真・暗き森のマトリーシェ 6
「……そうか……あの娘が……」
「…はい…俺の力が及ばず……すみません…」
ネアトリーシェは丸ニ日眠り続けた後,ようやく目を覚ました。
カミュにより彼女が失踪した後の話を聞かされていた。
「……昔…西の方にモフラシアという猫人族の国があったんだ…」
そこは猫人族を中心とした獣人の共和国的な存在で貿易を中心に成り立って居た。
周辺には小さな国々があったが各国との関係はそこそこ良好で大きな紛争もなかった。
しかしこの国を含め周辺一帯の国を悩ませる大きな問題があった。
南方に広がる暗黒領域である。
暗黒領域とは遥か昔に起きた魔力爆発が原因で今もその中心部では濃厚な魔力が発生し昼間でも夜の様な暗闇で覆われている地帯だ。
国境には谷があり直接はつながってはいないが時折、谷より這い出てくる強力な生物の襲撃はそれぞれの国を悩ませていた。
防壁を設置はしてあるものの上位個体ともなると紙の様に簡単に吹き飛ばされてしまうのも事実だった。
ネアトリーシェはモフラシアでは宮廷魔術師的な役職に就いており,魔物を撃退する役割を請け負っていた。
日々激化する魔物との戦いにそれぞれの国は疲弊しきっていた。
そんな時に奴がレイヴンが現れた…奴は「クロウ」と名乗った。
奴は言葉巧みに周辺国家に囁きかけ、中央に位置するモフラシアに巨大な結界装置を作り出すことを提案した。
実際にやつは我々の目の前で魔物を拒絶する結界を張ってみせた。
その結界を永続的に維持するために国々の魔道士、魔法使いから魔力を集めた…装置の核となる水晶に来る日も来る日も何百人もの魔力が注ぎ込まれた。
やがて結界は完成し都市国家すべてを覆い尽くす巨大な結界が張り巡らされた。
その結果は見事に魔物を中に入れる事はなかった…人々は歓喜した………魔物に怯える生活から解放されたのだ。
1年が過ぎた時それは起こった。
いつも透明な結界がその日は赤く染まり中に住まう人々の命を吸い上げた…人や獣人…家畜や草木に至るまで全て…
魔力と生命力を吸い上げその力は濃縮され一点に集約された…結界水晶だ。
後から判明した事だがあれは反魂の秘術の一種だ。
恐らく今回,奴が蘇らせ『陛下』とやらを蘇らせるつもりだったのだろう…
しかしこの術は未完成だったのだ…水晶がその巨大な力に耐え切れずに崩壊した。
水晶の側面より放たれた高密度の魔力の光は暗黒領域との境に長く深い亀裂を刻み込んだ……
残された魔力と生命力は行き場を失い暴力となって結界もろとも崩壊した…全ての人々と全ての都市を飲み込んで。
たまたま私は調査団に同行して暗黒領域の調査をしていたので難を逃れた……その光景は見ていた……結界より放たれた光の奔流が多くの仲間を飲み込み一瞬で消えた…………生き残ったのはほんの十数名だ。
私以外のほとんどが人族であったため何が起こったのかを解明することなく皆天に召された……私はひたすら皆の意思を引き継ぎ,何が起こったのかを研究し続けた…幸い魔猫族は長寿だからな……
そこまで話を得るとネアトリーシェは深くため息をついた
「これからどうするのだ?」
「もちろん彼女を取り返します」
「あの2人が何者なのか知っているのか?少なくとも男の方は『魔人』だぞ」
「それは……魔剣王様達にも聞きました」
かつて,彼らが共に行動した時期に暗黒領域にある迷宮に挑んだ事があるそうだ………アダムはそこに現れ迷宮の奥に行く事を阻み,彼らは四人ならどうにかなると思ったらしいが…………その結果は惨敗で命を取られなかったのが不思議な位だそうだ。
夕食の席でその事を言われていたが本人は興味をなさそうに「気まぐれだ」と返すだけだった
「そうか…ならば私も及ばずながら力を貸そう…自分の娘が大変な時にゆっくり寝ているなど親失格だ」
「……有難う御座います……マリーもずっと貴女の事を心配していたから……」
「っ!そ,そんなの当たり前だろ!親子なんだから!」
感謝を述べるカミュに照れくさくなったのか,「寝るから出てけ」と部屋から追い出された。
ついに魔女との全面的な戦いが始まった。
魔女の一団は暗き森を背に布陣しており、相対する形で中央平原と呼ばれる草原地帯が戦場となった。
「…良くもあれ程のゴーレムを集めた物だな……」
「魔物を改造した生物兵器も見えるな…」
彼等の眼前には森の前に佇む大小のゴーレム達に混じってドラゴンやらジャイアントなどの巨大な生物も整列していた。
「狂気の女帝ヘブラスカ……過去の歴史を見ても胸糞悪い古代の女帝だ…」
過去の大国で狂気の改造、人体実験を繰り返し不老不死を目指そうとしていた……決起した反対派と泥沼の闘争の末に討ち取られた……魔界の歴史上最悪の魔女として闇に葬られた存在だった。
「まさか今になって復活するとはな…」
「今思えば何年も時間を掛けて居たのだろう……マトリーシェという娘を転生先に選んだ時からな」
「まぁさっさとお帰り頂いて私達の婚礼パレードの準備をしなくちゃね」
深刻なヴァルヴィナスの隣でベルゼーヴが無邪気にその腕に絡みついた。
「全く姉様は相変わらずお気楽ですね……でもその考えには賛同しますわ」
彼の反対からベラドンナがそっと歩み出てその腕に自らの腕を絡ませた。
……おかしい…決死の覚悟で戦いに挑む筈だが…周囲からの視線が刺さる様に痛いのは気のせいでは無い……おい、カエサル…そんなに距離を取るな…寂しいじゃないか……
そんな桃色空間からやや離れた場所でカミュ達は最後の打ち合わせをしていた。
この場でゴーレムを抑えるのはアダム、ヴリドラ、ヴァルヴィナス
各騎士団と、魔道師団、シルヴィアとネアトリーシェは後方で支援を手伝う。
カミュ、イヴ,ベラドンナ、ベルゼーヴは森を突っ切り直接魔女を討つ…戦闘職2名と魔道士、聖職者……とは違うかもしれないがベラドンナは回復術のエキスパートでもあった……
バランスの取れたパーティ構成だった。
嫁二人を危険な場所に赴かせる事に難色を示したヴァルヴィナスだったがイヴが二人の安全を保証した。
そう二人の安全である……
そこにカミュは含まれていなかった。
彼の覚悟を察したヴァルヴィナスはそれ以上は何も言わなかった。
やがてゴーレム達の目が怪しく輝きはじめた……開戦の合図である。
「カミュ…」
ヴァルヴィナスのスが声をかけた。
「お前の愛しい女を救い出して二人とも無事で帰ってこい…これだけ周りに迷惑をかけた二人だ…俺の手元で管理するしかないな…帰ってきたらお前達は俺の養子として監視してやるから覚悟しとけ」
そう言ってカミュの胸に拳を押し当てると踵を返し戦場へと赴いた。
呆気に取られたカミュだったがその内容を理解すると目頭が熱くなるのを感じた。
「ヴァルったら素直じゃないよね…気に入った子は皆んな養子にしちゃうから…あんた多分三男ぐらいだからね…あと、私をお母さんとか呼んじゃダメだからね?」
「…姉様も素直じゃ無いですからね…もう既に他の子達にママって呼ばせてるの知ってますからね?…あ、カミュ私はお母さんとか呼んでくれて構いませんからね?」
この二人からの言葉も今まで感じたことの無い温かい物だった。
全てはあの日マリーと出会ってから自分の運命は変わり始めた…そんなマリーを救い出す!カミュは再び決意を胸に前を向いた。
「……二人とも…ありがとうございます…俺…この戦いが終わったらマリーと結婚して幸せになります!」
そんな決意を告げたカミュは双子姉妹に揶揄われながら準備を始めた。
「…貴方達……そんなに盛大にフラグを立てまくって……どうしましょう?「死亡選択肢破壊」の呪文は取得していなんだけど…」
イヴが神妙な面持ちでその背中を見送った。