそんなに心の狭い女性なのかね?』
『!!お父様!馬鹿にしないで!本体は浮気の一つや二つ…子供なんて1ダースぐらい気にしないわ!』
『そうよ!そうよ!本体が一番愛されているんだからね!』
『!そうか!やはりそうじゃ無いかと思っていたんだ!お前達を見ていれば解る!流石だな!マトリーシェ嬢は!私も今から会うのが楽しみだよ!さあそろそろ現実に戻って我々も準備をしないといけないな…ああ彼女達のことは私の自慢の娘である二人に任せるよ?カミュ君の為にも正妻がしっかりと愛人や妾と仲良くして居れば彼も安心だろうからね!』
最後は自分でも滅茶苦茶な事を言っている自覚はあったが………何とか機嫌を直した二人に彼女達のケアを任せる……
マクガイアは静かな馬車の中が凄惨な現場になっていない様に祈るしか無かった。
「奥様…お味はどうですか?」
『んん…とても良い味よカリナ』
『ええ…香りもとても落ち着くわ』
今は休憩中で場所の隣で女性陣はお茶会を開いている……取り込んだ山賊の遺体を元に実際の大きさにまで大きくなったマリファとマリータの同一個体は今カリナから紅茶の接待を受けていた。
結論から言うと彼女達は仲良くなった……と,言うか……カリナの話術は素晴らしいの一言だった。
まずは彼女達を「奥様」と呼び自分達を愛人や妾と地位を低い立場として接したのだ
ファルミラの悪事を暴露しつつも彼女の置かれた不遇な立場を説明し,最後は二人を生かしてくれたカミュを絶賛した…彼の全てを褒めちぎりその伴侶であるマトリーシェを羨望の眼差しと敬愛の言葉で祝福した。
その結果,二人の顔には嫌悪の表情はかけらも無くカリナを一目置いているような眼差しだった。
その傍で無邪気な表情で見つめているのはファルミラだ……彼女はレイヴンの使う闇の魔術の影響でその心を酷く壊していた……一言で言えば「幼児退行」である。
時折,「お姉さま〜」とマリファ達にしがみつき嬉しそうにしている……
『何だ…この可愛い生き物は……』
流石のマリファ達もこの姿に毒気を抜かれ,今では可愛がっている様だ……
柔らかな木漏れ日の庭園で優雅にお茶を楽しむ姉妹と
その侍女が此方に笑顔を向けている。
本来なら二人は仲の良い姉妹になる筈だったのだろう……
マクガイアはあったかも知れないそんな風景に思いを馳せた。
暫くの道中はヘブラスカの放ったゴーレムから逃れた魔物との戦闘と,ゴーレム自体との戦闘の連続だった。
王都方面は激戦が予想された為 カリナ達を「盾」の一族に保護して貰う事にした……何故なら
「盾」の領主はマクガイアの親友だったからだ。
苦労を重ねながらも,目的の都市が見える位置まで来た時それは現れた。
『!!GREED SYSTEM 3・33!!』
『これはまずいですね……我々でも勝ち目は薄いですよ』
目の前に現れたのはドラゴンを呑み込んだであろう流体金属のゴーレムだった……
本来,マクガイア達も同様の流体金属だったがその機能は再起動後の再構築で大きく失っている状態だ。
ここに来るまでに取り込んだ物質や魔物のおかげで体型は本来の成人男性ほどまで再現できていた。
「カリナ嬢,モウカリーノ,お前達はこのままあの都市に逃げ込め…「盾」の領主は私の親友だ…この手紙を渡せば無事に保護してくれるだろう」
「…マクガイア様……行かれるのですか」
「カリナ嬢…こんな姿になろうとも我は魔剣王の剣,民を守るのは私の誇りだ」
「マクガイア様……ご武運を!奥様方もくれぐれもお気をつけて!」
『カリナも…お腹の子を大事に…』
『ファルミラも…ちゃんとカリナの言う事を聞いて良い子にしているのですよ』
「はい!マリー姉様」
マリファ達が作ったゴーレム馬に引かれてカリナ達の乗った馬車は都市に向けて旅立った。
馬車の窓からファルミラが無邪気に手を振っている。
マリーファとマリータの宿った義体がそれが見えなくなるまで見送った。
「…二人とも…」
『『……もしも私達が普通の姉妹として育っていたら…仲の良い家族でいられたのかな?』』
「……そうだな……きっと仲の良い姉妹になって居たに違いないな」
マクガイアが人間だった時の感情を残していれば他にどんな言葉を掛けただろうか?
マリファとマリータが本物のマトリーシェだったならその苦しげな瞳から涙が流れていたのだろうか?
ゴーレムである彼等には確かめる術はなかった。
『では,お父さま行きましょう』
マクガイアとドラゴンゴーレムの戦いは苛烈を極めた。
戦闘ゴーレムとしての力を取り戻したマクガイアであったがその剣技がドラゴンを切り裂いても流体金属であるゴーレムは瞬時に回復してしまうのだ…弱点であるコアはその流体の中を目まぐるしく移動しており狙いを定めるのは困難であった。
『これが完成された流体金属なのね……流石は私だわ!』
『だが…このままでは三人ともやられてしまうな……マリファ、マリータ残りの魔力を全て使って新たな魔剣を作り出してくれるか?その剣にコアごと同化して攻撃力を高めよう』
『しかし攻撃が通じていないのに…?いえ…お父様の決定に従います』
その提案に疑問を抱きつつもマリファは作業開始する……新たに体内で作られたその魔剣は今の彼女たちが持てる全ての力を注ぎ込んだ物だった。
同時に今使用している剣にもコーティングを施し魔力をまとわせた…戦いの連続でこの剣にも限界が近づいていた。
おそらく次の一撃で全てが決まるだろう
彼女たちの魔核が剣に移動したのを確認するとマクガイアは自分が使える最高位の結界をかけた。
『これは結界?!お父様!何を!!』
『すまんなもう形を変えることができなくなるかもしれんが』
彼は自分を犠牲にしてこの場を切り抜けようとしている…自分達を安全な場所に閉じ込め,文字通り自分の命を使い敵を滅ぼすつもりなのだ。
『お父様おやめ下さい!今なら私たちは自爆機能が使えます!!その隙にお父様はできるだけ遠くにお逃げください』
『馬鹿者!我が子を犠牲にして逃げる親など鬼の所業!!お前達を守れるのならばこの命など惜しくは無い!』
次の瞬間,マクガイアは敵に向かって切り込んだ。
鞭のようにしなやかに襲いかかる触手を次々と切り落としそのコアに止めの一撃を突き出すがコアは素早い動きで回避した。
その隙をついてドラゴンの触手がマクガイアの体を貫いた。
『お父様!!』
獲物を捕食しようとドラゴンの触手が殺到する……最早全身を貫かれておりここからの逆転は絶望的だった。
何本もの触手がマクガイアを貫き拘束すると,捕食する為に大きく包み込む様に取り囲んだ。
『こんな距離ならもう逃げられぬな「業火」 』
「グギャアアアアア」
突如としてマクガイアの体の燃え上がりドラゴンゴーレムが悲鳴を上げた。
焼かれた部分は瞬間的に硬化してその形を変える事は無かった。
『予想通り炎にはやや耐性が弱い様だな…「煉獄」』
更にその体を炎が覆った…ドラゴンはのたうち炎から逃れようとするがマクガイアはその体を掴み逃亡を許さなかった。
『いくぞ!「真・閃光斬」!!!』
マクガイアの剣が高速で振るわれた……その剣の軌跡は幾重にも重なりドラゴンの体を細かく刻み込んで行く。
瞬時に眩い光の閃光がドラゴン体の上に上書きされて行く
やがて甲高い音と共に剣が砕け散った……ドラゴンの魔核であった。
マクガイアは結界で固めた魔剣を突き刺した……ドラゴンの全身が波の様に震え……そして地面に崩れ落ちた。
『!!やった!お父様!……?!』
『うむ…良くやった…お前…た……ち…』
勝利を喜んだのも束の間,マクガイアの身体もまた同様に崩壊が始まっていた。
『マリータ急いで!お父様が!!』
『わかってるよっ!!ぐぬぬぬぬぬ!解けたっ!!』
マリータが結界を解除すると同時にマリファはドラゴンゴーレムの核を掌握し必要な魔力源を確保した……と、同時にマクガイアの核のサルベージを始めたのだが……!…
マクガイアの体が光の粒子となって消え…後に残されたのは地面に突き立てられた魔剣のみとなった。
『お父様……』
『……マリ…ファ……』
救出できたのは2割程度だった。
『早く…魔剣王…様の…元に……』
『任せて!行くわよ!マリータ!』
『わかったわ!』
地面に突き立てられた魔剣の周囲を一陣の風が吹き去った。
『ちょっと!これじゃ移動できないじゃない!』
『何かこう…形を変えたりとか……』
『ぬぬぬぬぬ!』
二人が魔力を込めると刀身が輝き……やがて一本の杖となった。
『意味ない!!!』
それから試行錯誤するが形を変えられるのは杖、槍、棍棒、矢、この長い形状に近い物だけだった…
『詰んだ…!』
二人が絶望に黄昏ているととある人影が近づいてきた。
「おっ?これまた高く売れそうな剣だな……」
仮面の男…アダムであった。
彼は王都に向かう道すがら強力なゴーレムを破壊しては憂さ晴らしをしていたのだった。
「割と強めな反応だったんだがな…」
『………』
目の前の怪しげな人物にこの身を任せても大丈夫かどうか二人は判断に迷っていた。
「んで……君達は何なのかな?」
仮面の隙間から鋭い眼光が赤い宝玉を覗き込んだ。
魔力を隠蔽しているにも関わらず、的確にこの宝玉の中の存在を探知できるこの存在に戦慄した。
その目は鋭く誤魔化しは通用しない……そう物語っていた。
『……あの…お願いが…あります』
マリファは一か八か…この男に託す事に決めたのだった。